第35話 鋳よ、割るな、砲よ
鷹司邸にて、具体的な大まかな対策を九鬼嘉隆様と我らで検討していた。
「那須殿、一つ聞くが、鉄と海水ではさびるのでは?」
「そうです。鉄の上に漆を塗る加工でさび止めになるようです」
「大砲(フランキ砲)の買い付けや、国産の模造品を堺で作るために材料が必要だな」
「特にシャムからの錫の買い付けが必要だ。船はあるからポルトガル商人に頼らなくてもすむ。銅は儂の国元に足尾銅山があるし、他でも取れるだろう」
「問題は船大工だ。安宅船の船大工も足りないし、南蛮船の技能は隠匿の対象だしな」
そんな雑談混じりの会議を経て、各自が得意分野を担当して当たることとした。
俺の担当は大砲(フランキ砲)だ。輸入はポルトガル商人に任せ、国産については国友鍛冶衆(近江国)に丸投げするつもりでいる。流れとしては、マカオでフランキ砲をポルトガル商人から仕入れ、シャムで錫を買い付けて帰る、そんな段取りだ。銅については、織田家の直轄地となった但馬の生野銀山から粗銅を仕入れて製作する。
買い付けの準備のため堺へ向かい、今井宗久殿の薬屋を訪ねた。簡単な旅の段取りを話すと、
「織田様は面白いことを考えますね。うちは儲かりますからいいですけど。それと、国友鍛冶衆にも連絡しておきましたから、現物(フランキ砲)を見にここへ来ます。紹介しますよ」
「その時は頼む。船員候補は集まっているか?」
「集まってはいますが、ひも付きもおりますから」
「まぁ、そんなものだろう。新採用の予定者を面接するよ。大丈夫な者だけに調整するから」
そう言ったら、宗久殿は少し沈黙した。
それから港へ向かうと、懐かしい顔があった。船大工の善吉がガレオン船を熱心に観察していた。
「久しぶりだな、善吉」
「これは、那須様。まさか本物を細部まで拝めるとは、仰天しましたぞ」
「飽きるまで見てくれ。三隻の集合体だが本物だ」
善吉は五人連れで熱心に観察している。弟子なのか仲間なのかは知らぬが、やる気のある者が増えれば仕事の進みも変わるはずだ。
薬屋に戻り、忙しさから解放された喜八と甚内と話をしようと店内を移動していたら、ひびの入ったフランキ砲を囲む三人組と奥に宗久殿の姿があった。ああ、国友衆か、と思い、
「宗久殿、こちらが?」
「那須様、こちらが近江の国友衆の方たちです」
そう紹介された。俺は名乗った。
「那須資晴だ。殿の命でフランキ砲関係を担当している。よろしく頼む。儂はこれからシャムまで行き錫を買い付けてくる。それと、マカオで運が良ければフランキ砲を仕入れてくる」
事情を伝えると、三人が順に自己紹介をした。
【国友衆大砲組】
「儂は国友の大砲組頭、国友孫四郎です。精一杯務めます。よろしくお願いします」
この男、国友孫四郎、三十四歳、大砲組の組頭だ。
専門は砲身鋳造と内径仕上げで、青銅・鉄の両方に精通している。国友の鋳物師の三男で、兄二人が家業の鉄砲鍛造を継いだため、傍流として鋳造部門を任された。幼い頃から「変わり者」と言われ続けてきた。
寡黙で不愛想。職人仲間の飲み会には顔を出さず、仕事の段取りを一人で考え込む癖がある。指示を待たず勝手に改良を試みるため、上から煙たがられる。
強みは砲身の内径精度への異常なこだわりだ。「火薬の逃げ」を感覚で読み、失敗した砲を見ればどこが割れたか即座に分かる。ただし説明が下手で、なぜそうするかを他人に伝えられない。結果として「理屈をこねる面倒な男」と思われがちだ。
妻はさよ(二十九歳)、息子は鶴松(七歳)。さよは元堺商人の娘で口が達者。孫四郎の不愛想を補うように近所付き合いをこなす。鶴松には「お前は職人にならなくていい」と口癖のように言っている。
鉄甲船用の大砲製造を「お前しかおらん」と押し付けられ、一度は断ったが、今井宗久殿からの正式な依頼と知って引き受けた。内心では「面白い仕事だ」と思っているが、それを誰にも言わない。
次は辻弥兵衛、三十八歳、大砲組の鍛冶担当だ。
専門は子砲(後装薬室)の鍛造と嵌合調整。国友の中堅鍛冶師で腕は確かだが出世欲がなく、棟梁候補から外れた。大砲組への配属は「左遷に近い扱い」と本人も半ば自覚している。
表向き陽気で話し好きだが、その実、物事を斜めに見る皮肉屋だ。孫四郎のことを「変人だが腕は本物」と認めており、二人の間には奇妙な信頼関係がある。仕事中は愚痴が多いが、手は止めない。
子砲と母砲の勘合精度——隙間なくはまるよう寸法を合わせる作業——が群を抜いて巧い。「手の感覚」で数十分の一寸のズレを読む。ただし新しいやり方を素直に取り入れない。孫四郎が改良案を出すたびに「また面倒なことを」と最初は反対する。
妻に先立たれ、娘二人を育てている。娘たちの縁談を心配しており、仕事終わりにそればかり話す。
