第32話 頭領、最後の夜
【山賊の屋敷】
近場の仕事なら昼過ぎには帰ってくるはずが、今日はいつもより時間が掛かっているようだ。なんせ、クウェートの小国の血筋の娘を連れてこいと命じてある。抵抗されると思い、いつもより多い人数で向かわせた。たかが集金の仕事も満足にできないのか、ボンクラめ。
俺様もイラクの部族長の血筋だ。釣り合いが取れていると思うのだが、あの娘はお高くとまりやがる。俺だって、ここまで来るのに時間がかかった。帝国の支配を嫌って、多少の財産を持って部族ごと逃げてきたのだが、生きるために略奪するしかなかった。初めは二十人だったが、年々イラクから俺を頼って仲間が増えてきた。子供だった俺が親父から部族長を譲られる頃には二百人を超え、村の人口の倍になっていた。全て親父と俺の力だ。今では近隣の悪党も加わり、五百人になる。我ながら大したものだと思う。
それにしても遅い。……ん? 何か外が騒がしい。
「大変です。村人が井戸にネズミがどーのこーのと騒いで、パニックになっています」
「井戸! 詳しく調べてこい!」
手下に命じてしばらくすると、報告が入った。
「どうも、井戸に死んだネズミを放り込んで逃げた者がいるようで、井戸が汚れて使えないと騒いでいる様子です」
「全ての井戸がやられたのか」
「いえ、外側の村の井戸が中心で、この辺りは無事です」
「念のため、この辺りの井戸も調べろ」
そう命じてから数時間後、村人の代表が水を分けてくれと訪ねてきた。手下に分け与えるよう指示して、ひとまず混乱は収まった。
「頭領、お話があります」
「今度はなんだ」
「集金に向かった者たちが襲われたようです。生き残りが帰ってきましたが、数日以内にポルトガル兵がここを襲撃するらしいとのことです。浜に上陸して一連の被害を調べている先遣隊と、今回の集金団が鉢合わせした様子で、本隊が間もなく到着するとのことです。兵の中から数人が逃げ出しています」
「何だと、俺が向かう」
俺は部族の幹部を招集して、檄を飛ばした。
「逃げる者は使えない。残る者は抗戦の意識を高めろ。見張りを強化して、敵が多ければゲリラ戦を仕掛ける。それ以外はいつもの様に叩き潰す。以上だ」
戦力の減りを調べさせたが、報告が来た頃には日が暮れていた。現在、二割減で戦力は四百弱。ぜい肉がそぎ落とされた良い軍団というところか、と自らに言い聞かせた。
深夜、熟睡はしていなかったが、激しい音で目が覚めた。武器を取り、音の方向へ向かう。村に近い北の兵舎が夜襲されている。急いで向かうと、兵たちが寝たまま遣られた様子だ。周囲の警戒強化を指示し、状況の報告を待つ。どうやら本隊到着までの間、別働隊による攪乱作戦らしい。数は少ないはずだ。今夜は警戒をさらに強化して、朝にネズミどもの捜索隊を三十から五十名ほど派遣し、見つけ次第包囲して殲滅する。
手下に早朝からの作戦を指示して、朝まで体を休めた。
まだ日が昇っていないが目が覚め、手下を呼んで昨夜の報告を聞いた。二十三名死亡、四十名が重症、二十五名が軽傷、脱走が三十八名。最悪だ。またも全体の三割減だ。とにかく偵察を徹底させ、決して単独で戦うなと厳命した。
深夜、偵察に出した三部隊が帰ってこない。殺されたな。あれほど単独で戦うなと伝えたのだが、戦いの血が騒ぐ我らの性が、理性を上回ってしまう民族だ。三十名の犠牲が出た。三方向に出して全滅か、あるいは敵部隊が集まって仕留めたのか。守りを固めるしかない。いずれにせよ、高台に簡易砦を作り、見張りを強化させよう。
「頭領、お話があります」
「なんだ!」
「井戸の水が足りません。村全体がこの地区の水を使っているせいで、満足に使えないと不満が出ています」
「今は非常事態だ。節水に心がけろと言っておけ」
深夜、激しい物音で目が覚めた。俺の部屋が襲撃されている。裏口から外へ飛び出し、手下に警戒を呼びかけた。
「近くに居るぞ、警戒しろ」
パタ、パタ、パタ……と、俺の左右と前に立っていた手下が次々と音もなく倒れた。俺を狙っている。頭を低くして建物の中へ駆け込んだ。それからは一睡もできなかった。
今まで味わったことのない恐怖が全身を包み、体から冷や汗が流れ、喉が渇いて水を大量に飲んだ。そして今の状況を冷静に分析した。計画的に攻撃されている。邪教徒のおぞましい作戦だ。俺は神に祈った。
「我に勝利を」
朝になった。
「頭領、お話があります」
「何だ」
