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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第25話 丹波路、鬼の笑う頃




 勘右衛門と六之助、そして弥四郎を連れてルイスの所へやってきた。

 ロレンソが俺の姿を認めると、ふっとその表情を曇らせる。盲目とはいえ、彼は俺の気配——いや、声に反応して、何事かを察したようだった。

 ルイスは当初、分け前の受け取りを頑なに拒んでいたが、帰国してから「喜捨」という形をとることで、ようやく受け取ってもらうことができた。

「弥四郎殿に守られてばかりで、私は何一つ役に立ちませんでしたから……」

 ルイスがそうこぼしたことが、分け前を辞退しようとした理由だった。


「ルイスは多くの魂のために祈ってくれたではないか。それだけで十分な働きだと思うぞ。それに、お前が居てくれなければ、船長たちポルトガル人との絆を築くことも出来なかった。本当にありがたいと思っている」

 俺がそう言葉をかけると、彼は「ああ、そうでした」と顔を上げた。

「思い出しましたよ。イスラムの戦死者のために祈った時は、実になんとも爽快な気分でした。我が神に召され、天国へ向かったのですから」

 にこやかに語る彼を見て、宗教というものの根深い闇を、ふと垣間見た気がした。


 ルイスの元を辞して、次に向かったのは堺だ。

 今井宗久殿の屋敷を訪ねると、幸いにも在宅であったため、前回のお礼を伝えつつ「プレゼン」の後の反応を伺ってみた。宗久殿は何度か信長公に呼び出され、献上品の詳細を確かめたり、論功行賞に向けた打ち合わせを重ねたりしたらしい。

「あやつは『この絶妙の間合いで、これほどの宝が出てくるとは。実に天晴れである』と褒めておられましたぞ」

 領地を軽々しく与えるわけにはいかないが、それに匹敵する名物は実に貴重だ、とも仰っていたという。

 その話を聞いて、「俺は領地よりも、次の戦いが欲しいんだがな」と独り言を漏らすと、隣で勘右衛門が少し引いていた。


 それから、港へと足を運んだ。

 あいにく船は九鬼の領地まで航行訓練に出払っており、戻るまでにはしばらくかかるらしい。

 代わりに応対してくれた船大工の善吉が、完成した二枚の図面を見せてくれた。新型と旧型の図面だ。

「おお、完成したか。新型は難儀しただろう。目視した記憶だけが頼りだったからな」

「図面は引けましたがね、これを作る大工が足りないんで、どうにもなりませんや」

 善吉がぼやくのも無理はない。和船とは勝手が違うし、資金の出どころの問題もある。何より、造ったところで動かせる船乗りがいなければ、ただ港に浮かぶだけの飾り物だ。


 思案していると、善吉が声を潜めた。

「それに、織田様からは『人選に留意し、隠匿せよ』との命を受けております」

「それが一番だな。当面は九鬼家の極秘事項として進めるしかない。そういえば船長が、『小型船を造って修練にする』と言っていたな。たしか小型のダウ船ほどの大きさだとか。それで新人の船乗りを鍛えるつもりらしい」

「ほう、それは名案だ! 小型のダウ船サイズですか。組み立てと解体を繰り返せば、技術も自ずと身につく。人手も、金も、時間も節約できる。南蛮船の大きさでは人手が足りないが、小型なら今の人数でもなんとかなりましょう。……よし、先が見えてきたぞ」


 善吉は言葉を弾ませ、ひとつ先が開けた顔をしていた。

 その後、堺で数日を過ごしながら、摂津や波多野氏にまつわる噂を拾い集めた。

 摂津はほぼ荒木村重が掌握しており、まさに権勢の盛りといえる。織田軍でも有能な人物とは聞いているが、噂によれば戦略家・行政官として勇猛果敢な一方、計算高く、猜疑心が非常に強いという。

「頭が切れて勇猛、だが疑り深い……か」

 そういう御仁とは、どうにも気安くなれそうにない。会うことになっても、挨拶ひとつで退散するのが吉だろう。ただ、茶の湯を愛する文化人という顔もあるようで、堺の会合衆との繋がりも深そうだ。荒木殿が摂津を統一したことで、三好の残党は丹波へと逃げ延びたという。


