第104話 最高の盾vs究極の剣
ウキレア攻防戦が始まって4日目の朝を迎えると、バルドニア王国、中央軍の司令官レイドリア将軍の代理として1人の伝令兵が、商業都市ウキレア南門へ訪れて来る。
見張りの兵士が伝令兵を南門の中に招き入れると、城壁の上で戦いの支度をしていたコスモとリフィスも手を休め、伝令兵に注目をする。伝令兵が手に持った書状を広げると、城壁の上に居るリフィスに向けて大きな声で読み上げる。
「バルドニア王国、中央軍司令官レイドリア将軍より、新生ウキレア公国リフィス公王にお伝えする!本日、我が軍の剣聖ローゼス様が出陣なさる!そのローゼス様の要望は2つ!1つは冒険者のコスモとの一騎打ち!2つは、敗者は勝者の条件を受け入れ、直ちに戦闘を停止、降伏することである!」
「はあ?俺との一騎打ちだって?」
伝令兵の言葉を聞いたコスモが、名指しされたことでとまどっていた。しかし、以前フィオーレや軍師のエーシンから、剣聖ローゼスが自分に興味を持っていることを聞かされている。
(向こうの方から挑んで来るなんて丁度良い、これに勝てばこの戦いも終わりだからな!)
少しだけ考え込むと、受けて立ってやると息まいて伝令兵に返事をしようとするが、隣に居たリフィスがコスモの腕を掴む。
「ま、待ってくれコスモ、剣聖ローゼスが来ていることは僕も知っている。だけど……君が出るまでもない。ここは一騎打ちを断って、籠城に徹するべきだ!」
リフィスは昨晩、軍師のグストから戦況が大きくウキレア側が優勢になり、近い日に勝利できることを聞いていた。自身も身を以ってそれを感じている。ならば、今は無理に一騎打ちに応える必要はない、そう判断をしていた。
コスモも昨日のリフィスの言葉を思い出し躊躇ってしまう。しかし、ここで勝てば今日で新生ウキレア公国の勝利が決まる。そのことがコスモの気持ちを急かしていた。
「だけどリフィス、ここで俺が勝てば戦争は終わる。ここは勝負に出るべきじゃないのか!」
「そ、それでもだ!僕らは無理をして一騎打ちを受ける理由がない!」
リフィスがコスモを必死に説得をしていると、城壁の上に居たエーシンが平原地帯を見つめながらリフィスに言葉をかける。
「リフィス、お主の意見は指揮官として正しい。だが、剣聖ローゼスは拙僧が思っていた以上に……」
そこまで言いかけると、エーシンのすぐ横に突然、巨大な斬撃が凄まじい速度で駆け抜けて行く。その威力は絶大で、南門の城壁を割り、ウキレアの町の建物を割りながら北門の城壁を割って、遥か彼方まで飛んで行く。
斬撃が過ぎた後は、ウキレアの南門から北門まで一直線に視界が繋がるようになっていた。
すると、バルドニア王国の本陣から大きな歓声が上がる。突然の斬撃に驚き、尻餅をついていたエーシンが立ち上がると歓声の上がる方向へ目を向ける。
広い平原にはバルドニア王国の軍の姿はなく、剣聖ローゼスだけが1人だけポツンと立っていた。手に持っていた剣を腰の鞘に納めると、悠然と南門の近くまで移動して下からエーシンを見上げる。
「さて、これで選択する権利が無くなったけど、軍師さん、どうするんだい?」
「くっ……噂とは当てにならぬ。剣聖ローゼス、ここまでの剣術家だったとは……」
ローゼスはバルドニア王国の形勢が不利であることを知っていた。なのでウキレアも一騎打ちに応じることが無いのは分かっていた。
そこでウキレア攻防戦の要である軍師のエーシンを狙い、剣奥義【竜断剣】を放ったのである。
いつでもお前を狙えるのだぞ、いつでもウキレアを落とせるのだぞ、と言った脅迫する意味合いもあった。恐るべきはローゼスの人を見る人物眼である。一瞬でエーシンが戦力の要であることを見抜いたのだ。
ちなみに、斬撃は人に当たらないように狙って放ったので犠牲者は居ない。まさに剣聖の名に恥じない神業である。
さすがのエーシンも想像を超えた強さを誇るローゼスに、対抗策を見出せないでいた。すると、背後からコスモが現れる。
