第5話:痛い勘違い男の襲来
金曜日の夜。
部署のプロジェクト達成を祝う飲み会が終わり、私たちは居酒屋を出た。
「ふぅ……美味しかったけど、ちょっと疲れちゃったな」
お酒は嗜む程度に抑えていたものの、賑やかな席に長時間いるとどうしても
体力が削られる。
(早く帰って、お風呂に入って巧とハーゲンダッツ食べよ……)
そんなことを考えながら駅へ向かって歩き出した時、後ろから軽い足取りで
近づいてくる気配があった。
「安藤さーん! 待ってくださいよ!」
振り返ると、半年前に入社してきた後輩のイケメン(自称)社員、
佐々木が走ってきた。
ネクタイを緩め、少し酒の入った赤い顔で爽やかに(本人はそのつもりで)
笑っている。
「佐々木くん。お疲れ様。駅なら向こうだよ?」
「いやいや、安藤さんが一人で帰るから送っていこうと思って!
ほら、夜道は危ないですし」
「大丈夫だよ、目と鼻の先だし。じゃあね」
「まあまあ! ちょっとだけ付き合ってくださいよ!」
サッと前に立ち塞がれた。 ……正直、かなり面倒くさい。
佐々木は部署内でも「モテ男」を自負していて、女性社員に気さくに声をかけては
浮名を流しているタイプだ。
「安藤さんさぁ……本当は寂しいんじゃないですか?」
佐々木が声を一段低くし、顔を近づけてきた。
「は?」
「俺、知っちゃったんですよね。 安藤さんが旦那さんと寝室別々で、
夜の営みも全然ない『レス夫婦』だってこと」
(……あー、結衣さんが社内で騒いでたのが耳に入ったわけね)
私が冷ややかな視線を送っているのにも気づかず、佐々木はニヤニヤと
『すべてお見通し』といった風なドヤ顔を浮かべた。
「強がっちゃってさ。 『共同経営者』とか言ってるけど、
女として扱われてないってことでしょ?
旦那に放置されて欲求不満なの、隠さなくていいですよ」
「……佐々木くん、何か大きな勘違いをしてない?」
「勘違いじゃないですよ!
俺なら、安藤さんみたいな綺麗な人を放っておいたりしないのに。
旦那に満足してないなら…
…俺が『男』ってものを思い出させてあげましょうか?」
佐々木は壁ドンさながらに距離を詰め、フッと前髪をかき上げた。
本人はトレンディドラマの主人公のつもりなのだろう。
……が。 私から見れば、ただの痛い勘違い男でしかない。
私は目も合わせず、ハッキリと一言、言い放った。
「結構です。 あなたと過ごす1分1秒より、家で夫とゲームする時間の方が100万倍価値があるので」
「……は?」
佐々木が拍子抜けしたような声をあげる。
「え、いや……俺、結構モテる方だし……」
「知りません。 私にとって、巧以外の男性は全員『道端の置物』と同じです」
「お、置物!?」
「勝手に私の夫婦生活を妄想して哀れむのは自由ですが、セクハラで
人事に通報されたくなかったら二度とそんな口を叩かないでくださいね」
私が冷徹な笑みを浮かべて一歩踏み出すと、佐々木は
「ひっ……!」と小さく悲鳴をあげて後ずさった。
「じゃ、お疲れ様でした」
私は一度も振り返ることなく、颯爽と駅の改札へと向かったのだった。
◇
三十後。 我が家のリビング。
「――ってことがあってさぁ。ほんと疲れた」
「うわぁ……何それ。気持ち悪いね……」
パジャマに着替えた私がソファで愚痴ると、となりに座る巧が
心底嫌そうな顔をした。
「茜、大丈夫だった? 変なことされなかった?」
「うん、一瞬で撃退したから大丈夫。置物扱いしといた」
「あはは! さすが茜!」
巧は安心したように笑い、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「茜を『欲求不満』扱いするなんて、何も分かってないな。
僕たちは、そんな次元で生きてないのにね」
「ほんとそれ。 よし、嫌なことは忘れて、新作ゲームの続きやろ!」
「お、いいね! コントローラー持ってくる!」
こうして夜の静けさの中、カチカチとゲームのボタン音が心地よく響き渡る。
外野がどれだけ勝手な妄想を膨らませようと。
私たちの揺るぎない絆に、ヒビ一つ入ることはないのだ。
(第5話・終わり)
最後までお読みいただき、ありがとうございます
痛い勘違い男・佐々木をバッサリ一蹴いたしました
「置物扱いは笑った!」「茜のノータイム撃退、スカッとした!」と思っていただけましたら、
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