3-6 香りは全部なくさなくてもいい
長い間使われていないものの中には、すでに香りが変わっているものも結構あった。
栓の隙間から中身が少しずつ蒸発し、瓶の周囲がべたついているものまである。
それでもフェリクスは、すぐに処分しようとはしなかった。
「これは、伯母上からいただいたものなんだ」
「では、瓶はきれいにして残しましょう。中身はもう使わない方がいいと思ますけれど‥‥‥」
「瓶だけを?」
「思い出まで捨てる必要はないでしょう?」
チャチャがそう言うと、フェリクスは驚いたように目を瞬いた。
妹が香水をすべて敵のように扱い、片端から捨ててしまうと思っていたのかもしれない‥‥‥
「お兄様の大切なものを、捨てたいわけじゃないのよ。ただ、古くなったものをそのまま身体につけるのは、よくないと思うのです」
「‥‥‥わ、わかった。中身は処分してくれ」
思い出のある瓶は、中を空にしてから洗い、飾り棚へ戻すことにした。
使える香水については、香りの種類ごとに分け、フェリクス自身に選んでもらった。
似た香りのものを何本も持っていることに本人が気づくと、未使用のものは家族や知人へ譲ることになった。
好みに合わないものまで、贈られたからという理由だけで持ち続けていたらしい‥‥‥
「こちらは、どうなさいますか?」
侍女が差し出した小瓶を見て、フェリクスは困ったように眉を寄せた。
「それは‥‥‥チャチャが好きかと思って買ったものなんだ」
「私に?」
「甘い花の香りだ。渡そうと思っていたが、お前が倒れてからは、香水を嫌がるようになったから‥‥‥」
フェリクスは気まずそうに視線を逸らした。
妹へ贈るために選んだものを、渡せないまま自分の部屋へ置いていたのだ。チャチャは小瓶を受け取り、栓を開けずに光へかざした。淡い桃色の液体が、ガラスの中で揺れていた。
「‥‥‥きれい」
「無理に使わなくていい。もう、香りの強いものは嫌なのだろう?」
「うん。今は使えないと思う」
「そうか‥‥‥」
「でも、使えなくなるまでは、取っておきます。もう少し大人になったら使えるかもしれませんし‥‥‥瓶もとっても綺麗ですしね」
フェリクスが顔を上げる。
「お兄様が私のために選んでくれたものだもの。飾っておきたい」
「チャチャ‥‥‥!」
感激したフェリクスが両腕を広げた。妹を抱き締めようとしたのだろう‥‥‥
ところが、近づいてきた兄の身体から、部屋とはまた違う香水の匂いが漂ってきた。
チャチャは反射的に一歩下がった。
「その前に、お兄様も着替えてきて」
「なぜ?」
「お兄様の服にも、いろいろな匂いが染みついているもの」
「僕自身まで掃除の対象なのか?」
「お風呂にも入った方がいいかもしれないね」
「チャチャ‥‥‥」
フェリクスの悲痛な声が、部屋中に響き渡った。




