第101話 ウキレア攻防戦その2
ウキレア攻防戦が始まって2日目の朝、バルドニア王国の中央軍司令官、レイドリア将軍の命令を受けた竜騎士100騎が制空権を得るため、商業都市ウキレアの南門の上空に迫っていた。
そのようすをコスモの軍師エーシンが南門上の櫓から確認する。
「コスモ、とうとうバルドニア王国が竜騎士達を出してきおったぞ!」
南門の中で、すでに準備を整えたコスモがペガサスのサジーに騎乗していた。エーシンの声を聞いたコスモが、サジーに取り付けた手綱を掴み南門の上の櫓を見つめる。
「こっちはいつでも行けるぜ!」
エーシンに元気良く返事をすると、赤いペガサスを一目見ようと集まる兵士達に混じっていたリフィスがコスモに声をかける。
「コスモ、地上は僕とエーシン先生で何とか食い止める。空の竜騎士達は頼んだ!」
「安心して見てろリフィス、俺とサジーの力を奴らに見せ付けてやるぜ!」
そういうとペガサスのサジーが大きく翼を羽ばたかせ、ゆっくりと上昇を始める。それをリフィスや兵士達がゆっくりと目で追っていく。
その姿はまるで、美しい戦乙女が天馬に騎乗して天上の戦いに挑むかのような神々しい姿に見えていた。
南門の櫓を超え、さらに空高く上昇するとコスモの視界に竜騎士が横一列に並び、こちらに迫って来るのが見えてくる。
その光景は圧巻で、バルドニア王国の持つ自慢の空軍の力を誇示させていた。
それを見たコスモは一切の不安は無かった。逆にこれから始まる初めての空の戦いを楽しみにしている。それも魔剣ナインロータスの重さをものともしない、ペガサスのサジーの持つ力を信じていたからだ。
そのサジーも大軍で迫る飛竜をじっと見つめて、戦う相手として不足はないといった顔付きになる。その声が技能【意思疎通】でコスモにも聞こえて来る。
(ぺっ、上等じゃあ!砂利の飛竜が何匹も来たところでわしの相手じゃないけえ!)
(おい、サジー、さっきも言ったけど相手に重傷を負わせるだけでいいからな)
(わーっとるわいコスモ!あのエーシンとかいう小娘がしつこく言うとったけん、全く人間の考えてることはよう分からんわい)
今日の早朝、戦いが始まる前に、軍師のエーシン、グストから新生ウキレア公国の軍全体にある命令が下されていた。それが、敵の命を故意に奪うことを禁ずるという変わった命令であった。
これから始まるのは攻城戦、もっとも死傷者が出やすい戦いなのにそれを禁じていたのだ。もちろん一部の貴族が反発するが、グストがちゃんと理由の説明を始める。
「そんな余裕が無いことは重々承知しています、ですが相手を死傷させてしまっては、それを無駄にしないようにと乗り越える者が現れます。敵の将もそれを利用して、仲間の敵討ちだと自軍を鼓舞するでしょう」
後が無いバルドニア王国の兵士達にとって敗北することは即ち、自分の命が終わることを意味する。その覚悟を持った兵士は命懸けとなって、数倍以上の実力を発揮することがある。
しかし、重傷を負わせることで、傷付いた仲間を助けるという軍の行動心理を逆手に取った作戦を実行しようとしていた。
「しかし、敵兵に重傷を負わせることで助ける兵士が出て来ます。そうなると1人に対して最低でも2人が戦力から外れる。無事に本陣に戻ったところで復帰するには数日かかります。生きているということはそれだけで消耗するのが人間なのです!」
グストの説明を聞いて、反発していた貴族達もその意味を理解する。
バルドニア王国が食料不足で切羽詰まっているのは周知の事実、それを加速させるための作戦だと気付いたからである。ただ相手を倒すだけではこちらも手痛い反撃を受け消耗する。
今大事なのは時間をかけてバルドニア王国の中央軍の無力化することである。
コスモもそのことをエーシンから個人的に聞かされていた。元々、無駄に命を奪うことを嫌っていたので、喜んでその作戦を受け入れていた。
(という訳でよ、サジー、お前の実力をあいつらに見せてやろうぜ!)
(何を言うとるんじゃコスモ、おどれが一番、この戦いを楽しみにしとったんじゃろが!)
