第7話:マウント同僚の悲鳴と、安藤家の日常
月曜日の朝
デスクにお弁当箱を置いたところで、向かいの席から重苦しい溜め息が
聞こえてきた。
「はぁぁぁぁぁ……」
声をかけてほしそうなあからさまな溜め息。
視線をやると、同僚の結衣が目の下に大きなクマを作り、
やつれた顔でうなだれていた。
「……結衣さん、大丈夫? 体調悪いの?」
「茜ちゃん……聞いてよぉ……」
結衣は泣きそうな顔で身を乗り出してきた。
半年前、
「毎晩旦那とラブラブで〜」「同じベッドで寝ないと夫婦じゃない!」
とドヤ顔で語っていたあの勢いは、見る影もない。
「うちの旦那ね……イビキがすごくて、最近全然眠れないの……。
エアコンの設定温度も18度から譲ってくれなくて、私、寒さで夜中に
何度も目が覚めちゃって……」
「あー……」
「『寝室分けようか』って提案したら、『冷めてる! 俺を愛してないのか!』
ってブチギレられて……。
それに、旦那のカードの明細見たら、私の知らないところで
リボ払いしまくってて……!」
「リボ払い……!?」
流石の私も絶句した。
「『財布は一本化して隠し事なしが夫婦でしょ!』
って言ってたから信用してたのに!
お金のことで毎日喧嘩ばかりで、夜の営みどころか顔を見るのも嫌……。
ねえ茜ちゃん、なんで……なんで私、こんなにボロボロなの……!?」
結衣は机に突っ伏して頭を抱えた。
(あぁ……『肌の触れ合い』と『財布の一本化』だけに依存した関係の脆さが、
一気に出ちゃったんだな……)
私はかける言葉を選びながら、温かいお茶を差し出した。
「結衣さん……『愛』でエアコンの18度はカバーできるって、
前に言いましたよね?」
「うぅ……あの時は馬鹿にしてごめんなさいぃ……!
茜ちゃんの言う通りだった……!
ちゃんとお互いの睡眠と自由を守るルールを作っておくべきだったのよ……!」
結衣はズルズルと鼻をすすりながらお茶を飲んだ。
余計な追撃(マウント返し)はしない。
ただ、自分の選んだ「安藤家のスタイル」が、いかに合理的で
平和を守ってきたかを再確認した瞬間だった。
◇
その夜。我が家のリビング。
「――って感じで、結衣さんかなり参ってたよ」
「うわぁ……イビキとエアコン18度の強要に、隠れリボ払いはキツいね……」
巧が同情するように顔をしかめた。
今夜も私たちは、リビングで背中合わせ。
私はソファーでハーブティーを飲み、巧は床でストレッチをしている。
「『自分たちが快適でいられるルール』を二人で作らないと、
世間の『夫婦とはこうあるべき』に潰されちゃうんだね」
「ほんとそれ。 僕、茜と寝室別で本当によかったよ。
毎日ぐっすり眠れて仕事もはかどるし」
「私も! 巧のイビキに悩まされたこと一度もないもん」
「僕イビキかかないけどね!?」
「あはは、例えだよ!」
ふたりで顔を見合わせて爆笑する。
同じベッドで寝なくても。
夜の営みがなくても。
お互いの財布が違っても。
相手を思いやり、感謝を伝え、今日あったことを笑い合える。
それ以上に「愛されている」と実感できる瞬間が、どこにあるというのだろう。
「茜、明日の朝ごはん、茜の好きなフレンチトースト焼くね」
「えっ、ほんと!? 巧、やっぱり世界一のパートナーだわ」
「でしょー」
背中越しに伝わる、あたたかな体温。
外野の不幸な悲鳴をよそに、安藤家の日常は今日も平和そのものだった。
(第7話・終わり)
最後までお読みいただき、ありがとうございます
マウントをとってきた同僚・結衣の現実と、
安藤家の揺るぎない平和を描いた第7話でした
「やっぱり安藤家のルールが最強」「睡眠の質は大事!」
と思っていただけましたら、
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