第99話 ウキレア攻防戦の前日
バンディカ帝国のスーテイン領の領主であるレオネクスの裏切りは、すぐに大陸全土へ伝わっていった。
共に従軍していた領主のジルトやレイグの下にも伝わっていた。だがレオネクスはリフィスの独立撤回の説得を皇帝ウェイリーから任された筈、なのに裏切ったことが腑に落ちないでいた。
そんな中で、ジルトとレイグの心を読み取るかのように、皇帝ウェイリーから予定通りに進軍をするように通達が来る。
ここまで時期が同じであれば、ウェイリーに何か思惑があるものと察したジルトとレイグは、予定通りに進軍を続けて行く。
そんな騒ぎもあったリフィスの籠る商業都市ウキレアに、レオネクスやルクシーン、マーシャやイリーナ、そしてガリオンという頼もしい援軍が加わり、籠城戦を盤石の態勢で迎えることが出来た。
その日から翌日。
バルドニア王国の城塞都市ガーグラでは、国王であるカイネルが居城の王の間で、各地の進軍状況について報告を受けていた。
カイネルの前で跪いた兵士がカイネルに、各地の状況を伝える。
「北方軍はスーノプ聖国の国境に到着、西方軍はリンティス魔導公国の国境に到着、中央軍も新生ウキレア公国の公王リフィスが籠る、商業都市ウキレアの正面に布陣致しました!」
「予定通りだな、では明日から本格的に攻勢をかけよ!」
「ははっ!」
各方面軍の配置を聞いたカイネルが、明日からの攻撃を兵士に指示すると、兵士が王の間から出て行き、各地の方面軍司令へ伝令に走る。
ここまでは順調に進みカイネルも満足気な顔で落ち着き払っていたが、別の兵士が慌ただしく王の間へ入って来る。
「陛下!大変でございます!」
「そんなに慌てて一体何があった?」
「中央軍に所属していた、バンディカ帝国のレオネクス公爵が率いる【百合騎士団】が昨日、新生ウキレア公国に寝返りました!」
「な、なんだとっ!!」
レオネクスの寝返りを聞いたカイネルが玉座から立ち上がり、信じられないような顔をする。
事前にレオネクスの使者から、リフィスの説得に向かうとカイネルは説明を受けていた。無駄なことを、と思いながらも納得してそれを了承していた。
だが、そのレオネクスの率いる全部隊が裏切るとは予想外であった。
何せバンディカ帝国を代表する、神器の継承者の貴族の1人と言っても良いレオネクスが裏切ったのだ。
どんな理由でレオネクスが裏切ったのか、カイネルはそこが推し量れないでいた。親の仇でもある山賊を討ち果たし、バンディカ帝国に対しては高い忠誠心を持つ傑物として知られている。
最初は信じられなかったが、兵士のようすから見てまず間違いは無い。
バンディカ帝国が建国されて以降、リフィスに続いて2度目の貴族の裏切りである。カイネルもさすがに土壇場で子飼いの貴族に裏切られるバンディカ帝国、現皇帝のウェイリーに失望していた。
元々、戦力として当てにはしていなかったが、それでも同じ王として情けなく感じていた。
そのウェイリーが裏切り者に対してどう対処するのか、呆れた顔で玉座に座ると兵士に何か聞いていないか確認する。
「……それでバンディカ帝国は、ウェイリー皇帝はどう動くと言っている?」
「は、はい!さきほどバンディカ帝国の伝令兵が、飛竜に乗って連絡をしにきたのですが、すぐにでも代理の使者と謝罪の書状を持って訪れると……」
「ちっ……飼い犬の躾もまともにできぬ男が、謝罪だけはこうも早いのだな……」
この出来事を通してウェイリーは人類を導く器では無いと悟ったカイネルは、より自分の方が優れた指導者であることを認識する。
そして冷静に考えても、レオネクスの裏切りがあったところで戦力の差はそこまで開いてはいない。中央軍がウキレアに攻勢をかけるのに何も問題は無い。
それに万が一、各方面軍の形勢が不利になったとしても、方面軍の将軍には戦局を覆す宝具【ブラックオーブ】を授けている。
