忘れられた恩返し
賢者が部屋を出て行って五分後。
「トントン」と扉を叩く音が勇者の耳に聞こえた。
「ただいま戻りました」
あっ。賢者の声。戻って来たか。予想外に賢者の帰りが早く勇者は驚く。
「入っていいぞ」勇者が声を掛けると扉は開き賢者が入ってきた。泣いてないか勇者は賢者の顔に目線をやる。
涙は止まったようだな。よし。まだ泣いていたらどうしようかと勇者は考えてもいた。
賢者の顔が平常時に戻っていた。煩わしさから勇者は解放された。部屋に賢者が一歩入ると後ろを見た。
「入ってください」賢者が声を掛け、
「失礼する」毛が伸びた男が賢者の後ろに付いて部屋に入った。賢者の顔を見ていた勇者の視線がその男に移った。
「誰だ?賢者の知り合いか」勇者が賢者に聞いた。
「先程宿屋のロビーであったのです。勇者に会いに来たそうですよ」
「俺にか」
誰だ。こんな知り合い居たか?親戚。違うな。会ったこともない。うん待て、よく聞く有名人になると親戚が大量繁殖するあれだなと勇者は勘ぐった。
「知らんな。ちょっと聞くけどもしかして行方不明の親戚の人」毛が伸びた男に失礼な質問を勇者が浴びせた。
「拙者を忘れたみたいで無念。更生プログラムであった侍です。覚えており申せぬか」右斜めに勇者の目線が動いた。
更生プログラムのことを思い出す勇者。
数秒後・・・・いた毛むくじゃらと映像が浮かび更に別映像が脳に流れた。
「あっ。俺約束破ったか」
「見事に破られ申した。黒の森近くの町、宿屋で会う約束」侍が無表情で柱のようにでんと立つ。
その無表情さに、こいつ怒っているのか?悲しんでいるのか?分かりづらいと勇者が侍を見て悩む。
「悪い。約束した頃は訴えるので忙しかったんだ」
「でしたか。合点がいき申した。これで安心して話が出来ます」ででんと侍が無表情で答えた。
怒ってはいないようだ。分かりづらい。勇者はどう侍と接するか模索中。
「約束を破ったのですか。呆れますね。すみません侍さん」頭を下げ賢者が侍に謝った。
「お前には関係ないだろ。俺と侍の話なんだ」手であっちに行けと勇者が合図を送る。
はい、と言って部屋の隅に賢者が立った。
落ち着いて話そうと勇者が言い、侍は椅子に座った。ところが、侍は勇者の右斜め後ろに居る賢者をチラッと見、気にする仕草をした。
「で、話とは何だ」勇者が侍に問いかけた。
「・・・・・」無表情で侍は時々賢者に目線を合わす。賢者はチラチラ見られ侍が気になり出す。
「早く話してくれ」
「話。申したいが」無表情で侍が口籠る。
その様子に勇者は更生プログラムでの侍の印象がはっきりしてきた。そうだ。無口で無表情だったな。だが部屋に入ってきた当初の印象と違う。無口と言うほどじゃなかった。
勇者が思考中に、
「用事があったのを忘れてました。勇者のこと言えませんね」侍の行動を理解した賢者が部屋を後にした。
勇者も賢者の行動の意図を酌んだ。
「賢者殿に気を遣わせたようで申し訳ない。これから話す内容は多くの御仁に聞いて欲しくなかった」
部屋に入ってきた印象に侍が戻った。
侍が話すようになり良かったが、一緒に過ごした時間も短い相手に重そうな話をいきなりかと、勇者は気分がどんよりした。
「話を聞かせてくれ」一秒でも早く話を終わらせようと勇者は考えた。
「承知。始めに更生プログラムの態度を謝りたい」椅子より立ち上がり土下座して侍が謝るので、勇者は驚いた。
「おい、そこまでしなくていい。早く話を聞かせてくれ」面倒だ。帰れと言いたくなる勇者。
侍は謝罪を受けいれた勇者の言葉に、繰り返し頭を下げ感謝を述べ椅子に座った。
「申し訳ない。けじめをつけないと気が済申せぬので」
「けじめか。うん。待ってくれ。何か俺謝られることされた記憶がないぞ」
「印象に残らぬのも無理はない。拙者。業と話し申さなんだ。勇者殿を軽蔑していたので」
