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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第47話 兵站屋と茶室の龍





 文禄元年一月。高山右近殿から礼状が届いた。今は前田利家殿の庇護の下、秀吉の陣営に関連した活動をしているらしい。朝鮮出兵に関連して名護屋周辺に滞在しているだろう。


 秀吉公への顔つなぎも怠らなかった。那須染付(青花半磁器)と那須小砂焼(金結晶器)を茶器として送り、ご機嫌伺いをしておいた。派手な金結晶器は喜ぶはずだ。侘びの品である辰砂茶碗は送らなかった。あの方には向かない。


 秀吉への帳簿上は石高を約二万石(那須郡中心)と少なく見せて小国人を演じているが、家康様の許可のもと横浜の整備は着々と進んでいる。清水には今後を考えて箱だけ残し、中身はすべてこちらへ移動させた。海軍の兵舎や、国友孫四郎の武器工房の充実を図っている。武器については那須に置かず徳川家の目の届く場所に置き、互いに確認し合う形にしている。




―――


 国友孫四郎に以前渡したフリントロック式の銃の品質が、着実に向上していた。


 ドッグロック方式——コックの根元に鉤状の安全装置を加え、暴発防止のための「ハーフコック」的な役割を持たせた銃だ。これの量産を家康様も望んでいる。


 そこで職人見習いを含む人員を補充し、塀で囲まれた「職人村」を形成した。中心の機密工房は出入りに兵が受付をする。中は木工・鋳物・部品・備品と細分化されており、関係のない者は近づけない。一方で職人たちの生活面も整えた。食事や酒が飲める場所、小間物屋、住居、そして女性と遊べる店も区画内に設けてある。仕事に打ち込んでもらうためには、生活の心地よさも必要だと俺は思っている。


 横浜の職人村を囲むように海軍宿舎や船大工の宿舎が並び、それに付随する飲食・風俗・各種商店が区画整理されている。商人は徳川家の関連がメインで、那須家はサブ程度の立場だ。警備は徳川家が担当して代官所を設置している。


 スペインから仕入れたカルバリン砲とセーカー砲を見本として、国内製造に取りかかった。図面も孫四郎に配布して製作させている。今回は人員も増え、徳川家からの支援もある。信長公の時代から大砲の調達窓口を俺が担ってきたこともあり、その役目が自然に引き継がれてきた。


 今回の目標は、簡単に移動できる大砲だ。砲身を短く薄くして青銅の質を向上させる。砲架の木部を最適化して馬数頭で牽引できるようにし、戦闘中に位置変更が可能にする。補助の二輪台車を連結して長距離移動を安定させる。車輪と車軸を鉄で補強し、俯仰調整にネジや楔を使う。こうした工夫を図解入りの説明書にまとめて、総責任者の国友孫四郎に渡した。


 大砲は二年以内に完成し、数を揃えれば関ヶ原に間に合うはずだ。




―――


 下野では硝石の増産体制の確立を進めている。


 徳川家の古土法と「硝石丘法しょうせききゅうほう」を組み合わせる形だ。本来は幕末に薩摩などで用いられた手法だが、今から始める。専用組織として「硝石方役所」を設置し、廃寺跡や村内施設を製造施設として確保した。屋外や小屋で有機物・土・屎尿を積み上げ、一から五年かけて培養していく地道な仕事だ。