戦況とは常に安定せず、思いもよらないことで覆ることがある。その不安定な要素を潰すために【ブラックオーブ】を活用することでカイネルは万全を期していた。
落ち着きを取り戻したカイネルの下に、また別の兵士が王の間に飛び込んで来る。
「へ、陛下、バンディカ帝国の使者という者が謁見を求めております!」
「何?……今しがた書状が届いたばかりだぞ。余りにも早過ぎる……」
昨日起こったばかりのレオネクスの裏切りにしては、バンディカ帝国の行動が早過ぎることにカイネルは驚いていた。
まるで、この裏切りが予定されていたのかと邪推させるくらいだ。とはいえ、こちらもあからさまに帝国側の人間であるアルティナとゴンベエを監禁している。
その仕返しを敢えて分かりやすいように、こちらに見せ付けているのかとカイネルが皇帝ウェイリーに疑いを抱く。
しかしそんな思惑があったとしても、同盟国の使者となれば合わない訳にはいかない。カイネルが不審に思いながらも、使者を王の間に連れて来るように命令をする。
「……その使者とやらに会おう、連れて参れ」
「ははっ!」
カイネルの命令に飛び込んできた兵士が再び扉から出て行く。もう1人の報告を終えた兵士にも、予定通りに方面軍は行動するように伝えると王の間から出て行く。
王の間は近衛兵とカイネルだけとなると、扉の外から使者を連れてきた兵士が声をかける。
「陛下、バンディカ帝国の使者の方を連れて参りました!」
「うむ、入れ!」
カイネルの許可を得ると兵士が扉を開けて、バンディカ帝国からの使者を王の間へ入れる。
入って来たのは、真紅の長い髪が特徴的な少女と、長い黒い髪を流し、黒色に炎の赤模様が施された鎧を着た女剣士。
上皇アインザーと薔薇騎士団の隊長シャイラであった。
2人が揃ってカイネルの座る玉座まで歩き出す。その姿を見たカイネルが、予想外に可愛らしい使者が訪れてきたものだと驚きながらも、威厳を持って対応する。
「さて使者の方、今回のレオネクスの裏切りについて、バンディカ帝国は、いやウェイリー皇帝はどうするのだ?」
アインザーとシャイラはカイネルの言葉に、表情を変えずに立ったままでいる。
使者とは言え所詮は女子供、礼儀も知らないかとカイネルが呆れていると、アインザーが無言でウェイリーから預かった書状をカイネルに差し出す。
どことなく迫力のある少女姿のアインザーに、カイネルも少し気圧され気味になって、静かに書状を受け取る。
ウェイリーの書状を読み始めると、カイネルの顔が変っていく。
『我がバンディカ帝国の公爵、レオネクスが裏切るとは私の不徳とするところ、この件につきましては戦後に誠心誠意に対応を致します。裏切り者の処置ですが、ただちに我らの本隊率いるローレスに討伐軍を編成させ向かわせます。私が本来、カイネル王の下へ赴き謝罪をするのが妥当ではありますが、多忙の身故、上皇アインザーの孫娘を使者として送ります』
「上皇アインザーの孫娘だと!」
カイネルが書状を手渡した少女の正体がアインザーの孫娘だと知ると、その姿を驚いた顔でしっかりと見つめる。
どことなく昔見たアインザーと似通った部分はある。真紅の髪の色に何もかも見通すような緋色の瞳、姿形、性別は違えど、孫娘と言われても違和感は無かった。
実際は森の魔女から呪いを受けて少女姿になったアインザー本人なのだが、身分を偽り混乱させないようにしていた。
カイネルの顔を見てようやく理解したと思ったアインザーが、いつもの口調で語りかける。
「書状の通りでな、余がわざわざバルドニア王国に使者として訪れてやったという訳じゃ」
少女らしからぬ偉そうな口振りにカイネルも少し感情的になるが、何とも言えない懐かしい雰囲気と覇気を少女から感じ取り言葉が出ない。
とまどうカイネルにお構いなしにアインザーが言葉を続ける。
「それと勝手じゃが、我が薔薇騎士団がガーグラの国民達に炊き出しを行っておる。カイネルよ、お主、国民をないがしろにし過ぎじゃ」