 波多野氏については、不穏な噂が絶えなかった。

「亀岡で襲撃があり、国人が死んだが後継者がおらず揉めている」

「世継ぎが謎の麻痺で寝たきりらしい」

「亀岡は波多野氏が統治する」「いや、波多野が山賊を裏で操っている」

「京の奉行所から、丹波方面への通行注意喚起が出された」

 これらの噂を耳にして、六之助と弥四郎が不安げに俺の顔を窺った。

「妙に具体的な噂が流れているな」

 俺はそう言って軽く受け流した。すると六之助が口を開く。

「今、『赤鬼』について調べています」

「丹波の赤鬼か。赤井直正——いや、悪右衛門と呼ぶほうが正しいのかもしれんが、そいつは面白くなりそうだ」

 畿内でも名の知れた猛者の名に、胸の奥がほのかに騒いだ。


「那須様、船が戻ってまいりました!」

 報告を受け、俺たちは港へと向かった。

 談笑しながらゆっくりと近づいてくるのは『サンタ・ヴィトリア号』だ。地元では親しみを込めて『三太丸』と呼ばれている。「三」は「満つ」「成る」を象徴する縁起の良い数字だというのがその理由らしい。

 視線を右奥に転じると、護衛に守られた人物が、同じように船を眺めていた。今は無視を決め込み、船に近づいて九鬼殿を見つけると、右手を上げて声をかけた。

「九鬼殿、ご苦労様です!」

 九鬼殿もこちらに気づき、「これは那須殿、お出迎え痛み入ります」と顔を綻ばせた。


 接岸した船の上で、九鬼殿と短い会話を交わした。

「那須殿、あちらに荒木村重殿が見えておりますぞ」

「そうですか。……では、ご挨拶だけでも」

 九鬼殿に連れ立ち、あらかじめ決めておいた社交辞令を手短に済ませると、早々にその場を後にした。

「いずれまた、茶会でも」と誘われはしたが、今の彼にそんな猶予は残されていまい——と、俺は心の中でひっそり思った。


 茶会という言葉で、磁器職人の馬仲のことを思い出した。

 翌朝一番で彼の元を訪ねると、久しぶりに再会した馬仲は、すっかり日の本の言葉が上達していた。

 生活にも不自由していないようで、馬仲はニヤリと小指を立てて見せた。

「これ(女房)に教えてもらって、今はもうペラペラよ」

 得意げな自慢が口をつく。会合衆の紹介で娶った二人の妻と数人の弟子を抱え、工房は活気づいているようだった。

 俺は、昨日出会った荒木殿への贈り物として、出来の良い品を三点選んだ。それを織田長益様配下の者へ預け、文を添えて届けてもらうよう手配した。



 数日後、荒木殿から丁寧なお礼の文が届き、それからは度重なる茶会の誘いを受けるようになった。

 実は事前に、勘右衛門から「荒木様は殿のことを、挨拶もしない無礼者で、南蛮品の一つも献上しないケチ野郎だと吹聴しています」と報告を受けていたのだ。あの贈り物は、その対策として打った手だった。

 勘右衛門の奪口術のおかげで、余計な敵を作らずに済んで胸を撫で下ろす。感謝の印として、馬仲の店でいくつか品を買い、皆に分け与えてやった。


 そんな折、六之助が「赤鬼」に関する新しい話を持ってきた。

 事の起こりは、赤井ら国人衆による丹後商人の襲撃事件だった。今や赤井家の支配は丹波から若狭まで及び、若狭武田氏との衝突による領地押領も多発しているという。波多野氏ゆかりの亀岡についても、赤井氏が以前から支援していた山城隣接の国人衆への援助は今なお続いているようだ。

