表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/14

第1話:世間は「仮面夫婦」と言うけれど

 朝七時三十分。

スマートフォンのアラームが小さく鳴り、私はすっきりと目を覚ました。


カーテンを開けると、柔らかな朝の光が差し込んでくる。


ベッドから抜け出し、軽くストレッチ。

体に何の負荷も残っていない。

熟睡感、完璧。睡眠の質、100点満点。


なぜなら、この部屋には『私ひとり』しかいないからだ。


自分の好みの硬さに合わせたマットレス。

自分が一番快適だと感じるエアコンの温度(夏は25度、冬は20度)。


誰のイビキも、誰の寝返りによる振動も、深夜のトイレに立つ気配すらない、

完全なる静寂。


(はぁ……今朝も最高の目覚め)


心の中でそう呟きながら自室のドアを開け、廊下を進んでリビングへと向かう。


すると、反対側のドアが同時に開き、寝ぐせを少しつけた夫のたくみが顔を出した。


「おはよう、あかね


「おはよう、巧。今日もよく眠れた?」


「うん、バッチリ。昨日ちょっと夜更かししてゲームしちゃったけど、

エアコンの温度設定が完璧だったから熟睡できたよ」


「よかった。朝ごはん、どうする? 私はトーストとコーヒーで軽く済ませるけど」


「あ、僕もそれで。ジャム、新しいイチゴのやつ開けようか」


私たちはごく自然に言葉を交わし、手分けして朝食の準備を始める。


巧がコーヒーを淹れ、私がパンをトースターに放り込む。

息はぴったりだ。喧嘩なんて、ここ数年一度もしたことがない。


――そう、私達夫婦は、めちゃくちゃ仲が良い。


お互いを心から尊重しているし、困ったときは一番に助け合う。

人生で最も信頼できるパートナーであり、最高の親友だ。


ただし。

世間一般の『夫婦像』と照らし合わせたとき、私たちの関係にはいくつかの

“異常事態”が存在するらしい。



1.寝室が別々(睡眠の質を最優先するため)。

2.財布が別々(生活費は折半。お互いの小遣いや趣味には一切口を出さない)。

3.食事とTVは一緒(気が向いたら一緒に食べるし、

見たい番組が違えば自分の部屋で見る)。



そして――これが一番世間をざわつかせる要素なのだが。



4.結婚以来、夜の営みが一度もない(いわゆるレス)。



……うん。

文字に起こすと「それってただのルームシェアでは?」と思われるかもしれない。


実際、職場や親戚にこの話をすると、十中八九、惨劇を見るような目で

同情される。


だけど、言わせてほしい。


(何か問題でも??? 満足度1000%なんですけど???)



「――えぇっ!? ちょっと茜ちゃん、寝室別々なの!?

それって絶対マズいって!」


昼休みのオフィス。

お弁当の蓋を開けた瞬間、デスクの向かいに座る同僚の結衣ゆいが、

まるで世界滅亡のニュースでも聞いたかのような大声を張り上げた。


「マズい……とは?」


「とは? じゃないよ! 夫婦が別々の部屋で寝るなんて、

冷え切った仮面夫婦の始まりじゃない!

ぬくもりを感じ合ってこそ夫婦でしょ!?」


結衣は半年前、付き合って三年になる彼氏と結婚したばかりの

自称『ラブラブ新婚さん』だ。


毎日のように「旦那さんが可愛くて〜」「昨日の夜もラブラブで〜」という報告を

社内に振り撒いている。


「あー……でもね結衣さん。同じベッドで寝ると、相手の寝返りで目が覚めたり、

エアコンの設定温度で揉めたりしません?」


「それは……まあ、うちの旦那、暑がりだからエアコン18度に設定されて

寒くて起きることはあるけど! でもそれは愛でカバーするものでしょ!?」


(愛でエアコン18度はカバーできないでしょ。風邪ひくわ)


私は心の中で冷静にツッコミを入れつつ、お弁当の卵焼きを口に運んだ。


甘くて美味しい。巧特製の自家製だし巻き卵だ。


「それにさぁ……寝室別々ってことは、夜の営みとかも減っちゃうんじゃないの?

大丈夫? 旦那さんに浮気されたりしない?」


「あ、減るも何も、うち元々ない(レス)ので」


「ブフォッ……!?」


結衣が飲んでいたスープを噴き出しそうになった。慌てて紙ナプキンで口元を押さえている。


「な、ななな何言ってるの茜ちゃん!? レス!? 結婚してまだ二年でしょ!?

男としての尊厳どうなってるの旦那さん!?

欲求不満で外で女作られたらどうするの!?」


「うーん、巧はゲームの新作が出たときの方が目が輝いてますし、お互い性生活に

興味がないタイプなので特に困ってないんですよね」


「困ってないわけないでしょ!!」


結衣はバンッとデスクを叩いた。

周囲の社員がチラチラとこちらを見ている。


「そんなの夫婦じゃないよ! ただの同居人! 友達じゃない!

そんなんであなたたち、そもそも何で一緒になったのよ!?」


結衣の目が、哀れみと「私が正しい夫婦の道を教えてあげなきゃ」という妙な

使命感でギラギラと輝いている。


私はゆっくりと箸を置き、結衣の目をまっすぐ見つめた。


「……なんで一緒になったか、ですか?」


私はふっと微笑み、前髪を軽くかき上げた。


「『人生という長い旅の、最も信頼できる共同経営者』として最適だったからですが、何か?」


「き、きょうどうけいえいしゃ……!?」


結衣がハトが豆鉄砲を食ったような顔で固まる。

私は満足げに頷き、再び美味しくお弁当を食べ始めたのだった。


(ふふん。外野が何を言おうと、安藤家の平和は永遠に揺らがないのだ!)


……と、この時の私は思っていた。

世間の「お節介」という名の嵐が、これから次々と押し寄せてくるとも知らずに。


(第1話・終わり)

最後までお読みいただき、ありがとうございます


「この夫婦、応援したい!」「自分の家も寝室別だけど快適!」など、少しでも共感していただけたり、クスッと笑っていただけましたら、

ページ下部の【★評価】や【ブックマーク登録】をしていただけると、執筆の大きな励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