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悪役令嬢になった理由がわかりません ~王妃様の首を心配しただけなのですが~  作者: とも


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2-4 やっと、お外に出られます!

 朝、ゆっくりと目を開けると、天蓋の向こうから柔らかな光が差し込んでいた。

 二日間、ほとんどこの部屋で過ごしたせいだろうか?

 見慣れた寝室なのに、今日は少しだけ違って感じる。

 体を起こして深く息を吸う。体のだるさなく、今日の調子は、普段と同じように感じた。


「……あれ?」

 胸いっぱいに吸い込んだはずの空気が、どこか重たい。

 ゆっくりと体を起こしながら、鼻をひくつかせる。さっきまで気にならなかったのに、ふとした瞬間に違和感を覚えた。


 もう一度、そっと息を吸い込む。 

 寝台の脇に置かれた小さな台に、ふと視線が引き寄せられる。そこには、薬草を煎じた器や、小瓶がいくつか並べられている。

 ぼんやりと眺めているうちに、そこから漂ってくるほのかな香りに気付いた。

 薬草らしきの匂いだ。体を起こしたまま、もう一度ゆっくりと息を吸い込む。


 やはり、あの台のあたりから香りが流れてきているようだ。

 そう思うと、じっとしていられなくなり、寝台の端に手をつき、慎重に足を床へ下ろした。

 起きたばかりだからか?まだ少し力が入りにくいが、立てないほどではない。ゆっくりと体を起こし、ふらつかないように一歩ずつ進む。

 床の冷たさが足裏に伝わり、意識がはっきりしていく。そして、小さな台の前までたどり着いた。

 顔を近づけると、先ほどよりもはっきりと薬草の香りが感じられる。苦みを含んだ、少し青いような匂い。

 体に良さそうだと分かるけれど、部屋に満ちていると少し重たく感じる香りだった。


 視線を移す。

(あっちも……)

 窓辺の花瓶。

 そこからは、甘くやわらかな花の香りが‥‥‥

 さらに部屋の奥へ目を向ける。

(あそこにも……)

 棚の上で静かに焚かれている香。

 落ち着いた、少し重たい香りがゆっくりと広がっていた。

 一つひとつなら、どれも嫌いな匂いではない。この国では上品で心地よいとされる香りばかりだろう。

 薬草の香りは、少し苦くて鼻に残るけれど、体に良さそうで安心する匂いだし、花の香りは甘くてやわらかく、気持ちを落ち着かせてくれる。焚かれている香も、静かで穏やかな空気を作ってくれる。

 けれど、それらが一度に混ざり合うと、どれがどの匂いなのか分からなくなってしまう。

 一つ一つはいい香りのはずなのに、それが混ざり合って、なんだかおかしな匂いになっている気もするし、この文化では当たり前なのかもしれないが、ずっと嗅いでいると鼻が慣れてしまい、よく分からなくなってしまった。

 薬の匂いは病んだ体には良さそうだけれど、そこに花の甘さが重なると、少しだけちぐはぐに感じてしまう‥‥‥

 昨日までは気付かなかったけど、少し元気になったからこそ、部屋の空気が肌にまとわりつくような感覚に気付いたのかもしれない。


 ふと窓へ目を向ける。

 薄いカーテンの向こうで、庭木の枝がさらさらと揺れていた。

 朝の空気、あれを少し吸えたら、きっと気持ちいいのに‥‥‥

 そう思った瞬間には、もう体が動いていた。寝台から降り、ゆっくり窓へと歩いて行く。

 まだ、病み上がりなのだから無理は禁物なのは、分かっていても、窓の向こうの空気に呼ばれているような気がした。

 そっと窓を押し開け、するり、と朝の風が部屋へ滑り込んできた。


「これよ!これ!」


 思わず声が漏れる。

 ひんやりとした空気が頬をなで、ふわりと髪を揺らす。

 朝露を含んだ草の匂い。

 湿った土の匂い。

 どこかで咲く花の優しい香り。

 さっきまで部屋を満たしていた香りとは違う、混じり気の少ない自然の匂いだった。

 胸いっぱいに息を吸い込む。

 肺の奥まで空気がすっと通っていった。


(ああ……こっちの方が好き)


 どちらが良いとか悪いとかではない。この世界では部屋の香りを大切にする文化があるし、それも素敵だと思う。

 でも、やっぱり風が通る部屋の方が、気持ちがいいわね。


「お嬢様!」


 突然、背後から慌てた声が響いた。

 振り返るより早く、マリアネーゼが窓へ駆け寄る。

「まだ病み上がりなのですよ!」

 ぴしゃり、と窓が閉められてしまった。

 風はぴたりと止まり、部屋は再び静かな香りに包まれる。

 少しだけ肩を落としたチャチャは、小さく口を尖らせた。

「気持ちよかったのですけれど……」

「お気持ちは分かりますが、お風邪をぶり返してしまっては大変です」

「二日も安静にしていたんだから、窓くらい開けてもいいでしょ?」

「今日は先生が来られますから、聞いてみてからにしましょうね」

と真剣な顔で言われると、無理に言い返すこともできなかった。


 その後、チャチャはふと思い立ったようにマリアネーゼを見上げた。

「お風呂に入りたい」

 体が軽くなった今なら、きっと気持ちいいはずだと思ったのだ。

 けれどマリアネーゼは、少し困ったように微笑んだ。

「それは、先生にお聞きしてからにいたしましょう」

「ええ……」

 あっさりと却下されてしまい、チャチャは小さく肩を落とす。


 無理を言うわけにもいかず、そのまま起きる支度を整え、用意された朝食もきちんと済ませた。

 食事を終えたあと、椅子に座って待つ時間は、いつもより少し長く感じた。


(早く来てくださらないかしら……?)


