第103話 母性の理想郷
商業都市ウキレアの南門の上空から、ばら撒かれたバルドニア王国の殺戮兵器【竜の牙】によって敵味方を巻き込む攻撃を受けてしまう。それによってコスモの軍師であるエーシンも、公王のリフィスを庇って負傷する。
辺りには一瞬で命を落とした者達が溢れ、負傷した兵士達の呻き声が所々から聞こえて来る。
上空に居たコスモはその一部始終を目にして、気持ちが怒りによって昂っていた。特殊技能【羅刹】を発動させると、激しい怒りによって全身から青い炎の陽炎を放出する。
地上に居たエーシンはそのようすに、コスモが頭に血を昇らせていると思っていたが実は違っていた。
「お、俺が居ながら……俺の力があっても止めきれなかった」
コスモがペガサスのサジーに騎乗した状態で、体を大きく前に俯かせる。空の守りは任せろと豪語しておきながら、バルドニア王国の殺戮兵器の竜の牙の行使を許してしまった。
いくら新生ウキレア公国が空の戦力に乏しいからとは言え、コスモは込み上げる怒りと同じ位に、自分の不甲斐なさを実感していた。
そんな落ち込むコスモを見たペガサスのサジーが呆れたように目を細くする。
(何じゃあおどれは、こんなさいなことで落ち込むんか。見損なったのう。)
(サジー……)
(わしぁおんどれと同じよ。最初はツレもよーけおったが、結局生き残ったんはわしだけじゃ)
野生のペガサスは地上に居る馬と同じで、群れで行動する習性がある。サジーも同じで生まれた頃は、仲間と一緒に過ごし大人に守られて生活をしていた。
子供であった自分を外敵から守るために、仲間のペガサスが一頭、また一頭と襲われては亡くなっていく。成長して大人になったサジーも必死に戦ったが、それでも完全に犠牲を抑えることはできなかった。
そして最後の一頭となったサジーが、超獣化すると巨大な力を得る。仲間が居ない今、こんな力が何の役に立つのだと心の中で嘆いていた。思い出されるのは亡くなっていった者達の顔、その時に力があればという後悔しか無かった。
しばらく、1人で長く悩み考え抜いた末にある結論に達する。
(そんでわしは気付いたんじゃ。生き残ったもんには、やらにゃあならんことが残っとる。それが、同じ事は二度と繰り返さんという気概じゃコスモ!生き残ったわしらは仲間を同じ目に遭わせんようにする義務があるんじゃ!)
(ああ……その通りだなサジー……こんなこと二度とやらせるもんかよ!)
サジーの言葉によってコスモが俯かせていた顔を上げる。感傷に浸っている暇は無い、まだ目の前には竜騎士部隊が続けて攻めてきている。
コスモが魔剣ナインロータスを構えると、攻める竜騎士達を必殺の一撃音で薙ぎ払い叩き落して行く。
(それでええんじゃコスモ!やられたら倍返し、それが自然界の掟じゃあ!)
いつものコスモに戻ったことをサジーが嬉しそうにする。コスモもいつものように凛々しい顔に戻っていく。その気迫に押された竜騎士達の攻撃が緩むと、コスモが魔剣ナインロータスを前に突き出し大きな声で問いかける。
「お前らはそれでいいのか!仲間を犠牲にしてまで戦う意味があるのか!納得してやっているのか!」
コスモの突然の問いかけに竜騎士達がとまどいを見せる。その間にも後方からはどんどんと竜騎士達が集まり、コスモの周りを囲っていく。その数は戦力の半数、200騎に達しようとしていた。
竜騎士達が近くの者と顔を見合わせると、その中の竜騎士がコスモに向かって返答する。
「我々はバルドニア王国の軍人、いかなる命令であろうとも従うしかないのだ!」
返って来た答えは軍人は命令を聞くのが仕事とというものであった。コスモが辺りに集まっている竜騎士達を見回す。
中には歯を食いしばり、手に持っていた槍を震わせて納得していない竜騎士もいた。軍人とは言え1人の人間、苦楽を共にして来た仲間の犠牲を仕方の無いという言葉で割り切れないでいた。
人間性を残している竜騎士達を見たコスモが、目を瞑り静かに息を吐く。
「ふう……分かった。お前らがそう言うんだったら、俺も覚悟を決める」
そう言うと魔剣ナインロータスを背中の留め具に納め、代わりにハート型の盾を構える。コスモの行動にを見ていた竜騎士達が戦いを諦めたのかと思っていた。
しかし、コスモは諦めてはいなかった。相手が無慈悲に味方を巻き込む攻撃を仕掛けてくるのならば、こちらからも同じような兵器でやり返せば良い。それも相手を傷付けずに一方的であればあるほど良い。
そんな夢みたいなこと、戦場に居る者達が聞いたら一笑に付されるだけだろう。だがコスモはそれを持っている。
男を対象とする、男の本能を呼び起こし、自分だけに襲いかかるという呪われた奥義。それが盾奥義の誘惑である。
発動までに決まったルーティンをこなさないといけないのだが、元男のコスモにとってトラウマ級のルーティンになる。コスモが急に泣きそうになりながら涙目で竜騎士達に叫ぶ。
「……これは使いたくなかった。使いたくなかったんだぞ!!」
「え?」
(え?)
