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6 雪解け



 暗くて、音がない。

 どこからともなく古臭いような嫌な匂いが鼻に届いた。頼りない炎を灯すろうそくが一つ置いてあるが、消えるのは時間の問題かもしれない。自分の手がうっすらしか見えなかった。

 ひんやりと肌で感じる冷たさは、日の光が当たらない地下だからなのか、自分の力が漏れ出ているのかもうよく分からない。

 雪花は虚ろな目で、ろうそくの炎を見つめていた。

 小さな炎が今にも消えそうに揺れている。

 ここに来てどのくらい経ったのだろうか。ずっと暗闇の中にいれば今が朝なのか夜なのか見当もつかない。

 時折訪れる役人が、冷めた食事を持ってきた回数を数えれば、二日くらいは経っているはず。

 しかし、ほとんど味のない薄い味噌汁に、どろどろになった粥。食欲が湧かずほとんど手はつけていない。

 

(久しぶりにあんなに怒ったわ。わたくしあんなに怒れたのね)

 

 命を軽んじる帝を見ていたら、怒りが収まらなかった。たとえ散々嫌味を言ってきた夕凪の子であっても、その命に罪はない。

 だが、とうとう帝を含め、天華宮の人々に自分の力を見られてしまった。ここにきてからずっと隠し通せていたはずなのに。そして、力が見つかってしまった末路はこの有様だ。人気のない地下牢はジメジメしており、寒いし心細い。こんな不衛生な場所、虫や鼠が出てきてもおかしくないだろう。

 絶望的だが、少し安心している自分もいた。

 

(……ここなら何も気にしなくて良いのかもしれないわね)

 

 人との関わりを断てば、感情を動かすこともないし、万が一ここで力を発動させたとしても誰にも迷惑を掛けないだろう。

 

(それに、もう疲れてしまった。私のこんな力、やはり無い方が良いのよ)

 

 普段より倍の力を使った雪花は疲労から壁に寄りかかった。

 もう十分自分は頑張った。このままここで最期を迎えるのも悪くはない。

 不思議と悲しみも怒りも何も感じなかった。

 空腹も感じないし、身体も心も痛くない。

 

(これで良い……のよ)

 

 だんだんと意識が遠のき、目が閉じていく。

 がくん、と身体の力が抜けた刹那。

 

 ——しゃらん。

 

 身体が大きく揺れたはずみで胸元から何かが落ち、雪花の手に当たった。

 

(なにかしら……)

 

 動くことも億劫で、薄目を開けて手元の方を見れば、闇の中に輝きを放つもの。

 朦朧とする中、その輝きを見つめ頭を動かす。

 氷のような硝子細工でできた花のかんざし。ろうそくのわずかな炎がかんざしに当たり、きらりと光った。

 

(あれは確か、春陽さまから……)

 

 心の中で春陽の名を呼んだ雪花は、ゆっくりと瞬きを繰り返した。瞬きをするたび、意識を取り戻していく。

 

『雪花』

 

 脳裏に自分を見つめる優しい顔と、優しい声が浮かんできた。

 

「……春、陽さま……」

 

 口許が勝手に彼の名を呼ぶ。

 自分を気にかけてくれた彼。その存在を思い出した途端、雪花は目を開き、身体を壁から離し座り直した。そしてかんざしを拾い、手の中に閉じ込める。

 

(あたたかい……)

 

 光の少ない牢の中でも輝きを失わず、温かいかんざし。触れていると、まるで春陽の温かい手に包まれているような気がした。

 

「約束、したんだわ」

 

 自分を責めてはいけないと。自分の持つ力を認めて欲しいと。

 

(わたくしの力を信じる……)

 

 氷の攻撃を帝にしてしまったのは確かに危険だ。しかし、逆を言えば、帝は攻撃されても仕方ない事をしでかしたとも捉えられる。

 

(あれは怒って良い事だったのよ)

 

 雪花自身がしてしまったこと全てを肯定する訳ではない。しかし、そう思う事で少し心が軽くなった。

 

(さっきの主上のことを、春陽さまに知らせなくては……)

 

 たとえ国の一番偉い方だとしても、夕凪のお腹の子を意図的に排そうとしたことは罪だと思う。尊い、罪の無い命を私欲のために殺めるなどどうかしている。

 他にも天華宮で暮らす中で、主上に対する不可解な点はたくさんあった。

 

 ――このままではいけない。

 

 この国を良くしようとしている春陽の力になりたい。

 雪花は唇を噛み締め、上を向いた。弱音なんて吐いていられない。春陽が雪花のことを信じてくれているのなら、雪花だって、彼のことを信じ、彼の目標のために動きたい。助けたい。

 そんな思いが雪花を奮い立たせる。

 

(まずはここから出られる方法を考えなくては)

 

 雪花はかんざしを着物の帯部分に大切に挟むと、立ち上がった。

 牢には見張はいないが、頑丈な鍵がかけられている。これを壊すのは骨が折れそうだ。だが、他に小窓も隙間もない。

 

(どうしたら……)

 

 雪花は使えそうなものは無いか周囲を見回したが、もちろん、そんなものはなかった。

 自分の無力さが虚しい。はぁ、と思わず大きなため息が漏れた。

 ため息と共に冷たい空気が流れる。

 

「雪花さま」

 

 突然、牢の外から声がした。

 顔を向けると目の前にぼんやりと橙色の光が見えた。揺らいでいるその光は、ゆっくりと雪花に近づいてくる。

 

(誰か……ここに来る……)

 

 固唾を呑む。

 姿を現したのは、帝の側近と役人たちだった。

 

「中庭にて公開詮議が行われます」

 

「公開詮議……」

 

「ご同行を願います」

 

「なんのための詮議でしょうか」

 

「雪花さまの正体を明らかにするため、です」


「明らかに……」

 

 無表情の側近は恐ろしく冷たかった。大きな音を立てながら牢の鍵を開け、役人に雪花を連れ出すよう命じる。

 

「わ、わたくしも自分の力のことはよく分かっておりませんし、わたくしの正体とはどういう……」

 

 手を後ろで結えられる。その間も雪花は疑問を訴えた。

 

「……本当に何も知らないのですね」

 

「え」

 

 何かを知っているような口ぶり。側近の鋭い目が突き刺さる。

 

「このまま大人しく着いてきてください。全ては中庭でお伝えしましょう。さぁ、連れ出しなさい」

 

 雪花はただ言われるがまま連れ出されるしかなかった。

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