アインザーの孫娘とは言え呼び捨てにされた挙句、内政に文句を言われたら王として、カイネルも黙ることはできない。
「アインザー殿の孫娘とは言え、言葉が過ぎるな。勘違いをしてもらっては困るが、国民には一時の間、我慢をしてもらっているだけだ。この戦いに勝てば、以前より良い生活状況に変わるのだ」
その返答を聞いたアインザーが失笑する。
「ふふっ、為政者らしいもっともな意見よのう……だが、王たる者、民草を苦しませるのは屈辱であると考えねばならぬ。過去にも言った筈じゃが、忘れておるようじゃな」
「か、過去に言っただと?」
過去に言ったという言葉でカイネルが昔を思い返す。確かにアインザーと共に邪神竜の眷属討伐を行っていた時に、野営地でカイネルが教わった言葉であった。
なぜ、そのことをこの孫娘が知っているのか、それに王である自分のことを親し気にカイネルと呼ぶことにも違和感を感じていた。
アインザーの言葉の端々には何の嫌味や蔑む意味も無く、むしろ1人の対等な友人として呼ばれるような気がして聞いてて妙に心地良い。
そんな気持ちの整理がつかないカイネルを、アインザーが緋色の美しい瞳でじっと見つめると、顔を背け王の間から立ち去ろうとする。
「カイネルよ、今後のバンディカ帝国の窓口は余が受けることとする。何か用があれば町の広場の天幕まで来るんじゃな、そこで待っておる」
「……」
「後、言い忘れておったが、民以外に牢屋の囚人にもいきわたるように食料を持参した故、しっかりと囚人達にも食事を取らせるのだぞ」
「なっ、なぜそのことを……」
あたかも牢屋にアルティナ、ゴンベエ、オリオーンが居ることを知っているような口振りで、アインザーが王の間を出て行く。
牢屋に人質が居ることは、自分以外にこの部屋の近衛兵しか知らない。何もかも見通すアインザーの孫娘に疑問を持ち、カイネルは出かかった言葉が引っ込んでしまう。
カイネルの長子であるオリオーンと、姪のアルティナ、護衛のゴンベエが牢屋に監禁されていることを、斥候のパフィから報告を受けていたアインザーは知っていた。
もちろん皇帝ウェイリーも知っている。食料事情が良くないことを知ると、すぐさま父であるアインザーに使者と食料支援を兼ねて向かわせていた。
本当ならばすぐに救出したいところであったが、ここで救出を強行してもバルドニア王国とグーラグラン王国との同盟関係が崩れ敵対することになる。そうなるとバンディカ帝国にも多くの死傷者が出る。
もし戦いに勝ったとしても、飢えている国民が更に飢え、立て直しができないほどにバルドニア王国の領地は荒廃する。バンディカ帝国も巨大な領地を有する国、自国を管理するだけで手一杯の状態で、広大なバルドニア王国を併合する余力はない。
最低限の犠牲のみでこの戦いを終わらせるには、第一にリフィスが率いる北方連合国同盟が優位になること、第二にバルドニア王国とグーラグラン王国の国主の速やかな交代、カイネル、オジールと同じかそれ以上の器量のある優れた王をそえること。
そして最後に矛盾しているが、バルドニア王国とグーラグラン王国の兵力をある程度、残すことである。
そんな無理難題を皇帝ウェイリーは思い描いていたが、本来であればカイネルが野望を抱かないことを望んでいた。
邪神竜との戦いを終えて40年経つが、人類はまだ復興の途中、ここで無益な争いを起こしても復興が遅れるだけで誰も救われない。
しかしウェイリーの願いも虚しく、野望を持ってカイネルは行動を起こした。そのカイネルには王としての責任を取ってもらわねばならない。
その時期を見計らうための監視の意味でアインザー達を送り込んでいた。
アインザーの最後の言葉を聞いた時、カイネルは生きた心地がしなかった。だがその言葉を聞いて、まるで自分の尊敬して止まないアインザーの生まれ変わりが、現れたように感じて懐かしんでいた。
(あの少女が昔のアインザー様と瓜二つに見えた……しかし、誰がこんな法螺話を信じる。私の思い違いか……)
