更生プログラム4
女神裁判の判決義務も母に会うだけとなった。更生プログラム終了後四日目、勇者は故郷である冒険者の町に辿りついていた。冒険者の町は歴代勇者が生まれた町として有名だ。そのおかげで、冒険者協会の冒険者養成所があった。ここを出ないと冒険者と認められなかった。
ひさしぶりに歩く冒険者の町に、勇者は懐かしんでもいた。
「おう。勇者。元気にしていたか」鉢巻をした魚屋のおやじが声を掛けてくる。
「まあな。おやじは」
「おう。元気よ」威勢のいい返事がおやじから帰ってきた。
町を歩けばみんな勇者に挨拶してきた。懐かしくも嬉しく思う勇者だった。町の人がやたらに明るいのが気にはなった。勇者の環境問題について誰も触れてこないからだ。疑問を抱えつつ、勇者は実家に戻った。
勇者の実家は珍しい作りと場所にあった。木造一階で所々継ぎ接ぎしていた。建物の大きさは横幅畳二枚、縦幅畳十五枚の、細長い作りだった。場所は町の端っこで崖に面していた。
勇者の家の前に黒衣の男が立っていた。警戒しながら勇者は歩いて行った。黒衣の男の顔が確認できる所まで来て気付く。女神裁判の事情調書をした調査員だと。唐突に勇者は聞いた。
「何でお前がここにいる」急かす強い口調で言てしまう。調査員の印象が前回の裁判であまり良くなかったためだ。調査員は急かされたが、自分のリズムを崩さなかった。
「女神裁判の判決の家族との懇談の見届け人として来ました」裁判所に家族と会う日は申請したが、協会の人間が来るのを勇者は忘れていた。母と会うだけで恥ずかしいのに、協会の監視付。勇者が気分を害すには十分な動機が揃った。ことにより気分が変化。不機嫌になった勇者が家のドアを開けた。
「おかえり」と温かい言葉で勇者の母が待っていた。勇者も照れくさそうに返事した。害していた勇者の心が五年ぶりに帰った我が家を見、懐かしい心に包まれた。部屋の傷、ボロボロの四角机と背がない丸椅子の内装、何も変わっていなかった。住民も。長い黒髪、子犬の目、丸い団子鼻、口はふっくら。肌は浅黒く、手は皸しているあまり年齢を感じさせない五十代の母がいた。
和んでいる勇者に母が言った。
「久しぶりに帰ったんだから、何か食べる勇者」母が灰色チュニックのワンピースに、白のエプロンをつけて言った。部屋中に食欲をそそるいい匂いが漂う。
「ああ。お袋。貰うよ」と勇者は答え、お袋料理して待って言いてくれたんだと感動し想像。包丁を握り、野菜を刻み、鍋を混ぜ、フライパンを使っている母を。調査員にも母は進めたが、職務中ですと断られた。
母は台所から料理を持って来た。料理は机の上に並べられた。勇者の大好物のオムライスに、シチューとトマトサラダだった。勇者は一心不乱に食べた。母の手料理を満足いくまで。食卓にコーヒーが並ぶ頃になって勇者と母の懇談が行われた。調査員が紙とペンを取り出し、最初の説明がされた。
「女神裁判については」勇者が来るまでに調査員が母に説明済みだということ、懇談の趣旨である家族の理解を深め、二度と勇者が犯罪を起こさないための話を終えた。それを聞いて母から言葉が出た。
「ストーカーしたって聞いた時は驚いたけど本当にしたの」息子のした事実を確かめる母。心配してると母の気持ちを考え、勇者は答えづらさがあった。
「裁判の判決通り俺はやっちまたよ。ストーカーという意識はなかった。それだけは言える」
「ふ~ん。やっぱり」思ったほど母は心配した様子がなかった。
「それだけ。悲しくないのか」母の素っ気なさに勇者は寂しかった。
「だってお父さんと勇者似てるから仕方ないわ」似ているかと勇者は否定した。が母は似ていると強情に言い張った。
「勇者には秘密にしていたけど・・・ちょっと待って」母は調査員にこれから個人的な話を、書類に載せないで欲しいと頼んだ。気持ちは汲んでくれたが、調査員は拒否。理由は家族懇談は全部記録され、裁判所が判断を下すらしい。母は勇者のためを思い話を続けた。恥ずかしそうに。
「お父さんもストーカーだったの。私の」おやじ。お前もかと、勇者は心で呟いた。
「私の実家は武器屋なの知ってるわね。そこにお父さんが毎日通ってくるわけ。私が看板娘していた頃。毎日告白してくるの。何時も断っていたの。今だと訴えられてもおかしくないわ。でもね。お店の手伝いで武器を届けに隣町に行ったの、その帰りに魔物に襲われたのね。そこにお父さんが助けに来てくれたわけ。お父さんとお母さんの恋はそこから始まったのね」親の恋の話など勇者は聞きたくなかった。
「だからって勇者こんなに上手くいかないからね。私たちだけよ。勇者は勇者の恋をしなさい。犯罪しない程度にね」恋について説教され勇者は何も言えなかった。返事をしない勇者に母は聞いていないのかと確かめた。勇者は返事だけはした。
