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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村
第一章 那須資晴

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第61話 冬王の影——ボヘミアの四季




 八月、三つの激震が立て続けに大陸を揺るがした。


 まず十九日、ボヘミアの議会が正統な王フェルディナント二世(カトリックの絶対君主)を「ボヘミア王の王座から引きずり下ろす(廃位)」という前代未聞の決議を下した。これはハプスブルク家に対する事実上の宣戦布告であり、もはや妥協の余地を消し去る決定だった。


 続く二十六日、フェルディナントを追い出したボヘミア議会は、新たなボヘミア王として、俺が最初に足を踏み入れたハイデルベルクの主、プファルツ選帝侯フリードリヒ五世を選出した。これにより、ハイデルベルクを中心とする「プロテスタント同盟」のネットワークがボヘミアと完全に直結することになった。


 そしてわずか二日後の二十八日、ボヘミアからクビを宣告されたフェルディナント二世は、フランクフルトでの選帝侯会議において神聖ローマ皇帝に選ばれてしまった。恐るべきねじれ現象だ。「神聖ローマ皇帝(ヨーロッパ最高権力)」になった男が、自分の領地である「ボヘミア」を新教徒の若造、すなわちフリードリヒ五世に奪われているという異常事態が発生したのである。


 そして同時期、東方から「謎の超大軍」がハプスブルクを襲った。


 政治が激変する中、戦場(前線)でも奇跡が起きた。俺の所属するマンスフェルト軍がピルゼンで皇帝軍(ブクア伯)に包囲され、限界を迎えていたまさにその時、東方のトランシルヴァニア(現ルーマニア・ハンガリー地方)から、新教派の野心家ガブリエル・ベトレン(ベトレン・ガーボル)率いる膨大な騎兵軍団がハプスブルク領内へ大侵攻を開始したのだ。


 ピルゼンを包囲していた皇帝軍のブクア伯は、「東からベトレンの数万の軍勢が、ハプスブルクの本拠地ウィーンへ向かって進撃している」という報を受け、大パニックに陥った。ブクアはピルゼンの包囲を解き、あわててウィーンを防衛するために南へ撤退していった。


 七月の地獄のような焦土戦から一転、八月後半の俺は「九死に一生を得る」ことになった。


 敵——ブクア軍——が煙のようにピルゼン周辺から撤退していくのを、俺は城壁の上から見送った。生き残った。


 マンスフェルト軍の兵士たちは、給料未払いの不満を忘れ、「俺たちの雇い主、ハイデルベルクのフリードリヒ殿下が新しい王様になったぞ!」「これでオランダやイギリスから無限に金が降ってくる!」と、狂喜乱舞の酒盛りに沸いていた。


 俺のもとには、オランダ商会から「新王フリードリヒ五世が、まもなくハイデルベルクからプラハへ入城する。商会の代表団として、プラハの宮廷へ向かい、新王の護衛兼『東洋の精鋭』として御前に列せよ」という、名誉ある——そして、きな臭い——命令が下された。


 オランダ商会にとって、八月の展開は「大博打の勝ちの目」が見えた瞬間だった。自国オランダが支援するフリードリヒがボヘミア王になったことで、ライン川からボヘミア、そして地中海へ至る「新教徒の巨大な交易グランドライン」が完成しかけていたからである。商会は破産しかけていたマンスフェルト軍へ、再び大量の信用貸し(軍資金)を再開した。


 しかし、歴史を知る者から見れば、この八月の栄華は「破滅へのカウントダウン」に過ぎない。激怒したハプスブルクの新皇帝フェルディナント二世は、この屈辱を晴らすため、カトリックの総力を挙げた「ボヘミア討伐軍」の結成へ向けて動き出していた。


 ——それを知っているのは、今のところ、俺一人だけだ。


―――


【九月・ドナウ川渡河阻止戦】


 九月二十八日、新王フリードリヒ五世の「ボヘミア王受諾」。


 ハイデルベルクにいたフリードリヒ五世は、悩んだ末にボヘミア王への即位を決断し、プラハへ向けて出発した。これにより、プファルツ(ハイデルベルク)とボヘミア(プラハ)を結ぶ軍事・交易ルートの防衛が、新教徒陣営にとって最優先事項となった。オランダ商会はこのルートの安全確保に社運を賭け始めていた。