こんなことを周りに話をしても信用されないだろう。そう思うと自分の胸の中だけにしまいこむ。
~
同日、旧ジョストン領の街道を商業都市ウキレアを目指して、1台の荷馬車が走っていた。その幌には商会の名前が刺繍されていて、ユズリハ商会と書かれていた。
城塞都市ガーグラからの帰りで、カイネル王との商談を終えたばかりであった。
武具と飛竜の補充に、食料の販売と圧倒的な戦力を誇るバルドニア王国は良い商売相手である。そして商人というのは勝てる見込みのある国に、物を売り込む習性がある。
元々贔屓にしていたが、バルドニア王国には【ブラックオーブ】が渡っていることをユズリハは知っている。確実に勝てると算段を付けての商売を行っていた。
荷馬車の中の据え付けの椅子に、会長のユズリハと護衛の少女ルルが横並びで座り、帰路を急いでいた。
間もなくこの辺りも戦場になる可能性がある、命を懸けて戦う前の兵士というのは軍紀があるとはいえ、ちょっとしたことで暴徒と化す。
それに今のバルドニア王国軍は慢性的に食料が不足して飢えた状態に近い。
途中にある畑から作物を奪う者も後を絶たない。何よりも金目当ての傭兵団がいくつか参加をしている。
そういう者は村を見かけると乱暴狼藉を働き、軍紀を乱す存在となっていた。その狙う獲物もバルドニア王国に贔屓にしてもらっているユズリハ商会も例外ではない。
だが会長のユズリハは襲われれることよりも、勝ち戦に向かう兵士の士気の低さに呆れていた。
「全く、こないな勝ち戦に何びびっとんねん、アホとちゃうか」
「みんなすごく緊張してるねーかいちょー」
荷馬車の幌の隙間から外を見ると、街道を緊張した面持ちで歩く兵士達が連なっていた。飢えも重なっているのか、死地へ向かうような顔付きで、何とも重苦しい雰囲気を漂わせている。
元々同じバルドニア王国の国民を相手にすると言ったことも士気に関係していた。
それを護衛のルルが他人事のように楽しそうに見つめていた。
ユズリハはバルドニア王国の勝利を見据えていたが、この兵士達の重苦しい雰囲気を嫌い、御者の男に脇道に迂回するように指示を出す。
「その先の道を右に曲がって迂回してや、ちょっと遠回りになるけど、こんな辛気臭い兵士共に囲まれたままは耐えられへんわ」
「……分かりましたユズリハ様」
そう言うと御者が指示通りに脇道に入って街道から逸れる。この脇道は小さい村の前を通る道なので兵士達は通らない。
やっと落ち着いて帰れると安堵したユズリハと対照的に、ルルが詰まらないと言った顔になる。そんな不満そうな顔を見て見ぬ振りをするユズリハが、やれやれと言った顔で荷台の椅子に寝っ転がる。
しばらく人気の無い森の中の道を進むと、御者の男が急に荷馬車を止める。
そのことに気付いたユズリハが起き上がると、荷台から顔を出して御者に理由を聞く。
「どないしたん?急に荷馬車を止めて」
「あれを見て下さいユズリハ様」
「ん?あれは?ラムセイ商会の荷馬車やないか」
脇道を塞ぐ様に荷馬車が佇んでいる。その荷馬車の幌にはラムセイ商会の紋様である、太陽印が刺繍されていた。
その荷馬車の近くで男の悲痛な叫び声が聞こえて来る。
「た、頼む!娘だけは娘だけは助けてくれ!」
「父親の前でやるから、燃えるんだろうが!」
バルドニア王国側で参戦している傭兵団の輩が8人でラムセイ商会の荷馬車を襲っていた。ラムセイ商会も戦争が始まる前に村に物資を運ぶ途中であった。
怪我をして倒れていたラムセイの近くには、御者の男と護衛の剣士の冒険者が2人倒れている。辛うじて致命傷は避けているが重傷であった。
ラムセイが怪我をしながらも、必死に命乞いをするが傭兵は聞く耳を持たない。衣服を剥ぎ取られそうになりながらも、1人の女が木を背にして抵抗していた。
「わ、私はそんな安い女じゃありません!い、一歩でも近づけば、貴方達を道連れにします!」