コスモの心の叫びを聞いた竜騎士達と騎乗していたペガサスのサジーが唖然とする。
この技だけは使いたくなかった。だけど多くの犠牲者が出ている今、そんな我がままを言っている場合ではない。放って置けばまた竜の牙が襲って来るのは目に見えている。
サジーの言った通り、二度と同じことは繰り返さない。コスモが気持ちを強く持つと、ハート型の盾を大きく掲げて盾奥義を発動する。
「盾奥義!母性の理想郷!!……っへ?」
盾奥義、母性の理想郷は、コスモの持つ技能【魅力】と盾技【誘因】に特殊技能【慈愛】を加えたコスモだけの技である。効果の対象は男にしか無いことはいつもの通り、しかも誘惑と違い相手は本能のままにコスモに襲いかかることは無い。
代わりに男ならば誰もが持つ、母親に抱く母性を相手の心の奥底から呼び起こし、コスモを母親と認識させることで信念と行動を強制的に変える恐ろしい技である。
コスモは確かに誘惑を意識して発動したつもりだった。だが、実際に口から出た奥義が違うことに本人も困惑していた。その原因は敵の中にも納得できない者が居ることに希望を持ったことである。
真っ当な心を持つ者まで、獣のような姿に変えたくない。その思いやりが母性の理想郷という技になってしまっていた。
しかし一度口にしたからには、奥義はを発動させるためのルーティンが確実に、そして淡々と実行されていく。
ハート型の盾を背中の留め具にかけると、コスモが満面の笑みを浮かべ両腕を大きく前に広げていく。家の扉を開いたら、母親が両手を広げて歓迎するような姿を彷彿とさせる。
「はーい、みんなお帰りなさい、私はみんなのお母さんですよー!」
意味不明な言葉と仕草に竜騎士達が動揺する。あの赤い閃光と呼ばれたコスモが気が狂ったと感じながらも、自分達を油断させるための戦術かと警戒を強める。
サジーも目を大きく見開きコスモを見つめていた。いつものコスモみたいに戦士の顔では無く、甘ったれなほんわかとした雰囲気だ。何をしているという質問もしたいのだが、言葉も体も言うことをきかない。
その中でもコスモの奥義発動のルーティンは止まらない。コスモが両腕を畳んで胸元まで近付けると、憂鬱な顔を見せて俯く。
「本当はね、あなたたちを戦場に送る事なんてしたくなかったの……だって私の大事な子供ですもの」
周りに居た竜騎士達は背筋に寒気を感じていた。さきほどまで必殺の一撃で次々と仲間を撃墜してきたコスモに、自分の子供と言われれば恐怖を感じる。
竜騎士の反応とは裏腹にコスモがサジーを操り、近くにいた竜騎士の目の前に一瞬で移動する。近付いた瞬間、コスモがサジー背中から空に飛び出し、竜騎士の背後に飛び移る。
技能【羅刹】によってコスモの動きは三倍速くなっている。あまりの早業に竜騎士も反応ができなかった。背中にコスモの胸の感触を感じるも、竜騎士が恐怖で体を震わせる。目をつぶってコスモからの攻撃を覚悟する。
しかし、コスモは竜騎士に攻撃を仕掛けることは無かった。代わりに背後から竜騎士を優しく抱き締め、耳元で囁く。
「もう、いいの、あなたは立派に戦い抜いたわ。私はね、あなたが生きて帰ってくれたのが嬉しいの……」
その瞬間、竜騎士は心の奥底にしまい込んでいた母性を感じる気持ちを呼び起こされ、走馬燈のように母親のことを思い出していた。
赤ん坊の頃、自分を優しい笑顔で見てくれていたこと、幼少の頃、いたずらをして怒られていたこと、少年の頃、初めて騎乗した飛竜を自慢した時の嬉しそうな顔のこと、今回の戦いに参加する時に笑顔で見送ってくれたこと。
今でもはっきりと覚えているのは、最後の別れ際に必死に笑顔を作り、自分を送り出してくれたことだった。それを見ただけでも、自分は愛されていたのだなと実感していた。
