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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第39話 高師の浜、開く





 信長様から聞いた大鳥郡の北の端、荒れた高師の浜に来ている。


 堺から近いはずだが、目的地に近づくほど景色が急に閑散となり、寂れた漁村の光景が広がっていく。ただ同時に、非常に美しい松原が延々と続く景勝地でもある。波の音と松風だけが響く白い浜——古来、歌枕として幾人もの歌人が詠んだ地だと典膳が言っていたのを思い出した。


 数名の精鋭が整備されていない道を進んでいると、左手の廃寺からごろつきが十四、五人飛び出してきて、俺たちを取り囲むように配置した。


「オラーっ、ここから先は通行料が必要だ。有り金全部置いてゆけ」


「これは高い通行料ですね。そんなに高いと誰も通らなくなって、寂れて廃村になりますよ」


 しれっと主馬が答える。相変わらず煽り方が上手い。


「うるせー、死ねー」


 元気なごろつきが飛び出してきた。傍にいた直勝が無手で刀を取り上げ、そのまま投げ飛ばした。


「何しやがる、やっちまえ!」


 頭らしき者の声を合図に、一斉に襲いかかってきた。奥から矢が緩く飛んでくるが、玄妙が槍でいなした。典膳が加減しながら数名を打ち据え、六之助は弓使いの方へ向かう。俺と主馬と勘右衛門は静かに観察していた。


 間もなく、殴られて顔を腫らした頭と十五名が、土の上に正座させられていた。


「出迎えご苦労。お前たちがここを支配しているのか?」


 俺は優しく話しかけた。


「うるせー、何だおめーら」


 反抗的な態度に、六之助が頭にげんこつを一発。まるで子供を叱るように。


「お前たちがここを支配しているのか?」


 もう一度、同じ言葉で聞いた。


「あっしらはここの街道を縄張りにしています」


「じゃあ、他の所はどうなっている?」


「この浜を南に下ると根来衆がちらほら出入りしていて、浜には海賊崩れが流れ込んでいるし、山の方には流民の根城が数か所あるようで」


「ほう。お前らは土地の者か?」


「俺らは皆地元だ。外から来る悪人に抵抗している」


 と言いかけたところで、六之助がまたげんこつだ。


「我らは、織田様からこの荒れた土地の管理を任された那須資晴だ。この高師の浜の者よ、儂らに従い協力せよ。協力しないのならお前たちは今日が命日になるぞ」


「ひっ!那須の鬼に……向こうは赤井と玄妙か。ははーっ」


 頭がひれ伏した。


「恐れ入ります。この地はどうなるのでしょうか?」


「おう、良い質問だ。ここを暮らしやすく豊かにする。具体的には悪人の掃除からな」


 とギロリと見やると、


「申し訳ございません。今後まっとうに働きます。どうかお許しを」


「よし、心を入れ替えて協力しろ。お前らにも良い思いをさせてやるぞ」


 六之助がごろつき達から具体的な情報を聞き取っていった。典膳と主馬が、荒木の乱の余波で大坂湾沿いに海賊・流民が増えていることを指摘した。根来衆については今は信長軍の協力者ゆえ敵対はしないが、いずれ対立する可能性が高いとも言い添えた。


(根来衆との衝突は天正八年——あと四年足らずだ)


 流石だ。二人とも先を読んでいる。この二人は本当に頼りになると改めて実感した。



―――



 那須隊の治安維持を直勝・玄妙・主馬に任せ、賊を退治し、協力者を取り込んで地域のクリーンアップを進めた。当初一、二ヶ月の予定だったが、二十日ほどで完了した。根来衆も我らの動きを注視しており、互いに不干渉の状態を保つことで折り合いがついた。


 討伐と並行して高石神社付近に屋敷を構え、次の段階に進む。浜の船着き場整備を那須兵百名と地元の住民で取りかかった。地元警備の百名を別として、二十日過ぎから那須兵二百名に地元の人夫を動員し、約三ヶ月をかけて大坂湾に面した砂浜に桟橋と荷揚げ場を設置した。三太丸と天龍丸クラスの大型船が接岸できる水深も確保できた。