そこに居たのは水着大会にも参加していたジェニーであった。ラムセイ商会の一人娘で、商業都市ウキレアでは有名な看板娘である。
木の枝を拾って剣のように突き出すジェニーに、傭兵が楽しそうな顔で取り囲み、今にも襲いかかろうとしていた。
それを遠目で見たユズリハが、御者に呆れた顔で指示を出す。
「ラムセイの荷馬車の横空いてるやん、そこ通って行きや」
「……よろしいのですか?ユズリハ様」
「ええのええの、関係あらへん。他の商会が潰れてくれた方がウチの商売が楽になるわ」
呆気なく見捨てる判断をユズリハが下すと、横に居たルルが悲しそうな顔で腕を掴む。
「ねえかいちょー、ジェニーお姉ちゃんいつも飴玉くれるんだよ!助けようよー!」
「ぐっ……ルル、お前たまに店で見かけん思うたら、そないなことしてたんか……」
ルルはユズリハの目を盗んではラムセイ商会の店に行って、ジェニーから飴玉をもらうことを日課としていた。一人っ子のジェニーも可愛い妹のようにルルを歓迎していた。
そのことを初めて知ったユズリハがばつの悪そうな顔になる。
力一杯ルルが腕の力を込めると、ユズリハの体が素早く大きく揺さぶられる。少女とは思えない力にユズリハが、小動物のように体が振られる。
その強引な説得が功を奏して、ユズリハがルルにジェニーの救出を命ずる。
「分かった分かった!ジェニーのお姉ちゃん助けるの許可するからやめや!」
「ありがとうーかいちょー!じゃあ、ジェニーお姉ちゃん助けにいくねー」
「ほんま聞き分けの無い子や、脳みそがシェイクジュースになるところやったわ……」
許可をもらったルルが嬉しそうに荷台から飛び降りると、背丈と同じくらいの大きい銀の斧を肩に担いでジェニーの下へ向かって行く。
その間にもジェニーの周りに傭兵団の男達が迫っていた。その中の1人がジェニーが水着大会に出ていたことに気付く。
「確かこの女、水着大会で入賞した女だぜ!」
「へえ、それじゃあ俺達が楽しんだ後は、高く売れそうだな」
「安くないってそう言う意味で言ったんじゃないんですけど……」
ジェニーが男達の値踏みに突っ込みを入れるが、頭の中ではどうすれば活路が見出せるのか、考え込んでいた。
父親のラムセイは怪我を負って動けない、かといって見捨てて逃げても近くの村までは距離がある。
だけど大きな街道なら近い、そこには人も居る筈と考え、走り抜こうとする。
すると囲んでいた傭兵の1人が大きな銀の斧で上下に両断される。
「よいしょー」
「わらば!」
体が左右に分かれた男の後ろから、目立つ黄色い重装鎧を着たルルが笑顔で現れる。そのルルを見たジェニーが驚く。
「ル、ルルちゃん?な、何でこんなところに?」
「ジェニーお姉ちゃん飴玉をくれるから、ルルが助けてあげるね」
「な、何だこのガキ……ってうぼあ!」
ルルが純真爛漫な顔で、次々と傭兵団の男達を銀の大斧で切り裂いていく。大人でも持つのに苦労する銀の大斧を体の一部のように軽々と扱い、凄まじい膂力で振り回す。
その姿はコスモを彷彿とさせるくらいの【力】があった。
傭兵団の男達も応戦するが歯が立たない、縦、横、斜めと防具ごと両断するルルに、生き残った2人が命乞いを始める。
「す、すまねえ、もうこんなことしねえから!」
「見逃してくれよ!なっ?」
武器を捨て両膝を付いて神に祈るように手を握り締める2人を見て、ルルが笑顔で答える。
「わたしもそう言ったことあるけどね、男の人は許してくれないんだよ?」
「へっ!?」
「えいっ!」
そう言った瞬間、ルルが迷わず2人の男の首を斬り飛ばす。
ルルの着ていた黄色の重装鎧が男達の返り血で染まり橙色に変色する。その異様な光景にジェニーも立ちすくむ。
普段は可愛いルルが、慈悲も感情も無い戦闘だけをする機械のように見えたからだ。ルルもジェニーが自分を恐れるような顔をしていることに気付くと、少し俯いて気を落とす。
その反応を見たジェニーが顔をはっとさせ、両手で頬をバシッと叩くと、笑顔になってルルに駆け寄って礼を言う。