「エーシン、俺を行かせてくれ。このままじゃ、折角の皆の頑張りや犠牲が無駄になっちまう」
「……心してかかれコスモ。あの者は、竜を超えた神に近い実力を持っておる……」
珍しくエーシンが声を震わせてコスモに忠告をする。それを見たコスモが、不安にさせまいと微笑みながら、エーシンの肩をしっかり掴む。
「任せておけエーシン、俺は【ソードアーマー】、皆を守るためにここに居るんだからな!」
そう言うと南門の城壁の上から外へ飛び降り、ローゼスの方に歩いて行く。城壁の上からエーシン、リフィス、他の兵士達が不安そうな顔でコスモの背を見つめていた。
(頼む、コスモ。君が倒れたら、この戦いの意味が無くなってしまう)
リフィスは苦悩の表情を浮かべ神に祈るような気持ちであった。やっと勝利が見え始めたのは皆の協力と多くの犠牲の上に成り立っている。それもコスモという守護神がウキレアの空を守っていたからだ。
ウキレアの兵士は全員がそのことを知っている。そのコスモが倒れるようなことがあれば、一気に形勢は逆転してしまう。
だが斬撃で城壁を切り裂く力を持つローゼスに、対抗できる者が居るかと問われればコスモしか思いつかない。そのもどかしさがリフィスの心を覆っていた。
ウキレアの南門の前でコスモがローゼスの前に立ちはだかる。その姿は、ローゼスの実力を見ても恐れることは無く、堂々とした立ち姿だ。
しかもローゼスより頭一つ、コスモの方が大きい。そんなコスモをローゼスは、しっかりと見つめ観察していた。
「……ピンク色のビキニアーマー、あんたが例のコスモかい?近くで見ると、馬鹿弟子の手紙通り、若い頃の自分とそっくりで驚くよ」
コスモから見てもローゼスは美人だ。美人からそう言われるとコスモも悪い気がしない。
「そうかい、なら、この戦いもこちらに義があることも分かるんじゃないか?」
褒める言葉を利用して、戦いの正しさを分かってもらおうとするが、ローゼスは気にも留めない。
「それに、【ソードーアーマー】ってところが気にったよ」
「お、おう、ありがとうな……なんか、やりにくい人だな……」
立て続けに褒められるとコスモも頭を掻きながら、満更でも無い顔をする。だが、褒めるのはここまでで、後は駄目だしが始まって行く。
「でも、そのピンク色のビキニアーマーって趣味が悪いんじゃないか?なんか盾もハート型でくどい感じだしさ。まあ、人の趣味に口うるさく言うのもなんだけど、若い内からそんな格好していると、駄目な女になっちまうよ」
「ぐっ……正論過ぎて、反論が出来ない……」
ピンク色はとにかく目立つ。しかも形状がビキニアーマーだから、同じ女のローゼスもつい気に掛けてしまう。意外と剣聖ローゼスも世間の常識は持ち合わせていた。
「でも、好いた男を落とすには持って来いの格好だ。好きな男でも居るのかい?」
「えっ、いや……その……居るかも」
「……コスモ、あんた素直が過ぎるよ。本当に昔の私を見てるみたいで、私の方が恥ずかしくなっちまうよ」
「む、むむむ……」
「若い娘なんだから、むむむ……は止めな、おっさんくさいからさ……」
周りの全員が不安そうな顔で見守っている中で、コスモとローゼスの間で女性ならでは?の会話が弾む。コスモもローゼスと会話している内に、不思議と素直な気持ちにさせる何かを感じていた。
母親のような血のつながった安心感というものだろうか、これから一騎打ちが始まるというのに、それを感じさせない親しみのある感覚だ。
元々、素直過ぎることはエーシンにも指摘されていたが、ローゼスの前では信頼できるからこそ素直になれていた。
こんな心地良い会話をしていると、突然ローゼスが背を向ける。
「さて、私達は剣の使い手、あとは剣で語るとしようか?」
「やっぱり、やるしかないのか」
ローゼスが平原の中央に向かって歩き出すと、コスモも仕方なく後を付いて行く。中央まで移動すると、正面を向き合い対峙する。
2人の体から、青い陽炎のような炎が出現する。そのことにお互い気付くが、この青い炎が出るということは、並々ならぬ相手だということもすぐに理解する。