(へへっ、ばれてたか!)
(本当におどれは大したタマじゃ、わしの神輿にふさわしい女じゃ!)
不謹慎ながらも、コスモはペガサスに騎乗して戦うことを楽しみにしていた。
空での戦いは男の浪漫でもある。海戦に続いて空戦も出来ることにコスモは喜びを感じていた。しかも、その相棒がただのペガサスでは無い、サジーという強力なペガサスに騎乗している。
なおさらその期待が高まってしまうというものである。
迫りくる大軍に恐れよりも喜ぶコスモの気持ちを、ペガサスのサジーは見抜いていた。だが、コスモのやることは変わらない。いつものように商業都市ウキレアと北方連合国を守るために働くだけである。
コスモが右手に魔剣ナインロータスを握ると戦闘準備を整え、サジーに技能【意思疎通】で伝える。
(こっちの準備はできた。いつでも行けるぜサジー!)
(よっしゃ、鼻たれの飛竜共にペガサス魂というのを見せ付けやろうかのう!)
そう言うとサジーが翼を大きく開き、閃光のように竜騎士部隊へ向かって飛んで行く。
そして編隊を組んで飛んでいたバルドニア王国の竜騎士達が、ウキレア上空から迫る赤いペガサスに気付く。
「隊長!正面から赤い何かが一直線にこちらに向かって飛んできます!」
「敵か!」
「そ、それが良く見えません!……し、しかも早い!」
「な、何を言って……」
竜騎士の部隊を率いる隊長が、部下からの報告を受けるが、意味が分からずとまどっていた。
すると突然、目の前にピンク色の女と、同じくピンク色の刀身が迫っていた。
ガンッ!!ズゴゴゴゴゴゴ……!!
赤い閃光のように飛んで来たピンク色の刀身が隊長の顔面に命中すると、必殺の一撃音と同時に吹き飛ばされ飛竜の上から落下していく。
すると騎乗していた飛竜が、主人の隊長を助けるために下降していく。
訓練された飛竜は騎乗していた主人が落ちると、戦闘を止めて救助に向かうように躾けられている。下の方では地面に落下する前に、飛竜が何とか主人の隊長を救っていた。
すると竜騎士部隊のど真ん中で、赤い閃光が停止する。現れたのは魔剣【ナインロータス】を持った赤いペガサスに騎乗したコスモである。
ちなみに一見、相手を絶命させた渾身の一撃のように見えるが、コスモは特殊技能【不殺】を使って相手の【体力】を1だけ残していた。
ただ、それでも痛みだけは見た目通りに相手に伝わっているので、えげつない攻撃に変わりはない。
隊長が落とされたことで周りの竜騎士達が警戒して旋回を始める。隊列を崩さないままに、停止した赤いペガサスの周りに滞空する。そしてしっかりと敵の姿を確認する。
赤いペガサスにはピンクのビキニアーマーを着た美しい女と、ピンク色の刀身の魔剣【ナインロータス】を持つ、コスモの姿が見える。
竜騎士達はその姿を見て、アセノヴグ大陸に名を馳せる英雄級の冒険者のコスモだということに気付く。
「あ、あれは冒険者のコスモ……しかも何だ、あのバカでかい赤いペガサスは……」
「な、何でペガサスに乗ってるんだ、話じゃあコスモは【ソードアーマー】のはずだろ!」
竜騎士達が驚くのも無理は無い。竜騎士達がコスモを知ったのは、コスモがバルドニア王国に入国した際に国王のカイネルが出会った時で、その時はただの【ソードアーマー】であった。
何よりも噂通りに、本当にピンクのビキニアーマーを着ていることの方が衝撃的で、その話だけが竜騎士達の間で話題になっていた。
それに飛竜やペガサスに騎乗するには相性や長い訓練が必要で、簡単に騎乗できないことは、竜騎士達も知っている。
それを僅かな期間でコスモが乗りこなしているのが信じられなかった。【ペガサスソードアーマー】はアセノヴグ大陸でもコスモしかなれない特殊な職業である。
驚きとまどう竜騎士達に向かって、コスモが大きな声で警告する。
「ウキレアの空は俺が守護している!これ以上、攻めるつもりなら、それなりの覚悟をして貰おうか!!」
竜騎士達はたった1騎のコスモに気圧されていた。自分達の隊長をあっという間に倒してしまったのだ。それにコスモが持つ輝かしい功績も知っている。
