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悪役令嬢になった理由がわかりません ~王妃様の首を心配しただけなのですが~  作者: とも


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2-3 快適が一番ですよね?

 暇だ。


 物凄く暇なので、本を開いてみたら、文字は一応読めるし意味もほとんどわかった。

 ベッドの上でごろりと寝返りを打つ。

 寝ながら本を読むなんて品がないとは思うけれど、部屋から出ることもできないのだから仕方がないと自分に言い聞かせた。

 体はもう元気なのに、外に出ることも許されないのだから‥‥‥

 そうだ、この国の歴史や生い立ちなんかも、今度持ってきてもらうように頼んでみよう。この世界のこと、物心ついて数年しか経っていないわけだし。

 それにしても……暇すぎ。

 このお布団もなんだか衛生的に思えないし、あの頃の日本は、衛生的過ぎるきらいもあって、この世界では潔癖症のたぐいに入るのかも?

 ぽつりと呟いて、ふと窓の方を見る。少しだけ、外の空気を吸いたい。

 私はそっと起き上がり、足音を忍ばせながら窓へ近づいた。

 窓を少しだけ開け、ひんやりとした空気が、すっと部屋に流れ込んできた。


 すー……はー……


 胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくり吐き出し、深呼吸をする。

 外の新鮮な空気を吸ったせいか、ベッドへ戻ろうとしたら若干、異臭とは言わないが外の空気の心地よさを知ったせいで、色々な匂いがするような気がした。


「しばらく、開けておこう‥‥‥」

 ほんの少しの時間だけなら換気になるよね、と小さく言い訳をする。

 前世ではインフルエンザなんかの流行を防ぐためにも、こまめな換気が大事だってよく言われていたし。そう思い出しながら、春先のまだ少し肌寒い空気を感じつつ、匂いも取れるだろうと窓を少しだけ開けっぱなしにした。

 ひんやりとした空気が、部屋の中に流れ込んできて、気分も少し上がってきたようだ。

 両親からは、寝ていなさいと散々言われ、マリアネーゼも監視するように1時間に一回くらい部屋に来て様子を伺う。マリアネーゼは、さっき来たばかりだからしばらくは大丈夫だろうとベッドへ戻る。

 寝返りを打ちながら天井を見る。

「いい加減、本も飽きてきたし、前の記憶の整理と今後のことでも考えますか!」

 そうしていると、前世の記憶が少しずつ整理されていった。


 私は日本という国で暮らしていた。

 断片的にしか思い出せないけれど、学校に通っていたことや、家族と一緒に食卓を囲んでいたことは覚えている。

 でも、クラスメイトの名前や先生の顔はぼんやりしていて、はっきりとは思い出せない。

 家族のことも同じだ。今の世界がメインなんだから、細かい言葉や名前を思い出せなくてもいいよね?

 優しかった気がするし、特に不満もなく幸せに暮らしていた温かい家だった気はする。

 けれど、誰がどんな名前で、どんな顔をしていたのかまでは、どうしても思い出せないんだ。

 ただ、強く印象に残っている出来事だけが、ところどころ浮かんでは消えていく。

 便利な世界で、毎日お風呂に入り髪を洗い、服も軽くて当たり前のように清潔だった。

 水道をひねればお湯が出て、石鹸やシャンプーも当たり前にあって、洗濯だって機械がやってくれる。

 汗をかいたらすぐに流せるし、匂いが気になればすぐ対処できるし、そういう環境が普通だった。


 だから最初は、この世界がおかしいのかもとか思っていた。

「おかしい、じゃなくて……」

 お茶会に参加して、短い時間ながらも文化が全然違うのだと納得はしたつもり‥‥‥

 でも、この世界のことや常識をこれからもっと知っていかなければならないし、前世の記憶も多少なりとも残っているのだから、そのギャップを埋めていかないといけないと思った。


 ふと、美術の授業を思い出した。

「そういえば……」

 美術室には白い石膏像が並んでいたが、どれがどれだかの判別はつかなかったし、名前もあまり覚えていない。

 だけど、みんな似たような髪型で、髪の毛がくるくるの人もいれば、結んだ先がくるくるの人や、耳の上の部分がくるくるの人もいたなと思い出した。

 歴史の本や絵画には、不思議なくらい大きな鬘をかぶった人たちがたくさん描かれていたし、音楽室にはバッハやベートーベンなんかの額縁も飾られていた。全員じゃないけど、くるくるの人もいたな?

