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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第44話 さらば、真の武人——小田原にて






 天正十六年七月、佐々成政殿が肥後・尼崎にて自害されたとの知らせが届いた。


 成政殿が窮地に陥った最大の原因は、九州平定後に与えられた肥後一国(現在の熊本県)の統治失敗にあると聞く。秀吉様は成政殿に対し「性急な検地は慎め」と命じていた。それを成政殿は自身の統治権を確立するため早々に強行し、これに反発した地元の国人衆——隈部親永ら——が蜂起して、大規模な肥後国人一揆へと発展した。


 成政一人の力では鎮圧できず、小早川隆景殿や立花宗茂殿らの援軍を得てようやく平定したが、これが「領主としての能力不足」と見なされ、秀吉の逆鱗に触れた。謝罪のために大坂へ向かったが秀吉は対面を拒否。成政殿は尼崎に幽閉され、切腹を命じられた。


 成政殿は「一揆を招いたのは自分の不徳」と認めつつも、武士としての誇りを失わなかったと伝えられている。


(あの方の武骨なまでの実直さが、かえって仇となったか……)


 あの日、尼崎から届いた報せは、初夏の陽気とは裏腹に背筋を凍りつかせるものだった。


 目を閉じれば、共に土を噛み血を流した日々が昨日のことのように思い出される。越前平定の折、鉢伏山の険しい峰を共に登ったことがあった。あの戦——佐々成政殿の隊に配属され、雨に濡れた絶壁を赤井直勝ら七十名と駆け上がった日だ。成政殿は誰よりも先に泥にまみれ、兵を鼓舞しておられた。


「武士の意地は、城の高さではなく、踏み越えた山の数で決まる」


 と笑っていたあの横顔。あの時、佐々殿は確かに織田の天下を信じ、夢を見ていた。


 手取川の戦いも忘れられない。増水した川を前に軍議が揺れる中、成政殿の意地を見た。退却戦という地獄のような状況下で殿しんがりを買って出ようとするあの方の背中は、濁流よりも激しく、そして頼もしかった。


「死に場所を求めるのではない、生き残るために戦うのだ」


 そう檄を飛ばしたあの方が、まさか肥後の地で戦わずして果てる道を選ばされるとは。


 俺は「部下を死なせない」という信条のもと、那須軍の戦死者ゼロを積み重ねてきた。成政殿も同じ信条を持つ男だったはずだ。それが今、戦場ではなく政争で消えた。


(さらば、真の武人。あなたのような男が、この世を去るのが早すぎる)


 しばらく俺は、知らせを持った紙を手にしたまま動けなかった。



  ―――



 そして七月、もう一つの知らせが届いた。豊臣秀吉が天下統一の総仕上げとして「刀狩令」を発布した。


 主馬と典膳が分析して俺に伝えてきた。


「よく考えられたものですね。おそらく以前から構想していたのでしょう。秀吉自身が元農民だった——その皮肉とも言えます。足軽以下から天下人にのぼり詰めた秀吉は、農民が武器を持って立ち上がることの恐ろしさを誰よりも熟知していた。自分ができた『下剋上』を、他の誰にもさせないための究極の防衛策が、この刀狩令だということです」


 主馬が静かに鼻を鳴らした。


 それから主な家臣を集め、主馬に「刀狩令」と同時期の「太閤検地」の目的を発表させ、具体的な対応の時機を話し合った。


「刀狩令の内容は大きく三つです。一つ、農民の武器所持禁止。刀・脇差・弓・槍・鉄砲などを持つことを固く禁じる。二つ、没収した武器は方広寺の大仏の釘や鎹として再利用する——『差し出すことは来世の功徳』という宗教的な建前で反発を抑える工夫です。三つ、農業への専念。武器を捨てて農具を持ち、耕作に励むことが子々孫々の繁栄につながると説く」


 表の大儀を説明し終えると、主馬は続けた。


「裏の目的は二つあります。一つは一揆の防止——農民から物理的な抵抗力を奪う。もう一つ、これが最大の目的ですが、兵農分離の完成です。武士は合戦に従事する専門職、農民は農業と納税に専念する階級。この区別を法で固める。太閤検地と合わせれば、誰がどの土地を耕しいくら納税するかまで完全に把握できる。徳川様でもされるでしょう。権力者として必要な法です」


 典膳が「巧妙ですな」と付け加え、大関高増が「では我らの领内はどうすべきか」と問うた。俺は答えた。


「徳川様が制定してから、じっくりと始める。今は重臣たちが頭で理解している状態を、ゆっくりと下へ浸透させていくだけで良い」


 家康様の時代に天下が安定することを俺は知っている。今は先を急がないことが一番の策だ。



  ―――



 天正十七年十二月、豊臣秀吉が北条征伐を決意したとの連絡が届いた。


 年明け、百の兵を率いて清水で待機する。駿府に立ち寄り、三年目のウイスキーを隠居した酒井忠次殿への土産として持参した。二月ということでお湯割りにして飲んでもらうと、琥珀色に変わり始めた酒にすっかり魅了された忠次殿は上機嫌だった。側に酒井家当主の家次殿も同席していた。