母親や友人、国を守るために命をかけるつもりだった。だが、それはただただ強がりで本当は恐ろしかった。その気持ちを抑えるものが、コスモの温もりによって瓦解していく。
子供のような心を取り戻した竜騎士が涙を流しながら、口から自然とある言葉が出る。
「マ、ママァー……」
「あなたは頑張ったわ、もう良いのよ、帰りましょう母性の理想郷へ」
コスモが竜騎士をぎゅと抱き締めると、竜騎士は大人げなく大声で泣き始める。
その瞬間、コスモの全身から淡いピンク色のハート形の淡い光が辺りを包み込み始める。200騎近くいた竜騎士達も包み込まれると、脳裏に自分の母親の顔が思い出される。
金縛りにあったように竜騎達士が体を震わせ、母親と過ごしていた時の走馬燈を見る。
コスモがゆっくりと竜騎士から離れ、サジーの背中に飛び移ると周りに声をかける。
「さあ、あなたたちは私の子供、こんな下らない戦いは終わらせましょう!」
「「「マッ、ママァーーーーー!!!」」」
竜騎士200騎によるママの言葉が空に響き渡る。その中心に居るのは竜騎士達のママとなった母性溢れる顔になったコスモであった。
後続から応援に来た別の竜騎士部隊が、ピンク色の淡い光を見て異変に気付く。それにママという大合唱が、戦場に全体に聞こえていた。
「な、なんだ!このママという声は……」
その竜騎士の上空には竜の牙を持った竜騎士がウキレア南門に迫っていた。異変に気付くが竜の牙による作戦に変更は無い。そのままウキレアの南門を目指そうと進軍する。
すると、コスモを囲っていた味方だった200騎近い竜騎士達がこちらに向きを変え、隊列を整えて向かって来る。しかも変な言葉を口にしながらである。
「ママを守れぇ!!そしてお家に帰るんだあ!!!」
「「「おおおおおおおおーーーー!!!」」」
「な、何だこいつら、敵に寝返ったのか!」
コスモの放った盾奥義、母性の理想郷によって味方となった200騎が後続の部隊に襲いかかる。戦場で感じていた恐怖の気持ちを吐き出し、コスモを母親と刷り込まれた竜騎士達は士気も高く、持ち得る以上の力を存分に発揮する。
洗脳された200騎の竜騎士達が、後方からの同数の竜騎士に突撃する。空では竜騎士同士の乱戦になる。
「あなた達は、本当は強いのです!さあ、ママにその力をお見せなさい!」
「「「うおおおおおっ!!」」」
コスモに鼓舞された竜騎士達がさらに気合を入れる。拮抗していた戦闘も完全に覆っていく。洗脳された竜騎士達が、能力値以上の力と狂気を発揮してバルドニア王国の竜騎士達が次々と落とされていく。
迫り来る大部隊を洗脳した竜騎士に任せると、コスモが遥か上空を飛行する竜の牙を携えた竜騎士に狙いを定める。そして正面の空路を塞ぐと、魔剣ナインロータスを突き出し侵攻を止める。
「その兵器は誰のためにもなりません。私が必ず止めます!」
「こ、これじゃウキレアに近付けないじゃないか……」
「さあ、覚悟なさい!」
未だに口調がママっぽいコスモが、竜の牙を携えた竜騎士を打ち落としていく。こうして敵将のレイドリアの考案した作戦も、母の理想郷によって瓦解していった。
空の異変に気付いたエーシンが、足の治療を受けながら空の戦況を見守っていた。
「な、なんだあれは、敵の竜騎士がコスモに味方しているだと?」
200騎近い竜騎士がコスモを助けるように、バルドニア王国の竜騎士達を抑え込んでいる。あまりにも夢のような展開に軍師のエーシンは現実を受け入れられずにいた。
敵兵の救助に南門の外に出ていたリフィスも、空の戦況が大きく変わったことに気付く。
「コスモからピンク色の大きく輝く光が見えた……ちょっとハート形だったけど……」
コスモの放った母性の理想郷は、商業都市ウキレアに居た者達全てが目撃していた。