例え、全員でコスモに挑んだとしても勝てないことは明らかである。だがこれは戦争である。勝ち目が無い相手でも立ち向かわなくてはならない。
竜騎士達の使命はウキレアの制空権を得ること。そうしなくては地上の仲間が苦戦を強いられる。いかなる相手でも、背を向けて逃げる訳にはいかない。
すると1人の竜騎士が周りの仲間に呼びかける。
「例えコスモが相手だとしても、空中戦では我らに分がある!良いか、いつものように相手を四方から囲み、突撃するのだ!」
1人の竜騎士が声を上げると、横一列になっていた編隊を2人1組に変えて、コスモの四方を囲う動きを見せ始める。
空中の接近戦は敵に対して、編隊を2人1組にしていた方が有効である。空中では見える視界が限られ、全ての方位を警戒することができないからである。
2人1組の内、1人の竜騎士がコスモの死角である背後から、鋼の槍を構えて突撃を始める。それを相方である後ろの竜騎士が見つめ、コスモの動きを注視する。
しかし、鋼の槍を突き出した瞬間にコスモと赤いペガサスの姿が消える。
すぐに突撃した竜騎士が旋回行動をしつつ背後に居る仲間に、コスモの行方を確認する。
「おい、どこに行ったか見えたか!」
「い、いや……後ろで見ていたが、俺にも見えなかった!!」
何十人といる竜騎士達の視界からコスモが消えて見せる。竜騎士達が慌てて辺りを見回すが、コスモの姿が見えない。
すると、突然、必殺の一撃音が響き渡る。
ズゴゴゴゴゴ!!
後方に居た竜騎士がコスモの魔剣によって叩き落される。その音に気付いた竜騎士が一斉に視線を向けると、またコスモの姿が消える。
そしてまた必殺の一撃音が鳴り響く。
ズゴゴゴゴゴ!!
今度は違う方向からで、先ほどの場所からかなり距離がある。移動すれば見えるはずなのに、それが見えない。
恐ろしいことに、その必殺の一撃音の間隔が段々と早くなっていく。仲間が次々とコスモによって飛竜の上から叩き落されていく。この異様な光景に竜騎士達が恐怖に襲われる。
「ば、化け物だ……か、勝てる訳が無い!」
恐れをなした1人の竜騎士が戦線を離脱しようと飛竜を操ると、それに追いすがるようにコスモが現れ、背後から魔剣を叩き付ける。
ズゴゴゴゴゴ!!
やっとコスモの移動する姿が見えたが、それでも残影である。竜騎士達の目にはっきりと捉えられなかったが、あることに気付く。
「も、もしかして、あのペガサスは速度を落とさず鋭角に動いているのでは……」
竜騎士の呟きがコスモの耳に届くと、その竜騎士の前にコスモが姿を現す。堂々とした立ち振る舞いで魔剣を肩に担ぎ、竜騎士達を見つめる。
「おー、やっと気付いたか!」
やっと自分の動きを理解してくれたのが嬉しいのか、コスモは笑顔を見せていた。
空中で生活する鳥や飛竜、ペガサスなどは飛行する際、流線を描くように飛ぶ。それが最も、効率的で体の負担も少なく速度も出しやすい。
しかし赤いペガサスのサジーは【超獣化】した個体である。知能と肉体も通常のペガサスの何倍も優れている。しかも、大軍の野生の飛竜を1人で蹴散らした戦闘力もある。
そんなサジーの大きな翼は、戦いに特化した造りになっていた。それが、驚異的な瞬発力を生み出し、制動を無視した移動を可能としていた。急に消えて見えたのも、直角に速度を落とさずに動いていたからだ。
「ま、まるで赤い閃光……」
この戦いを見た竜騎士達の間で、コスモに新たなあだ名が付いた瞬間であった。閃光のように目にも止まらぬ動きで相手を翻弄し、閃光のように瞬時に相手を倒す。
たった1騎の赤い【ペガサスソードアーマー】に100騎の竜騎士達が落とされたというこの戦いは、伝説となって長い間バルドニア王国で語り継がれていくことになる。
「さあ、先行部隊のお前らには、しばらく寝ててもらおうか!」
そう言うと怯える竜騎士達を気にすることなく、コスモが姿を消して容赦なく魔剣を叩き付けていく。