最後は市川源次、二十六歳、大砲組の見習い兼雑用だ。
専門は修業中で、火薬の計量・砲架の木工・試射補助が主な仕事だ。国友の外から流れてきた流れ職人で、堺で少し南蛮人の通訳をした経験があり、フランキ砲の実物を見たことがある唯一の人物だ。それだけを買われて大砲組に入れられた。
要領がよく愛嬌がある。誰とでもすぐ打ち解けるが、深く付き合おうとしない軽さがある。孫四郎のことを最初は「怖い人」と思っていたが、仕事ぶりを見て密かに尊敬し始めている。
南蛮語(ポルトガル語)の単語を少し知っており、実物のフランキ砲の構造を「見た目で」知っている。これが設計の出発点として組に貢献している。鍛冶の腕は平均以下で、基礎訓練を怠ってきたツケが随所に出るが、観察眼は鋭い。
独身。国友に腰を落ち着けるつもりはなく、いつか堺に戻りたいと思っている。孫四郎の妻・さよとは兄妹のように気が合い、息子の鶴松に懐かれている。
【孫四郎の視点】
数日前、組頭に呼ばれた。
「難しい仕事が舞い込んだ。織田様関係の依頼で、あまり時間がない上に割れない物を作ってくれとな。この仕事ができるのはお前だと俺は思う。下に二人つける。期日までに、指定された大砲を作ってくれ、頼むぞ孫四郎」
俺は怒り気味に断った。
「なぜ俺が。鉄砲と大砲は別の仕事だ。俺には荷が重い」
しかし今井宗久殿から直接お願いされ、了承した。青銅になれば耐久性が違う。割れた大砲が見本としてあるから見学に来てみたらどうか、と言われ、そのポルトガルの大砲を見たくなった。
我ら三人は薬屋を訪ねた。早速、現物を見る。想像していたものとは全く違った。火縄銃の延長ではない、別物だった。俺は静かに興奮した。
そこへ、一人の武将が声を掛けてきた。見るのは初めてだが、俺は知っている。鉄砲に負けない弓使いで、那須の鬼と言われる御仁だ。大砲の責任者として、自らシャムまで行く男だという。
見本を持ち帰り、徹底的に研究した。
我ら三人はそれぞれの理由で「余り物」として大砲組に集められた。俺は変人扱い、弥兵衛は左遷扱い、源次は出所不明の余所者。誰も望んでこの組にいなかった。それがかえって機能する。俺が設計して黙って進める。弥兵衛が「それは無理だ」と文句を言いながら手を動かす。源次が「南蛮のやつはここがこう違いましたよ」と口を挟む——この三角形が、国友の正規の鉄砲工房にはできない「前例のない仕事」を動かす原動力になっていったのだと、今になって思う。
俺は無口な職人だが、家に帰ると気の張りから解放される。妻のさよに一日のことを静かに話す。息子の鶴松が「父ちゃん! 何作ってるの」と無邪気に聞いてくる。
「でかい鉄砲だ」
「ふーん。すごい! 父ちゃん、すごい!」
たわいもない会話が、明日のやる気につながる。
数か月後、試行錯誤を繰り返して模倣品が完成した。ところが試射で砲身が割れた。見た目は同じでも、結果はこれだ。自分の読みが外れたことへの衝撃は計り知れない。時間の浪費を悔やみながら、割れた砲身の破片を拾って断面を見る。気泡の跡がある。
「巣だ」
思わず呟いた。弥兵衛が「鋳込みが早すぎたんじゃないか」と言う。俺は答えなかったが、「んー」と言って沈黙した。
夜、家に帰って鶴松が寝てから、さよに「また最初からだ」とだけ言う。さよは何も言わず、飯を温め直した。鶴松に格好のつかない父親だ、と思う。
二度目の試射では砲身は割れなかったが、子砲の接合部からガスが漏れた。弥兵衛の担当箇所だった。弥兵衛は黙って次の子砲を取り出し、一人で磨き始めた。俺はそれを見て何も言わなかった——それが「責めていない」というサインだと、弥兵衛は長年の勘で分かったはずだ。
那須様が錫を持ってきて、仕上がりを聞いてくる。状況を説明するとき、緊張して冷や汗が流れた。錫の他に、未使用に近い状態のフランキ砲を持ってきて「参考にするように」と置いていってくれた。それとデーツもいただいた。
「甘いぞ。家族で食べな」
激怒されるかと思ったが、そのような素振りは微塵も見せなかった。
三度目に撃って割れなかったとき、源次が小さく「やった」と言った。俺は何も言わなかった。ただ砲口を覗き込んで、内径の傷を指でなぞっていた。
まだまだ改良の余地はある。しかし鉄甲船に載せられる大砲が、ようやくできた。那須様も安堵されることだろう。初めに「南蛮製でも使えば割れるのだから、割れにくくするのは難儀だろう」と言ってくれたことが、肩の力を抜かせてくれた。それが今につながっていると思う。
余談だが、那須様が訪ねてくれる際のデーツの土産を、さよと鶴松は心待ちにしている。
俺は船に乗ることも、戦場を見ることもない。ただ「割れるなよ」とだけ思う。