 典膳にまとめてもらったマニュアルを製本して、硝石方の頭に渡した。典膳が言う。


「硝石丘法は危険な書物です。徳川様には……」


「戦はこれからも続く。那須家だけで全部抱えると上が決まってしまう。南蛮技法ということで伝えようと思う」


「そうですな。横浜で大型大砲の量産もある。火薬は必要ですな」と主馬が話に加わった。


「あの大砲は城攻めで籠城できなくなる代物だ。砲弾が約五町離れた城に当たると、皆が降参したくなる」


「ほう——五町ですか。これは面白い……」


「主馬よ、悪だくみをしているな。ただし飛距離は最大で十六町は飛ぶ。的に当てる最適距離は五町だ」


「なんと、厄介な……」


 主馬が珍しく目を細めた。典膳は黙って頷いている。




―――


 後日、家康様に拝謁して硝石丘法の本を渡した。しばらく無言だったが、


「那須殿、これは今年一番の土産だ」


「我が家では硝石生産に限界があります。ぜひ徳川家で役立ててください。南蛮からも仕入れていますが、戦がある限り値は高いままですから」


「正に。……話は変わるが、松平定勝の娘・蓮姫と伝門丸の縁組の話を進めておこう」


「ははーっ、ありがたき……」


「秀吉様からガリオン船三隻の兵站専用船としての有償貸出の話も来ている。以前兵站の話をしていたし、受けても良いな」


「はい、望むところです。帰りに天津やマカオに寄り、硝石と朝鮮・明の陶磁器・生糸を仕入れてきます」


 家康様が静かに笑った。「抜け目がないな」




―――


 那須家の産業がこの一年でかなり変わってきた。


 まず八溝山系の鉱山が本格稼働した。俺の能力でピンポイントに場所を特定した採掘地が動き始め、鉱山労働者が集まって一つの村が生まれた。製錬技術の指導は国友孫四郎に依頼して、得た銅を大砲鋳造に転用している。


 那須馬の輸出も順調だ。那須地方は広大な原野が広がり、古来「那須駒」として名高い良馬の産地だ。アラブ馬の繁殖を加速して「那須馬」ブランドとして徳川・豊臣の両方に販売している。朝鮮出兵用の軍馬として豊臣に高値で卸し、家康様への贈答馬は毎回喜ばれる。


 ウイスキーは今年で五年目を迎えた。「那須の琥珀水こはくすい」として高級品ブランドで販売を始めた。家康様・秀吉公の茶席向けに超高額で出す予定だ。酒井忠次殿への「十年物の約束」も忘れていない。五年物の一部は樽のまま残してある。


