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駆けつけてくれた春陽は雪花を安心させるように声をかけ、帝と対峙してくれた。
しかしだんだんと春陽の呼吸は荒くなり、今にも何かを壊してしまいそうになる。
「春陽さま……?」
その瞳には理性の色はなく、ただ怒りだけが燃えていた。元々茶色だった瞳が、紅く色付いていく。
雪花は怖々声を掛けたが、反応はない。
「……許さない」
低く、押し殺した声。その一言に、空気がびりびりと震えた。
吹き付けていた風が止み、ここら一帯がまるで夏のように温度が上がっていく。
その高い温度は、春陽の身体から漏れでているようだった。
「お、おい! どういうことだ?」
周囲の者たちは息を呑み、一歩も動けないでいた。帝も突然春陽の雰囲気が変わったことに驚いたのか、後退っていく。
(春陽さまの意識が、ない……?)
春陽は身体を大きく揺らしながら、帝に向けて足を進めていた。
「春陽さま!」
雪花は立ち上がり、不安定に歩く春陽に近づき声を掛けるが、いつもの穏やかさは皆無で、目はうつろだった。
(このままでは……)
雪花の胸がぎゅっと締め付けられた。
「お待ちください! 春陽さま!」
春陽を止めようと手を引いた。しかし、今までに感じたことないような熱さで雪花は思わず手を引っ込める。
(あつい…… 春陽さまの手が、燃える炎のように熱くなっているわ……)
高熱でもあるのだろうか?
熱を持っているせいで、意識が朦朧としている可能性も考えられる。だが、こんな急に熱が上がるのはおかしい。
それに、春陽はこちらを見たというのに何事もなかったように目を逸らしたのだ。
これまでこんなことなかった。
春陽はきちんと雪花を見てくれた。雪花が持つ力のことを知ってもなお、真っ直ぐにこちらを向いてくれていたというのに。
(……っ)
悲しみや寂しさが雪花を襲う。雪花の脳内は混乱した。
その間にも、春陽の足取りは確実に帝に向いていた。このままでは、意識のない春陽と帝が正面衝突してしまう。そうすれば、他の問題が起きるだろう。
それに。
(お優しい春陽さまに、戻って……)
いつも自分を守り、助けてくれたあの穏やかな笑みがないのは悲しい。
これからずっとこのままかもしれない思うと怖かった。
雪花が話しかけて無視されたことなど今まで無かったのに――
「は、春陽さま!」
雪花は大声で春陽の名を呼ぶ。呼びかけても返事はない。
(どうしたら良いの…… )
考えれば考えるほど混乱していく。だんだんと二人の間に距離が生まれた。
(でも、このまま、何も出来ないのは嫌っ……)
雪花の身体は後先考えず、気が付けば動いていた。
春陽の背中を追いかけ、そして――
大きな背中にそっと腕を回した。
「春陽さま、元のお優しい春陽さまに戻って…… わたくしのことを思い出して……」
腕に力を込める。雪花の思いが伝わるようにきつく。
春陽の熱い身体に触れた瞬間、雪花の中の冷たい力が、溶け出していくのが自分でも分かった。
ぴくり、と春陽の身体が身じろぎ、足が止まる。
「……春陽さま」
返事はない。
「……お願いです」
雪花は震える腕に力を込めた。
「わたくしは春陽さまを信じておりますから……」
その瞬間だった。
春陽の身体から、ゆっくりと熱が引いていく。
「……ゆき、か」
掠れた声が、ようやく返ってきた。雪花はさらに強く抱きしめる。
「大丈夫です。もう、大丈夫ですから」
何が大丈夫なのか正直わからなかった。ただ、自分自身にも言い聞かせるように、言葉を繰り返す。
春陽の身体から、力が抜けていく。張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていった。
春陽の瞳に色が戻り、体温が穏やかになる。
「私は一体……」
春陽は今のことを覚えていないようだった。戸惑いながら背から回る雪花の手を握る。
「……っ春陽さま、良かった」
雪花は春陽の背に身体を預けた。
春陽はゆっくりと身体の向きを変え、雪花の顔を覗き込んだ。
「……私はまた、あなたに助けられたのだな」
「いえ、そんなこと……」
「いや、今のは確かにあなたの力だ。身体を熱い熱が覆い、息が出来なくなった。そんな時に雪花の冷たい風が正気を取り戻してくれた」
「……」
「感謝する」
「春陽さま……」
どうして春陽の前だと、氷の力は暴走しないのだろう。
「雪花の力を少し借りても良いか?」
「……え?」
春陽の手が雪花に向かって差し出される。春陽からの突然の頼みに雪花は首を傾げた。
「わたくしの力……?」
目を丸くする雪花に春陽は小さく笑った。
「詳しくは後ほど話す。何もしなくて良い今はただ私の隣にいてほしい。私を信じてくれないか?」
真剣な表情の春陽に、雪花の顔つきも引き締まる。
「承知しました。わたくしは、春陽さまを信じます」
きっぱり言い切った雪花は春陽の手に自分の手を重ねた。
二人は目の前で堂々とした態度で座る帝を見た。
その目には迷いがなく、互いを信じている目だった。