(俺と同じ特殊技能【羅刹】持ちなのか?ますます、何かの因縁を感じるぜ……)
(私と同じ技能持ちとは、<インペリアルオブハート>の称号も酔狂で掲げている訳じゃなさそうだね)
ローゼスが腰に携えていた2本の剣の内、1本を手に取り棒立ちで構える。コスモも背中から魔剣ナインロータスとハート型の盾を取り出すと構える。
そしてローゼスが微笑みながら、コスモに優しい口調で声をかける。
「安心しなコスモ、私はあんたの素直な所が気に入った。首は取らないでやるから、存分にかかって来な!」
「へっ、そりゃありがたい!なら、俺から行かせてもらおう!」
コスモが珍しく先制攻撃を仕掛けると、魔剣ナインロータスを振り上げて目にも止まらない速度でローゼスに斬りかかって行く。移動速度は特殊技能【羅刹】によって3倍になっている。並の敵なら、躱し切れないのだが、コスモが振るった魔剣は空を切る。
ローゼスがその場から忽然と姿を消したのだ。それと同時に背後からどす黒い殺意をコスモが感じ取る。すかさず魔剣ナインロータスを手元に戻し、首元に掲げるとそこにローゼスの鋭く薙ぎ払う剣が現れる。
これにはローゼスも驚いたようで、顔をはっとさせながらすぐにコスモから間合いを取る。
「凄いねコスモ!今までこれで大体、戦いが終わってたんだけど、やっぱ【ソードアーマー】なだけあるよ!」
「いやいや、ローゼスさん、俺の首から出血してるんですが……」
ローゼスの薙ぎ払いを防いではいたが、コスモの首元を掠っていた。頸動脈までは届いていないが、それでも少しだけ肉を切り出血をしていた。
首を取らないと言っていた割りに、首を容赦なく落とそうとするローゼスにコスモが突っ込みを入れる。すると、平然とした顔でローゼスが言い返す。
「あー、それはね。地面に落とさないようにするって意味さ、繋がっている限り、私の言葉に嘘はないだろ?」
「こ、この人、フィオーレの言う通り、マジで怖い人だ……」
誰がどう聞いても屁理屈だが、ローゼスは意外と真面目な顔で言っている。そのことにコスモが少しだけ恐怖を覚える。
「じゃあ、今度はこっちから行くよ!しっかりと守りな!」
そう言うとローゼスの姿が目の前から消える。すると、突然コスモの目の前に振り下ろされる無数の剣が見える。コスモの反応が遅れるほどの速度で、次々と迫ると、魔剣ナインロータスとハート型の盾で後出しながらも、受け流して行く。
しかもローゼスの放った剣は、ブラックオーブに支配されていたゴンベエの攻撃よりも重い。受けるだけでも体力を削られて行く。だが攻撃自体は単調で変化はない、まるでコスモの実力を測っているような攻撃だ。
1分程、攻撃が続くとローゼスが攻撃を止めて、再びコスモと間合いを取る。ローゼスの顔は驚きと嬉しさが混じったような顔だ。
「久しぶりに楽しいと感じているよ。今のは弟子のフィオーレが受け切れる限界の攻撃なんだよコスモ、あんたは間違いなくフィオーレより上だね」
「ふぅー……それは嬉しい言葉だが、素直に喜べねえな……」
褒めてはいるがローゼスはまだ余裕を残している。しかも手持ちの2本ある剣を1本しか使っていない。コスモもそのことに気付いているので、素直に喜べないでいた。
そして、ローゼスが体から更に青い炎の陽炎を出すと、今以上の剣技を繰り出そうとする。
「さて、まずは小手調べの百剣と行こうか」
「ひゃ、百剣?」
「剣奥義【百花繚乱】!」
そう言うと、ローゼスが踊り子のような舞を見せながら残像を残してゆっくりと姿を消す。コスモが辺りを見回すが、ローゼスの姿を捉えることができない。代わりに空中から突然、斬撃が現れる。だが、その斬撃は恐ろしく遅い。花びらがひらひらと地面に落ちるような速度なのだが、問題は速度ではなかった。
斬撃がコスモの周囲を囲うように、数を増やしていた。その数は百、檻のように囲う斬撃に逃げ場はない。すると、コスモがハート型の盾を正面に構え、大きく腰を落とす。足に力を入れ踏ん張り始める。