「ルルちゃんありがとう、お姉ちゃん助かったよ」
「んーんー、いいの!いつも飴玉くれたお礼だもん」
「ちょっと変形しちゃったけど、はい、お礼の飴玉」
「ありがとうジェニーのお姉ちゃん!……もぐ」
ジェニーが破れた服から取り出した飴玉をルルに上げると、ルルが嬉しそうに口に頬張る。そんなルルの後ろからユズリハが現れ、心にもない言葉をかける。
「これはラムセイ商会のジェニーさんやないですか、こないなところで出会うとは珍しい!まあ無事で何よりですわ!」
「……やはりユズリハさんでしたか、私を助けてくれたのは」
ユズリハの顔を見たジェニーが嫌悪感を露わにする。そのことを気にすることなく、ユズリハが倒れているラムセイを気遣う。
「まあそんな嫌な顔せんでも、ほら、ラムセイさん起こしにいかなあかんのとちゃいます?」
「その前に、今回、救ってくれたことには感謝します。ですが、ユズリハさん、あなたの日和見なやり方を私は認めていませんから!」
「人に認められよう思うて商売してるんのとちゃいます……とは言え、何度もこう言ったやり取りをするのは不毛やと思いますジェニーさん、どちらが正しいのかは稼いだ金で決着を付けましょうや」
「望むところです!」
ラムセイ商会のジェニーとユズリハ商会のユズリハは年も近く、何かと商売でぶつかり合う関係であった。
お客からの信頼と信用を信条とするラムセイ商会とは対照的に、ユズリハ商会は乗っ取り、二番煎じ、金に物を言わせた独占など、信頼、信用よりも金を優先させていた。
しかしユズリハはジェニーの高い計算能力を高く買い、ジェニーはユズリハの商売に対する良し悪しは別として、その貪欲さを買っていた。
婿探しをしていたジェニーにはユズリハが好物件であったが、商人の意地で認められずにいた。
ユズリハが倒れていたラムセイに肩を貸すと、ユズリハの御者の男も手伝い、残りの怪我人を荷馬車に寝かせていく。ジェニーとルルも一緒に手伝うとユズリハの荷馬車に乗車する。
御者に出発の合図を送ると、商業都市ウキレアに向かって荷馬車が走り始める。
しばらくしてジェニーから治療を受けていたラムセイが、横になりながらユズリハに礼を述べる。
「ユズリハくん、娘を助けてくれてありがとう……」
「何言うてますのラムセイさん、もちろんタダで助けた訳ちゃいますよ」
その言葉を聞いたジェニーが顔を厳しくするが、それを無視したユズリハが飴玉を美味しそうに食べるルルを見て優しい顔になる。
「……ルルに飴玉をくれたお礼ですわ、これで貸し借り無しっちゅう訳や」
「そうやそうや、貸し借り無しや!」
「……僕のマネはやめや……ルル」
ユズリハとルルのやり取りを見たジェニーが、キョトンとすると笑顔に変わる。その言葉を聞いたラムセイもほっとした顔になる。
商人としての筋を通したユズリハが見せた優しさであったが、これはユズリハが最も嫌う部分でもある。
だがその気持ちは心の内で止め、ルルの説得で仕方なく救ってやったという気持ちで、ラムセイ達の危機を救うことにしていた。
しかし、これが商人とって一番大事な心得であり、身を救うことに繋がることにユズリハは今後、気付くことになる。
~
同日、バルドニア王国のウキレア攻略を目標とする中央軍が、商業都市ウキレアが目に入る遠くの場所に布陣していた。
バンディカ帝国のレオネクスの裏切りによって、軍の将校や部隊の隊長達が大きな天幕に集まっては対策を練っていた。
レオネクスが担う予定であった部隊の配置、連絡手段を話し合うが、元々後方で予備軍として扱う予定であったので、大きな混乱は無く、以前から決めていた通りに攻勢をかけることが決まる。
本陣では他の兵士達も天幕を張って翌日の戦いの準備や飛竜の世話、戦車の整備を忙しく行っていた。
さらにその本陣から離れ、商業都市ウキレアから見えない後方では輜重部隊が堅牢な陣地を築き、敵から襲われないようにグレメンス隊長を筆頭に警戒にあたっていた。
