第46話 金の星屑、白の松
翌日、土師弥十郎と本阿弥光悦が揃ってやって来た。少し遅れて、茶屋清次もぬっと姿を見せる。
「器は作れます。ただ——窯は二基、要ります」
弥十郎が、いつも通り余計な前置きなしに切り出す。
「陶器窯(土窯)と、磁器窯(石窯)。同じ窯では両立しません」
「分かった。二基あれば楽か」
「はい。それぞれ専用にすれば、品質が安定します」
光悦が手引書から顔を上げて、こちらを見た。
「この金結晶というのは——狙って出せるのですか」
「難しい。窯の気まぐれです。だから、美しい」
弥十郎がぼそりと答える。光悦がにやりとした。
「それが良い。狙って出せるものに、たいした値はつかない」
典膳に丸投げした。二基の窯の建設が、その日のうちに動き始めた。
―――
築窯から、六ヶ月。
冬の初め、二基の窯が山の斜面に並んで完成した。弥十郎が「青窯」、「赤窯」と名をつけた。
烏山の白粘土と小砂の土を混ぜた素地で成形された器が、窯の中に詰められていく。染付の瓶、金結晶を狙った杯、辰砂の茶碗——それぞれが、二つの窯に分けて納められていた。
弥十郎は、夜明け前から火の前に立っていた。俺が様子を見に行くと、
「眠らなかったのか」
「窯は、目を離せません」
それだけだ。光悦が隣に立って、黙って炎を見ている。茶屋清次は少し離れて温もりながら、ぼんやりと火を眺めていた。
「よく来たな、清次」
「殿、こういう場には必ずいたいものです。物が生まれる瞬間に立ち合えるのは——商人冥利に尽きます」
それから三日間、窯は焚き続けられた。
二日目の夜、俺はウイスキーと食い物を差し入れた。光悦が杯を受け取りながら言う。
「殿、この酒を入れる器も、いずれ弥十郎殿に作らせてください」
「そのつもりだ。瓶は磁器で、杯は手に馴染む陶器を」
「それは、面白い注文だ」
弥十郎が炎を見たまま、ぼそりと答える。
「——承りました」
―――
三日後の夜明け。薄く雪が積もっていた。
弥十郎が、青窯の口をゆっくりと開ける。誰も、声を出さない。
最初に出てきたのは、染付の瓶。烏山の白土と小砂の土が混ざり合い、白地に弥十郎が描いた松の文様が、青く浮かび上がっている。光悦が手に取り、光に透かした。うっすらと、向こうが透けて見える。
「……陶器でも、磁器でもない。那須にしかない器だ」
次に金結晶の杯が出てきた。誰も予想していなかった金の星屑が、器の表面に無数に浮かんでいる。
弥十郎が、固まった。
「……狙って、いない」
光悦が杯を手に取って、即座に言った。
「これが、一番良い。買います」
「値段を聞いてからにしてください」
典膳がすかさず割り込む。光悦が苦笑した。
赤窯を開けると、辰砂の茶碗が出てきた。ほんのり桃色がかった、深い赤。弥十郎が手に取り、しばらく黙っていた。
「……出た」
それだけ言った。
俺はウイスキーを辰砂の杯に注いだ。琥珀色と赤が混ざり合う。弥十郎に渡す。弥十郎は一口飲んで黙った。しばらくして、ぽつりと言う。
「……器で、味が変わりますね」
「そうだろう」
典膳が金結晶の杯を手に取って、即座に言った。
「これは売れます。いくらで売りますか」
主馬は染付の瓶を光にかざしながら、
「家康様への献上品はこれだ。中にウイスキーを入れて送れば——断られない」
茶屋清次が辰砂の茶碗を、静かに眺めていた。
「高山右近殿に見せたい。あの方は、きっとこの赤が分かる」
光悦は、金結晶の杯を手放さなかった。買う気満々だ。
弥十郎は全部を並べて、黙って眺めていた。職人の顔だ。
―――
窯出しから、数日が経った。
光悦が帰る日の朝、俺は茶室に招いた。高山右近が設えた茶室は、那須の山を借景に、余計なものが一切ない。弥十郎が焼いた辰砂の茶碗に、茶屋清次が点てた茶が注がれた。
光悦がゆっくりと茶碗を手に取り、しばらく眺めた。
「……この茶碗、利休殿に見せたかった」
俺は、黙って頷いた。
「利休殿なら、何と言ったと思う?」
「さあな。俺には茶の目利きがない」
「私は分かります。きっと、こう言った——『余白がある』と」
茶を一口飲んで、光悦が続ける。
「描かれていない部分が、美しい。弥十郎殿の器は、そういう器です。利休殿が最後まで追い続けた美意識だ」
その言葉を、弥十郎は部屋の隅で無言で聞いていた。
光悦が、帰り際に言った。
「殿、私はまた来ます。次は、何を焼きますか」
「ウイスキーの瓶と杯を頼んだはずだ」
「ああ、そうでした。楽しみにしています」
軽い足取りで、光悦は去っていった。茶屋清次が苦笑いしながら、片付けをしている。
「あのお方は、那須が気に入ったようですね」
「そのようだな」
(面倒なことにならなければいいが——)
と思いながら、俺は茶を飲み干した。
―――
典膳が、小砂焼の商いをさっそく動かし始めた。