次々と飛竜から叩き落される竜騎士が、ウキレアの上空で雨のように降り注ぎ、それを飛竜が回収するという異様な光景が広がる。
この光景をウキレアで見ていた兵士達が、呆気に取られていた。普通なら空の脅威を排除したことで、士気が上がるはずなのだが、いつものようにやり過ぎなコスモに味方が引いていた。
先行していた竜騎士100騎のほとんどが壊滅すると、地上で見ていたリフィスが顔から汗を流し、想像以上のコスモの強さに呆れていた。
「コ、コスモってあんなに強いんだ……」
「うむ、コスモが居れば空の心配はいらぬな」
軍師のエーシンはコスモの活躍を満足そうに見上げていた。そして隣に居たリフィスの背を叩く。
「さあ、地上からの攻撃が来ておる。今度はリフィス、お主の出番だぞ!」
「はい、エーシン先生!」
すでに南門、東門にはバルドニア王国の兵士達が殺到していた。敵も森から切り出した丸太で作った仮設の橋を堀に架けて、破城槌を使って城門をこじ開けようとしていた。
その堀の外側からは城門を攻める部隊を援護するように、敵の弓兵部隊、魔法部隊が並び、雨のように矢と魔法攻撃を降らせて来る。
その猛攻を城壁の上で盾で防ぎつつ、ウキレアの兵士達が迫りくる敵に向かって熱湯や火矢を放ち、城門の破壊を防ごうとしている。
「矢はまだまだある!敵の攻城兵器に向けて火矢を放て、それと熱湯も常に沸かしておくんだ!」
リフィスが南門の城壁の上を周って味方を鼓舞する。
城壁に梯子をかけて上る敵には、熱湯や穂先の無い槍などで堀に突き落としていく。新生ウキレア公国側の兵士は攻める者と守る者で2人1組にしていた。
外から飛んで来る矢と魔法攻撃を、守る者が大きな盾で防ぎ、城壁を梯子で上る敵には攻める者が対応する。こうすることで担当を単純化して、練度の低い兵士でも問題無く戦えるようにしていた。
そして戦上手の兵士達は投石や弓矢で、迫りくる敵に傷を負わせるように尽力していた。
この効果も少しずつ見え始める。傷を負った仲間を他の仲間が支え戦線を離脱していく。もちろん、この離脱する兵士は狙わないようにエーシンとグストは言い付けている。
すると城門を攻めていた敵の隊長が、仲間を助ける兵士に向かってある命令を出す。
「怪我をした者は放っておけ!まずは城門を突破するんだ!」
戦線を離れる兵士を減らすために、そう叫ぶがこれが仇となる。人の叫び声や怒号が入り交じる中で、その声を聞いていたエーシンが隊長の居場所を確認する。
「よし、あの者を集中して狙え、もちろん、怪我をさせるだけだぞ。フフフッ」
エーシンが敵の隊長に向けて、射かけるように指示を出すと、ウキレアの戦上手な兵士達が照準を合わせていく。
一斉に放たれた矢と投石が敵の隊長に命中するとその場で動けなくなる。
「ぐあっ……だ、誰か俺を助けてくれ……」
敵の隊長が周りの仲間に助けを求め、それに数人が応じて肩を貸すとそのまま戦線を離脱する。
「軍とは統制が取れているほど上官を優先して助けねばならぬ、難儀なことよのう」
城壁の上でエーシンがあくどい笑みを浮かべる。
軍の命令系統は必ず順守することが決められている。そうでなければ、人数を活かした集団戦が出来なくなるからである。そして優れた上官ほど、戦線で指揮を執る傾向がある。
そのことは歴史に名を残す者で証明されている。それを狙い撃ちすれば敵の士気は落ちる。だが、それを見つけ出すには自分も戦線に出るしかない。
エーシンもリフィスも命懸けで、バルドニア王国の戦力を削ろうとしていた。
ただ敵も短期決戦を見据えているだけあって、簡単に諦める様子はない。上空でもコスモを避けながら、広範囲に散らばって竜騎士達が攻めて来る。
しかし、ペガサスのサジーの守備範囲は想像以上に広かった。視界に映る距離であれば、ものともしない速度で追い付かれて排除される。
上空からも手の打ちようが無くなった竜騎士達はコスモと睨み合い、膠着状態になる。そして敵の地上の部隊だけがウキレア攻め続けることになる。