特に反応を示したのはコスモの盾奥義、誘惑を間近で見たことのある参謀のフェニーであった。そのフェニーもレオネクスと共に北門に居るバルドニア王国の地上軍と交戦していた。
ウキレア北門から冒険者達を送り出すために出撃していた。そして冒険者全員を無事に北の村に送り出すと、北門の味方の兵士達を援護するために遊撃を行っていた。
その最中フェニーが空に浮かび上がるピンク色の淡い輝きを見て、即座にレオネクスに進言する。
「レオネクス様!あれはコスモ様の奥義です!今なら空からの攻撃に晒されることはありません!攻勢に出ましょう!」
「え?あれがそうなのか?……よ、よし、皆の者、北門の敵を一気に蹴散らすぞ!」
ピンク色のハート型の輝きを見ていたレオネクスがとまどいを感じながらも、フェニーの言葉を信じて遊撃から転じて攻勢を強めて行く。
空からレオネクス達の援護を行っていたペガサス三姉弟のマーシャ、イリーナ、ガリオンも、敵であった竜騎士達がコスモに味方する光景を見て驚愕していた。
「コ、コスモは何をしたんだ?あの数の竜騎士を説得したというのか……」
「で、でもマーシャ姉、あのコスモのことだ。それが出来ても不思議じゃない!」
「コスモ姉さま、あの人ならできないことはない!やっぱり僕の理想の姉さまだ!」
3人は驚きながらも、コスモに頼もしさを感じてますます士気を上げていった。
そして西門でルクシーンが味方を回復させつつ、敵の隊長格を見付けては【邪悪吸魂】を放って、確実に無力化していた。
そのルクシーンも、コスモの放った空のピンク色の淡い輝きに気付く。
「やはりコスモは只者では無い。この戦い、リフィス公王の勝ちだ!」
そして最後に東門では、軍師のグストがコスモから放たれたピンク色の淡い輝きを見て、自軍の勝利を見据えていた。
「なんと頼りになる方なのだ……。軍師を務めて今まで敵兵を味方にするところなど見たことが無い、これでバルドニア王国は本命である制空権を完全に失った。これは大きい……」
商業都市ウキレアはコスモの奇跡の逆転に、一気に士気を高め始めていた。
空での戦いが決定打となり、バルドニア王国の地上軍の力攻めも弱まり次第に膠着していく。こうして日が落ちるとウキレア攻防戦の3日目が終わりを迎える。
ウキレアの兵士達が歓喜の声を上げて、今回の奇跡の防衛を果たしたコスモを迎え入れる。上空から洗脳した200騎の竜騎士を連れたコスモが、意気揚々と地上に帰還を果たす。
その光景はまるで竜騎士部隊を率いる将軍のような有様である。しかし、実際はそんな格好良いものではなかった。コスモの母性の理想郷の効果が強過ぎて、戦いを終えて地上に戻っても消えていなかった。
「ママー!僕ね2人も竜騎士をやっつけたよ!」
「僕だって3人やっつけたもん!ママ凄いでしょ!」
「あ、うん……そうだな。良く頑張ったなお前達……」
洗脳……ではなく母性を呼び起こされて子供となった無邪気な竜騎士達200人に囲まれていた。コスモがサジーから下馬すると、飛竜から降りて囲っていた竜騎士を1人ずつ回り、頭を撫でて労いの言葉をかけていた。
すでにコスモは母性の理想郷の効果が切れて、普段のコスモに戻っている。しかし竜騎士達の効果はまだ続いていた。そのことにコスモが顔を引きつらせている。自分が実行した無慈悲な行為とは言え、犠牲になった竜騎士達を憐れんでいた。
その光景をリフィスとエーシンが唖然とした顔で並んで見ていた。
「エーシン先生、なんかコスモを見ていたら僕、怖くなってきました……」
「そ、そうだな、てっきり頭に血を昇らせて敵陣に単騎駆けをすると思っていたが、よもや、敵を味方にするとはな……」
正直なところリフィスとエーシンはコスモの力を見くびっていた。能力値が高く、英雄級とも呼ばれ戦闘だけは誰にも負けない者という認識であった。しかし、こうして敵をも味方に付ける技を有しているとなると話は変わる。