 そして利休の死から始まった小砂焼が、この一年で最も化けた事業になった。「お茶の世界、恐るべし」——後世に名を残す人々との縁が、那須家の周りに静かに広がっていく。




―――


 春、伊達政宗が朝鮮出兵のため南下する道中、那須に一泊したいと文が来た。


 主馬に話すと、一言だけ言った。


「来るとしたら——殿のことを確かめたいのでしょう。那須の鬼が徳川に近い。その意味を」


「来てもらえ。茶室を使う」


「証拠は残さない形で、ですね」


「そうだ」


 政宗の一行が烏山に到着した。馬から降りた瞬間から、道、城の石垣、荷馬車、行き交う人——全てを素早く観察している。


「那須、変わりましたね」と政宗が言った。


「ありがたいことです」


「……思ったより、本物だ。茶室を見せてもらえますか」


 高山右近が設えた茶室の評判が、奥州まで届いていたらしい。


 茶室に入ると、政宗がすぐに棚の器を手に取った。弥十郎の辰砂の茶碗だ。


「……どこの焼き物ですか」


「那須小砂焼です。この地の土と烏山の白土を混ぜて焼いた器です」


「那須で磁器を——知らなかった」


 茶屋清次が茶を点て、政宗が一口飲んだ。しばらく茶碗を眺めてから言う。


「右近殿の茶室ですか。余白の置き方がそれらしい」


 目が利く男だ。


 俺はウイスキーを持ち出した。那須染付の瓶に入れた二年物だ。


「南蛮の酒ですが、試してみますか」


「那須の器で南蛮の酒——面白い」


 辰砂の茶碗に注ぐと、政宗が一口飲んで少し目を丸くした。


「……これは何ですか」


「麦を蒸留してミズナラの樽で寝かせた酒です。まだ二年ですが、十年後は全く別物になります」


「十年後」と政宗が繰り返した。「那須殿は、随分と先を見ていますね」


「さあ、どうでしょう」


 しばらく二人で飲んだ。供の者は外に控えている。茶室には俺と政宗だけだ。


 杯を置いて、政宗が静かに言った。


「この朝鮮の戦、那須殿はどう見ていますか」


「長くかかると思います。七年、いやそれ以上かもしれない」


「秀吉殿が生きている間は続く、と」


「そういうことです」


 政宗がゆっくりと頷いた。


「では、その後は」


 俺は染付の瓶を手に取った。


「この酒を見てください。今は琥珀色が浅い。二年しか経っていないから。十年後は——全く別の酒になっている。器は変わらないが、中身が変わる」


 政宗が少し笑った。


「那須殿は、随分と遠回しに話しますね」


「茶室では直接は申し上げられません」


「では——」政宗が杯を回した。「那須の馬を五頭、分けてもらえますか。アラブ種の」


「構いません」


「礼として仙台の米を五百石、届けさせます」


 二人はしばらく黙って飲んだ。風の音だけが茶室に聞こえていた。


 やがて政宗が立ち上がりながら言った。


「この辰砂の茶碗、一客いただけますか」


「喜んで」


「それと——十年後のウイスキー、約束してください」


「お約束します」


 政宗が笑った。初めて見る、屈託のない笑いだった。


 翌朝、政宗の一行は那須を発った。馬五頭を連れて南へ向かう。政宗が馬上から一度だけ振り返った。俺は頭を下げた。


 主馬が隣に来た。


「証拠は残っていない。でも——あの方はもう分かっているでしょう」


「そうだな」


 那須の春の山が朝の光に輝いていた。小砂の窯から薄く煙が上がっている。弥十郎がまた火を入れているのだろう。


(十年後、約束した一本を届けられるか——)


 それを確かめる理由が、また一つ増えた。




―――


 文が届いた。朝鮮から——「海上の封鎖」についての知らせだった。


 李舜臣と亀甲船による制海権の掌握。日本軍の補給線が断たれつつある。食料・武器・増援を運ぶ海路を朝鮮水軍が徹底的に叩いている。閑山島沖では脇坂安治ら日本水軍が「鶴翼の陣」で壊滅させられ、水陸並進作戦が瓦解したとある。


(まるで信長公の鉄甲船と同じ発想だ。乗り込み戦法を封じる、鉄で覆った船。工夫が足りない日本水軍では太刀打ちできない)


 我らの船は三隻と、秀吉公に献上したガリオン船「金瓢丸きんぴょうまる」の計四隻で、李舜臣の朝鮮水軍と一度だけ交戦した。接近する板屋船に旋回砲を浴びせ、亀甲船一隻と板屋船多数を沈めると、朝鮮水軍は撤退した。それ以来、南蛮船を直接襲ってこなくなった。


「無事に荷物を運べるのは我らの船だけですね」と主馬がニヤリと笑う。


「護衛を頼まれたが断った。航行速度と構造が違いすぎる。安宅船や関船は深い海域では航行できないし、浅瀬に入れば座礁する。帆走できない和船では話にならない」


「しかし、秀吉公に献上したガリオン船の金瓢丸——ただの輸送船になりましたな」と典膳が皮肉混じりに言う。


「これから明国が介入しても、我らは周大人の旗があるから天津には問題なく入港できる」


「明が介入! あの国の成り立ちは属国の歴史ですから、泣きつくのも時間の問題でしょう」と主馬が言う。俺も典膳も黙って頷いた。


(七年続く朝鮮の戦——那須家は戦わずに稼ぎ続ける。その間に、関ヶ原への準備が整う)


 夏の海風が、横浜の拠点に吹き込んできた。遠くで孫四郎の工房から金槌の音がしている。大砲が、また一本完成したのだろう。


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