南門、東門では激しい攻防戦が繰り広げられているが、手薄な西門、北門にも少しずつ敵が増えて来る。そのようすを西門の上からレオネクスの参謀のフェニーが見つめていた。
「レオネクス様、そろそろ露払いの時間です」
「やっと俺達の出番か!待ちくたびれたぜ!」
西門の内側ではレオネクス率いる百合騎士団100騎が整列していた。主に馬に騎乗した【グレートナイト】、【アックスナイト】で編成されている。
西門の上から地上に降りたフェニーも馬に騎乗するが、少しおかしいことになっている。フェニーの騎乗する馬にはなぜか、リフィスの近衛兵であるカルボーイが鋼の剣に持ち替え一緒に騎乗している。
そして未だに鋼の剣をフェニーの首元に添えている。
「あ、あのフェニーさん、ぼ、僕も付いて行く必要ありますかね?」
「カルボーイ君、貴方は私を人質に取っているのです。それをバルドニア王国に知らしめる必要があります」
「そ、そんなもんですかね……」
「そういうものです!」
フェニーの強い押しに負けたカルボーイが、仕方なくフェニーの腰に片手を回し、振り下ろされないようにする。すでにカルボーイはフェニーのアクセサリーの一部のようになっていた。
そしてレオネクスが大きな声を上げ、ウキレアの兵士に西門を開門するように伝える。
「西門を開門しろ!百合騎士団、出撃する!」
開門と同時に吊り橋も下ろし、外に出れるようになると、西門が完全に開く前にレオネクス達が突撃を開始する。
その後に食らいつくようにフェニーとカルボーイの乗った馬がついて行く。ここに人類史上初めて、戦場を一緒にかける人質と人質を取っている者という構図が生まれる。
西門に集まっていたバルドニア王国の地上軍を、刃を柔らかい綿で覆った状態の神器【ドラバルド】でレオネクスが大きく振り抜くと、10人が同時に吹き飛ばされて行く。
その後ろからは馬に乗った副団長のサンジとマンジの【ソードマスター】兄弟が、敵兵の手足を切り付ける。そのまま止まること無く相手を切り付けると、今度は北門を目指してレオネクスが進んで行く。
今回の狙いは殲滅では無く遊撃、相手の攻撃を少しの間でも止めることが目的である。
北門でも少数の敵を見付けると、一気に蹴散らし、そのまま止まることなく東門へ突き進む。順調に遊撃としての役割りを果たしていくが、ここでレオネクス率いる百合騎士団の前に、オジール率いる戦車隊【チャリオット】が現れる。
「この裏切り者が!ここから先へは行かせん!」
レオネクス達と並走しながら、戦車隊が戦車の上から矢を一斉に射かけてくる。
「全員、防御態勢!」
フェニーの指示で百合騎士団の全員が盾を構え戦車隊へ向ける。飛んで来た矢が盾に弾かれ、地面に落ちるとすぐに戦況を見極めたフェニーの指示が出る。
「【グレートナイト】30騎はレオネクス様と共に、戦車隊の迎撃を行います!残りはサンジとマンジが率いて東門へ遊撃するのです!」
「おう、フェニーさん東門は任せろ!」
「フェニーさんも気を付けて!」
馬を走らせながら、サンジとマンジが【アックスナイト】70騎を引き連れて東門へ向かう。そのようすを見ていた戦車隊を率いるオジールが顔をゆがませる。
「我らをたった30騎で相手にするだと、舐めたことをしてくれる!」
東門前に集まっていた戦車隊は全部で20台で、ウキレアの周囲は平坦な平原になっている。戦車隊の力を存分に発揮できる環境で、たった30騎で向かって来ることにオジールは怒りを見せる。
すると、フェニーが全員に狙い標的を指示する。
「良いですか!戦車隊の車輪を狙うのです!後方から回り込み2人同時に左右から狙いなさい!」
「「「おおおー!!」」」
指示を受けた【グレートナイト】達が並走する戦車隊の後方に回り込むと、隊を二つに分けて左右から攻撃を行おうとする。
その動きを見たオジールも戦車隊に指示を出す。
「馬鹿め、そんな分かり切った攻撃を黙って受けるとでも思ったのか!皆の者、大きく旋回するのだ!すれ違い様に敵を叩き落せ!」
