6-3 絵本の中に‥‥‥
「チャチャ。本当に全部調べるつもりなのか?」
翌日の午後。
私はお兄様と一緒に、公爵家の書庫へ来ていた。
書庫の扉を開けたお兄様は、壁一面を覆う本棚を見上げ、すでに疲れたような顔をしていた。
公爵家の書庫には、何世代にもわたって集められた本や記録が保管されているのだ。
歴史、地理、法律、外国語、植物、動物、医学‥‥‥etc.
領地の運営に関わる記録や、過去に公爵家で起きた出来事を書き残したものもある。
背表紙に題名が書かれている本もあれば、何も書かれていない古い本もあった。
一冊ずつ中身を確認していたら、何日どころか何年かかるか分からない。
「全部は調べません。まずは、動物について書かれた本を探します」
「どこから探すか‥‥‥?陽輪花と一緒に暮らしているなら、植物の本に書かれているかもしれないよね」
「では、植物の本も調べます」
「昔から幸運を運ぶという言い伝えがあるのなら、伝承や歴史の本にも出てくるかもしれないし‥‥‥」
「それも調べます」
探す本の種類が、どんどん増えていった。
隣で聞いていた書庫番が、困ったように笑った。
「お嬢様。最初に、その動物の特徴を書き出してはいかがでしょうか」
「特徴ですか?」
「はい。どのような姿で、何を食べ、どのような場所にいるのか?それが分かれば、探す本を少し絞ることができますし‥‥‥お嬢様が探せない時は、私も探しておきます」
「では、よろしくお願いします」
私は紙とペンを用意してもらい、これまでに分かったことを書き出した。
淡い金色の毛。
猫に似た丸い顔。
犬のようにふさふさした長い尻尾。
先が少し垂れた耳。そして‥‥‥短足なのだ。非常に足が短い‥‥‥
硬い陽輪花の果実を割ることのできる牙。
足音をほとんど立てずに歩く肉球。かなりすばしっこい。
にゃんとも鳴くし、わんとも鳴く。
陽輪花の果肉と種を食べ、余った種を土へ埋める習性。
雄と雌はつがいで行動し、雌は現在、子供を宿しているらしいこと。
幸運をもたらす動物と言われていること。他に、は‥‥‥?
「こうして並べると、ずいぶん変わった動物だね」
「だから、何か記録が残っていると思ったのです」
「でも、この説明だけを聞いたら、想像上の動物だと思われるかもしれないよね」
前世での猫と犬を混ぜ合わせたような姿で、陽輪花を増やし、幸運を運ぶともいわれている。
確かに、昔話の中に登場する動物のようだ。
だけれど、にゃわんという動物は、ちゃんと実在している。
果肉を舐め、種を食べ、仰向けに転がっているところまで、この目で確認しているのだ。
最初に調べたのは、この国に生息する動物をまとめた本だった。
森で暮らす小動物、家畜を襲う獣などが、簡単な絵と説明とともに載っている。
しかし、にゃわんに当てはまるものは何も見当たらなかった。
次に、珍しい動物を記録した本を開いた。
王都から遠く離れた山岳地帯に住む獣や、国境の向こうにいるという大型の動物まで描かれている。
角が三本ある獣。
翼を持つ蛇。
水の中からほとんど出てこない、魚に似た生物。
それらが本当に存在するのか、それとも旅人が話を大げさにしたのかは分からない。けれど、猫と犬の両方に似た金色の動物は見つからなかった。
陽輪花について書かれた植物の本も調べてみたけれど‥‥‥
陽輪花は幸運を呼ぶ花であり、勝手に持ち去ってはならないこと。
人間の手で植えても、ほとんど芽を出さないこと。
新しい陽輪花が芽吹いた土地には、豊かな実りが訪れるといわれていること。
書かれているのは、それくらいだった。
種を運ぶ動物については、
『小さき森の獣が運ぶとされる』
という一文が残されているだけで、名前も姿も記されていない。
「これ、だけですかね?」
「誰かが実際に確かめたわけではないのでしょう」
家庭教師は、古い植物の本を確認しながら答えた。
「ある日、離れた場所から陽輪花の芽が出る。人々の目には、地面から突然現れたように見えます。そこで、森の獣が運んだのではないかと考えたのでしょう」
陽輪花がどのように増えるのか、人々は正確には知らなかった。
アボカドほどの硬い塊を種だと思い、その中に甘い果肉と本当の種が入っていることにさえ気づいていなかった。
それなら、にゃわんについて詳しい記録が残っていないのも不思議ではないか‥‥‥
私は毎日、午前中の勉強が早く終わったときや、雨で散歩へ出られない日に書庫へ通った。
国内の動物について書かれた本や外国から持ち込まれた珍しい動物の記録、陽輪花や森の植物に関する書物、公爵領の自然公園で確認された生き物の一覧‥‥‥
けれど、何日探しても、にゃわんらしい動物は見つからなかった。
私は少しずつ、本当に記録がないのではないかと思い始めていた。これまで見た者がほとんどいない。
見た者がいたとしても、他の動物と同じように思われていたのかもしれない。あるいは、昔は記録があったものの、長い年月の中で失われてしまったとか‥‥‥?
考えられる理由はいくつもあった。
「今日は、ここまでにしましょう」
マリアネーゼが声をかけてきた。
「もう少しだけ探してみていいですか?」
「先ほども同じことをおっしゃいましたが‥‥‥」
「でも、あと一冊で見つかるかもしれませんし‥‥‥」
「明日の一冊でも構わないでしょう?」
本に夢中になり、食事や休憩を忘れるところは、庭仕事に夢中になるオスカーと同じだと言われてしまった。
それは困る。
あそこまで周囲の声が聞こえなくなっているつもりはなかったけれど、否定すればするほど、マリアネーゼには同じだと思われそうだ。
「チャチャ、これは見た?」
私が本を棚へ戻そうとしたとき、少し離れた場所から、お兄様の声がした。
お兄様は本棚の一番下の段にしゃがみ込み、奥へ手を伸ばしている。引き出したのは、動物の記録でも、植物の図鑑でもなかった。
薄い表紙の、小さな本だった。
「それは何ですか?」
「どうやら、子供向けの絵本みたいだ」
表紙は日に焼け、題名の文字も一部が薄くなっている。
角は丸く擦り切れ、何人もの子供に繰り返し読まれたことが分かった。
お兄様が、表面についた埃を布で丁寧に払う。
私は、かろうじて残っている題名を声に出した。
『お日様の花と金色の獣』
表紙には、大きな黄色い花が描かれていた。中心から細長い花びらが広がり、太陽のような形をしている。
陽輪花にとても、よく似ていた。
その根元には、小さな金色の動物が座っている。
丸い顔。
頭の上にある三角形の耳。
長く、ふさふさとした尻尾。
絵本らしく首には赤いリボンが結ばれ、表情も人間のように描かれている。
実物とまったく同じ姿ではないが‥‥‥
それでも、その特徴は、私たちが探していた動物によく似ていた。
「お兄様」
「うん。僕も似ていると思うんだ」
今まで探していたのは、動物を詳しく記録した本だったけど、にゃわんに似た姿を初めて見つけたのは、古い子供向けの絵本の中だった。
私はお兄様から本を受け取り、傷んだ頁を破らないよう、そっと表紙を開いた。