「確か、ヨーロッパ……十八世紀くらい?」


 うろ覚えだけれど‥‥‥


 貴族も王様も、立派な髪型だったけれど、今思うとみんな鬘だったのかもね?

 この世界もそうだけど、どうしてあんなに大きな鬘をつけていたんだろう?

「あの時代の世界とこの世界は、ちょっと似てる?」

 もちろん樽で数えてはいなかったと思うが‥‥‥たぶん‥‥‥ 

 でも、大きな鬘が身分や格式を表していたのは似たような感じなのかも‥‥‥

 髪型そのものがステータスで、手入れや装飾に手間とお金をかけることで、自分の立場を示していた。

 そう考えると、この世界の鬘もただの装飾じゃないんだよね。きっと‥‥‥

 重くて不便でも、それを身につけること自体に価値があるんでしょう。


 それに‥‥‥


「香水も、すごく使ってたんですよね」

 何かで読んだ記憶がある。

 昔のヨーロッパでは、今みたいに毎日お風呂へ入る習慣はあまりなくて、その代わり香水を使う文化が発達した、と‥‥‥

 そういえば、香水って体臭を隠すだけじゃなくて、その人の肌の香りと混ざって完成するものだって聞いたことがある気がする。

 それに、現代になっても日本人みたいに毎日湯船につかるとか、毎日お風呂に入る習慣はあまりないって聞いたこともあるし、その辺の文化に似たような部分もあるかもしれないね。

 水や燃料の問題もあったのかもしれないし、入浴に対する考え方も違っていて当り前よね。

 だから、体を洗う代わりに香りで整えるって考えも納得できるものだと考えれば、受け入れられないということもないし‥‥‥

 匂いを隠すだけじゃなくて、『良い香りをまとうこと』自体が身だしなみであり、教養であり、社交の一部だと思えば、この世界にも納得がいく。


 お風呂が少ない。

 だから香水が発達した。

 鬘をかぶる。

 だから髪も毎日洗わない。

 洗えないからこそ、整える方法が別の方向に進化したと考えれば、香りでごまかすのではなく、香りで飾るという価値観なんだろうか?

「うーん……」

 理屈としては分かる。

 分かるけれども‥‥‥

 実際に体験すると話は別なんだよね。重い鬘は肩がこるし、蒸れるし、痒くなったり、香水も強すぎると気持ち悪くなるし、頭もくらくらしてくる。

 清潔にする代わりに別の負担を受け入れている感じがする。


「実際、快適ではない‥‥よね?」

 私は小さく笑った。

 文化に良い悪いはないし、きっと、この世界ではこれが普通なのだ。

 誰も怠けているわけじゃない。

 むしろ、限られた環境の中で工夫して、おしゃれをしている。その結果が香水であり、鬘なんだろうし。

 合理性もあるし、歴史もある。だから否定はできないけど‥‥‥


「毎日、お風呂に入りたい!」

 それが今の私にとって、切実な願いだ。

 前世では、毎日半身浴をしながら長い時間お風呂で過ごしていた。かなりのお風呂好きだった私にとって、週1回の入浴なんて耐えられない。

 お風呂に入れば血行もよくなるし、足のむくみも取れて体もほぐれるし、夜の寝つきもよくなる。

 逆上せるまで入ってしまう長湯派の私からすると、こういう入り方はダメなんだろうけど、たまには温泉にも入りたいよねぇ‥‥‥

 文化は尊重するつもりだし、この世界のやり方を頭ごなしに否定したいわけでもない。

 だけど、それとこれとは別の話だ!

 臭いのは嫌だし、重たい服で動きにくいのも嫌だし、肌が痒くなるようなものを我慢するのも嫌だし、せめてお茶会の後のお花摘みくらいは一人でしたい‥‥‥

 そういう不快さを仕方ないと受け入れる理由は、見つからない‥‥‥

 もし選べるなら、もっと清潔で、軽くて、体に負担がなくて、楽に過ごせるほうがいいに決まっている。

 それは贅沢というより、私にはただの当たり前の感覚なのだと思う。

 ……うん。

 私の今の希望は、いかに快適な暮らしを送れるのか?‥‥‥だ。

 

 それにしても、王太子殿下の香りだけは、一生忘れられない気がします。

 

 ‥‥‥ええ、色々な意味で‥‥‥


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