↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村
第ニ章 続・那須資晴——資景の時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/79

第73話 陸奥の噂——一馬と新九郎 




元和六年(1620年)夏



 窯の煙が、朝から真っ直ぐ上がっている。


 弥十郎は窯の前に座り、火の様子を見ていた。マーはもう窯には入らない。今日も少し離れた場所で、木箱に腰掛けて煙を見ているだけだ。


「今日はどうだ」


「悪くない」


 弥十郎はそれだけ答えた。マーは頷いて、また黙って煙を見る。


 二人とも、それ以上は話さない。



———



 同じ日の朝、資景は烏山城の書院で、江戸から届いた文を読んでいた。


 差出人は秀忠様の側近だった。文の内容は簡潔だ。


 上野の山中で新しい銀の鉱脈が見つかったらしい。そこに大坂の陣で主を失った浪人たちが集まり、無断で坑夫を使って銀を掘っているという。銀だけならまだいい。問題は、その銀を元手に鉄砲と火薬を作り始めているという知らせだった。


 さらに、陸奥の方でも不審な動きがある。禁教令のあと身を隠しているキリシタンの鍛冶職人たちが、その浪人たちと接触しているらしい、という噂だ。


 幕府は正面から兵を出したくない。まだ大坂の陣から五年しか経っていない。ここでまた兵を動かせば、諸大名が身構える。だから、内々に、目立たぬ形で片付けてほしい——それが文の趣旨だった。


「那須殿になら任せられる」と書いてある。


 資景は文を閉じた。


 どう動くべきか、しばらく考えた。



———



 昼過ぎ、六之助を呼んだ。


 六之助はもう若くない。だが、資景の前に座る姿勢は昔と変わらなかった。


「陸奥と上野です」


 資景は文を六之助に渡した。六之助は黙って読む。


「殿はどうお考えですか」


「六之助殿に任せたい。だが、今回は六之助殿自身が動くのではなく、若い者を使ってほしい」


 六之助は少し間を置いた。


「一馬と新九郎ですか」


「そうだ」


「まだ実戦は少ないですが」


「だからこそだ。いつまでも六之助殿一人に頼るわけにはいかない。次に任せる時が、そろそろ来ている」


 六之助はしばらく黙っていた。それから、小さく頷く。


「分かりました。呼びます」



———



 一馬と新九郎は、六之助と鵜飼家の娘との間に生まれた息子だった。


 一馬は兄で、二十二歳。慎重な性格で、集めた情報を整理するのが得意だった。新九郎は弟で、二十歳。身が軽く、忍び込んで様子を探る役に向いている。


 二人とも忍びとしての修行は積んでいたが、大きな仕事はまだ任されていなかった。


 六之助が二人を呼び、資景の書院で事の次第を伝える。


「上野の鉱脈と、陸奥の鍛冶集団を調べてほしい」


「父上は行かないのですか」


 新九郎が聞いた。


「今回はお前たちだけで行け」


 一馬と新九郎は顔を見合わせた。


「分かりました」


 一馬が答える。新九郎は何も言わず、ただ頷いた。



———



 同じ頃、赤井直勝の屋敷でも、似たような話が持ち上がっていた。


 直房のもとに、資景から使いが来る。


「上野で浪人たちが火薬を作っているらしい。もし戦いになれば、援護に出てほしい」


「私が、ですか」


「いや」


 使いの者は首を振った。


「殿は、直之殿を出してほしいとのことです」


 直房は少し驚いた。


「直之は、まだ十九です」


「殿はそう仰っていました。直房殿は後ろから見ていてほしい、と」


 直房は黙って、しばらく考える。



———



 直之は、直勝の次男だった。


 兄の直房とは、性格がまるで違う。直房は物静かで、慎重に考えてから動く。直之は逆だった。まず動いてから考える。子供の頃から、そういう性分だ。


 資景の使いから話を聞くと、直之はすぐに立ち上がった。


「行きます」


「気負うな」


 直房が言う。


「これは戦ではない。火種を消しに行くだけだ」


「分かっています」


 直之はそう言ったが、目は既に江戸の方を向いていた。



———



 数日後、一馬と新九郎は陸奥に入った。


 目当ての鍛冶集団は、山の奥に小さな集落を作って隠れ住んでいる。新九郎が先に単身で近づき、様子を探った。


 夜、新九郎は集落の裏手から中の様子を窺う。焚き火の周りに、鍛冶職人らしい男たちが数人いた。そこに、見慣れない一団が現れる。身なりは浪人だが、動きに統制が取れていた。