「盾技!【楯道突貫】!!」
コスモが一気に盾を構えて正面の斬撃に向かって走って行く。盾の上から一撃一撃に重みを感じつつも、全身の力を使って押し返しながら強行突破を試みる。
斬撃自体は大きくは無いのだが、その分だけ濃縮されたような威力が込められていて、最初の剣を凌ぐ重みを感じる。それでもなんとか、斬撃の檻から脱出することに成功する。
しかし、強引な脱出をしたせいで手に持っていた盾が凹み、折れ曲がったりと原型を留めていない損傷を受けていた。
そしてローゼスが優雅な舞を終わらせるかのように、ゆっくりと姿を現す。
「大したもんだ……私の奥義から逃れるなんてね。コスモ……あんたで2人目だよ」
「そうかい……」
最初に比べてローゼスの顔から余裕が消えていた。言葉では同じように褒めてはいるが、悔しさ……というよりも悲しさを少しだけ滲ませている。
褒められたコスモも、全く嬉しく思っていなかった。盾が無ければ無傷で脱出できなかったからだ。そしてもう一度、同じ奥義を出されたら同じ方法では脱出が出来ない。
以前、皇帝ウェイリーに呼び出されていた時にコスモが危惧していた、強敵が現れた時には盾技に頼れない状況が現実になろうとしていた。
それを見越したように、ローゼスが腰に携えていたもう1つの剣を握り、二刀流の構えを始める。
「コスモ、あんたに敬意を表して私も本気の奥義を見せるよ。この技を受けても生きていられたら、あんたは私の知る中で大陸で最高の【ソードアーマー】だ!」
「全く、最初の首を取らないはどこへ行ったのやら……」
ローゼスが体からより強大な青い炎の陽炎を身に纏うと、その場にしゃがみ込み、ゆっくりと立ち上がりながら、踊るように剣を流れるように振り回し、しなやかな動きを見せる。
その動きはコスモの【踊る】に似た、艶やかで人を惹き付けるような魅了する動きに近かった。
「剣奥義【千花絢爛】……」
奥義の名を口にした瞬間、ローゼスの持つ2つの剣から光り輝く細長い柱状の斬撃が放たれる。それも目にも止まらぬ踊りと連動して振られた剣から次々と放たれる。速度も常人の目では捉えられない。
コスモの眼前には光輝く斬撃が網目状のように迫って来る。
慌てて盾で防ごうとするも、斬撃が盾に触れた瞬間に紙のように引き裂かれる。瞬時に盾を離すと魔剣ナインロータスの刀身を前面に出して防ぐ。防ぐことに成功するが斬撃の威力は弱まらない、後から続く斬撃も容赦なく次々とコスモの頭部、体、足など全体に襲いかかる。
異常な【守備】を誇るコスモの体に斬撃が食い込み、肉を割こうとしている。その斬撃は1つや2つでは無い、斬撃は消えることなく放たれた分だけ蓄積していく。
踏ん張っていたコスモも、蓄積された斬撃に押され始め、足元には地面が削られるような跡が残る。
「ぐ、ぐおおおおお!何だこの威力は!!半端じゃねえぞ!!」
「一つ一つに百花繚乱の威力をそのままに乗せているんだ!竜だろうと耐えることはできないよ!!」
さきほど放った百花繚乱の10発分の威力が1つの斬撃に込められて飛んできている。並の人間の【守備】であれば、肢体をばらばらにされているところだが、コスモも英雄級を超えた能力値の持ち主、寸でのところで頑丈な肉体で耐えていた。
だが耐えるだけでコスモは精一杯である。顔を歪ませながら必死に押し返そうとするが、勢いが止まらない。
コスモの体が斬撃の勢いに押され、平原の中央から外堀まで達すると、堀を越えて商業都市ウキレアの南門横の城壁まで迫ろうとしていた。
それを見ていたエーシンが近くに居た兵士達に逃げるように叫ぶ。
「皆の者、コスモの近くから離れるのだ!」
そう言った瞬間、コスモの体が城壁にぶつかり亀裂が入る。そして徐々に斬撃に押し込まれるように体が壁に埋まって行く。城壁も改修したばかりで頑強になっていたが、それを問題としない圧力が斬撃に加わっていた。
「これで最後だコスモ!」
「ぐおおおおおおおおお!!」
