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第2話:結婚の理由?「世界一の共同経営者」だからです

「き、きょうどうけいえいしゃ……!?」


向かいのデスクで、同僚の結衣ゆいが目を見開いたままフリーズしている。

周囲の社員たちが「なになに?」という視線を送ってくるが、私は気にせず、

お弁当のおかずをパクリと口に運んだ。

結衣は数秒かけて深呼吸をすると、身を乗り出して声をひそめてきた。


「ちょっと茜ちゃん……冗談でしょ? 共同経営者って何よ。 夫婦はもっと…

…こう、情熱とか愛で結ばれるものじゃないの!?」


「もちろん、愛はありますよ」


「えっ!? ほんとに!?」


「はい。敬愛、親愛、そして人間としての深いリスペクトです」


「それ友達に対する感情じゃん!!」


結衣がバシッと自分のデスクを叩いた。 相変わらず熱量がすごい。


「いい? 茜ちゃん。 男の人っていうのはね、夜の営みがないと

『男としての尊厳』を失うの! 夫婦で寝室も別々、お財布も別々なんて、

お互いを信用してない証拠だし、絶対にどこかで破綻するよ!?」


結衣はドヤ顔で言い放った。

どうやら『世間一般のラブラブ夫婦像』を私に伝授して、

救済してやろうという意図らしい。


(うーん……ありがた迷惑の典型例だなあ)


 私はゆっくりとお茶を飲み、トントンとデスクを指で叩いた。


「結衣さん。 結衣さんは旦那さんとお財布、一緒なんですよね?」


「当たり前でしょ! お互いのお給料は全部一つの口座に入れて、

お小遣い制にしてるよ。 隠し事なし! これが夫婦の信頼関係!」


「なるほど。 じゃあ、旦那さんが自分の趣味に大きなお金を使いたいって

言ったらどうします?」


「は? 許すわけないじゃん。

先月も勝手に高額なゴルフバッグ買おうとしたからブチギレて正座させたよ。

うちの家計をなんだと思ってんの!って」


……うん。 結衣さん、目撃するたびに旦那さんのお金の使い道について愚痴を

言っているのを、私は知っている。


「私たちはですね、財布を別にすることで『相手のお金の使い道に口を出さない』

という自由と信頼を買い合ってるんです」


「え……?」


「巧が自分の稼いだお金で新作ゲームを買おうが、私が推し活に遠征しようが、

お互いに一切ストレスがありません。

家賃や光熱費などの生活費は、共通口座にきっちり折半で入れてますから」


「で、でも……睡眠は!? 同じベッドで抱き合って寝るのが夫婦でしょ!?」


「同じベッドだと、相手のイビキで起きたり、掛け布団の奪い合いに

なりません?」


「うぐっ……! (※先週、旦那のイビキがうるさくて寝不足だと愚痴っていた)」


「寝室を分けることで、私たちは毎日最高の睡眠時間を確保しています。

お互いに体調万全で、笑顔で

『おはよう』と言える。 ……これって、破綻してますかね?」


私はニコリと微笑んだ。


「熱情や肌の触れ合いだけに頼る関係は、それが冷めたときに脆いです。

でも、生活のルールを最適化し、お互いの自由を尊重する関係は、

何十年経っても揺らぎません。

だから私は、巧という『人生の最高の共同経営者』を選んだんです」


「う……うぬぬ……」


結衣は何も反論できなくなり、自分のサンドイッチをガツガツと口に詰め込み

始めた。

論破完了、である。


午後八時。 仕事を終えて帰宅すると、家の中からは香ばしい醤油とごま油の

匂いが漂っていた。


「あ、茜。おかえり」


キッチンから、エプロン姿の巧が顔を出した。


「ただいま巧。すごくいい匂い」


「今日、豚の生姜焼きにしたよ。

茜、今週忙しそうだったからスタミナつくやつにしようと思って」


「神なの??? 好き……」


「ふふ、お風呂先に入る? ご飯先にする?」


「ご飯にする! お腹ペコペコ!」


ふたりでテーブルにつき、「いただきます」と手を合わせる。

巧の作る生姜焼きは絶品だ。タレが染みたキャベツと一緒に口へ運ぶと、

一日の疲れが吹き飛んでいく。

テレビではお笑い番組が流れていて、同じタイミングで「ふふっ」と爆笑する。


「ねえ巧、今日ね、同僚の結衣さんに『レスで寝室別なんて冷えてる』って言われちゃった」


「えー、また? 茜、なんて返したの?」


「『人生の共同経営者として最適だからです』って言ってやった」


「あはは! 茜らしいなあ。 まあ、外野が何言っても、

僕らはこれが一番快適だしね」


「だよねー」


夕食の後片付けをパパッと二人で済ませたあと、私たちはリビングのソファに

腰掛けた。

抱き合ったりもしない。 kissをしたりもしない。

ただ、背中合わせで座り、巧はポータブルゲーム機をプレイし、

私はスマホでマンガを読む。

ふと、背中越しに巧の体温と、ゲームのボタンをカチカチと叩く心地よいリズムが

伝わってくる。


「ねえ茜」


「ん?」


「今日、帰りにコンビニでハーゲンダッツの期間限定のやつ見つけたから、

買っておいたよ。 冷凍庫に入ってるから、あとで半分こして食べよう」


「えっ、マジで!? 巧、やっぱり神だわ」


「でしょー」


背中越しに、巧がくすくすと笑う気配がした。

夜の営みなんてなくたって。 触れ合いが最小限だって。

私たちは今、間違いなく世界一幸せな夫婦だ。


(第2話・終わり)


最後までお読みいただき、ありがとうございます


「この夫婦、応援したい!」「自分の家も寝室別だけど快適!」など、少しでも共感していただけたり、クスッと笑っていただけましたら、

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