第77話 主馬の講義——「殿と歩いた戦」
元和七年(1621年)初夏
三好の話をした翌日も、四人は変わらず学び舎に集まった。
誰も、昨日の話には触れなかった。だが空気が、少しだけ違っていた。
主馬が地図を広げようとしたところで、一馬が口を開いた。
「先生、殿が最も得意とされた戦の形は、どのようなものでしたか」
主馬は筆を止め、少し考えてから答えた。
「得意、というと語弊があるな。殿は、勝ち方に好みを持つ人ではなかった。ただ、一つだけ譲らないことがあった」
「何ですか」
「話そう。天正十三年、薄葉原の戦いだ」
———
その年、宇都宮・芳賀の連合軍が一万を超える兵で下野に攻め込んできた。対する那須軍は精鋭三千。数だけ見れば、勝ち目の薄い戦だった。
軍議の場で、主馬は地図を広げて言った。
「正面からぶつかれば、数の差で押し潰されます。誘い込み、両側から挟む形を取りましょう」
殿はすぐに頷いた。だが、それだけでは終わらなかった。
「主馬、なぜ誘い込む形にする」
「数が違いすぎるからです。正面から力比べをすれば、こちらの兵も相応に死にます」
「それだけか」
「……それだけでは、いけませんか」
殿はしばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「誘い込んで各個撃破すれば、勝てるだけでなく、こちらの被害を最小に抑えられる。俺が知りたいのは、どちらの理由でその策を選んだか、ということだ」
主馬は正直に答えた。
「両方です。ただ、正直に申せば、勝つための算段が先にありました」
「それでいい」
殿はそう言った。
「ただ、覚えておけ。勝つための策と、人を死なせないための策が同じ形を取ることは多い。だが、いつも同じとは限らない。迷った時は、後者を選べ」
主馬はその言葉を、今でも忘れていない。
———
当日、午前中は大関弥四郎と玄妙が防戦に徹した。
わざと押されているように見せかけ、敵を誘い込む。だが、これは言葉で言うほど簡単ではない。押されている芝居のつもりが、本当に押し込まれかける瞬間が何度もあった。
弥四郎の隊で、負傷者が続けて出た。
「殿、まだ引きませんか」
六之助が問うた。殿は敵の陣形をじっと見ていた。
「まだだ。ここで引けば、誘いが浅すぎる」
「弥四郎殿の隊が持ちません」
「分かっている」
殿の目は敵の陣形の乱れを追っていた。ほんの少しの綻びを、待っていた。
「今だ」
その一言で、弥四郎隊が一斉に退いた。同時に、直勝が側面から、弥右衛門が背後から食い込んだ。
昼過ぎ、戦況が一変した。宇都宮軍の有力武将が次々に討ち取られ、陣形が崩れていく。直勝と弥右衛門が通った跡には、文字通り死体の道ができていた。
———
戦の後、俺は戦果を数えながら殿に報告した。
「宇都宮・芳賀方の有力武将、ほとんどを討ち取りました。大勝です」
殿は、それを聞いてもすぐには頷かなかった。
「こちらの死傷者は」
「……まず、そちらをお聞きになりますか」
「当然だ」
弥四郎隊の負傷者の数を伝えると、殿はしばらく黙っていた。それから、一人ずつ名を聞いた。誰が、どの程度の傷を負ったか。俺が知る限りをすべて答えた。
殿はそれを聞き終えてから、ようやく「大勝だったな」と言った。
その順番を、俺はずっと覚えている。
———
主馬はそこで一度、言葉を切った。
直之が身を乗り出した。
「殿は、いつもそうだったのですか」
「いつもだ」
主馬は頷いた。
「戦の後、まず死傷者を聞く。それから戦果を聞く。その順番が、一度も変わったことがない」
「勝つことより、生かすことを見ていた、ということですか」
新九郎が言った。
「どちらも見ていた」
主馬は訂正した。
「勝たなければ、生きて帰れる兵も帰れなくなる。だから殿は勝つための策を求めた。だが、勝ち方が二つあるなら、迷わず犠牲の少ない方を選んだ。それが、殿の譲らないところだった」
典之が静かに聞いた。
「日置様と、正反対ですね」
「正反対だ」
主馬は短く答えた。
「日置様は、名のために勝ち方を選んだ。殿は、生かすために勝ち方を選んだ。同じ『勝つ』でも、中身がまるで違う」
———
講義が終わり、若者たちが立ち上がる。
一馬が、去り際にもう一度聞いた。
「先生は、その順番——死傷者を先に聞く殿の姿を見て、何を思われたのですか」
主馬は少し考えてから答えた。
「安堵した」
「安堵、ですか」
「ああ。この人になら、俺の策を預けても構わないと思った。策が人を殺すためだけの道具にならずに済む、と分かったからだ」
一馬は小さく頭を下げて、部屋を出て行った。
主馬は一人、地図を丸めながら、窓の外を見た。
弥十郎の窯の煙が、今日も真っ直ぐ空へ上っていた。