 東方から乱入したガブリエル・ベトレン率いるトランシルヴァニア・ハンガリー連合軍(数万の軽騎兵軍団)は、破竹の勢いでハプスブルク家の本領を蹂躙した。九月中に彼らはドナウ川の要衝を次々と制圧し、ボヘミアのトゥルン伯の軍勢と合流。神聖ローマ皇帝フェルディナント二世が立てこもる首都ウィーンを完全に孤立させた。


 俺の戦い場は、ウィーン近郊の「ドナウ川渡河阻止戦」となった。


 マンスフェルト軍の主力はボヘミアの防衛——ブクア軍の残党への牽制——に残されたが、近接戦と隠密性に長けた俺は、オランダ商会の利権を守る特命を帯びた小部隊を率いて、ウィーン包囲戦の増援・遊撃部隊として南へ急行させられた。


 九月末、ウィーン近郊のドナウ川沿い。カトリック(皇帝軍)の敗残兵や、救援に駆けつけようとするオーストリア地方貴族の私兵団が、包囲網の隙を突いてウィーン市内へ合流しようと夜陰に乗じて渡河を試みていた。それを阻止するのが、俺たちの任務だった。


―――


 激しい雨がドナウ川の川面を叩き、視界を最悪に染めていた。上流から臨時のいかだや小舟を出し、ウィーン城内へ滑り込もうとするカトリックの精鋭歩兵たちが、暗い水面を縫うように動いている。


 俺はあしの生い茂る泥だらけの岸辺に身を潜め、刀の柄に手をかけていた。まとっているのは、オランダ商会から支給された、雨を吸って重くなったジャック・オブ・プレーツ(鉄片内袋鎧)だ。背中の鉄片が体温を奪い、肋骨のあたりが鈍く冷えていく。構わない。ここが仕事場だ。


 ザザッ、と舟が浅瀬に乗り上げる音が響く。


 舟から降りてきたのは、胸甲を黒く塗った皇帝軍の重装銃兵ムスケテティアたちだった。火縄マッチの火を消し、静かに漆黒の城壁を目指そうとする彼らの「右横(死角)」から、俺は音もなく泥を蹴った。


「……ッ!」


 声は上げない。無言のまま、闇を裂いて日本刀が突き出される。先頭の兵士が気づくより早く、研ぎ澄まされた切っ先が、首当て(ゴルゲット)のわずかな隙間、喉笛を正確に貫いた。溢れ出す血がドナウ川の濁流に混ざる。


「伏兵だ!」と叫ぼうとした二人目の銃兵の顎を、俺はすれ違いざまに左手の拳——古流柔術の当身——で打ち抜き、脳震盪のうしんとうで泥の中に沈める。さらに、舟の上で慌てて短剣ダガーを抜こうとする指揮官の腕を、刀の強烈な一撃で手首ごと叩き斬った。


 東洋の未知のブレードワークによる、闇の中の容赦ない無音の屠殺。背後からトランシルヴァニアの軽騎兵たちが松明を掲げて突入してくる頃には、密航部隊の先頭は完全に壊滅していた。


 刀の血を雨水で流しながら、俺は葦の茂みへ静かに戻った。次の舟が来るまで、まだ時間がある。


―――


 背後で枯れ葦を踏む音がした。静かだが、隠そうとしていない足音だ。


「……相変わらず、返り血の一滴も浴びていないな」


 ヤン・デ・フリースだった。フェルト帽を雨でたっぷり濡らし、帳簿でも開くように淡々とした顔で俺の隣に腰を下ろす。商会のエージェントがこんな夜中にドナウ川の岸辺に来る用件など、一つしかない。