もしかしたら自分達も竜騎士達のようになるのでは?という不安が過ぎるからだ。そんな顔で見ていると、リフィスに気付いたコスモが近寄って来る。
「リフィス……」
「な、何かなコスモ?」
竜騎士みたいに子供返りすることを恐れたリフィスが、ぎこちない顔で返事をする。するとコスモが突然、頭を大きく下げる。
「すまねえ!俺が南門の空を守っていながら、犠牲者を出しちまった!」
コスモはウキレアの南門の空を守り切れなかったことを今でも悔やんでいた。その結果がエーシンの負傷と、リフィスの兵士達が命を失ったことだ。この失態は自分のせいだと思っていた。
その言葉を聞いたリフィスは、毅然とした顔になってコスモに言葉を返す。
「コスモ、君の悪いところはそこだね」
「悪いところ?」
リフィスの言葉を聞いたコスモが頭を上げる。
「君は確かに強い、恐らくアセノヴグ大陸で一番だと思う。でもね、その力で全てを救おうというのは虫が良過ぎる」
「で、でもそれが俺の力の使い所で、それが出来なかったら……」
コスモ自身も自分の異常な力を把握している。知っている上で、目に見える範囲だけでも仲間を必死に守ろうと考えていた。だが、それでも守り切れなかったことは自分の存在価値が無いものだと思っていた。
だがその考えは傲慢であり自惚れである。
そんなコスモの自惚れを見抜いたリフィスが、力強い声で否定する。
「この戦いを決めたのは僕だ。責任は全て僕にある!そして戦っている皆はそれを承知で協力してくれている。それはコスモも同じだ!1人で戦っているんじゃない、皆で戦っているんだ!」
「……そうだったな、俺1人じゃないんだ」
「力を持つ者は責任を多くを抱える、だけどさ、今は戦争中なんだ。勝つまでは振り返らずに行こうよコスモ。それが亡くなっていった者達を救うことにもなるのだから」
「ああ、リフィス、俺もすっかり忘れていたよ、これが戦争なんだなって……」
大きな力を持つ者は多くの責任を抱えることがある。それが要所の守りであったり、攻めの要であったりと状況は様々だ。だが、戦争というものは英雄級の能力値を持つ1人で、どうにかできるほど甘いものではない。
1人1人が勝利に向かって努力して協力して頼って掴み取れる戦いである。
リフィスの言葉を聞いていたエーシンも、その成長に嬉しさを感じながらコスモに注意をする。
「この馬鹿者め、拙僧が怪我したことや犠牲者が出たことで落ち込むとは、将としての自覚が足りん!」
「す、すまなかったよエーシン、それより足は大丈夫なのか?」
「こんなものかすり傷よ!それよりもリフィスの言葉、しかと胸に止めておくのだぞ!」
「分かったよエーシン」
コスモが申し訳なさそうにエーシンに返事をする。だが、コスモの活躍によって戦況が大きく変わり始めていたことは事実である。エーシンが笑みを浮かべる。
「しかしコスモ、お主は良くやった」
「良くやったかな……夢中であの黒い箱を持った竜騎士を落としただけだし……」
今日の戦いは失敗ばかりだと思っていたコスモが、褒められる理由が分からないでいた。
「バルドニア王国の空軍は約500騎、その内の半数以上を落としたことは戦局を決めたと言っても良い」
「そ、そうだったのか?」
「拙僧とグスト殿の見立てでは1カ月以上の長期戦を覚悟していた。それがお主の力によって大幅に縮小されたのだ。それは犠牲者が減ることにもなる」
「そ、そうか、それなら俺も盾奥義を使った甲斐があったってもんだ!はははは!」
二度と同じことは繰り返さない、そのことが無我夢中で戦っていた最中に達成されていた。