 南蛮船が入港してくれば地元の雰囲気も変わり、ここが堺のように栄えるのではと期待が膨らむ。それに引き寄せられて移住する者も増えてくるはずだ。典膳はすでに大枠の区画を考えているらしく、書き物机の上に半紙が散乱している。あの男は実に働く。


 次は、堺から高師の浜への陸送整備だ。舗装道路もどきに取りかかる距離は約一里(半刻・約四キロ)。典膳と主馬を前に、俺は書き付けを取り出した。


「これは古代ローマの舗装道路を簡易的に作る方法を記した翻訳本だ。見てくれ」


 と言って本を渡した。その内容はこうだ。


 まず放たれるのは火である。予定地の草木を一切合切焼き払い、地表の水分を飛ばして硬い地肌を剥き出しにする。次に、数万の民が蟻の列のごとく河原へ走る。職人の「切石」を待たず、自然の「河原石」を大量に運び込ませ、深い排水溝を掘り、その土を中央に盛って「かまぼこ形」の土台を作る。そこへ石と砂を厚くぶちまける。仕上げは狂乱の踏み固めだ。太鼓の音に合わせ、数千人が重い石を引きずり、地獄の底まで踏み抜く勢いで往復する。粘土と石灰を混ぜた泥を被せ、さらに叩き締める。一月後、陽光に白く光る「石の帯」が現れ、馬の蹄は高く乾いた音を立て、重い荷馬車も泥に呑まれることなく滑るように進む。


 典膳と主馬は真剣に読みふけった。


「これを堺まで作りたい。具体的な差配は任せる。できそうか?」


「南蛮の知恵ですか!戦で何十万の兵に作らせたなら、高速移動が可能になり……恐ろしい知恵だな」と主馬。


「水はけが良く、ぬからぬ工夫がすごい。大砲など重い物の移動にも楽そうだ」と典膳。


 思い思いの感想を述べ、人足次第で可能とのことになった。後は典膳に丸投げだ。


 俺の頭は内政に向いていない——後手に回りがちなのだと、最近つくづく思う。その分、こういう男たちが周りにいる。殿様の仕事は人材を動かすことだ、と誰かが言っていた。まさにその通りだと感じている。



―――



 次は船の修理用ドックを作る予定だ。九鬼嘉隆殿の船大工・善吉に連絡し、返事待ちの状態だった。俺の船運航との兼ね合いから、九鬼徳隆が今回の知行地より正式に配下に加わることになった。典膳をここの代官として置き、海軍は九鬼徳隆が指揮をとるという体制で管理する。


 大型ガレオン船が直接接岸できる場所は、大坂湾でここだけだ。浜の内陸側には小規模な倉庫を五棟、建設中だ。南蛮荷物の一時保管場所として機能させる。桟橋の増設も計画している。


「ここなら荷下ろしが一日で終わりますし、工事途中の道が完成すればここから堺までの町ができるかもしれません」と喜八が計算していた。


 そこへ今井宗久が「那須殿の浜があれば、堺の商人も使いたがるでしょう」と提案してきた。港を有料で開放することで冥加金収入を得ることになった。堺の商人も倉庫を使えるようにすることで収入の安定が図れる。


 楽市も別区画で開催することにした。高石神社の南に正規以外の商人を集め市を開く。堺の会合衆以外の新規・小規模業者、大和・摂津・山城・近江からも明や南蛮の商品に関心を寄せる者たちが集まる場となるだろう。日用の品や食品も扱う。高石神社が協力してくれると確約があった。市が立てば神社も参拝客で賑わう。


 三太丸が直接接岸できるため、南蛮船から硝石・硫黄を大量に荷下ろしして堺経由で信長様に届けるルートが完成する予定だ。国内の硝石も生産しているが、戦はまだ続く、需要も続くはずだ。