「絶対に相手の女性には会っちゃいけないからね。相手の気持ち考えなさい。あと一カ月に一回は家に帰ってきなさいね」家に帰る面倒に勇者は不満を出す。
「俺は帰りたくね。そんな時間はねえんだ」コーヒーを一口飲んで母が間を開けて話した。
「裁判所は監視の意味で一ヶ月に一度家族確認を要求されたのよ」監視の現実が付きまとう、勇者の苛立ちが募った。裁判に従わなくてはいけないことは分かっていた。そのじれんまが勇者の悪い癖を引き出した。
「お袋。開けてくれ」言葉に母は立ち上がり部屋の隅に行った。勇者もゆっくり立ち上がって、右手首の関節をぐるぐる回し始めた。部屋の端にある紐を母が引くと、四つの部屋の扉が開いていった順番に。最後の部屋が開くと、外の崖が見えた。その崖が見える方向に勇者は体を向け、右手を前に突き出した。
「ほのお」勇者は魔法を唱えた。
ほのおの玉が爆音を鳴らし、四つの部屋を通過して外へ消えて行った。驚いて調査員は腰を落とした。取り調べ室と一緒だと調査員は感じた。魔法の効力で部屋の痛みが表れていないか母は確認した。部屋が無事だと分かると、母は紐を引いた。順番に部屋の扉は閉まって行った。スッキリした勇者が椅子に座った。母も何事もなかったように椅子に座った。腰を落とした弾みで紙が散らかったのを、調査員は拾い上げ元いた場所に戻った。全員がさっきの件はなかった雰囲気を出した。
「分かった。一カ月な。来るよ」スッキリした勇者は現実を受け止め、妥協した。
「来なさいよ」母は嬉しかった。また勇者と会えるからだ。
「俺も更生プログラム受けて魔物倒すだけじゃダメなの分かった。微妙だけど」笑いながら勇者は成長を自慢した。己の。
「そう。裁判してよかったわ。こんなに立派になって」甘やかす母に調査員は咳払いを一つした。お前の息子は立派ではないと気持ちを込めていた。
親子の懇談は一時間に及んだ。女神裁判の更生は終了した。
「帰ってくれ」ぶっきら棒に勇者が調査員に言った。勇者は親子水入らずで、話したかった。父の死・魔王を倒す薬が書かれた伝記について。
「勇者様。一緒に協会に戻ってください」
「今から」
「時間がないんです。次の裁判は十日後ですよ」勇者は目を丸くした。急すぎて、裁判から解放された余韻を味わえなかった。勇者は母に魔法連絡の契約をしてくれるよう頼んだ。寂しさと情報が欲しかったのがそうさせた。しかし、母は契約を拒んだ。一ヶ月に一回会えるからと。母は国王側を警戒して拒んではいないか、勇者はそんな推測をした。勇者は母に別れを告げた。
「また来るよ」名残惜しい母は勇者を抱きしめた。三秒後母は体を離し、手を握る。両手で力強く。勇者は違和感を覚えた。手に何かある。母に聞き直そうとしたが、
「お父さんの墓参りには行ってね」と言い親子は別れた。
勇者は調査員に祖先の墓参りに行きたいと言い出した。あっさり調査員も許可を出した。晴れた霊園に二人は着いた。祖先の墓は冒険者の町の霊園にあった。霊園は整然に西洋型墓石が並んでいた。周辺は岩群に取り囲まれていた。調査員に霊園の前で待ってと勇者が命令した。
「私も歴代の勇者の墓参りがしたい」調査員は懇願した。
「しょうがない。付いてこい」あっさり勇者は認めた。一人で墓参りしたかった気持ちを抑えた。調査員に、墓の秘密を勘ぐられたくなかった。二人は霊園内に入った。
“歴代の勇者眠る”刻まれた墓石前。二人は祈りを奉げる。調査員は軽く目を瞑っていた。少し前まで晴れていた、霊園上空に雲が集まっていた。腰を落とした勇者は墓石に手を当てた。頭上の雲が黒く淀んでいた。勇者は目を瞑った。
「ど~ん」
勇者は墓石の上に横たわった。雷。勇者の上に雷が落ちた。雷光が勇者の中を駆け巡り、電気を流し込んだ。勇者の体はショートし、ぴくぴくしていた。
「勇者」と調査員が驚き叫んだ。勇者には電気が残っている、これでは触れない。冷静に分析した調査員は言葉だけで助けようと奮闘した。声掛けを一分続けた。努力が伝わったり勇者は動けるようになる。
「ぐっ。何んだ」と墓地に横たわりながら勇者が言った。体を起こそうともがいた。その様子に容体を聞く調査員。勇者はその求めが理解できた。体は自由に動かないが、口は動いた。ダメだ。動けないと言った。容体が分かると調査員は助けを求め、どこかへ魔法連絡した。連絡中も上空を気にし、いつ次の雷が落ちるか備えていた。ただ霊園上空の雲は散っていた。調査員の横で勇者は横たわっていた体を何とか起こし、仰向けになった。はあはあと息を切らして、呟いた。
「くそ」虚無感に襲われる勇者は天を見ていた。