ローゼスがそう言うと最後の斬撃を放つ。その斬撃によってコスモの体がより深く押し込まれ南門横の巨大な城壁が崩壊、大きな音を立て崩れ去る。コスモはそのまま崩れた城壁の下敷きになって埋まって行く。
コスモとローゼス、人の超えた戦いに敵味方が声を上げられずにいた。
その中でローゼスが剣を振る動作をゆったりと静かに止める。そして静かな目でコスモの埋まった城壁を見つめていた。
「……コスモ、あんたは冒険者の中でも一番に強いだろうよ。けどね最後に立っていた者が勝者なんだ!残念だけど、私の方が一枚上手だったね!」
ローゼスが剣を鞘に納めると、紫色の長い髪をかき上げて、堂々と勝ち名乗りを上げる。
その瞬間、バルドニア王国の中央軍の本陣から盛大な歓声が上がる。何度もバルドニア王国を苦しめたコスモを、一方的に打ちのめしたのだ。その興奮は、絶頂に達しようとしていた。
そのバルドニア王国とは反対に、商業都市ウキレアは静まり返り、兵士達が肩を落としていた。
戦いを見守っていたリフィスも信じられない顔で、崩れた城壁を見つめていた。
「そ、そんな、あのコスモよりも強いだなんて……」
リフィスがそう言うが、隣にいたエーシンの考えは違っていた。
「……そうではない!コスモの実力はローゼスに決して劣ってはおらぬ。だが、武器以外の装備があ奴の身に追い付いておらんのだ!」
エーシンが悔しそうな表情でコスモの弱点を指摘する。エーシンも薄々だがコスモの装備が、強さに見合っていないことを見抜いていた。
そのために【オルコン鉱石】の入手を急がせ、鍛冶師ミリットに新しい盾を頼んでいた。しかし、未だに完成したという報告が鍛冶師のミリットから上がって来ない。
それが今回の一騎打ちの敗因だと感じていた。
ウキレアの南門では兵士達がうな垂れ泣き崩れ、自分達が負けたことを受け入れようとしていた。リフィスも城壁を叩き、悔しさを見せていた。
そのどんよりとした雰囲気の中、南門の内側、城壁の下から明るい表情をした鍛冶師ミリットが現れる。
「エーシンさーん!やっとコスモの盾、【慈愛盾】が完成したよ!」
明るい声でミリットがそう言うと、後ろの方から鍛冶師の男が2人がかりで慈愛の盾を持ち運んで来る。
相変わらず形状はハートの形をしているが、ハートはピンク色、その縁は金色で囲い、外側はオルコン鉱石の持つ本来の純銀色で外側の縁も同じく金色にしている。以前の丸みの合った角では無く、研ぎ澄まされたような鋭角な加工がされている。
以前のハート型の盾に比べより一層くどくファンシーな盾になっていた。
エーシンがそのファンシーな盾を見て、色々な意味でがっかりする。
「そ、そうか、出来上がったのか……しかし、肝心のコスモがすでにやられてしまったのだ……」
「またまたエーシンさん、あのコスモが簡単にやられる訳ないじゃないですか!」
ミリットがそう言うと、周囲を見回し始めるがコスモの姿が無い。あるのは自分の声に反応した兵士達の冷たい視線だけである。そしてリフィスの顔を見ると、エーシンの言っていることが事実だと理解する。
「ま、まさか、あのコスモが……」
その場にミリットがへたり込むと、今にも泣き出しそうな顔になる。
今ミリットはこう思っていた。自分が新しい盾を早く完成させていれば、コスモが負けることは無かった。なんでもっと早くできなかったのか、後悔する言葉ばかりが思い浮かんでいた。
鍛冶師として持っていた自信と矜持が、崩れ去ろうとしていた。
と、周りの雰囲気に合わせておいてミリットは内心喜んでいた。また盾を改良する時間が増えたからである。
態度を急変させて元気良く立ち上がると、持って来た盾を再び鍛冶屋に戻そうとする。
「よーし!それじゃあ時間も出来たし、ラブリーシールドちゃんをもっと可愛くしちゃおうっと!」
そうミリットが明るく言い放つと、突然、崩れた城壁の岩が上空高くに飛んで行く。その下からは、人の腕が突き出ていた。
そして、城壁の瓦礫の中からコスモが立ち上がる。