 お風呂のことも、窓のことも、全部まとめてお聞きしたいし、そんなことを考えながら、チャチャは静かに先生の訪れを待っていた。

 そのとき、部屋の扉が控えめに叩かれた。


「失礼いたします。お加減はいかがでしょうか?」

 診察の先生が、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら部屋へ入ってきた。

 先生はいつものように穏やかな笑みを浮かべると、まずチャチャの顔色を確かめた。

「では、お嬢様。少し失礼いたしますね」

 額にそっと手を当て、首筋にも触れる。

 続いて脈を診てから、胸の音を確かめるように耳を澄ませた。

「深く息を吸っていただけますか?」

「はい」

 チャチャはゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。先生は満足そうに頷いた。

「はい、結構です」

 診察道具をしまいながら、にこりと微笑む。

「熱もありませんし、呼吸も落ち着いています」

 その言葉を聞いた途端、チャチャの胸がふわっと軽くなった。

「では……?」

「ええ。もう普段どおりに過ごされても問題ないでしょう」

 チャチャは思わず身を乗り出した。

「本当ですか!やったー!」と両手を上にあげて喜ぶチャチャに、マリアネーゼがすぐさま「お嬢様、はしたないですからおやめください」とたしなめる。

 チャチャははっとして手を下ろし、「ご、ごめんなさい……」と小さく謝ると、先生は苦笑しながら続けた。

「ただし、無理はいけませんよ。急に走り回ったり、長時間外で過ごしたりするのは、もう二、三日は控えてくださいね。まずはお屋敷の敷地内を、ゆっくりお散歩されるくらいから始めるとよろしいでしょう」

 外へ行けるという一言だけで、木々の緑や花壇の花、風に揺れる芝生といった庭の景色が頭に浮かび、もう部屋の窓から眺めるだけではなく自分の足で歩けるのだと、とても嬉しくなった。


「それから、お風呂ですが……」

 先生がそう言うと、チャチャはぱっと顔を上げた。

「入ってもいいのですか?」

「もちろんです。ですが、長湯はまだ避けてください。体力を使いますからね。ぬるめのお湯に短い時間。それくらいがちょうど良いでしょう」

「はい!」

 チャチャは嬉しそうに頷く。その様子を見ていたマリアネーゼも、ようやく安心したように胸を撫で下ろした。

 

 すると先生は、閉じられた窓へ目を向ける。

「実は先ほど、お嬢様が窓を開けようとなさったのです」

 マリアネーゼが少し申し訳なさそうに話す。

「まだお体が心配でしたので、お止めしたのですが‥‥‥」

 先生は小さく笑った。

「マリアネーゼさんのお気持ちはもわかります。ですが、適度な換気でしたら問題ありません。むしろ、部屋の空気は定期的に入れ替えた方が気持ちよく過ごせますしね」


 チャチャの表情がぱっと明るくなる。


「では、窓を開けてもいいのですね!」

「ええ」

 先生は頷いた。

「一時間に五分程度で十分ですよ。風を通して、新しい空気を取り入れてるのも大事ですからね。ただし、体が冷えるほど長く開けてはだめですよ。快適だと感じるくらいで閉めるのが、一番です」

 その言葉に、チャチャは思わず笑みをこぼした。


 そのときだった。

 バンッ、と勢いよく扉が開いた。

「チャチャ!! もう大丈夫なのか!?」

 大きな声とともに、家族がなだれ込むように部屋へ入ってくる。

「ちょ、ちょっと皆様! まだ診察中ですよ」

 マリアネーゼが慌てて止めようとするが、誰も止まらない。

「顔色は!? 熱は!? ちゃんと食べているのか!?」

「無理はしていないでしょうね!?」

 一斉に飛んでくる言葉に、チャチャは目をぱちぱちさせたあと、くすっと笑った。

「もう、大丈夫です」

 そう答えたあと、チャチャはふと先生の方へ視線を向ける。先生は小さく頷き、そっとマリアネーゼに耳打ちした。

 マリアネーゼもすぐに理解したように頷き、扉の方へ向かう。


「皆様、一度にお入りになるのではなく、お一人ずつお願いいたします。」

 その言葉に、廊下の向こうで一瞬だけ沈黙が落ちた。

「……なぜだ?」低い声で父が問い返す。

「お嬢様はまだご回復されたばかりです。静かにお過ごしいただくためにも、順番にお願いいたします。」

 きっぱりとしたマリアネーゼの言葉に、しばしの間があったあと「……仕方あるまい」と、父の落ち着いた声が続いた。

 やがて扉が静かに開き、まずは母が一人で部屋へ入ってくる。


 その後ろで、「俺たちはまた入れないのか?」「ひどくないか?」と、父と兄の不満げな声が小さく聞こえてきたのだった。



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