 彼らは水面下で不穏な動きを見せ、暗躍している。この連中の繋がりを辿れば、足利義昭を筆頭とした「反織田連合」に行き着く。

 山賊の正体が反織田勢力であるならば、これを叩く大義名分は十分にある。丹波の黒井城攻略まではまだ考えないが、まずは周山街道の堀越峠周辺を目指すことにした。このあたりは反織田派の国人が割拠する地だが、降りかかる火の粉は振り払わねばなるまい。


 今回も有志を募り、志願した二十名に勘右衛門、六之助、弥四郎を加えて堀越峠を目指す。

 美山を過ぎると、道のりは林の中を縫う細く暗い山道となった。見通しの悪い曲がり角の先に、十名に満たない集団が固まっているのが見えた。だが、こちらを窺うだけで動く気配がないため、ひとまずそのまま通り過ぎる。

 おそらくこちらの人数を測っていたのだろう。無謀な賭けはしない連中のようだ。

 俺は音もなくハンドサインを出し、手はず通りにその集団を挟み撃ちにした。

「武器を捨てろ。お前たちに逃げ場はないぞ」

 低く圧しつけるように声をかけると、彼らは気圧されたように次々と武器を捨てて立ち上がった。

「抵抗しなければ命は取らん」

 二度目の言葉を発すると、全員が完全に投降した。

「俺たちは山賊退治にやってきた者だ。お前たちはどこの手の者だ?」

 問いかけに対し、彼らはしばらく黙秘を貫こうとしたが、重ねて問いただすとようやく口を開いた。地元の小国人の配下で、副業として山賊まがいのことをしているのだという。

「……次は殺す。失せろ」

 身勝手な言い分に冷たく言い放ち、ついでに「武器に触れると全身が震えだす」という暗示をかけて放逐した。解放された彼らは慌てて武器を回収しようとしたが、触れた途端に全員が奇声を上げてガタガタと震えだした。


 峠は少しきつい上り坂で、頂上を越えると緩やかな下りになる。待ち伏せにうってつけの、見通しの悪い場所で集団の気配を捉えた。

 二十人と十人の二手に分かれ、道の左右に陣取っている。

 俺は荷車を少し離し、弥四郎に指示を飛ばした。

「左の多い方を頼む。守りを固めながら進め」

 俺自身は人数の少ない方へ——ただし、ひときわ強い覇気を放つ男がいる側だ。

 音もなく地を蹴り、目標へ肉薄する。勘右衛門と六之助が後に続くが、俺の速度にはついてこれない。

 間合いに入ると、その男は鋭く反応した。

「敵だ! 向かってくるぞ!」

 勘が良い。俺はこういう「動ける」武芸者が好きだ。敵味方を問わず、言葉を超えて通じ合うものがある。


 向かってくる武者たちを次々となぎ倒し、四人目を伏せたその瞬間、死角から避けようのない一撃が放たれた。

 俺は思わずニヤリと笑った。金属製の小手で刀の側面を弾き上げると、そのまま手首の関節を極めて刀を奪い取り、男を投げ飛ばす。奪った刀との二刀流で、残りの武者たちも瞬く間に制圧していった。

 最後に、倒れた男の喉元へ刀を突きつける。

「参ったか?」

「……殺せ」

 男は短く、潔く答えた。遅れて到着した勘右衛門と六之助が、その男を縄で縛り上げる。


 俺はそのまま弥四郎の方へ加勢に向かった。

 あちらは互角の攻防が続いており、一進一退の状況だった。

「刀を引け! お前たちの主は捕らえた。降参しろ!」

「うるせえ、若造が! 若が負けるはずがなかろう!」

 敵の兵が怒鳴り返してくる。

「では、これに見覚えはあるか?」

 俺が奪った刀を見せると、兵の顔色が一変した。

「嘘だ、信じられん……!」

「こら、さんぴん! どつくぞ!」

 騒ぎ立てる敵兵たちの中へ、勘右衛門と六之助が例の「若」を連れてきた。

「お前たち、抵抗はやめろ。これ以上は死ぬだけだ」

 若と呼ばれた男が静かに告げると、兵たちは「若……!」と嘆きの声を上げ、その場に膝を折った。


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