戦車隊がうねるように旋回を始めると、後方に張り付いていた【グレートナイト】達に正面から向かって行く。戦車の上では兵士が鋼の槍を構えている。
すると、レオネクスが先頭に飛び出し、神器の【ドラバルド】を大きく構える。
「貴様ら戦車隊は平坦な地形でのみ、実力が発揮されるのは知っている!なら、その地形を変えてやれば良い!」
そう言うとレオネクスが神器【ドラバルド】を地面に勢い良く叩き付ける。
「斧技【隆陸斧】!」
レオネクスが持つ特殊技能【曝陸斧】は大地の力を利用する技能である。その技能を斧技に組み込み、大地を自在に変形させようとしていた。
叩き付けられた地面からオジールが率いる戦車隊に向かって、高く盛り上がった土が地面を這う竜のように向かって行く。
その盛り上がった土に戦車隊の車輪が乗り上げて次々と転倒して行く。
「ば、馬鹿な!あれが神器の力なのか!」
オジールが目を見開き、次々と転倒する戦車隊を見つめていた。
バンディカ帝国で最大の陸戦力を持つと言われた、レオネクスの百合騎士団の存在は知っていたが、想像以上の力に驚愕していた。何より邪神竜を討ったと言われる神器が、ここまでの威力を持っていることが衝撃的であった。
レオネクスの後方からは【グレートナイト】が続き、転倒した戦車隊の車輪だけを狙い、破壊して行く。
立ち止まったレオネクスの横にフェニーが馬で駆け寄り声をかける。
「レオネクス様、お見事です」
「何、フェニーの対戦車隊の戦術があったからこそだ」
フェニーもスーテイン領では頭脳的役割を担う、参謀という役目についている。以前から新生ウキレア公国に味方することが分かっていたので、バルドニア王国の戦力を分析して、対抗するための戦術を練っていた。
その戦術によって半数以上の戦車隊が潰されたオジールが、残った戦車に撤退の号令を出す。
「引け!ここは引くのだ!」
戦車隊がオジールの後に続いてバルドニア王国の本陣へ逃げて行く。逃げる戦車隊を深追いすることなく、フェニーが次の指示を出す。
「深追いをする必要はありません、このまま東門の応援に向かいます!」
そう言うと【グレートナイト】とレオネクスが東門に向けて馬を走らせて行く。この戦いで東門の戦車隊はほぼ壊滅したと言って良い。このことでさらにレオネクス達が遊撃しやすくなった。
そのようすを東門の上から見ていたグストが強く拳を握り込んでいた。
「レオネクス様の力があれ程とは……やはり神器の継承者は只者ではない」
レオネクスの噂以上の強さにグストも感嘆する。そのお陰で苦戦をしていた東門も、敵の攻める勢いが弱まり、体勢を立て直すことが出来た。
しかし、精強なレオネクスの率いる百合騎士団も、南門まで辿り着けなかった。南門はバルドニア王国の本陣にも近いため、敵兵の補充が早いことと、何重にも防御陣地が張られていたためである。
それでも南門は公王のリフィスが直接指揮を執っているので、どの門よりも味方の士気が圧倒的に高い。それとエーシンによる的確な指示が常に戦場に飛び交い、隙の無い防衛を行っていた。
攻防も一進一退となって進み、日が沈み始めるとようやく敵の部隊が引き揚げて行く。
城壁に居たウキレアの兵士達が歓声を上げて、それを喜んでいた。
その中に混じってリフィスが南門の上から、バルドニア王国の本陣を見つめていた。
「ふう……なんとか2日目も守れたか……」
まだウキレア攻防戦が始まって2日、今日のような猛攻が明日も続くのかと考えると気が重くなっていた。そしてリフィスを更に気を重くさせる事態が発生していた。
それは味方に犠牲者が出ていたことである。
南門から離れた通りにはその遺体が並べられている。いくら籠城している防衛側が有利な状況だとしても、攻城戦というのはどうしても犠牲者が出る。
それも承知した上で新生ウキレア公国を興したが、分かっていたとしても割り切れないでいた。
しかも、こちら側は相手の命を取らないように加減している。
これが無ければ犠牲者はもっと少なかったのかもしれない、そもそも新生ウキレア公国を興さなければ、こんな戦いになることは無かったと考えてしまう。