「次の作戦の話なら、今夜の分が終わってからにしてくれ」


「もちろん。私はただ、視察に来ただけだ」


 そう言いながら、男は懐から平べったい銀の瓶を取り出した。ジェネーバ酒——ジンのことだ。一口含んで俺に差し出してくる。


 断る理由もない。俺は受け取り、軽く傾けた。喉の奥が、じわりと熱くなる。


「ウィーンは落ちると思うか」


 ヤンが川面を見ながら言った。問いかけというより、独り言に近いトーンだ。


「どう思う、と聞いているのか。それとも俺に落とせと言っているのか」


「前者だ。君の……勘、とでも言うべきものを聞きたい」


 勘、か。俺は少し考えるふりをした。


「落ちない」


 ヤンの眉が、わずかに動く。


「根拠は」


「ベトレンの背後が手薄になっている。東から何かが来る。あの男は慎重だから、ウィーンの城壁を破る前に引く」


 しばらく沈黙があった。雨がドナウ川を叩く音だけが続く。


「……商会はウィーン陥落に全額を賭けている」


「知っている」


「君も知っていて、今夜ここで働いているわけだ」


「給料分は働く。それだけだ」


 ヤンはしばらく川を見ていた。それから、銀の瓶を静かに仕舞った。


「君はいつも、勝てない賭けに乗らない」


「俺は傭兵だ。勝ち負けは雇い主が考えればいい」


「そうは言うが」と、男はフェルト帽の雫を払いながら立ち上がった。「ウィーンが落ちなかった場合の脱出ルートを、君が真っ先に頭の中で引いているのは分かっている。違うか」


 俺は答えなかった。


 ヤンは小さく笑って、来た時と同じ静かな足音で闇の中へ消えていった。


―――


 この九月、ウィーンが完全に包囲されたことで、オランダ商会のソロバンは激しく弾かれていた。商会は「ウィーンが落ちれば、ハプスブルク家が数百年かけて集めた金銀財宝や美術品、そして膨大な領地の権利書が手に入る」——その一点に絞っていた。


 商会のエージェントは戦場にいる俺に対し、戦闘の合間を縫って「ウィーン陥落の際、ハプスブルク家の秘密の保管庫(宮殿の地下など)へ真っ先に突入し、特定の外交文書と財宝を押さえるための特殊作戦」のブリーフィング(作戦会議)を繰り返し行ってきていた。


 勝利は目前。ハプスブルクの息の根を止める瞬間がすぐそこに迫っている——誰もがそう信じて疑わない、熱狂の九月だった。俺は面白そうだから、やれるところまでやるつもりだった。史実通りに動いてはいるが、先のことは誰にも分からない。


 だが、ウィーンの城壁の上に立つ者たちは、まだ知らない。すべての輝きの向こうに、どれほど深い闇が口を開けているかを。


―――


【十月・プラハの栄華と影】


 十月末のフリードリヒ五世のプラハ入城により、オランダ商会の株価と期待値は天をも衝く勢いだった。


 俺はピルゼンやウィーン近郊の泥にまみれた前線から引き揚げられ、オランダ商会の交易路を盤石にするため、また「新王に直接パイプを作る」という商会の至上命令を受け、プラハの王宮(フラッチャニの城)へと入っていた。


 宮廷は絢爛豪華な宴、パレード、そして新王を称える礼拝に明け暮れていた。しかし、俺のようなプロの戦士の目は欺けない。華やかな祝祭の裏で、プラハ市内にはハプスブルク派の暗殺者やカトリックの密偵が紛れ込んでおり、不穏な空気が張り詰めていた。


 夜。プラハ城の窓からは、新王を歓迎する松明の光と、浴びるように飲まれるワインの香りが溢れていた。しかしそこから数百歩離れた薄暗い石畳の回廊は、冷たい秋の霧に包まれている。


 俺はオランダ商会の幹部を護衛し、新王の側近との秘密会談の帰り道を歩いていた。その時、暗がりから微かな「鉄の擦れる音」が聞こえた。


 音の出所を耳で捉えた瞬間、俺の右手はすでに柄にかかっていた。


「下がれ」


 商会の幹部を背後に庇いながら、俺は無言で日本刀を抜く。


 漆黒の外套をまとった三人の刺客が、霧の中から躍り出た。ハプスブルクの秘密工作員だ。手には夜光を反射させないよう黒染めされたレイピアと短剣ダガーが握られている。狙いは、新教側に巨額の融資を行っているオランダ商会エージェントの暗殺——それしかない。


 先頭の刺客が、吸い込まれるような鋭い突きを放ってくる。俺はそれを刀のしのぎでパチンと弾き落とすと同時に、一歩前に踏み込んだ。相手の懐に入り、柄頭つかがしらで男の喉元を強烈に突き上げる。