「昨夜の襲撃で南の兵舎が遣られ、二十三名死亡、二十名が重症、五十五名が軽傷、脱走が五十二名です。現在、戦える者は百四十名ほどです。ポルトガル兵の大軍を目にしたら、大半が逃走するかと思われます」
「……分かった。下がれ」
俺は考えた。戦うか、逃げるか、降伏するか——。
「ドゴォンッ!」
爆音が響いた。慌てて外に飛び出ると、兵が数十名倒れている。そして次の瞬間、俺に向かって再び「ドゴォンッ!」と爆音が迫った。旋回砲だと分かっていたので、砲身がこちらへ向いた瞬間に部屋へ飛び込んだ。巻き添えで数名がやられたと思う。
裏へ回って逃げ出した。村では兵たちが戦闘を繰り広げている。俺は戦闘を回避しながら一軒の村人の家のドアへ手をかけた——その瞬間、矢が俺の頬を掠めてドアに突き刺さった。
後ろを振り返る。
俺の目の前に、次の矢がゆっくりと迫ってきた……。
【那須資晴の視点に戻る】
ここ数日、主馬の指示に従い、えげつない作戦行動をとり続けた。俺が化け物だの鬼だのと言われているが、俺なんか可愛いものだ。主馬は悪魔だな。一般の兵を強兵に変え、魔術も使わずに人の心に恐怖を刻み込む。もし敵だったら、真っ先に殺さねばならない相手だ。
旋回砲の二発で三十名ほどが逃げた。残りを指示通りに削っていく。俺、直勝、玄妙と勘右衛門、そして九鬼の水軍衆が漏れを打ち取る。
最後は山賊数名が村人を人質に取って抵抗している。俺は宣言した。
「人質が死のうと関係ない。旋回砲を向けて撃て」
九鬼衆が砲身を向け、火縄に火を移すそぶりを見せると、山賊たちは武器を捨てて手を上げた。
「撃つな! 降参だ! 助けてくれ!」
泣きを入れてきたが、俺は静かに近づき、一閃した。
それから人質の親子に声を掛けた。
「村の代表者を呼んできてください」
しばらく待つと、おどおどした様子で男が現れた。
「私が村の代表です。何か御用ですか?」
「ここにいる山賊は退治した。ただ、他に隠れている者がいないか、村人たちで確認してくれ。それと、他の村から連れてこられた者を集めてほしい」
男は不安な表情を浮かべながらも、指示に従った。六之助が頭領の部屋から出てきて、お宝をひとまとめにしてくれた。
やがて村長が拉致されていた者たちを連れて戻り、建物の中には誰も隠れていないと報告した。俺は金貨の一割を井戸を汚したお詫びとして渡し、連れてこられた村人たちに告げた。
「山賊は退治した。お前たちは自由だ」
そう宣言して解散させた。最後に村長へ言い添えた。
「逃げ出した山賊が戻るかどうかは分からんが、脅しを入れてあるから寄り付くまい。それと、死体の処理を頼む。剣など金になる物もあるからな」
「分かりました。……これから自由ですか?」
念を押すように聞いてきたので、俺は答えた。
「好きに暮らせ。お前らは自由だ」
そう言い残し、ドバイ・クリークへ向かった。
ぞろぞろと村を抜け、船を目指してメインの道を進む。途中で爺さんとお嬢様が出迎えてくれた。
「山賊を退治してきました。これで少しは安全になるでしょう」
そう話すと、お嬢様は深く頭を下げた。
「私を助けていただき、そして山賊の退治まで……ありがとうございます。何もお返しできる物のない貧しい村ですが、せめてこれをお持ちください」
差し出されたのは羊皮紙だった。
「宝の地図ですか?」
冗談のつもりで言ったら、お嬢様は真顔で答えた。
「そうです」
「……本当に?」
「これは我が一族がクウェートからこちらへ向かう途中、豪雨で宝物を乗せた船が沈んだ場所です。その嵐で一族に連なる者たちや兵士など、全ての財産が飲み込まれました。残った三隻の者たちでこの村を開拓したのです」
深刻な話だった。俺は地図を見てだいたいの地点を推測しながら、口を開いた。
「お嬢様、俺たちでその船を探してもいいが、そこの爺さんと一緒に探さないか。もし見つかったら山分けでどうだ? 面白そうだろ」
お嬢様はびっくりした様子だったが、爺さんはのり乗り気で言った。
「これは良い提案です!」
「爺、見つからないかもしれないんだぞ」
「いいえ、私が青年の頃の記憶は確かです」
仲間たちに話すと、皆すぐに飲み込んだ。海賊退治と宝探しと冒険——その図式がすでに頭に刻み込まれているのだろう、理解が早い。少し寂しそうにしていたお嬢様も、人生観が変わるかもしれない。
爺さんに半ば強引に腕を引かれたお嬢様は、やがて観念したように船に乗り込んだ。こうして我らはクウェート方面へと舳先を向けるのだった。




