3-1 さて、屋敷中の大掃除始めますわよ!
午後いっぱいを使って、私のお部屋はすっかり様子が変わってしまった。
大きなベッドは、使用人さんたち総出でバルコニーへ運び出される。
続いて寝台脇の小机、椅子、化粧台、本棚、飾り棚。
床一面に敷かれた分厚い絨毯まで丁寧に巻き上げられ、何人もの使用人が力を合わせて外へ運んでいく。
私の部屋に面したバルコニーは、お父様が自慢するほど広かった。
晴れた日には家族でお茶を楽しめるよう、白い丸テーブルと椅子が置かれ、小さな花壇には季節の花々が咲いている。
その広々とした空間も、今は見る影もなかった。
シーツや掛け布団、毛布、枕は陽の光を浴びるように広げられ、運び出された家具がずらりと並んでいる。
絨毯は手すりに掛けられ、衣類は一着ずつ風を通すために吊るされている。箱や籠、小物類まで所狭しと並び、まるで部屋そのものが、そのまま外へ引っ越してきたようだった。
それでも心地よい風が吹くたび、真っ白なシーツがふわりと揺れ、お日様の匂いを運んでくるようだ。
玄関のマットも洗濯へ回され、洋服は一着ずつ匂いを確かめながら、『洗うもの』と『風を通すもの』に分けてもらう。
そして、棚の中も、引き出しも、クローゼットも空っぽになった。
問題は、このカツラ箱と言われるものだ。
鬘を箱に入れるという行為が、そもそも湿気が溜まりそうだし、そのうち何とかしなければと思うが、今は思いつかなかった。
とりあえず今日は後回しにして、風に当てておくことにした。
部屋には壁と床だけが残り、まるで別のお部屋のようだ。
家具がなくなって初めて見えた床には、細かな埃が薄く積もっていた。
「まあ‥‥‥こんなところにも埃が‥‥‥」
マリアネーゼが目を丸くする。
「家具の陰ですから、普段は手が届きませんね」
使用人長が申し訳なさそうに頭を下げた。
「家具は重うございますので、動かすことは滅多にございませんし‥‥‥」
私は静かにうなずいた。
病気になる前は気にならなかった匂いも、今なら理由が少し分かる気がする。見えない場所に埃が溜まり、空気も少しずつ淀んでしまうのだ。
「では、これより床を磨き、壁や天井の埃も払います」
使用人長が一礼する。
「かなり埃が舞いますので、お嬢様はどうかお庭でお待ちくださいませ」
「あ、そうですね‥‥‥」
せっかく熱も下がったのだ。また、咳き込んでしまっては意味がない。
「では、お任せします」
「かしこまりました」
私はマリアネーゼと一緒に庭へ向かった。
庭の木陰でお茶をいただきながら待っていると、ときおり屋敷の中から家具を動かす音や、床を磨く音が聞こえてくる。
いつも静かな屋敷が、今日はどこか賑やかだった。夕暮れが近づいた頃、使用人長が迎えに来た。
「お嬢様、お部屋の支度が整いました」
「突然の申し出に対応していただき、感謝します。皆さん、ありがとうございます」
「いいんですよ。綺麗になっていくのを見るのは、気持ちがいいものですしね」
「明日から、また気合を入れますよ!」
マリアネーゼが拳を握る。彼女の変なスイッチを押してしまったようだった。
私は部屋へ戻ると、扉の前で立ち止まり、ゆっくりと息を吸い込んだ。
すぅーーー、はぁーーー。
すぅーーー、はぁーーー。
鼻の奥にまとわりついていた重たい匂いは消えていた。
代わりに窓から吹き込む風と、お日様に干した布のやさしい匂いだけが、ふわりと漂っていた。
「……うん! 香りは一つもいりませんからね。しいて言えば、自然の香りがするお花を飾るくらいで十分でしょう」
自然と笑みがこぼれる。
その一言に、使用人たちはきょとんと顔を見合わせた。
「‥‥‥香を焚かなくて、本当によろしいのですか?」
「はい。今日は、これで十分です」
「かしこまりました」
本来なら最後に香を焚き、香水を軽く振って仕上げるところだったのだろう。
しかし、誰も香料を持ち込むことなく、一礼して静かに部屋を後にした。
私はもう一度だけ胸いっぱいに息を吸い込んだ。
こっちのほうが、ずっと気持ちがいい。
こんなに気持ちよくなるのなら、この部屋だけでは、やはりもったいない。
明日からも、お掃除へ出発ですわ。 このお屋敷を、もっともっと気持ちよくしていきましょう。