まず金結晶の杯を、本阿弥光悦の目利きとして、京の商人に五客送った。典膳の計算では、一客で米二十石相当になるという。那須の銘を入れた器が、京の茶人の間に流れ始めた。
典膳が辰砂の茶碗を眺めて、
「高山右近殿には、辰砂の茶碗を送りました。茶室にも貢献していただきましたからね」
茶屋清次が堺のルートを使い、今井宗久に染付の瓶を数本送った。宗久から返ってきた文には、ただ一言だけあった。
『これは良い。もっと欲しい』
宗久が動けば、堺の商人が動く。
典膳が「次の窯は、三倍の量を焼きましょう」と言い出した。弥十郎は「土が追いつかない」と言い、典膳が「では、土掘りの人手を増やす」と答える。二人がもめている間に、主馬が静かに割って入った。
「——染付の瓶は、中身も売れます」
「中身?」
典膳が聞き返す。
「那須のウイスキーを入れて。那須染付瓶入りウイスキー——これを一セットで売る。器だけより、遥かに値がつく」
俺は深く頷いた。主馬らしい発想だ。
「家康様への献上品も、これで行く。酒井忠次殿への約束も、果たせる」
「では、年明けに駿府に持参しましょう。那須染付の瓶にウイスキーを詰め——」
典膳がすでに、頭の中で計算を始めていた。
―――
天正十九年も暮れに差し掛かった頃、俺は主馬を離れに呼んだ。
「来年、秀吉様が朝鮮に出兵する」
主馬が、黙って頷く。予想していたのだろう。
「徳川家に臣従した那須家は、出兵するか、しないか」
「……殿のお考えは?」
「戦わない。戦わない者だけが、戦後の果実を独り占めできる」
主馬が、少し目を細めた。
「では、那須家はどう動きますか」
「兵站屋になる。九鬼殿と連携して、船で物資を運ぶ。表向きは朝鮮出兵への協力。実態は、往路復路で交易品を積む——商業航路だ」
「……なるほど。戦わずして、稼ぐ」
「そうだ。それと、小砂焼の染付の瓶——あれは朝鮮や明の商人にも売れる。南蛮船で運べば、向こうで値がつく」
主馬がしばらく考えてから、口を開く。
「殿、一つ聞かせてください。朝鮮への出兵は、どうなりますか」
「七年かかって、失敗で終わる」
「……七年」
「その七年で、秀吉が死ぬ。そして、家康様の時代が来る」
主馬が、静かに目を閉じた。計算している。
「七年間、那須家は戦わずに稼ぐ。その間に、鉱山、硝石、馬、小砂焼——全ての内政が完成する。関ヶ原の頃には、那須家は別の家になっていますね」
「そういうことだ」
「……殿、それは恐ろしい計画ですね」
「褒め言葉として、受け取る」
主馬が笑った。乾いた笑いだ。
―――
年の瀬、駿府に向かった。
荷車の上に、那須染付の瓶が十本。中にはミズナラ樽で五年熟成したウイスキーが入っている。まだ琥珀色は浅いが、香りは確かだ。
酒井忠次殿が、出迎えてくれた。
「那須殿、来たか! 約束の酒を持ってきたか?」
「はい。それと、器も。一セットでお試しください」
忠次殿が染付の瓶を手に取り、光に透かした。
「……これは、瓶の中が透けて見えるのか。白地に、青い松か。上等な器ではないか」
「那須小砂焼と申します。下野の土から生まれた器でございます」
お湯割りにして勧めると、忠次殿は一口飲んで、目を丸くした。
「前より、丸くなっておる。角が取れた——これは、樽のおかげか」
「左様で。樽で寝かせた分です。あと九年待てば、もっと変わります」
「九年! 儂が生きておれば、の話じゃ」
豪快に笑う忠次殿の隣で、家康様が静かに杯を手に取った。金結晶の杯だ。
「……金の星屑が、入っておる」
「那須小砂焼の金結晶釉と申します。窯の気まぐれで生まれます。狙っては出せませぬ」
家康様がウイスキーを注いで、ゆっくりと飲んだ。しばらく、黙っていた。
「……那須殿」
「はい」
「この器と酒——両方、来年も持参せよ。それと」
家康様が、静かに言った。
「朝鮮への出兵、那須家はどう動ける」
「兵站の手伝いが、一番かと。船で物資を運ぶ形で」
「戦には、出なくて良いのか?」
「那須は小さな家でございます。表で戦うより、裏で支える方が、徳川様のお役に立てるかと」
家康様が、少し笑った。
「……相変わらず、食えぬ男だ。まあよい。頼む」
「ははーっ」
(七年間、那須家は戦わずに稼ぐ——)
俺は深く頭を下げながら、内心でそう繰り返した。
―――
下野に帰り、窯場に立ち寄った。
弥十郎が、次の器を成形している。光悦が頼んだウイスキーの瓶だ。白地に、烏山の白土を多めに混ぜた素地で、薄く引いてある。光に透かすと、向こうがうっすらと見える。
「できそうか」
「やってみます」
それだけだ。
俺は、窯場を後にした。那須の冬の空は高く、八溝の山が、白くなり始めていた。
(朝鮮への出兵まで、あと数ヶ月——)
長い七年が、静かに始まろうとしている。小砂の土が、烏山の白が、那珂川の銅が——この那須の地で、ゆっくりと熟成していく。
ウイスキーと、同じように。




