3-8 ラスボス部屋はまだ、残っている‥‥‥
二日間もフェリクスのことを後回しにされていたことに、密かに寂しさを感じていたことも、掃除を口実に妹が会いに来てくれたのが嬉しかったことも、もう隠しきれていなかった。
「そうか。お前が大丈夫なら、このままでいい」
フェリクスは満足そうに答えると、チャチャを抱きしめたまま離そうとしなかった。
「お兄様、そろそろ下ろして下さい」
「せっかく部屋を掃除してくれたのだから、礼くらいさせてくれ」
「抱っこがお礼なの?」
「僕に抱き上げてもらえるのは、嬉しいだろう?」
「それは、お兄様が嬉しいだけでしょう?」
図星を指されたフェリクスは、何も答えなかった。
お兄様の部屋は、無事に攻略できました。
香水も香料も、すべてをなくしたわけではない。必要なものと大切なものを残し、使い方を少し変えただけだ。
それでも、部屋の空気は見違えるほど軽くなった。
チャチャが望んでいるのは、香りのない屋敷ではない。誰もが苦しまず、気持ちよく息を吸える屋敷だった。
翌朝。
「チャチャ!」
朝食を終えて部屋へ戻ろうとしていたチャチャは、廊下の向こうから駆けてくるフェリクスの姿を見つけた。
「お兄様、廊下を走ると危ないですよ」
「そんなことより、聞いてくれ!」
フェリクスはチャチャの前で立ち止まると、興奮した様子で両肩をつかんだ。
「昨日は、朝まで一度も目が覚めなかったんだ!」
「本当?」
「ああ。目を覚ましたときも、いつものように頭が重くなかった。それに、喉も痛くない」
どうやら、自分の体調と部屋の空気が関係していたことを、ようやく実感できたらしい‥‥‥
「だから言ったでしょう?」
「さすがは僕のチャチャだ!」
フェリクスは周囲の目も気にせず、妹を高々と抱き上げた。
「お兄様、苦しい!」
「今日も僕の部屋で過ごさないか? お前が選んだ本でも読んでやろうか!」
「今日も駄目ですよ」
「なぜだ?」
「まだ、最後のお部屋が残っているから」
チャチャは兄の腕の中から、廊下の先へ視線を向けた。
その方向にあるのは、お父様の執務室だ。
フェリクスの部屋も手ごわかったが、少なくとも、動かしてはいけない重要な書類はほとんどなかった。 しかし、お父様の部屋は違う。
仕事に使う書類、手紙、領地に関する記録。どれも、勝手に場所を変えることはできない。しかも、お父様は朝から晩まで仕事をしており、部屋を長時間空けてもらえるかどうかもわからなかった。
「今度は、お父様のお部屋を攻略します!」
チャチャが拳を握って宣言すると、フェリクスの表情が固まった。
「チャチャ」
「なあに?」
「僕も一緒に行くよ!」
「手伝ってくれるの?」
「いや。お前が父上に叱られそうになったら、すぐに連れて逃げるんだ」
「お掃除をするだけだよ?」
「父上の執務室だけは、そう簡単にはいかないぞ」
フェリクスの真剣な声に、チャチャは廊下の奥を見つめた。
お兄様の部屋を攻略した今、残るは最後にして最大の難所。
お父様の部屋である‥‥‥




