1-6 今日は、全種類いただきます
王妃様って本当に大変そうだね……この分じゃ、王様より頭大きそうだね。
ほんの少しだけ気の毒になった。
あんなに重そうなカツラを朝からずっと身につけて、お茶会では笑顔を絶やさない。
私だったら、とっくに悲鳴を上げている。
でも‥‥‥
(私も疲れたよ‥‥‥)
朝から慣れないカツラを支え続けた首は、じんわりと痛い。
こんな時は――
疲れた時は甘いもの。
これは前世でも今世でも変わらない。そう自分に言い聞かせながら、私は席へと腰を下ろした。
ちょっと勢いよくドスンと椅子に座ってしまった‥‥‥
「チャチャ!」
すぐに母の声が飛んできた。
「そんな座り方をしてはいけませんよ。公爵家の令嬢でしょう?」
「……はい。」
(やってしまった……)
母にじっと見られて、思わず背筋を伸ばす。
「まったく……」
小さくため息をついたあと、母はにこりと微笑んだ。
「明日から、また練習していった方がいいわね。」
「……練習?」
「ええ。立ち方、座り方、歩き方。全部よ。」
(全部!?)
「王宮では、すべて見られていると思いなさい。」
「……はい。」
(もう帰りたい‥‥‥まだ、始まってもいないのにもう、帰りたい‥‥‥)
なのに、朝から慣れないカツラを支え続けた首は、もうそろそろ限界だ。
少し休めば回復するんだろうか?
(ああ‥‥‥しばらく立ちたくないなぁ~)
デザートまでの距離は、まだまだ遠そうだ。
そんなことを考えながら、周囲を見回す。
どうやら、公爵家の席は王妃様にわりと近い。しかも、一つのテーブルに一人ずつ給仕が付いている。
「公爵家ですので、本日は専属でお世話いたします」
静かに突然現れた、給仕を見た。隣のテーブルは侯爵家が二家。給仕も二人。
さらに後ろは伯爵家が三家で一つのテーブル。給仕はやっぱり二人。
そして、後ろへ行くほど王妃様はどんどん遠くなる。
……なるほど。高位貴族ほど前の席なんだな。そして給仕が手厚い。
後ろの人は、お菓子を取りに自分で行くのか?頼むのか?頼むとしても順番待ちもありそうだ。
この頭で歩くの、絶対に嫌だ。転んだら最後だもの‥‥‥
そう思っていると、給仕が静かに紅茶を置いてくれた。
「何かご希望はございますか?」
「あります!」
つい、思わず身を乗り出す。
「デザートを全部、一つずつお願いします」
給仕が一瞬だけ固まった。
「……全部、でございますか?」
「はい!」
「そんなに食べられるの?」と母が小声で聞いてくる。
「意地でも食べます」
母はフフフと楽しそうに笑い、紅茶を一口飲んだあと、優雅に立ち上がった。
「私は他の方たちに挨拶してくるわね?」
「はい、お母様」
そう言って席を立つ母を見送りながら、チャチャはそっと紅茶に口をつけた。
(ふぅ……)
ほんのり甘い香りが広がる。そのままカップを持ったまま、チラリ、チラリと頭をあまり動かさないように周囲を見渡した。
同じように席に着いている令嬢や令息たちの中には、私と同じくぐったりとした顔をしている者もいる。重そうな衣装や髪型に耐えながら、必死に姿勢を保っているのが見て取れた。
一方で、少し離れた場所では王子の周りに人だかりができている。
王子に名前を憶えてもらおうとする者たちが、華やかな笑顔を浮かべた令嬢たちを中心に次々と王子に話しかけ、令息たちも負けじと会話に加わろうとしている。
(凄い、私には真似できないわ……)
そう思っていると、給仕がお菓子を持って戻ってきた。
両手に一皿ずつ抱え、「とりあえず、半分お持ちしました」と言って、テーブルにそっと皿を置いてくれた。
だいたい二皿で十種類ほどのケーキが並び、それに加えてサンドイッチのような軽食も添えられている。
全部食べられるかな?と少し不安になりつつも、朝食をがっつり食べてしまったことを思い出す。
でも、ここで引くわけにはいかない!と心の中で拳を握る。
疲れた体には甘いものが一番だし、これはむしろ必要な補給だと自分に言い聞かせながら、「ありがとうございます」と給仕に丁寧にお礼を言った。
前世ではホテルのビュッフェに行けば、まず全種類を一口ずつ選んでいた。
そこからお気に入りを二周目。食べ放題とは、自分との戦いなのである。
気合を入れて、前日の夜から調整することも度々あったし‥‥‥
朝食、昼食は抜くのが当たり前。
『元を取る』それが私の料理をしてくれた人たちに対する礼儀だ。
もちろん、この世界の人はそんな文化は知らないだろうし、それは私だけかもしれない‥‥‥
「よし!まずは全種制覇だ!」
王妃の席に近いテーブルで、一人の令息が静かにこちらを見ていることなど露知らず、チャチャは静かにフォークを手に取り、目の前の皿へと意識を集中させた。




