第31話 砂漠に転がる、五百の骸
椅子に腰かけ意気消沈している村長らしき人物に声を掛ける。
「この漁村の村長か?」
問いかけると、男はゆっくりとこちらを向いた。
「あーそーだ。与える物はない、何もないんだ、何も……儂らを見捨てて、お前らも帰るんだろ」
酷く落ち込んでいた。
「山賊の事で聞きたい」
「ケッ、お前らじゃ無理だ!」
「どんな山賊か知っている様だな」
「知ってどうする。犬死するだけだ。砂漠で奴らには敵わん。奴らは定期的にやってきて財産を奪っていく、他の村でも同じじゃ」
「それは興味深い。少しずつ分かっている事を教えてくれないか?」
「無駄だ」
「そこをなんとか頼む」
誘導の術をかけながらお願いした。男はしばらく押し黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「儂の村に来るのは年に一度くらいだ。この村の一月の稼ぎか、それに同等の物——人を含めて——奪っていく。奴らは五十以上の人数でやってきて、儂に『いつもの様にここに集めろ』と金品を要求してくる。今回は村の若者が反抗して争いになった。見せしめに金と村の若い女を連れていかれた。ほら、あそこに反抗した馬鹿が埋葬されている」
そう言って手で示し、暗い目でこちらを見つめた。
「砂漠の方に拠点があるのか?」
「あー、オアシスがある。アル・アウィールと言って、我ら同じ部族の領域だった。井戸を中心とした農耕地が広がり、のどかで平和な村だった。奴らが移り住むまではな」
「奴らとは、山賊か」
「そーだ。イラクの部族でオスマン帝国の支配から逃げてきた連中だ。クウェートから逃げてきた部族もいるが、何もない海岸を開拓して定住した無害な奴もいるというのに」
どの国も同じような事情があるものだと思いながら、持ってきた海岸線の地図を村長の前に広げた。
「村長! ここがこの村だ。他の村や山賊の位置を指差してくれるか」
村長は地図をのぞき込み、十五の村の位置と山賊の拠点を次々と指差した。俺はそこに名前と簡単な詳細を書き込み、聞き取りを終えて帰ろうとした。
「やめとけ、奴らは五百の兵がいるぞ」
背中に声がかかった。俺は振り返り、笑顔で答えた。
「情報の提供、ありがとうございました」
そう言って別れ、主馬たちとの協議を始めた。
「さて、この地図を見てくれ」
村長から得た情報を皆と共有し、主馬の頭脳を存分に披露してもらうことにした。
主馬は地図をじっと見つめ、やがて静かに口を開いた。
「オアシスの偵察をして、敵の正確な兵力と配置を知りたい。これは六之助が担当してくれ。出来れば山賊を一人捕らえてもらいたい。那須様には、村長に山賊がどんな順番で村を襲っているかを聞いてきてもらいたい。儂の予想では山賊は海を除いて、陸地で領主の仕事をしている。順番に年貢を回収する役人のようなものだろう。次の回収先が分かれば先回りか待ち伏せで、五十前後の山賊を倒すか戦闘不能にして戦力を低下させる。追撃部隊の規模に応じて、百以上なら陽動、五十なら奇襲といった形で対応しましょう。儂の予想ではオアシスは村人が人質状態で、万が一に備えた人間の盾になるかと。目的が山賊退治である以上、非常な事ではありますが、住民の犠牲はやむを得まい。井戸に毒を盛る、夜襲をかける、少数が大軍に見せかける陽動、山賊内部の分裂を煽る——まずは拠点の偵察から始まります。地図で見ると拠点まで半日もかからない。毎日襲撃しても数か所は残るという計算だ」
主馬はすらすらと話し終えた。六之助が懐から海賊から奪った奇妙な両眼鏡を取り出す。
「明るいうちに、観察してきます」
そう言って単身外へ出ていった。
「主馬、お前いつもそんな事を考えているのか? えげつない作戦だが、しかし毒など無いぞ」
「毒薬は必要ありません。人が毒だと思えば良いのです。例えば井戸の中に動物の死骸が浮いていた、とかです。気味が悪いからその日の水は避ける。それだけで肉体と気分に影響が出ます。あるいは下剤の効果があるセンナを刻んで井戸に沈め、腹を緩くする。それだけでも違います。要は戦える者を少なくするため、一割減を狙う作戦ですよ。まぁ、これは今回の規模の話で、万単位になれば別の手を考えます。上役には理解されずに採用された試しはないですが」
この男、まだ引き出しがいくつもありそうだ。
その後、村長をもう一度訪ね、山賊がどんな順番で村を襲っているかを聞き出し、主馬に伝えた。
「ここですね!」
主馬が地図を指差した。シャールジャとドバイ・クリークだ。
「距離はオアシスから同じくらいで、二か所とも拠点に近い。ここが最後の地点だね。予想はドバイ・クリーク。ここからだとジュメイラに寄ってからドバイ・クリークへ、という流れかな」
歩いてもさほど遠い距離ではない。
「我らだけ歩いてシャールジャからドバイ・クリークに向かい、船はドバイ・クリークに直接向かわせるのが順当かもしれない。船で動くと目立つし、警戒される」
主馬がそう結論づけると、皆も納得した。六之助を待つこと半刻余り、小走りで戻ってきた。