軽蔑だと、この言葉に勇者のこめかみが反応。
「侍に軽蔑される謂れ無んかないはずだ。先から身に覚えないことばかり、謎が多すぎて困るぞ。分かりやすく話を頼む」簡単に手短に話を済ませたい勇者は本音が出てしまう。
「承知。・・・勇者殿を軽蔑する原因は拙者の過去が関係して申す」
頷きながら勇者は目を瞑った。早く話を済ませるには聞くことに専念し、相槌でも打ってばいいだろうと勇者は安易に考え実行した。
「拙者には妹が居ました。気立ての良い拙者には勿体ない妹。その妹が事件に巻き込まれ、二十歳で亡くなり申した」勇者は頷く。
「事件が勇者殿を軽蔑する原因です。妹は当時逢引する男がおり申した。あやつが、妹を」
侍の感情が高ぶる気が勇者にも伝わった。目を少しづつ開け様子を伺った。侍の顔は鬼の形相になっていた。
うわ、恨みが深そう。面倒そうだな。勇者は目を閉じた。
「男は妹と交際一ヶ月で破局しました。別れた次の日より男はストーカーに化け申した。毎日妹に付き纏い、何度拙者が注意し申したか。それが何カ月も続き町の警護団に相談に行き申した。妹が警護団へ言いに行った事実を男が知ると暴挙に・・・」
数秒侍は黙ったがまた話し始めた。
「拙者と妹が住む家に深夜男が侵入。妹の寝込みを襲い包丁で・・・拙者は妹の悲鳴を聞き起き申した。枕元にあった刀を手に持ち妹の部屋に行ったが、事すでに遅く妹は血にまみれ、男が血の付いたナイフを持っており申した。拙者は男を見たおり、無意識に刀を振り上げたまでは覚えているのですが、その後は記憶が飛び申した。次に気が付いたら男は血まみれに倒れてました」
勇者は目を空けた。簡単に済ませる話じゃないと勇者は性根を入れ聞くことに決めた。
「男を殺し更生プログラムに参加した訳だな」侍は無表情で頷き話を続けた。
「更生プログラムに勇者殿が居てストーカー事件を起こしたと聞くだけで勘弁でき申せなんだ」
「俺でもそうなるかもな。それで口を閉ざした訳か」更生プログラムの侍の態度は分かったが、勇者の中で最大の謎が残った。
「来た理由は謝りたいだけ。他にも理由があって来たんじゃないのか」
「謝るのは口実で。拙者勇者殿へ恩返しがしたいのです。どうか拙者の心をお受け取り申し候」
侍は立ち上がり土正座する。
またかよ。いちいち大袈裟にするな。
「頭上げてくれ。俺は恩返しを受ける理由がないんだ」
「否。勇者殿が魔王を倒したおかげで国より恩赦があり、殺人の執行猶予三年も消え申した」
恩赦の話が出ていたとは知らなかった。俺にも恩赦は適用されるのか。勇者は自分の犯罪歴を思い浮かべた。
「恩返したいのです。どうか。・・どうか。勇者殿。お願い申し候」正座して頭を下げ頼まれ勇者は困惑。
礼は要らないと言っても侍は恩返しを引き受けるまではと繰り返し頭を下げた。
勇者は侍の顔前に右手を出し言った。
「受けるぞ。ただし中途半端な恩返しだったら、すぐに返すからな」と勇者は根負けした。
「勇者殿。申し訳ない」出された手を侍が掴み起き上る。勇者は侍を勢いよく引っ張り上げると、
「「おっ」」二人の体が当たった。
「いっ」侍の顔が歪みよろけたので勇者が庇おうと手を伸ばした。
「ご心配なく」手を前に侍は片膝を付いて勇者の助けを拒んだ。
「それならいいんだ」
無表情な顔が歪み勇者は訳が分からなかった。侍の接し方で勇者はまた悩み出した。
十分後、恩返しの話が終わり悩みの種は部屋より出て行った。
恩返しのことで勇者は侍に頼みごとを二つした。一つは母の護衛。王側がどんな暴挙に出るか分からないので、二つ目は女神の捜索。こちらは裁判とは関係ない個人的な頼みだった。
勇者は侍が宿屋を出て行く姿を窓際で見て独り言を、
「恩返し早く終わらないかな。侍は付き合いづらいどこか遠くに・・・飛んで行ってくれ」勇者は空を見ていた。