「これが……あの無色だった酒か。全く別物じゃな」


「あと五年後はさらに深くなります。十年後ならば——」


「十年後まで生きておればの話じゃ!」


 忠次殿は豪快に笑った。この人の笑い声は変わらない。越前の戦場でも、こうして笑っていたのだろう。


 那須の海軍は九鬼殿と連携して別行動だ。長年身内のような者たちだから心配はしていない。



  ―――



 酒井家次殿は徳川軍主力の一翼を担い、小田原城包囲網の東側に布陣した。布陣場所は小田原城の東正面、今井から酒匂さかわ付近。主な任務は江戸方面からの補給路の確保と、「江戸口」の監視・封鎖だ。父譲りの精鋭部隊を率い、包囲網が緩まないよう警戒を怠らなかった。我ら那須軍に特別な戦闘はなさそうだ。下野は主馬に部隊編成を任せ、大田原綱清を下野部隊の大将として佐竹殿と布陣する。


 四月、俺は徳川様の末席にて秀吉に挨拶し、久しぶりに尊顔を拝した。那須の海軍のガリオン船二隻は九鬼軍と共に小田原沖へ移動した。我ら百の兵は徳川軍の酒井隊と共に小田原へ到着し、包囲を開始した。


 五月、多賀谷重経・結城晴朝が小田原に参陣した。久しぶりに義父と顔を合わせた。


「婿殿、久しぶりだの。まさか徳川様に臣従するとは思わなかったぞ。そなた、武の印象が強かったが、中々世渡り上手じゃの。安心したわ」


「それは恐れ入ります。春を泣かせるわけにはいきませんから」


「それにしても那須の兵はなんじゃ。あの一糸乱れぬ兵列は異様だったぞ」


「あれはスペイン帝国の『テルシオ』と呼ばれる陣形です」


「ほー、南蛮か? どうりで……」


 などと会話して、三日遅れで那須軍の百名が到着した。


 六月に入り伊達政宗が参陣した。それからひと月も経たぬうちに降伏の使者が訪れた。


 七月五日、北条氏直が小田原城を出て降伏を申し出た。


 その後、江戸城、そして宇都宮にて北関東・奥羽の諸大名が出頭した。俺も徳川様に臣従している身として末席で拝謁した。


 秀吉が俺を見つけ、いやな気配をまとって近寄ってくる。


「那須殿、久しいのー。其方が整備した高師の浜は良い港じゃ。じゃが船がおらぬのは寂しいのー」


「ははーっ。九鬼殿を通じて南蛮船を献上いたします」


「それは目出度い。其方のことは全て許す」


「ははーっ、ありがたき……」


(南蛮船一隻で全部許すとは、安い買い物をさせてもらった)


 内心でそう思いながら深く頭を下げた。領土の安堵が認められた。これから徳川様の影に隠れておとなしくする予定だ。


 史実ではこの日に参陣しなかったため那須家は改易となり、後に陳謝を認めて息子・資景に五千石、俺にも五千石が与えられるという結末だった。それが今回は最初から安堵に変わった。秀吉の心が家康に靡いた俺を気に入らないのは分かっている。だからこそ南蛮船という餌が効いた。



  ―――



 家康様に関東移封の命が下った。俺は家康様に願い出て、横浜に大型船の停泊拠点を設けることの許可を求めた。清水の港の規模と実績を伝えると、了承された。


(いずれウィリアム・アダムス——三浦按針——と共同で船を作るつもりだ。あと十年ほど先の話だが)


 清水の家屋を整理し、横浜に拠点を移した。ここでしばらく定住することになる。もともと清水は移動を見越した仮拠点として作っていたため、計画通りに事が運んでいる。


 受難の天正十八年が終わり、那須家は改易されずに済んだ。歴史の修正だ。


 ここから内政へと邁進する。五歳になった伝門丸(資景)には、男の家来と女の者を守り役として付けている。家に博学の軍師が二人いる。主馬と典膳の得意分野を教えてもらえれば、間違った方向には進まないはずだ。


「殿様の仕事は人材を動かすこと」と俺は信じている。子の育ちも同じだろう。


 史実では俺の我儘から、資景は強く育つしかなかった。それがどう変化していくか、見守るしかない。


(二年後には慶長の役がある。それまでしっかり稼がせてもらおう)


 横浜の浜に波が打ち寄せる。空は高く晴れ渡っていた。成政殿が踏み越えた山の数を、俺はまだ数え足りていない。


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