3-5 全部は捨てませんよ!全部は‥‥‥
チャチャは寝台へ近づき、シーツに顔を寄せた。途端に、反射的に顔を背けた。
「寝具には、安眠に良い香りを使っているんだ」
フェリクスは、とても得意げに胸を張っている‥‥‥
「この匂いの中で眠ったら、私は夢の中でも匂いに追いかけられそうです‥‥‥」
「‥‥‥そこまで、ひどくないだろう?」
「では、お兄様も嗅いでみて」
言われたとおり、フェリクスは寝具へ顔を近づけた。しかし、すぐに首を傾げる。
「いつもの匂いだ」
「ずっとこの部屋にいるから、鼻が慣れてしまっているんです。一度、お庭に出てから戻ってくれば、きっと少しは、わかると思います」
「そういうものなのか?」
「同じ香りを嗅ぎ続けていると、だんだん感じにくくなるのですよ」
だからこそ、本人が気づかないうちに、使う香水の量も増えてしまのかもしれない‥‥‥
自分にはほとんど感じられなくても、周囲の人には強く香っていることがよくあるのだ。
フェリクスはまだ納得しきれていない様子だったが、寝具を運び出すことは許してくれた。
使用人たちが掛け布団や枕をバルコニーへ運び、侍女たちがシーツを外して大きな籠へ入れていく。 次に絨毯を巻き上げると、その下から細かな埃が現れた。
「毎日、掃除しているはずなのに‥‥‥」
フェリクスが驚いたように呟いた。
「毎日のお掃除では、こんなに重たい絨毯を動かすのは難しいもの。誰かが怠けていたわけではないですよ」
チャチャは、侍女たちにも聞こえるようにはっきりと言った。
普段の掃除を否定したいわけではない。毎日行う掃除と、家具まで動かす大掃除は、そもそも目的が違うのだ。どれほど真面目に働いていても、限られた人数と時間で、毎日すべての家具を動かすことなどできはしない。
チャチャの言葉を聞き、フェリクス付きの侍従も安堵したように頭を下げた。
絨毯が運び出されると、次は机や椅子、寝台の下に溜まった埃を取り除いていく。家具の裏側には、綿埃だけでなく、古い匂い袋までいくつか落ちていた。
「これは、いつのもの?」
「さて‥‥‥?」
フェリクスが匂い袋を手に取り、顔をしかめた。
かつては花のよい香りがしていたのだろう。しかし、湿気と埃を吸い込んだ今は、甘い香りの奥に、どこか古びたカビのような不快な匂いが混じっていた。
「こちらは処分してもよろしいですよね!」
マリアネーゼが尋ねると、フェリクスは黙って頷いた。
どうやら、古くなった香料まで残すつもりはないらしい‥‥‥
問題は、机の上に並べられた香水だった。
「全部で、いくつあるのかしら?」
チャチャが数え始めると、フェリクスはさりげなくその前に立った。
「数える必要はないじゃないか!」
「一、二、三‥‥‥」
「チャチャ!」
「十四、十五ま‥‥‥だ奥にもありますね」
「男が身だしなみに気を遣うのは当たり前だろう?」
「でも、お兄様の身体は一つですよ?」
「日によって香りを変えるんだ」
「一日に一本、使い切るわけではないでしょう?」
「チャチャにはまだ、わからないかもしれないけど、服装や出かける場所に合わせて選ぶものなんだよ」
フェリクスは真剣だった。 流行を追い、装いに合わせて香りまで選ぶことは、彼にとって遊びではない。貴族として人前に出る以上、身だしなみの一部だと考えているらしい‥‥‥
チャチャも、それをすべて否定するつもりはなかった。
「では、お兄様が本当に好きな香りだけを選んでください」
「全部、気に入っている」
「それなら、一本ずつ別の場所で確認していきましょうよ!」
「別の場所で?」
「今のお部屋では、いろいろな香りが混ざりすぎて、違いがわからないもの‥‥‥」
チャチャの提案で、香水の小瓶は一度、廊下に置かれた小さな机へ運ばれることになった。
窓から離れた日陰に置き、栓が緩んでいないか、中身が濁っていないかを確かめていった。




