第4話:財布別=愛がない、という偏見
日曜日の昼下がり。
私は夫の巧とともに、私の実家の親戚の集まりに参加していた。
法事のあとの会食会場。
座敷に並んだ大きなテーブルの上には、豪華な仕出し弁当が並んでいる。
親戚同士の他愛もない近況報告が飛び交う中、対面に座る叔母の順子さんが、
不敵な笑みを浮かべてこちらを覗き込んできた。
「ねえ茜ちゃん。 そういえば二人って、お給料の管理どうしてるの?
まさか未だに別々なの?」
(出た……お説教大好きな順子叔母さんだ)
私は心の中で警戒アラートを鳴らしつつ、穏やかな笑みを崩さずに頷いた。
「はい。 生活費は共通口座に折半で入れて、残りはお互いに自由に使って
いますよ」
「やだぁ、茜ちゃん! そんなのダメじゃない!」
順子叔母さんは待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出してきた。
「夫婦でお金を別々にするなんて、お互いに隠し事がある証拠よ!
お金をオープンにしてこそ本当の家族でしょうが。
うちなんてね、夫の給料は全部私が管理して、小遣い三万円でやり繰り
させてるわよ!」
順子叔母さんの隣で、叔父さんが小さく身を縮めて肩を落としているのが見えた。
……うん、全然幸せそうに見えないのは気のせいだろうか。
「それにねぇ」
叔母さんは声をひそめ、ニヤニヤとした嫌らしい表情を浮かべた。
「あんたたち、夜の営みも全くないんでしょ? 寝室も別々、お財布も別々なんて…
…それ、ただの居候同士じゃない。 そんなの愛がないわよ。
夫婦の冷え切りを隠すために、お金も別々にして逃げてるだけじゃないの?」
周りの親戚たちも「えっ、レスなの?」「寝室別なの?」とざわざわし始める。
世間というのは本当に不思議だ。
『夜の営み=愛の深さ』『財布の一本化=信頼の証』と盲信し、
そこから外れた人間を『冷え切った可顔夫婦』と決めつけて哀れんでくる。
私は箸を静かに置き、叔母さんの目をまっすぐ見つめた。
「順子叔母さん。 『お金を一本化する=信頼』とおっしゃいましたけど……」
「ええ、そうよ!」
「叔母さんは、叔父さんがお小遣い以外で何にお金を使っているか、
全部把握できてるんですか?」
「え? それは……お小遣いの範囲なら別に……」
「私たちはですね、お互いを社会人として完全に信用しているからこそ、
相手の口座を監視する必要がないんです」
「か、監視だなんて人聞きの悪い……!」
「生活費の透明性は、共通口座の明細で100%確保しています。
その上で、自分の稼いだお金を何に使おうが口を出さない。
巧が欲しい本を買うのも、私が推し活に使うのも自由です。
『お金の使い道で喧嘩するストレス』がゼロなんですよ」
「でも……愛がないじゃない!」
「愛ならありますよ」
私は隣に座る巧と目を合わせ、微笑んだ。
「相手を縛り付けず、自立した人間として尊重し合う愛です。
お金のことで毎日愚痴を言い合う夫婦と、お互いの自由を応援しながら笑い合える夫婦。
叔母さんは、どちらの方が愛があると思いますか?」
「うぐっ……!?」
叔母さんは言葉に詰まり、顔を赤くして黙り込んだ。
隣の叔父さんが、どこかスカッとしたような顔で小さく頷いているのが見えた。
論破、完了。
◇
親戚の集まりからの帰り道。 夕方の静かな住宅街を、ふたりで並んで歩く。
「茜、今日もバッサリ言ったねぇ」
巧が可笑しそうに笑う。
「だって、巧との快適な生活をバカにされるの、嫌だもん」
「ふふ、ありがと。 あ、そうだ。ちょっと待ってて」
巧が道の途中の高級和菓子屋さんに立ち寄り、小さな紙袋を手に戻ってきた。
「はい、これ。茜の好きな栗大福」
「えっ!? これ、すごく並ばないと買えないやつじゃん!」
「今日、集まりに行く前に僕のお小遣いで買っておいたんだ。
叔母さんのお説教に付き合わされて、疲れちゃうと思って」
「巧……!」
私は紙袋を抱きしめ、感無量になった。
財布が別々だからこそ、相手のために自分のお金を使うサプライズが
こんなにも嬉しい。
夜の営みがなかろうが、寝室が別々だろうが。 この優しさと信頼があれば、
私たちはどこまでも無敵だ。
「帰ったら、お茶淹れて一緒に食べようね」
「うん! 巧、大好き!」
「僕もだよ、茜」
二人で笑い合いながら、私たちは大好きな我が家へと歩みを進めたのだった。
(第4話・終わり)
最後までお読みいただき、ありがとうございます
なんとかマウント叔母さんを撃退いたしました
「スカッとした!」「自分のお金でサプライズしてくれる巧、最高!」
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