「『那須の浜を使えば火薬原料が安定して入る』という実績が知行地正当化の最大の理由になります」と典膳が言う。全くその通りだ。言われて感心する。どうも俺の頭は内政に向いていない——後手に回りがちなのだ。



―――



 そんなこんなで道が完成し、以前から頼んでいた荷車の製作大工への注文も出来上がった。今回は一頭立ての少し大きな荷台仕様だ。これを例のごろつきの頭に馬の世話込みでレンタルさせ、運送の仕事をさせている。最近仕入れたロバも活躍している。今後は二頭立ての馬車に人を乗せる、いわばタクシーの仕事も予定している。


 そんな中、信長様がやって来た。白昼、突然だ。


「良い道じゃ……安土から京まで作れ」


 え!やめてくれーと心の中で叫んだが、


「ははーっ」と返事をして、後で典膳に丸投げすることを心に決めた。


 その後、信長様から「米五郎左と話を進めよ」と言われ、米のように組織に不可欠とされた実務の天才・丹羽長秀様と協議することになった。工事の前半を共同作業し、その後は丸投げだった。丹羽長秀が設計し、穴太衆が構造を造り、羽柴秀吉が数万の民を動かして一気に踏み固める——といった一大事業になった。


 俺の書いた写本は信長様や丹羽様、穴太衆、秀吉様に渡り、今後の道づくりに役立つだろう。


 それとは別に、穴太衆戸波一族の戸波親清が訪ねてきた。


「那須殿、折り入ってご相談があります。あの簡易版の技法を見て思ったのですが、完成版もありますよね?」


 と真剣に言い寄ってくる。職人の知識欲というのは本物だ。目の色が違う。


「ありますよ。期日は約束できませんが、翻訳して写本をお渡ししましょう」


「ありがとうございます!城を築く際には我ら戸波一族、総力を挙げて取り組みます」


 と言ってくれた。さらさらと書き上げ、典膳に誤字の確認をしてもらい、写本して戸波殿に送った。


「それにしても、あの資料は参考になります。特に南蛮の城建築様式と石橋の設計図面が素晴らしかったです」と典膳が言う。


「あーしかし、日ノ本は地揺れがあるからな。厳しいかもな」と返すと、


「そう説明してましたね。まぁ、そこは戸波殿が工夫するでしょう」と典膳。


 この男は出来ることと出来ないことを即座に仕分けして、出来ないことはきっぱり他に任せる。実務家としての才は筋金入りだ。



―――



 数日後、戸波殿の使いの者がやって来て、文と刀を渡された。


「本来ならば戸波親清が参るところ、弟の戸波勘兵衛が挨拶に参りました。先日の写本に大いに感激しまして、この知恵には対価が必要と、豪の者・那須様にと、この刀を持参しました」


「これは忝い。刀はありがたく、遠慮なく頂戴いたします」


「喜んで頂き、親清も安堵しましょう。ところで、浜にて拝見しました南蛮船が荷物を運ぶ、あれはすごい物ですね」


 あー、知りたいのか。また刀をくれるつもりかな。


「あれは『滑車』の技術です。古代ギリシャ・ローマ時代から受け継がれた技術の改良版で、踏車式クレーンと言って大変便利な物ですよ」


「ほう、そんな便利な物ですか」と上目遣いで見てくる。


「図面は描けますが、使い方は実践しないと事故に繋がります。学びますか?」


「ありがとうございます!後日、私と数名で伺いたいのですがよろしいでしょうか」


 話はまとまり、戸波勘兵衛一行はしばらく滞在することになった。


 職人というのは面白い。主馬も玄妙も典膳も、知識の話になると目が変わる。俺が持ち込む「翻訳本」の一つ一つが、この時代のどこかで根を張って育っていく——そう思うと、戦の合間に紙に向かう時間も、悪くないと思えてくる。


(本能寺まで、あと二年半——)


 白い波が続く高師の浜を眺めながら、俺はそう数えた。


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