3-7 お兄様の部屋は完了です
侍女たちはとうとう堪えきれなくなったのか、口元を押さえて俯いている。
けれど、チャチャは真剣だった。
部屋だけをきれいにしても、香りの染みついた衣類をそのまま戻せば、また同じことになってしまう。 衣装棚に入っていた服も、すべて確認することになった。
洗えるものは洗い、繊細な生地や刺繍の施された衣装は、風通しのよい日陰へ干す。衣装と一緒に入れられていた匂い袋も、一度すべて取り出した。
ただし、虫除けとして使われているものまで、すべて処分するわけにはいかない。
「香りをつけるためのものと、虫から服を守るためのものは、分けて考えた方がいいね」
「捨てるのではないのですか?」
侍女に尋ねられ、チャチャは頷いた。
「服を虫に食べられてしまったら困るもの。でも、こんなにたくさん入れなくてもいいと思う。使うものを選んで、量を減らしましょう」
匂いをなくすことだけを優先し、必要な役割まで失わせてしまっては意味がないのだ。
どの香草が虫除けに使われ、どれが香りをつけるためだけのものなのか、チャチャにはまだ正確にわからない。そのため、後日、詳しい者に確認してから選び直すことにした。
今すぐ完璧な答えを出せないのなら、無理に決める必要はない。 まずは量を減らし、風を通す。
それだけでも、部屋の環境は大きく変わるはずだ。
掃除は昼食を挟み、午後まで続いた。
家具を元の位置へ戻し、きれいになった絨毯を敷く。洗ったシーツは今日中に乾かないため、替えのものを用意して寝台を整えた。
必要な香水だけを飾り棚へ戻し、残すと決めた香料は一か所にまとめる。
香炉も処分はせず、使うときだけ取り出すことにした。焚いている間は窓を少し開け、火を消したあともしばらく風を通す。それならば、香りが部屋中に溜まり続けることもないだろう。
すべてが終わる頃には、窓から差し込んでいた光が、赤みを帯び始めていた。
フェリクスは廊下で待つように言われ、掃除の仕上げが終わるまで部屋へ戻ることを許されていなかった。
「もう入ってもいいか?」
「いいですよ」
チャチャが扉を開けると、フェリクスは恐る恐る自分の部屋へ足を踏み入れた。家具の配置は、以前とほとんど変わっていない。お気に入りの品も、思い出のある香水瓶も、そのまま残されていた。
いつもの部屋の空気とは、まるで違っていた。
いくつもの香りが押し寄せてくることはなく、開かれた窓から夕方の涼しい風が静かに流れ込んでいる。
「‥‥‥ちょっと、広くなったのか?」
フェリクスが、不思議そうに辺りを見回した。
「お部屋の広さは変わっていないですよ」
「だが、前より明るく見える気がする」
「余計なものを減らして、埃を取ったからだと思います。それに、香りが薄くなったから、空気も軽く感じるでしょう?」
フェリクスは返事をせず、窓辺まで歩いていった。
そこで一度立ち止まり、大きく息を吸い込む。
「うん‥‥‥悪くはない」
「気持ちいい?」
「まあ、な」
どうやら、素直に認めるのは恥ずかしいらしい。 それでも、窓を閉めようとはしなかった。
「今夜は、このまま眠ってみてね。朝起きたときに、いつもと違うか確かめてみて」
「ああ」
「それから、香水は一度にたくさんつけないこと。自分で香りがわからなくなっても、つけ足さないこと!わかりました?香炉を使うときは、窓も開けること」
「‥‥‥ああ」
「本当に?」
「お前は、いつから僕の母親になったんだ?」
「お兄様が心配だから言っているのです」
チャチャが頬を膨らませると、フェリクスは困ったように笑った。そして、今度こそ妹を抱き上げようとして、途中で動きを止める。
「僕は、まだ臭うか?」
兄の口から出た思いがけない言葉に、チャチャは目を丸くした。
「さっきよりは、ずっといいですよ」
「‥‥‥そうか?」
「でも、今日は香水をつけない方がいいですよ」
「それでは、何の匂いもしなくなるではないか」
「何の匂いもしない方が、安心して抱きつけるのです」
その一言は、どのような説得よりもフェリクスに効果があった。
「明日から、香水はつけない」
「全部やめなくてもいいんですよ?」
「お前が安心して近づけないものなど、僕には必要ない」
あまりにも極端である。チャチャは慌てて、香水そのものを悪者にしたいわけではないと説明した。 香りを楽しむのは構わない。ただし、周囲の人が苦しくなるほど使ったり、いくつもの香りを一度に重ねたりするのは控えてほしいだけなのだ。
フェリクスはしばらく考えたあと、外出するときだけ、ごく少量を使うことに決めた。
「これなら、抱っこしてもいい?」
「仕方がないですわね」
フェリクスが嬉しそうに両腕を広げる。チャチャがその腕の中へ入ると、兄は大切な宝物を扱うように、そっと抱き上げた。
まだ衣服には少し香りが残っていたが、以前のように息を止めたくなるほどではない。
何より、香水の奥に隠れていた、お兄様自身の温かな匂いがした。
「お兄様の匂い、こっちの方が私は、大好きです」
「‥‥‥本当か?」
「はい!安心します」
フェリクスの顔が、見る間に緩んでいった。