「そ、それ以上、俺の新しい盾を変にするんじゃない!ミリットォォォォーーーー!!」
倒されていたと思っていたコスモが、ミリットの魔改造宣言の言葉に反応して起き上がって来る。周りの悲しんでいた兵士達も目玉を大きくして驚いていた。
コスモは兜も外れ、頭からは流血、ピンク色のビキニアーマーも大事な部分だけを残し全て破損、防具を繋ぎ止めていた革紐も千切れかかり、体にぶら下がった状態だ。素肌を晒している部分も裂傷で出血をしているが、致命傷になる傷は負っていない。
顔も傷と埃まみれで、生きているのが不思議な格好である。
怪我をしているが体を動かすには問題が無いようで、その格好のコスモがミリットの下へ歩みを進めて行く。周りの兵士達が唖然とした顔で見守る中で、気まずそうな顔をしたミリットがコスモを見上げる。
「えーっと……新しい盾、遅れてごめんねコスモ!」
「……どうせ、もう出来上がっていたのにハートの形状にこだわってたんだろ?」
「ムッァッホイ!」
コスモに図星を突かれたミリットが、言葉にならない叫び声を上げる。コスモの言う通り、すでに盾だけはウキレア攻防戦の前日に完成していた。
ここからが長かった。周りの鍛冶師の制止する声を無視して、ミリットが趣味を全開に装飾の加工に取り掛かり、今日の今になって完成したという訳である。
コスモの疑い目に耐え切れなくなったミリットが視線を逸らす。その態度を見たコスモが、これ以上の追求は時間の無駄だと感じると、鍛冶師が持っていた【慈愛の盾】を手に取る。
見た目はファンシーで最悪だが、重量に持ち手の握り具合や扱いやすさは、まるで何十年も使い込んだ感触を感じる。やはりミリットは趣味全開にする悪い癖を除けば、鍛冶師の中でも天才的な腕を持っていた。
コスモがミリットの方をちらっと見ると、ミリットがすぐに顔を逸らす。それを見たコスモが微笑すると、慈愛の盾を背中の留め具に掛け、魔剣ナインロータスを握って再びローゼスの立つ平原に向かって行く。
コスモが城壁から立ち上がったのを見た、バルドニア王国の兵士達が一気に静まり返る。ローゼスの凄まじい奥義を受けて、なお恐れることなく立ち向かおうとしているからである。
コスモが再びローゼスの前に立つと、剣奥義を放ったローゼスがコスモの頑丈さに呆れていた。
「私の千花絢爛を受けて立ち上がって来るってのかい、一体、何を食べたらそんなに頑丈に育つんだい?」
「さあな、強いて言うなら俺を生んでくれた親のせいだろうな!」
血だらけになりながらもコスモが笑顔でそう答える。それをローゼスが失笑しながら聞くと、再び腰から2本の剣を抜き構えを取る。
「じゃあ、2度目も同じことが言えるのか、試してやろうじゃないか!」
「また、剣奥義の千花絢爛か?」
「そうだよ!折角、新しい盾をもらったんだ、存分に防いでみるといいさ!」
ローゼスがそう言うと、コスモが背中に背負った慈愛の盾を手で触る。そして、ローゼスを見つめて、強気になって言い放つ。
「千花絢爛ならこの盾を使うまでもない、攻撃を受けて何となくどんな技か分かったからな」
その言葉を聞いたローゼスが不機嫌な顔になる。自分が何年も剣の修行によって編み出した奥義である。それを小娘であるコスモに何となく分かったと言われれば機嫌も悪くなる。
「言うじゃないか、その生意気な口は本当に親に似たんだろうね!」
「さあね、だけど俺はマジで言ってるんだぜ」
「面白い娘だ!ならもう一回、私の剣奥義を受けてみな!!」
そう言うとローゼスが体から青い炎を放ち、千花絢爛を繰り出すためにその場にしゃがみ、踊りに入ろうとするとコスモの動きが目に映る。
コスモもローゼスと同じようにしゃがみ、動きを真似しようとしていた。その行動に怒りを覚えながらも千花絢爛を放ち始める。
「一朝一夕で出来る技じゃないんだよ!剣奥義【千花絢爛】!!」
「そんなこと、やってみないと分からないだろう!」
