第78話 主馬の教え——「刈田の陣」
元和七年(1621年)秋
稲刈りが終わった翌日、主馬は資景の書院を訪ねた。
「殿、一つ提案があります」
「珍しいな。改まって」
「若い者たちに、実際に兵を動かす経験をさせたいと思います」
資景は筆を置いた。
「陣立ての話は、いつも学び舎でしているだろう」
「地図の上の話です。実際に人を動かすのとは、違います」
主馬は言葉を続けた。
「景長殿・新九郎・直之で一手、直房殿・一馬・大関家の若手で一手。二手に分けて模擬の戦をさせたいのです」
「大関家の若手というと」
「新八郎殿です。弥四郎殿のご子息で、腕は立ちますが、まだ人を率いた経験がありません」
「兵はどうする」
「稲刈りが終わった百姓たちを借りたいと思います。手間賃を払えば、悪い話ではないはずです」
資景はしばらく考えた。
「二手か。それは面白い」
「はい」
「分かった。任せる」
———
村々に触れが出た。
「刈田の跡地で、模擬の戦をする。加わりたい者は名乗り出よ。手間賃を払う」
思った以上に人が集まった。総勢百五十ほど。主馬はこれを二つに分けた。
一方は、景長・新九郎・直之の三人が率いる七十五名。もう一方は、直房・一馬・大関新八郎の三人が率いる七十五名。
———
顔合わせの場で、直之が真っ先に声を上げた。
「俺と景長殿、新九郎で組むのですか」
「三人で相談して、一つの隊として動け」
主馬が言うと、景長が困った顔をした。
「私は、指揮というものに不慣れです」
「馬をお使いください。それだけで十分な役に立ちます」
新九郎が横から言った。
「策は俺が考えます。景長殿は馬を、直之殿は前へ出る役を」
「俺は前に出るだけか」
「勢いはあります。ただ、今回は好きに突っ込まず、合図を待ってください」
直之は少し不満そうだったが、頷いた。
———
もう一方の隊では、大関新八郎が意気込んでいた。
「直房殿、一馬殿、よろしくお願いします」
「新八郎殿は、弓の腕はどうだ」
直房が聞いた。
「父から少しは仕込まれています」
「では、後方から狙いを絞ってもらう。前には出るな」
「……分かりました」
新八郎は少し肩を落としたが、素直に従った。
一馬が地図を広げた。
「向こうは景長殿の馬が厄介です。馬の動きを封じれば、あとは崩せます」
「どう封じる」
「畦道を利用します。馬は畦道を嫌います。誘い込めば、動きが鈍る」
———
合図と同時に、両隊が動いた。
景長は馬を走らせ、大きく回り込もうとした。だが直房隊は動かない。守りを固めたまま、動かず待っている。
「囲まれるのを待っているのか」
景長が首をかしげた。新九郎がすぐに気づいた。
「畦道に誘われています。あちらへ回れば、馬の足が鈍ります」
「では、どうする」
「直之殿、正面から押してください。馬は温存します」
「ようやく出番か」
直之が歓声を上げて突っ込んだ。直房隊はそれを受け止めたが、後方から新八郎の矢が飛んでくる。狙いは正確で、直之の隊の勢いが削がれた。
「新八郎殿、いい腕だ」
一馬が満足げに言った。
———
膠着したところで、新九郎が動いた。
馬を使わず、少数で畦道の裏から回り込む。直房隊の旗を守る後方が薄くなっているのを見逃さなかった。
「一馬殿、裏から来ます」
新八郎が気づいて叫んだ。一馬がすぐに数名を割いて対応させたが、その隙を突いて景長が馬で正面から突っ込んだ。
「今です、直之殿」
直之が再び前に出て、旗の守りを崩しにかかる。
半刻近い攻防の末、景長隊が僅差で直房隊の旗を落とした。
———
「参りました」
直房が素直に頭を下げた。
「新八郎殿の矢がなければ、もっと早くやられていました」
「新九郎の裏の動きに、最後まで気づけませんでした」
一馬が悔しそうに言った。
新八郎は肩で息をしながらも、満足そうな顔をしていた。
「初めて、人を率いて戦いました。……思っていたより、難しいです」
「それでいい」
直房が短く言った。
「今日の悔しさを覚えておけ。次に活きる」
———
この日の様子が、思いのほか広まった。
見物していた大関家・大田原家の家臣たちが、口々に言い始めた。
「うちの若い者たちにも、やらせてみたい」
「次は、もっと大きくやってはどうか」
噂は瞬く間に広がり、翌月には大関本家・大田原家・芦野家・伊王野家からも参加の申し出が相次いだ。
———
一月後、二度目の「刈田の陣」が行われることになった。
今度は規模が違った。集まった百姓と各家の若手を合わせて七百名近く。五つの家がそれぞれ中隊を編成し、景長・直房・一馬・新九郎・直之に加え、大関新八郎、大田原家の若手、芦野家の若手が、それぞれ隊を率いることになった。
主馬は地図を前に、資景に相談した。
「これは、もう稽古の域を超えつつあります」
「構わん。やらせろ」
資景は迷わなかった。
「父上が遺した那須は、戦うためだけの那須ではない。若い者たちが競い、村の者たちが楽しむ場になるなら、それでいい」
「かしこまりました」
———
当日、刈田の跡地には、これまでにない人だかりができた。
村の者だけでなく、隣の郷からも見物人が集まった。旗が動くたびに歓声が上がり、子供たちが真似をして棒切れを振り回す。
中隊規模になった戦は、単純な旗取りでは終わらなかった。地形を使った誘い込み、伏兵、陽動——学び舎で教えてきた策のすべてが、この日、実際の人の動きとして刈田の上に現れた。
景長の馬、直房の堅陣、一馬と新九郎の裏をかく動き、直之の突破力、新八郎の弓——それぞれの得意が組み合わさり、勝敗は最後まで分からなかった。
日が傾く頃、ようやく勝敗が決した。歓声が刈田いっぱいに広がった。
———
夕方、資景と主馬は並んで、片付けの様子を眺めていた。
「殿、これは来年、もっと大きくなりますな」
「構わんだろう」
資景は笑った。
「戦のための稽古が、村の祭りになった。父上なら、面白がったはずだ」
「そうかもしれません」
主馬は地図を丸めながら、遠くの歓声に耳を傾けた。
旗が下ろされ、村の者たちが酒を持ち寄って車座になっている。子供たちはまだ棒切れを振り回して駆け回っていた。
これが、どんな形で後の世に伝わるのか、主馬にはまだ分からない。
ただ、刈田に響く笑い声を聞きながら、これも悪くないと、主馬は思った。