そのことで褒められたコスモが照れ隠しをするように笑顔を見せる。しかし口は禍の元、余計な言葉を口にしたことにコスモが気付いていなかった。
「で、コスモ、どんな盾奥義を使ったのだ?あの200人からなる竜騎士を言葉通り子供扱いしたのだ。特別な技を使ったのだろう?」
「ぐっ!……」
エーシンの問いかけにコスモが体を硬直させる。コスモの周りには子供返りした竜騎士達が心配そうに見守っている。コスモの良い部分でもあり悪い部分でもある正直過ぎる性格が出てしまっていた。
この状況で仕方なく観念したコスモが、盾奥義の母性の理想郷をエーシンとリフィスに説明するが、最初は理解されずに信じてもらえなかった。
だが、すぐに信じられる現象が起こり始める。
「あ、あれ……俺達はなんでウキレアに居るんだ」
「仲間を、味方を攻撃しちまった……これじゃ敵前逃亡、利敵行為で処刑されちまう……」
子供返りしていた竜騎士達が自分達のしでかした行動を思い出し絶望していた。
そのようすを見ていたエーシンとリフィスが、コスモの話が事実だと理解する。
次第に子供返りした竜騎士達全員が正気を取り戻すと、バルドニア王国を裏切ったことを思い出し、頭を抱えて苦悩する。真面目な軍人であるほど、コスモの奥義は効く。
しばらくして、代表者の1人がリフィスに投降を申し出て来る。
竜騎士達がそう判断したのも、今さらバルドニア王国に戻って事情を説明しようとも、相手は冷酷非情なレイドリア将軍である。信じられずに裏切り者として処刑されるのが目に見えているからだ。
竜騎士達の絶望する状況とは反対にリフィスとエーシンが笑いを堪えながら、周りに居た自軍の兵士達に竜騎士達を捕虜にするように指示を出す。
「お前達、この竜騎士の子らを丁重に捕縛するのだ。ぷっ、何せコスモの大事な子だからな、丁重にだぞ」
「ぷふっ、ちょっとエーシン先生、笑わせないで下さいよ」
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
コスモは顔を真っ赤にさせながら、リフィスとエーシンを睨みつけていた。
この後コスモは、母性の理想郷を口外しないように2人に強く言い付ける。だが、目撃者の多かったこの盾奥義の噂は瞬く間にアセノヴグ大陸全土へ広がっていった。
コスモには敵を子供扱いする技がある。そんな噂を聞いた者達の間で、聖母コスモ、母なるコスモ、という大陸の母親を代表するような呼び名が付くことになる。
嫁入り前のコスモにとって、これは大きな精神ダメージとなっていた。
~
そしてバルドニア王国、中央軍の本陣ではいつものように軍議が開かれていたが、雰囲気は最悪であった。
軍議用の天幕の中に集まった部隊長達が、気を落としながら今日の戦果の報告を行っていた。しかし、戦果とは呼べない現状確認の場に様変わりしていた。
レイドリア将軍の思惑では、ウキレアの戦力を大きく削り、士気を下げることを目的としていたが、報告された内容はその反対で、自軍の士気を大きく下げる内容になっていた。
「地上軍も500人近くが重傷、空軍も200人が重傷、さらに200人が敵側に投降、すでに我が中央軍は作戦の継続が困難な状況になりつつあります……」
各部隊からの報告をまとめたレイドリア将軍の側近が現状を説明する。その説明を聞いたレイドリア将軍は、椅子から立ち上がり激昂する。
「なぜそうなるのだ!我が軍は3倍近い戦力を持っていたのだぞ!打てる策もいくつも張り巡らした!なぜ勝てぬのだ!」
レイドリアが息を荒くして各部隊長に怒鳴り散らす。部隊長達も息を飲み、その言葉を堪えるしかなかった。そして竜騎士の部隊長が、信じてもらえないと思いながら、レイドリアに上空で起こったコスモの力を話す。
「将軍、今日のコスモが空で放ったピンク色の光、あれで味方が混乱して同士討ちとなりました。もしかしたら、あれがコスモの奥義だと思われます!」