 浪人たちの頭らしい男が、鍛冶職人の一人と話している。


「銃身の作り方を教えてほしい。銀なら払える」


 鍛冶職人は迷っている様子だった。


 新九郎はそれ以上近づかず、その場を離れる。



———



 翌朝、一馬のもとに新九郎が戻った。


「浪人が、鍛冶職人に銃身の作り方を求めています。銀で買収しようとしています」


「人数は」


「浪人は十人ほど。鍛冶職人は五人ほどでした」


 一馬はしばらく考えた。


「まだ取引は成立していないようだな」


「はい。鍛冶職人は迷っています」


「なら、まだ間に合う」


 一馬は文を書き、六之助宛に送る。上野の直之たちとも合流する必要がある、という内容だった。



———



 上野では、直之が浪人たちの拠点に近づいていた。


 山中に、急ごしらえの小屋が並んでいる。中から金属を打つ音が聞こえた。火薬の匂いもする。


 直之は木の陰に隠れ、しばらく様子を見た。見張りは二人。交代の時間も分かる。


 このまま踏み込めば、一人で何とかなるかもしれない。直之はそう思った。


 だが、直房の言葉を思い出す。


「これは戦ではない。火種を消しに行くだけだ」


 一人で踏み込んで騒ぎになれば、火種はかえって広がる。


 直之は動かず、そのまま様子を見続けることにした。



———



 数日のうちに、一馬・新九郎・直之の三人が、上野の山中で落ち合った。


 三人とも、烏山で共に育った顔ぶれだ。子供の頃は主馬の学び舎で同じ机を並べ、直之が居眠りをして典之に叱られるのを、一馬と新九郎が横で笑って見ていたこともある。


「直之、また遅刻か」


 新九郎が先に軽口を叩いた。


「山道が悪かっただけだ」


「言い訳が学び舎の頃と同じだな」


 一馬が笑う。


「兄者は元気か」


「相変わらずだ。お前の親父殿は」


「今回は口を出すなと言われたらしい。珍しく大人しくしている」


 軽口はそこまでにして、一馬が地面に木の枝で簡単な図を描き始めた。すぐに真顔になる。


「陸奥の鍛冶集団は、まだ取引を決めていません」


 一馬が言った。


「今のうちに、上野の浪人たちの動きを止められれば、取引自体がなくなります」


「どうやって止める」


 直之が聞いた。


「銀を、動かせなくすればいい」


 新九郎が言う。


「鉱脈から掘った銀を、江戸へ運ぶ道が一つしかありません。そこを塞げば、浪人たちは金を作れなくなります」


「戦うのか」


「いえ」


 一馬が首を振った。


「道を塞ぐだけです。ただし、ただ木を倒しただけでは怪しまれます。仕組んだと分かれば、浪人たちは別の道を探すか、警戒を強めるだけです」


 三人はその日から、二日かけて山を歩き回る。


 新九郎が調べると、運搬の道は表向き一つだが、獣道に近い間道がもう一つあることが分かった。浪人たちも用心してその間道に見張りを一人置いている。表の道だけを塞いでも、間道から銀を運ばれては意味がない。


 一馬が浪人たちの動きを数日見張り、銀の運搬が三日に一度、決まった刻限に行われていることをつかむ。運搬の日は、拠点に残る見張りの数が減った。


 直之は、道の上手にある沢の水を堰き止められないか、地形を見て回った。堰き止めた水を一気に落とせば、表の道に本物の土砂崩れを起こせる。仕組まれたものではなく、山が崩れたようにしか見えない。


「間道の方はどうする」


 直之が聞いた。


「そちらは、俺が塞ぐ」


 新九郎が言う。


「見張りを別の場所に誘い出して、その隙に岩を落とす。見張りが一人なら、できる」


 三人で段取りを決めた。運搬の日、直之が沢の水を落として表の道を崩す。同じ刻限に、新九郎が間道の見張りを誘い出し、一馬が合図を出して岩を落とす。一馬は少し離れた場所から全体の様子を見て、何かあればすぐに二人に知らせる役に回った。


 当日、直之が堰を切ると、水は思った以上の勢いで道を削る。表の道は完全に埋まった。同じ頃、新九郎は見張りの男に「怪しい獣の足跡がある」と別の場所へ誘い、その隙に一馬が仕込んでおいた岩を落とし、間道も塞ぐ。


 見張りの男が戻ってきて、道が塞がれていることに気づいた。しばらく辺りを歩き回っていたが、崩れた土砂と倒木を見て、ただの山崩れだと判断したらしく、拠点へ戻っていく。


 銀が運べなくなったことで、浪人たちは鍛冶職人への支払いができなくなった。取引は自然に立ち消えになる。


 鍛冶職人たちは、山を下りて別の土地に移った。浪人たちの一団も、次第に散っていく。


 誰も傷つかなかった。刀を抜くこともなかった。



———



 直之は、直房に事の次第を報告した。


「一人で踏み込まなかったのか」


「はい。三人で相談して、道を塞ぐことにしました」


 直房はしばらく黙っていた。それから、短く言う。


「良い判断だった」


 直之は少し驚いた顔をした。褒められることに、あまり慣れていない。



———



 一馬と新九郎も、六之助に報告した。


「刀は使いませんでした」


「それでいい」


 六之助はそう言っただけだった。だが、その言葉には、いつもより力がこもっていた気がする。



———



 資景のもとに、事の顛末が届いた。


 資景はそれを読み、江戸へ報告の文を書く。「上野・陸奥の件、内々に処理いたしました」とだけ書いた。詳しい経緯は書かない。


 これでいい、と資景は思う。


 父上のやり方と、同じだった。目立たず、痕跡を残さず、火種だけを消す。



———



 夕方、弥十郎の窯場では、また煙が上がっている。


 マーが木箱に座って、煙を見ていた。弥十郎が窯の前から離れて、隣に座る。


「今日で終わりか」


「ああ」


「見に来て、良かったよ」


 マーはそう言って、少し笑った。


 二人は、それ以上何も話さない。ただ、煙が空へ上っていくのを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。