5-3 待つことも調査のうちです
草原に観察用の隠れ場所を作ってから、三日が過ぎた。
枝で組んだ骨組みに布を掛け、その上から青い草や枯れ草、細い蔓を重ねた小さな天幕は、すっかり周囲の景色になじんでいた。
作ったばかりの頃には、そこだけ草が不自然に盛り上がって見えた。
けれど、三日間、風と陽射しにさらされたことで、表面を覆っていた草の一部は枯れ、周囲に生えている草とほとんど同じ色になっている。
風が吹くたびに何本かの草が落ち、その上へ別の草が自然に絡みついていた。
近くまで行けば、誰かが作った物だと分かる。
しかし、離れた場所から見れば、少し大きな草の茂みにしか見えなかった。
「これなら、始めてもよいでしょう」
オスカーが周囲を一周して確認したあと、ようやく許可を出した。
私たちは、残しておいた陽輪花の果実へ、厨房で取り分けておいた果肉を薄く塗った。
香りのほとんどない果肉だけれど、口へ触れた料理長によれば、蜜を固めたように甘いという。
私たち人間には感じ取れない匂いでも、陽輪花と共に生きる動物には分かるかもしれない。
果肉を塗った果実は、陽輪花の葉を敷いた浅い木皿へ載せた。
木皿は地面を浅く掘って置き、周囲を草で隠す。遠くから見れば、草の間に果実が落ちているように見えるはずだ。
「果肉を塗りすぎてはいませんか?」
「この程度なら大丈夫でしょう」
オスカーは果実を確かめると、立ち上がった。
「では、行きましょう」
最初に隠れ場所へ入ったのは、オスカーとマリアネーゼだった。
オスカーは以前、遠くから例の動物を見たことがある。何年も草原へ通っているため、その動物にも顔や匂いを覚えられている可能性があった。
マリアネーゼは私の侍女であると同時に、オスカーの妻だ。
二人なら、長い時間、ほとんど言葉を交わさなくても相手の考えていることが分かるらしい。
「お二人とも、眠むらないでね」
隠れ場所へ入る二人に私が注意すると、草の隙間からマリアネーゼの目が見えた。
「お嬢様にだけは、言われたくございません」
「私は今日は見ているだけです」
「それが一番心配なのです」
初日の観察は、朝から始まった。
しかし、オスカーにも庭師としての仕事がある。観察のために、花壇や果樹園の管理を放り出すことはできない。
昼前になると、オスカーが隠れ場所から出てきた。
「何か来ましたか?」
「小鳥が二羽、皿の近くまで来ました。ですが、果実には触れておりません」
「例の動物は?」
「まだです」
オスカーが庭の仕事へ戻る代わりに、今度は私がマリアネーゼと一緒に中へ入った。
隠れ場所の中は、外から見るよりも狭い。
声を出さずに並んで座っているだけなのに、少し体を動かせば、肩や腕がマリアネーゼへ当たってしまう。
草と布に覆われているため風も通りにくく、時間がたつにつれて、中の空気が暖かくなってきた。
外を見るための隙間からは、木皿と陽輪花の根元が見える。
何かが現れるかもしれない。
そう思っている間は、じっと待つことも苦にならなかった。
けれど、十分が過ぎ、二十分が過ぎても、風に揺れる草以外は何も見えない。
小さな虫が目の前を横切り、鳥の声が遠くから聞こえる。
外へ出て果実を確認したくなったけれど、動けば匂いや気配を残してしまう。
私は膝の上で両手を握り、じっと木皿を見つめ続けた。
そのとき、左腕へ何かが触れた。
一度叩かれたような気がした。
動物を見つけたときの合図だ。
私は息を止め、マリアネーゼが見ている方向へ目を向けた。
草の間から、小さな影が木皿へ近づいている。
とうとう現れた。
そう思ったのに、草から出てきたのは、茶色い小鳥だった。
小鳥は木皿の縁へ降りると、首を傾げながら果実を見つめる。
何度か嘴で表面をつついたものの、硬い殻を開くことはできなかった。
やがて興味を失い、羽ばたいていってしまった。
私が肩を落とすと、マリアネーゼが腕へ二度触れた。
動かないように、という合図だ。
まだ観察は終わっていない。
結局、初日に例の動物が姿を現すことはなかった。




