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1-5 王妃様との初めてのご挨拶

重厚な扉が、ゆっくりと左右へ開かれた。

金の装飾が施された扉は、人の背丈の三倍はあろうかという大きさで、開くだけでも重々しい音が広間に響き渡る。


その瞬間だった。先ほどまで小さく聞こえていた囁き声が、すっと消えた。

誰もが口を閉ざし、自然と背筋を伸ばす。

広間を包む空気が、一瞬で張り詰めた。

先頭を歩くのは、王家の紋章を胸に刻んだ近衛騎士。

磨き上げられた銀の鎧が窓から差し込む陽光を反射し、その後ろには純白の衣装に身を包んだ侍女たちが静かに続く。

誰一人として足音を乱さない。

訓練され尽くした美しさだった。

そして最後に、一人の女性が姿を現す。


「王妃エレノーラ・フォン・アウレリア様、ご入場いたします」

侍従の朗々とした声が高らかに響いた。

チャチャは思わず息を呑む。


(わぁ……)


とてもキラキラと輝いており、綺麗だった。

透き通るような白い肌に陽の光を受けて淡く輝く金色の髪。

湖のように澄んだ青い瞳。

その微笑みは、見る者すべてを安心させる不思議な温かさがあった。

年齢は三十代半ばほどだろうか。

それでも少女のような瑞々しさを残しながら、大人の落ち着きと気品を兼ね備えていた。

王妃という言葉から想像していた、近寄りがたい人物ではない。

むしろ、優しい母親のような雰囲気だった。


「……素敵」


思わず小さく呟く。

母も静かに頷いた。

「国民からも慕われている王妃様よ」

その一言だけで十分だった。

チャチャも、この人なら皆が慕う理由が分かる気がした。

だが、ふとした拍子に、チャチャの視線は王妃の顔からゆっくりと上へと引き上げられていった。

整った眉の形、なめらかな額の曲線。

そこからさらに上へ――

そして、頭。

「…………」

チャチャは固まった。

やっぱり、大きい。

想像していたより、ずっと大きかった。

――当たり前か!だって国のトップにいる女性なのだから。

小さな毛束がひと房の所に幾重にも束ねられ、それをさらに一束としてまとめ上げたものが、いくつもいくつも積み重なっている。

一本一本が細やかに整えられ、編み込まれ、巻き上げられ、まるで塔のように高く築かれていた。

それらが崩れぬよう、見えないところで無数の留め具や糸が支えているのだろうか?

ただ、大きいだけではない。

精緻で、緻密で、そして圧倒的だった。

思わず息を呑むほどに美しく、その技術はまさに素晴らしいものだと思う。

もはや髪型というより、ある一点を除けば、それは芸術と言ってもいいくらいだ。

幾重にも巻き上げられた、その黄金のカツラ‥‥‥

白鳥の羽根。

真珠。

サファイア。

金細工。

宝石だけでも相当な重さがありそうなのに、それらが惜しげもなく飾られている。

王冠と芸術品を合わせたような存在感だった。


(あれ……?本当に支えられるの?)


チャチャは無意識に自分の首へ手を当てた。

さっき見た公爵夫人のカツラですら、肩が凝りそうだと思っていた。

だが王妃のものは、公爵夫人のものよりも一回り以上大きかった。

(やっぱり、そうとう重いよね?)

ちょっと、心配になった。

王妃は穏やかな笑みを絶やさず、一人ひとりに優しく視線を向けながら歩いている。

一見、苦しそうな様子はない。

それでもチャチャには、無理をしているように見えてしまった。

あんな高い位置で皆に見られ続けるなんて、物凄く大変そうだ。

自分はあの場所に立つより、ずっと下で気楽にしている方がいい、と心の中でそっと思ってしまう。


「チェチェーリア」

母が小さく囁く。

「視線を上げすぎです」

「あ……はい」

慌てて姿勢を正す。

けれど、顔は正面を向いたままなのに、視線だけがどうしても上へとチラチラと向いてしまう。


(やっぱり重そうだ……)

その考えだけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。

やがて挨拶が始まる。

家格の高い順に呼ばれ、各家が王妃の前へ進み出る。


「クラウゼン公爵家、当主アルベルト・フォン・クラウゼンにございます」と落ち着いた声で母が告げる。

チャチャは一歩前へ出ると、ゆっくりと膝を折った。

頭を下げる動作も、いつもより慎重に、そっと、そっと。決して急がず、首に負担がかからないよう意識しながら、丁寧にカーテシーを行う。

「顔を上げてくださいな」

柔らかな声に導かれ、チャチャはゆっくりと顔を上げた。

「チェチェーリア・フォン・クラウゼンでございます。本日はお目にかかれて光栄ございます」

「本日は、お越しくださってありがとう」

王妃は優しく微笑みながら言った。

「はい」

その時、王妃の隣に立つ少年が一歩前に出る。

「こちらは私の息子、第一王子のレオンハルトです」

紹介された少年は、整った顔立ちに落ち着いた雰囲気を纏っていた。年はチャチャより少し上だろうか。金色の髪と青い瞳は王妃によく似ている。

そしてその頭には、王妃ほどではないものの、他の令息たちよりはやや大きめの鬘が載せられていたが、チャチャのものよりは小さく見えた。

なんだか、少し解せない。男性は女性よりも比較的小さいものなのだろうか?

そういえばお父様も仕事中はもっと控えめな鬘だった気がする。男の人はいいなぁ、とつい思ってしまった。

整えられた巻き髪に控えめな装飾が施されており、王子としての品格を感じさせるが、その表情はどこか不機嫌そうにぶすっとしている。


(あ……やっぱり王子様も被ってるんだ)

チャチャは思わず、そちらにも目を向けてしまった。

「初めまして、チェチェーリア嬢」

王子は穏やかに微笑んだ。

「は、初めまして……」

チャチャは少し緊張しながらも、もう一度小さく礼をした。

王妃は一人ひとりの名前を覚えているかのように優しく声を掛け、その成長を喜んでいた。

初めてのお茶会ということもあり、子どもたち同士の顔合わせの意味合いも強く、厳格な儀式というよりは皆を温かく迎える場だった。

チャチャは少しだけ肩の力が抜けた。


(怖い人じゃなくてよかった)


しかしその安心とは裏腹に、別の心配だけは消えなかった。

やがて挨拶は滞りなく終わり、広間に再びざわめきが戻る。

「それでは、皆様お席へ」

侍従の声に従い、貴族たちはそれぞれの席へと移動を始めた。

チャチャも母に手を引かれながら歩き出す。

それでも、つい振り返ってしまう。

王妃は、変わらぬ微笑みで人々を見送っていた。


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