「味方を混乱させる奥義だ?そんなものがあったら、戦争なぞ一人で帰結できるではないか!」
味方ごと攻撃しろと命じたレイドリアであったが、確かな戦略眼は持ち合わせていた。コスモに戦略的、戦術的に優れた頭脳があれば、1人で戦争を終結させる力があるのは事実である。
ただ現実的に見て、そのような都合の良い奥義がある訳が無いと思われるのが一般的な認識である。しかし、竜騎士の部隊長はありのままの事実を話していた。
「で、ですが本当のことなのです。あのコスモがウキレアに居る限り、空の突破は難しいのです」
「貴様、そのような言い訳で私を愚弄する気か!」
激怒したレイドリアが腰から銀の剣を抜くと、竜騎士部隊長の下に寄って行く。そしてそのまま竜騎士部隊長の頭に目がけて銀の剣を振り下ろす。
その瞬間、横から魔斧ハイボルトアクスが飛び出し、レイドリアの銀の剣を受け止める。
レイドリアが見覚えのある魔斧ハイボルトアクスに気付くと持ち主を横目で見る。剣を受け止めたのはグレメンスであった。
「レイドリア将軍、その者は竜騎士部隊でも優秀な男、この場で切り捨てるのは中央軍司令官として軽率ですぞ!」
「き、貴様はグレメンス!」
グレメンスの登場にさらにレイドリアが表情を歪める。代わりに周りに居た部隊長達の顔が安堵する。それを見るだけでも、レイドリアとグレメンスの人望の差が分かるというものだ。
しかし、中央軍司令官であるレイドリアは権限を使って、呼んでも居ないグレメンスを排除しようとする。
「貴様をここに呼んだ覚えはない!さっさと輜重部隊の本陣へ戻れっ!」
「その前にレイドリア将軍、ある方を連れて来た。この方の話を聞いてからでも遅くはない」
「何?ある方だと?」
グレメンスがレイドリアを宥めながら、身を横へ移すとその後ろから天幕の布を開き、女が1人入って来る。
「全く、戦争ってのは相変わらず下らないことの応酬だねえ」
「あ、貴女はローゼス様!」
目の前に現れたのは剣聖ローゼスであった。さすがのレイドリアも怒りを忘れたじろいでしまう。
ローゼスは中央軍の本陣から離れた場所にある村で小屋を1つ借り、戦況を見守っていたのだが今日の昼間にグレメンスが訪れて来た。
グレメンスは元部下の竜騎士から兵器の竜の牙を使用することを聞いて、戦況が思わしくないことを悟っていた。そこでローゼスの力を頼り、現状を打破しようと思い付いた。
越権行為ではあるが、罰を受ける覚悟を決めてローゼスをこの軍議の場へ連れてきたのだ。
ローゼスが軍議の場に現れた途端、その場に居る全員が跪き敬意を示す。それを無視するようにローゼスがレイドリアの座っていた椅子に腰を掛けると長い足を組み、レイドリアに目を向ける。
「私も今日の戦いを見ていたけど、そこの竜騎士の男が言う通り、コスモの放った奥義みたいので戦況が変わったねえ」
「そ、そんなまさか……」
「あのコスモってのは、ただのペガサスに乗った馬鹿力の持ち主じゃないってことさ。本陣に引き籠っている将軍様にゃあ分からないことだね」
その言葉を聞いた瞬間、レイドリアに殺意が湧く。銀の剣の柄を握り締め、恨めしそうに顔を上げようとするが、隣で跪いていたオジールに肩を掴まれ制止される。
オジールには分かっていた。バルドニア王国、グーラグラン王国、全兵力を結集してもローゼスには勝てないことを。
一度だけ、ローゼスがオジールの前で剣技を振るったことがある。その剣は言葉通り、山を1つ割って見せた。本人は修行の一環だと言っていたが、ローゼスの家の周りにある山々は悉く縦に割れて異様な光景を作り出していた。
ただの剣の使い手が自然の災害と同じ力を行使する。それは人の手ではどうにもならない領域にまで達していた。