コスモもローゼスと同じく、艶やかな踊りから魔剣ナインロータスを素早く振り抜くと、光り輝く細長い柱状の斬撃が放たれる。
両者の放った斬撃同士がぶつかり合うと、相殺するように斬撃の輝きが弾け飛び消えて行く。
「そ、そんなことが!」
「踊りならな、俺も得意なんだよ!」
ローゼスもそれを見て動揺するが、続けてざまに斬撃を放つ。同じようにコスモも踊りながら魔剣から斬撃を放つ。何度も何度も斬撃同士がぶつかり相殺されていく。
千花絢爛を破る方法はただ一つ、同じ威力を込めた斬撃を繰り出すことである。一度受けてしまうと、斬撃は消えることが無く、後続から続く斬撃の威力が上乗せされていく。そうなると、英雄級の【守備】を持つコスモでさえ完全には防ぎきれない。
だが、コスモはその弱点に気付いた訳では無く、一度受けただけで千花絢爛の本質と仕組みを体で理解をして、ただそれを再現したかっただけである。
以前にフィオーレの【踊る】を真似したことのある前歴と、バンディカ帝国の技術研究部門のユユから注意されていたことを完全にコスモは忘れていた。
拮抗する2人の戦いを見ていたリフィスがあることに気付く。
「な、なんだかコスモとローゼスは似ているような気がする……まるで親子のような……」
リフィスの言う通り、コスモとローゼスの動きがまるで同じで、双子の踊り子が剣舞を舞っているようにも見える。神器の継承と同じで、親から子へ伝える、そんな錯覚さえ見えてしまう。
千花絢爛を放ち終えたコスモとローゼスが同じ動きで、静かに踊りを止める。
戦いを見ていた者達は、その踊りから繰り出された美しい技に魅了されて、声も出さずに静かに見守っていた。
ローゼスもコスモが千花絢爛を完全に会得していることに驚いていた。悔しさや怒りの気持ちは無い、ただ純粋にコスモの力を認めるしかなかった。
「まさか、私の剣奥義を真似されるとはね……」
「……そうは言うけどな意外と難しかったぞ、ローゼスさんの動きはもっと繊細だったし、必死に追い付こうとするだけで精一杯だったぜ」
「難しいってもんじゃないんだけどね……全く、どこまでも呆れた子だよ」
余裕のあるローゼスに比べて、コスモには疲労が見えていた。言葉通り、ローゼスの洗練された奥義は真似をするだけでも神経をすり減らす。
両者の互角の勝負に決着はつくのかと、周りの兵士達が心配そうに見つめる中で、ローゼスが真剣な眼差しでコスモを見つめる。
「いいかいコスモ、次に出す私の剣技……これが正真正銘、最後の技だ」
「ま、まだ技があるのかよ……」
「いいから黙って聞きな!この技はね、邪神竜デモゴルゴが復活した時を考えて、私が長年にかけて編み出した究極の奥義さ」
ローゼスが人里離れた場所で、剣の修行を続けていたのには理由があった。もし、再びこの大陸に邪神竜デモゴルゴが復活した時、自分の剣で討伐するためであった。
体から放っていた青い炎の陽炎が、平原一帯を包み込むような大きさに拡大して行く。
「大事な人を守る、口で言うのは簡単だけどね。世の理を外れた強さに直面した時、それが不可能になる。それでも大事な人を守るには、自分も世の理を外れて強くならなければならないのさ!」
物悲し気な顔でローゼスがコスモに語りかける。
コスモもローゼスの言葉に自身の思いが込められていることを感じ取り、悲しそうな顔になる。
人を守るためとは言え、女の身でありながら、ここまでの強さに達するには人並以上の努力、いや狂気じみた鍛錬を積まなければ到達できない。
普通の女として過ごす選択があったのに、自ら剣の道を選び、大事な人を守ることだけを考えて強くなったローゼスに、コスモは心の底から尊敬の念を抱いていた。
そしてコスモが背中から慈愛の盾を手に取り構えていく。
「ローゼスさん、あんたの気持ちは分かった……俺も一介の【ソードアーマー】、受けて立つぜ!!」
慈愛の盾をローゼスに向けて、コスモが深く腰を落とし防御姿勢を取る。体からはローゼスと同じく青い炎の陽炎を放ち、特殊技能【羅刹女の怒り】を発動させていた。