リフィスは犠牲者を見て少しずつ、自分の判断が正しかったのか迷いを持ち始めていた。
すると東門から軍師のグストがリフィスの下に駆け付ける。周りが喜びに沸く中で、リフィスの顔だけは沈んでいた。そのことが分かるとグストが途中からゆっくりと側に寄っていく。
「リフィス様、今はお辛いでしょう」
「グスト……」
リフィスがグストに気付くと心配をかけまいと顔を笑顔に戻して、東門の指揮をしていたグストを労う。
「僕よりもグストの方が大変だったんだ。こんなことで落ち込んでいられないよ」
「いえ、落ち込んでもらって結構、自分の気持ちを偽る必要はありません」
意外な返答にリフィスが驚く。そのままグストが真剣な眼差しを向けて続ける。
「キリアン様やフィアン様、お二方も戦いで犠牲になった者達を悲しんでおられました」
「そうだったのか……やっぱりお爺様も父上も同じ気持ちだったんだね」
「はい、そしてお二方はいつもこうも言っておられました。『神器なんか扱えない方が良かった』と」
「それは一体……」
「これは私の勝手な解釈ですが、神器を持ったからこそ、戦いに身を投じることになったことを後悔していたと考えています」
元々、リフィスの祖父であるキリアンは神器で邪神竜を討った功績で、ジョストン領という領地を与えられていた。もし神器が無ければ争いに巻き込まれることなく、大事な部下や兵士が犠牲になることもないとグストは解釈していた。
「お二方は優し過ぎたのです。だからこそ争いに身を投じる原因となった神器を嫌っていたのでしょう」
「……そうか、神器が扱えない方が良かったか」
リフィスは不思議な気持ちになっていた。てっきり祖父のキリアンと父のフィアンは神器によって活躍したものばかりだと思っていたからだ。
その2人が揃って神器を扱えない方が良いと言っていたのは意外であった。
そしてグストの顔を見て、なんでそんな話を今更するのかとも思っていた。
「なぜ、そんな話を今するんだグスト」
「それは神器を扱えないリフィス様が、自分の意志で自ら戦うことを望んだからです!それはキリアン様もフィアン様も成し得なかったこと、リフィス様はジョストン家の中でも一番強い心を持つ方なのです!」
神器によってキリアンとフィアンはジョストン家の当主として祭り上げられていたが、リフィスだけは神器が扱えないことで不当な評価を受けて当主になっていた。
当初は、領主として無難に過ごそうとも諦めていたが、コスモと出会ってから全てが変わっていった。
神器が無くても自分にできることはないか、そう模索している内にバンディカ帝国から独立して国を興している。
グストのリフィスに対する当主としての評価は、神器の扱えていたキリアン、フィアンに比べても満点に近い、理想的な当主であった。
「そして強い心を持つ者ほど、悲しみを知っております。犠牲になった者のためにも、この北方連合国に恒久的な平和をリフィス様に築いて頂きたい!」
グストがリフィスの目を見て正直な気持ちを伝える。その気持ちを察したリフィスがグストの肩を軽く叩く。
「ありがとうグスト、あと付け加えるなら貴方という存在が僕に居たことだよ。それも忘れないで欲しい」
そう言うとリフィスは南門を降りて、遺体の側で悲しむ親族や友人に声をかけて慰めていく。
リフィスの目にはもう迷いは無かった。犠牲になった者のためにも、亡くなった祖父や父のためにも、必ず北方連合国の争いを無くすと改めて決意する。
そしてグストは肩を震わせていた。今、リフィスがかけてくれた言葉は、生前のキリアンもフィアンも自分に言っていたことだからだ。
「キリアン様、フィアン様……リフィス様は立派に成長されました。きっとお二方の願いはリフィス様によって叶えられるでしょう……」
城壁の上には数人の見張りだけが残り、他の者は休みを取りに城壁を降りて行く。グストが日が暮れていくのを城壁の上からじっと見つめていた。