「がふっ……!」


 窒息しかけた刺客の胸元へ、反転させた刃を無慈悲に突き立てた。ジャック・オブ・プレーツの隙間、脇腹から心臓を貫かれた刺客が崩れ落ちる。


 残る二人が色めき立ち、左右から同時に斬りかかってきた。狭い石造りの回廊。俺は壁を強く蹴り、その反動で身体を独楽こまのように鋭く回転させた。日本の古流剣術に基づく、身を護りながら敵を絶つ螺旋の軌道。


 激しい金属音とともに二人のレイピアを叩き折り、その遠心力を乗せた戻りの一撃が、二人目の首筋を深く切り裂いた。噴き出す鮮血が、プラハ城の古い壁を赤く染める。


 三人目の刺客は、東洋の武芸者の常軌を逸した強さに恐怖し、闇の向こうへと逃げ去っていった。城内から聞こえる歓声の合唱にかき消され、この小さな死闘を知る者は、俺と怯える商会の幹部だけだった。


「……行きましょう」


 俺は短く言い、刀の血を外套で拭った。幹部はまだ震えている。仕方のないことだ。こういう夜に慣れている人間など、そう多くはない。


 商会の面々は俺に「新王のプライベート・ガード(近衛の特別枠)」としての席を用意し、さらにハプスブルクの権力を切り崩すための「牙」として宮廷の近くに配置し続けた。


―――


【十一月・凍てつく前線への緊急帰投】


 ウィーンの包囲が解け、皇帝軍の総司令官ブクア伯の軍勢が息を吹き返して再びボヘミアへ北上を開始したという報がプラハに届いたのは、十一月に入ってすぐのことだった。宮廷の祝祭ムードは一瞬で吹き飛んだ。


 俺はオランダ商会の護衛任務を解かれ、再びマンスフェルト軍の精鋭として、ピルゼン後方の防衛線を死守するために、雪が降り始めた泥濘の街道を南へと急行させられた。


 ボヘミアの冬の風は刃物のように冷たく、衣服を抜けてジャック・オブ・プレーツの鉄片を容赦なく冷やしていく。ウィーンから引き揚げてきた皇帝軍の先遣隊(クロアチア軽騎兵)が、新教側の補給路を断つべく、各地の街道に待ち伏せ(アンブッシュ)を仕掛けていた。


 深夜。雪が激しさを増す森の中、俺が率いる偵察小部隊は、敵の夜間拠点を強襲する任務に就いていた。


 前方に焚き火の明かりが見える。油断して暖を取っているハプスブルクの騎兵たち。その輪郭が、白い雪の中に黒くぼんやりと浮かんでいる。


 俺は足音を消すために雪の中に身を沈め、這うようにして敵の死角——右横——へと回り込んだ。


「……」


 白い息すら殺し、刀を抜く。抜き放たれた刃は、雪明かりを吸って妖しく鈍く光った。


 俺は一気に大地の雪を蹴った。


 一歩目。驚異的な脚力で距離を詰め、焚き火に背を向けていた見張りの兵の頭部へ、右斜め後ろから刀を振り下ろす。鉄製の兜の縁をすり抜け、防具のない首筋を鋭く両断。悲鳴を上げる間もなく、一人目が雪の中に倒れ込む。


「敵襲!?」


 異変に気づいた二人目の兵士が、傍らに置いていたフリントロック式のピストルを掴もうとする。だが、かじかんだ彼の指が引き金に触れるより早く、俺の日本刀が閃いた。下から突き上げるような斬撃が、男の右手首を容赦なく撥ね飛ばす。


 鮮血が白い雪の上に飛び散り、一瞬で凍りついていく。


 残る敵が慌ててサーベルを抜こうとするが、俺は日本の「組討」の技を繰り出し、敵の懐へ入り込んでその顎を左の肘で強烈に打ち抜いた。骨の砕ける音と共に、男が昏倒する。


 わずか十数秒の無音の惨劇。吹雪の音にかき消され、敵の本隊は何が起きたのかすら気づいていない。俺は刀の血を雪で拭い、再び闇の向こうへと姿を消した。


 商会の幹部たちは、プラハの宮廷に融資の「担保」としてボヘミアの国立銀行やインフラの権利を要求し始めると同時に、俺に対し、「もしプラハが危険になった場合、商会の資産と秘密帳簿を最優先でドイツ西部へ脱出させるためのルート」を隠密裏に偵察・確保するよう命じていた。