「砂地の奥に、そこだけ木が生えている地区があります。塀はなく見通しの良い場所です。木はおそらく計画的に植えたナツメヤシで、乾燥デーツの栽培かと。低い丘があり、そこが一番高い場所で、隠れたり監視したりするのに使われているようです。それから、殿から聞いた毒蛇やサソリ、毒グモも出ます」
六之助がこれからの行動を聞き、喜八とルイスを船に戻らせてドバイ・クリークへ向かわせた。我らは少数でシャールジャを目指した。
日が暮れる前に到着し、荒らされた村を目にする。今日、村は襲われた様子で、村人に話を聞くと「朝来て金を持って昼前に帰った」と淡々と答えた。村長らしき人物がいたので話しかけた。
「お前ら山賊か。ならもう渡したから帰ってくれ。日に二度も来るのか。畜生。俺にかまうな」
「私らは山賊ではない。見た目で分からないか?」
「んー、違うようだな。して、何の用だ、忙しんだよ」
「海にいるポルトガル船は助けてくれないのか?」
「あー、奴らは海専門だ。陸には来ないし、助けも求めない」
「明日は向こうの村に山賊が来そうか?」
「多分な」
「ここに宿はあるか?」
「外の者に貸す宿は無い」
「村長、あんたの家で休ませてくれないか?」
誘導の術を使いながら尋ねると、「村長として、お前達を泊める」と言って家で休む事ができた。
夜明け前、村長に金貨を渡すと、金色の輝きに反応してニタッと笑い、俺たちを送り出した。そのままドバイ・クリークへ向かった。
明るくなる頃にドバイ・クリーク付近に到着した。すると前方を山賊の集団が通り過ぎるのが目に入った。どうやら待ち伏せは失敗したようだ。作戦を変更し、金品を回収して油断しながら帰る山賊を襲撃する手筈に切り替えた。各自が配置に就き、主馬の合図を待つ。一番良いタイミングで指示を出すと言うので、任せることにした。
半刻後、村の入口から山賊が出て来た。初老の老人が「お嬢様だけはお許しを——」と山賊に縋り付いたが、蹴られて地面にうつ伏せに倒れ、「お嬢様ー!」と声を震わせて叫んでいる。だが無視され、列はアジトへ向かっていく。
山賊の一団がちょうど罠の位置に差し掛かったところで、主馬の一の合図が鳴った。直勝が先頭へ急に飛び出し、なで斬りにしていく。仲間が次々と斬り倒されて驚き慌てた山賊たちが剣を構えるが、お構いなしに切り込んでいく。あまりの勢いに怯んで逃げ出したところで二の合図。玄妙と勘右衛門が飛び出した。逃げようと向いた方向から玄妙の薙刀が目の前に迫る。一振りで数人が斬り裂かれた。強力な暴力の前に山賊たちが後退し、村に向かって逃げ戻ってくる。そこで三の合図が鳴り、俺が飛び出した。
一の合図を聞いて船から駆けつけた兵たちが俺の背後に配置され、後ろを固める。直勝が三割を倒した。玄妙と勘右衛門が一割。俺と後詰の兵で一割弱を倒した。六之助はどさくさに紛れて人質を救出していた。残りの山賊は散り散りに逃げ去っていった。
俺は無傷で捕まえた山賊三人に向かって言い放った。
「これから数日後、ポルトガル兵が上陸する。命の惜しい奴は今からオスマン帝国まで逃げろ。アジトの仲間にも知らせろ。さもなくば、奴らのようになるぞ」
そう言って、死体の山を指差した。
倒れてぼろぼろになった老人を起こし、「立って歩けるか」と聞くと「なんとか」と答えた。六之助が娘を老人の方へ連れてきた。
「爺、大丈夫か?」
「おー、なんということでしょう、お嬢様。ご無事で……貴方たちが助けてくれたのですか?」
お前、見ていなかったのかと思ったが、「いかにも」と答えた。
「これから山賊討伐がある。これで失礼する。本船がクリークに停泊しているが、不審に思わないでくれ」
そう言って山賊のアジトの方へ足を向けかけると、後ろからお嬢様の声が掛かった。
「あの、御武運を」
軽く礼をしてその場を離れた。六之助は村から奪われた金品をお嬢様に返してから、別行動でオアシスへ向かった。この村はクウェートから逃げてきた部族だと聞いている。お嬢様と呼ばれ、上品な雰囲気は地元の部族とは明らかに異なる。部族長の家の者だろうと想像した。
六之助は事前にオアシスへ侵入し、井戸の場所と見張りの位置、民間人と山賊の根城を把握していた。九鬼の者を数名連れ、井戸にネズミの死骸を数か所に投入した。民間人に見つかるよう、わざとらしく井戸にネズミを放り込んで逃げ去るという手筈だ。砂漠で水の貴重な井戸、果たしてどうなるか。
一刻後、六之助たちが戻ってきた。
「井戸のネズミに気が付いて大騒ぎでした」
報告を受けて主馬が口を開く。
「これからあの山賊がどう動くか。今すぐ撃って出るか、夜襲か、朝まで待つか、それとも動かぬか。どのみち今動けば待ち伏せして弱いところを叩く。出てこなければ夜襲して戦力を削る」
少数で大軍を叩くのは忍耐と時間が要るが、主馬は直勝を数十名分の戦力として計算し、作戦を立てていた。俺や玄妙、勘右衛門も同じだ。今回も的確に動いたことで、数倍の効果が出ていた。
気が付くと、主馬の顔が至高の料理を味わうような満足げな表情になっていた。細めた目で笑うその顔に、思わずぞくりとした。