するとグレメンスが跪いた状態で、改めてローゼスに頼み込む。
「ローゼス様、どうか貴女の剣で我が軍を救って頂きたい!」
「グレメンスッ!貴様、さっきから何様だ!たかが部隊長の分際で!」
「黙りな!」
ローゼスが軽く殺気を込めて言葉を放つと、レイドリアを含む歴戦の部隊長達が凍り付く。見た目と違い美しいローゼスからは辺りが歪んで見えるほどの青い闘気が放たれている。
特に実力を知っていたオジールは狼狽する。この場に居る者など数秒あれば首をはねることができるからだ。
辺りが静かになったところで、ローゼスが闘気を抑え、グレメンスに答える。
「グレメンスって言ったっけか、あんたの要望には応えられないね」
「で、でしたら!冒険者のコスモだけでも、止めて頂きたい!」
「……ふーん。あんたコスモのことを知ってるね?」
戦線に出ていないグレメンスがコスモの実力を知っている訳がない。それをあたかも知っているような願いをローゼスは見抜いていた。そしてローゼスはコスモのことを弟子のフィオーレの手紙でしか知らない。
「ちょっとコスモって子の話を聞かせてくれるかい。それ次第じゃあ協力しないこともない」
「は、ははっ!私の知りうる限りのお話を致します」
グレメンスがリンティス魔導公国でコスモと出会った経緯から、決闘をした時の力、行動、考え方、別れるまでの知っていることを全て話す。
周りで聞いていた部隊長達も、想像以上のコスモの実力に驚きを隠せないでいた。グレメンスが【魔力】が無い癖に【魔力】依存の武器、魔斧ハイボルトアクスを用いたとしても、将軍として遜色ない実力の持ち主である。
それが一撃の下に倒されたことに、その場に居る全員がコスモの本当の実力を知ることになる。
話を聞いていたローゼスが、グレメンスから話を聞いて段々と機嫌を良くしていく。余りにも痛快で、馬鹿が付くくらいに堂々とした振舞いをしていることが分かったからだ。
「はははははは!今時珍しい子じゃないか、気に入ったよ!」
「そ、それでは我が軍に協力して頂けると?」
「ちょっと待ちな、それには条件がある!」
「じょ、条件……」
機嫌が良くなったローゼスが話を受けてくれると思っていたグレメンスの顔色が変わる。これ以上は越権行為では無く、軍という統制から逸脱してしまう恐れがあったからだ。
その心配を他所に、ローゼスが右手の人差し指と中指を立てる。
「その条件は2つ、私とコスモの決闘を邪魔しないこと。あと、決闘の決着が着いたら、直ちに戦争を止めて勝者の条件を飲むこと」
ローゼスの出した条件は戦局を覆すもの、グレメンスの悪い予感が当たり、すぐに返答が出来ないでいた。
立場上、司令官はレイドリア、条件を飲むか飲まないかの決定権は彼にある。そのレイドリアが断り、戦争を継続すればバルドニア王国に勝ち目は無いとグレメンスは分かっていた。何とももどかしい状況である。
そのレイドリアはグレメンスの予想通り、断りを入れようとするが、オジールが耳元で囁き説得をする。どう言った話をしたかは分からない。だが、それでレイドリアの考えが変わる。
「分かりましたローゼス様、中央軍司令官の名において、貴女の条件を飲みましょう」
「……これで交渉成立だね。さあ、明日の朝にでもウキレアに使者を出しておくれ」
こうして明日はコスモが了承すればローゼスと決闘することになる。軍議の場に居た将校や部隊長達がざわめく中でローゼスがグレメンスに目を向ける。
「グレメンス、悪いけど私を村まで送ってくれるかい?」
「は、ははっ!」
そう言うとローゼスは椅子から立ち上がり、グレメンスを引き連れ軍議用の天幕の外へ出て行く。そしてバルドニア王国の中央軍に、明日の作戦行動が変更されたことが伝達されて行った。