―――


【十二月・飢えた味方を鎮圧する「血の不始末」】


 十二月中旬、ピルゼン郊外の凍てつく砦。俺たちの任務は、カトリックとの戦闘ではなく、「給料未払いに怒って反乱を起こし、軍の火薬庫を爆破して逃亡しようとする味方の傭兵部隊(ドイツ・スイス混成の槍兵ら)」の制圧という、最悪に不毛で血生臭い暴動鎮圧だった。


 極寒の夜。雪を溶かすほどの熱気と怒号が、砦の回廊に渦巻いていた。


「金を出せ! 出さないなら、この砦ごとプラハの青二才(新王)に引き渡してやる!」


 松明の炎に照らされ、理性を失った数十人の傭兵たちがハルバードを手に火薬庫の鉄扉を破ろうとしていた。彼らを止めるべく立ちはだかるのは、オランダ商会の利権(火薬)を守る特命を受けた、俺と数人の忠実な近衛兵だけだった。


 俺は防寒のために何枚も着込んだ服の上に冷え切ったジャック・オブ・プレーツを重ね、静かに日本刀を正眼に構えた。やれやれ、同じ飯を食った連中を斬るのは、戦国の頃も今も、どこへ行っても同じ気分になる。


「東洋の雇われ風情が、邪魔するな!」


 暴徒のリーダー格である大柄なドイツ人傭兵が、怒りに任せてハルバードを突き出してくる。狭い石造りの通路。避ければ後ろの火薬庫に届く。


 俺は一歩も引かなかった。


 突き出される刃に対し、刀のしのぎを強烈にぶつけ、金属同士が凍てつく空気を切り裂く鋭い音を立てる。刀の弾き(パリー)と同時に、俺は敵の槍柄を滑らせるように踏み込み、一瞬で間合いを盗んだ。


「……シッ!」


 短く鋭い呼気。下から斜め上に向け、日本刀の強靭な刃が跳ね上がる。敵の分厚い革ジャケットの合わせ目、無防備な顎の下から脳天へと刃が突き刺さった。男は声も出せず、ハルバードを手放して凍った石畳に崩れ落ちた。


「ひ、怯むな! 囲んで殺せ!」


 二人の傭兵が左右からブロードソードを振り下ろしてくる。俺は死体の陰に滑り込み、それを盾にして一撃目をかわすと、日本の古流柔術の足払い(体捌き)を繰り出し、右側の敵の軸足を強烈に払った。


 重い装備のまま転倒する敵。その背中へ、容赦なく刀を突き立てて息の根を止める。


 さらに、残る一人が恐怖で引き下がろうとする瞬間、俺は刀を左手に持ち替え、死角(右横)から回り込むようにして敵の太ももの動脈を深く一文字に切り裂いた。


 白い雪と凍った床が、かつての「味方」の温かい血で赤く染まり、湯気を立てる。


 わずか数瞬で三人を屠った東洋の武芸者の冷徹な強さに、暴徒たちは「こいつは本物の死神だ」と恐怖し、武器を捨てて降伏した。


 城内から歓声が聞こえる——いや、もうプラハの宴の音はここまで届かない。戦争の理想などどこにもない。そこにあるのは、冬の寒さで狂った人間たちの飢えと、それを力でねじ伏せる冷酷な現実だけだった。


 十二月末、オランダ商会の幹部たちは俺に対し、実戦の任務を減らし、商会の極秘資産(金塊や秘密帳簿)を積んだ隠密馬車を、冬の包囲網の隙を突いてライン川方面へ逃がすための「脱出ルートの最終選定」を命じてきた。


 1619年の幕切れ。輝かしかった新教徒たちの大反乱が、寒さと飢え、そして内部分裂によって内側からボロボロと崩壊していく——絶望の冬のピークが、静かに訪れようとしていた。


 城壁の外では吹雪がうなっている。俺はひとり、薄暗い回廊に立ち、刀の血をじっくりと拭いながら考えた。


 ——この先、どこまで付き合うつもりだ。


 答えは出ない。でも不思議と、気分は悪くなかった。戦場がある。動ける。それだけで、今は十分だった。


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