ここまで向かう道中、兵士による村の略奪が横行していたので、グレメンスがカイネルの命令通り取締まっていたが、略奪した物が金目の物では無く食料が主であったことを気にしていた。
途中で通った村の村人が飢えた兵士達を見て不憫だと思い、食料を分けるところにも遭遇している。
それを見ていたグレメンスが、戦力こそバルドニア王国が優勢ではあるが、長期戦は望めないことを理解する。
同時にバルドニア王国がこれほどまでに困窮していたことに衝撃を受けていた。ガーグラでの惨状を見て、重税を課した一過性のものだと考えていたが、末端の兵士にまで影響があるとは思ってもみなかった。
運び入れた食料も中央軍だけで1カ月分ほどしかない。この間に商業都市ウキレアを攻略しなければ、兵士達が飢えるのが必死であった。
少しでも食料を確保しようと考えたグレメンスが近くの村へ部下を向かわせ、食料を買い取るように命令を出す状況だった。
そんなところへ、中央軍司令を任されるレイドリア将軍の使者が馬に乗って現れる。
「グレメンス殿、ただちに酒と食料をレイドリア将軍の下へ運び入れるように!」
「……明日はウキレアを攻める日、食料は許可するが酒は認められない!」
「将軍達は勝利の祈願の宴を考えておられる。兵達の士気を上げるためだ」
軍紀に従ったグレメンスが戦いの前の酒の拠出を拒む。緒戦を前に酒を飲むのは固く禁じられているがレイドリア将軍を含む、軍の幹部はすでに勝利を確信しているようすである。
グレメンスの態度が反抗的であると感じた使者の態度が豹変する。
「グレメンス隊長、貴方は将軍では無いのだ。中央軍司令の命令を聞けぬというのであれば、すぐに更迭して城塞都市ガーグラへ送り返すぞ!」
「な、き、貴様!グレメンス将軍に何て口の聞き方をするんだ!」
周りにいたグレメンスを慕う部下が、使者の傲慢な口振りに怒りを見せるが、グレメンスが腕を横に出し静かに宥める。
立場上、グレメンスは命令に逆らえない。例えそれがカイネルによって定められた軍紀であっても、軍では位による上下関係が何よりも優先される。
「……了解しました」
「最初からそう言えば良いものを、この分だけを運びいれるのだ」
使者が必要な物資の分量を書いた洋紙を差し出すと、グレメンスが受け取り内容を確認する。そして驚きの表情を見せる。
書かれていた分量はニ週間分の食料と酒であった。
「こ、これでは1カ月も持たないではないか!一体レイドリア将軍は何を考えておられる!」
「黙れ!この戦いは長引かぬとレイドリア将軍は考えておられる!一介の隊長如きが意見するな!」
長期戦を視野に入れるならば、食料も節制しなければならないのだが、中央軍司令のレイドリア将軍は短期決戦を見込んでいた。
しかも苦しむ国民から徴収した貴重な食料と酒を、初日から半分も消費しようとすればグレメンスでは無くても難色を示す。
だが、今のグレメンスは作戦に口を出せる立場では無い。渋々と了承すると、自分の部下に食料と酒の準備をするように伝える。
「……皆、二週間分の食料と酒を積み、レイドリア将軍の下へ運び入れるのだ」
「……は、はい、グレメンス将軍」
「ふん、ではすぐに運び入れるのだぞ!」
使者がそう言い放つと馬を走らせて本陣へ戻っていく。その背中をグレメンスが憂う顔で見つめていた。
(これでは勝てる戦いも勝てぬ……カイネル陛下は何をお考えなのか……)
余りにも強引なカイネルのやり方に、現実を見て来たグレメンスが疑問を抱き始める。例え敵軍が少数とは言え、全力を以ってあたることが軍の本質であり、礼儀というものである。
初めから敵を侮っては、勝てる戦いも勝てないことは兵法でも初歩的な内容である。
そのことを一番良く知るカイネルが、なぜこうも急かすような戦いを挑むのか、カイネルの思惑を知らないグレメンスは理解できずにいた。




