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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第24話 鵜飼孫六と遠眼鏡




 六之助からの連絡を待つ間、京の都では俺に関する噂が飛び交っていた。

「南蛮の海賊を皆殺しにして、お宝を信長公に献上したらしい」

「南蛮船を奪って、今は堺の港に停泊させているそうだ」

「九鬼の船が丸ごと南蛮船に化けた」

「堺の会合衆が南蛮船を買い取った」

 果ては、「次の論功行賞では南蛮の宝が褒美になる」といった尾ひれまでついている。


 俺はといえば、大量に仕入れたドライデーツをかじり、鍋で焙煎したコーヒーを啜りながら、そんな京の噂話の報告を聞いていた。意外と正確な情報が流れているものだと、妙に感心してしまう。

 女子たちの間ではデーツの評判が良い。コーヒーの方はまだ苦いようだが、砂糖をたっぷり入れて飲んでいるようだ。デーツの天然の甘さは、戦の時の栄養補給にも向いている。疲れた体に活力が戻るような感覚があった。


 数日して、六之助がやってきた。山賊に関する報告を一通り済ませると、彼は少し改まった様子で切り出した。

「殿、俺は嫁を貰うことにしました。おかげさまでまとまった金も手に入りましたし、里に家を建てることになりまして」

「えっ、兄様、お相手はさきさん?」

 傍らにいたやよいが身を乗り出した。しかし、六之助は首を振る。

「いや、違う。鵜飼家の四女だそうだ。俺もまだ会ったことのない相手でな」

「それって……『カシラ案件』じゃない。咲さんの気持ちはどうなるのよ! 兄様、お金はあるんだから、咲さんも一緒に――」

「馬鹿を言うのではない。俺ごときが、そんな身の程知らずな真似ができるか」

 六之助の頑なな言葉に、やよいは押し黙った。

「おそらく、あちらも殿との接触を考えてのことかと……」

 六之助が俺の顔を伺うように言った。その意図を察し、俺は短く答えた。

「分かった。会うと伝えてくれ」


 今回の山賊の件だが、場所は丹波国境付近、波多野氏の領地だ。亀岡から山城へと向かう峠で、主に商人を狙う賊だという。

 この辺りは三好の残党、波多野系の国人、さらには細川の残党などが入り乱れ、国衆同士の小競り合いや街道支配をめぐる押領が常態化している。「国境=戦場=山賊地帯」という三重構造の混沌とした場所だった。

「小競り合いを鎮めに行こうか」

 俺は独り言ちて、山賊退治の有志を募った。今回は十五名に六之助と弥四郎を加え、計十七名で向かうことになった。


 山賊が潜むのは、峠の約一里ほどの間だという。峠に入る前、俺は全員に訓示した。

「相手は三好や細川の残党だろうが、その中には波多野の国人も混じっている。自分の国の商人や山城の商人を襲っているような連中だ。国人としての面子など考える必要はない。目の前の悪人を倒す。ただそれだけだ。以上」

 今回は、あくまで武士の軍団として動くことを徹底させた。


 静かに前進し、四町ほど進んだ林の中だった。争う物音が聞こえる。十名に満たない集団が何かをしている。俺たちは気配を殺して素早く移動した。

 現場に到着した時、すでに商人風の男たち八名が斬り殺されていた。残された女二名は身ぐるみを剥がされ、まさに最悪の事態になろうとする瞬間だった。

 弥四郎が指示を出し、挟み撃ちの形で一斉に斬りかかる。不意を突かれた山賊たちは慌てて反撃を試みたが、時すでに遅い。瞬く間に半数が絶命した。

 逃げ出そうとする者には、俺が間髪入れずに矢を放つ。三人の足を正確に射抜き、地面に転がした。残りは弥四郎たちが捕らえ、後方に待機させていた部隊と合流した。


 弥四郎たちに命を取り留めた娘たちへ着物を渡させ、事情を聞く。その間に、俺は生き残った山賊の正体を問い詰めた。

「丹波の国人から、『我ら三好や細川の兵に、働ける者は殿のもとで召し抱える』と声が掛かった。だから実力を示そうとしていたんだ」

 男はそう答えた。詐欺師同然の輩に使い捨てにされているらしい。

「お前らの中で、実際に召し抱えられた者はいるのか? それに、その国人の屋敷へ行ったことは?」

「屋敷には招かれた。だが……名は言えん」

 俺はよく喋るこの男に「痛み止めの術」をかけ、家まで案内させるよう誘導した。


 弥四郎の報告によれば、襲われたのは丹波の商人で、山城へ向かう途中だったという。護衛ができる手慣れた商人五名が真っ先に殺され、あとは見ての通りの惨状だったそうだ。

「亀岡に帰り報告せねばなりません。どうか、亀岡まで……」

 娘たちが泣きながら縋ってきた。

 三好残党の賊も亀岡へ行くというので、ついでに彼女たちを護衛することにした。弥四郎が「遺体はどうしますか」と聞いてきたので、「形見の品だけ持って帰る」と答える。商人と賊を埋葬して経を上げ、弔いを済ませた後、商人の荷物を荷車に乗せて亀岡へと向かった。

 道中、俺は賊を監視し、弥四郎は女たちを連れて二手に分かれて行動した。


 やがて、立派な構えの屋敷の前に到着した。

「ここか」

「……そうです」

 俺は屋敷の門番に対し、「俺たちも仲間に入りたい。窓口の者を呼んでこい」と告げた。門番は「承知した」と家の中へ消え、やがて奥から一人の武士が出てきた。

「中へ入れ」

 声を掛けられるまま玄関先まで入り込む。そして、次の瞬間――。

 刀を抜き放つ。電光石火の一閃に、目の前の者たちはすべて地面に伏した。

 待機させていた部下に入り口を警戒させ、数名を裏口へ回す。人の気配がする場所に「麻痺の術」を放ち、至近距離から制圧していった。


 一番豪華な部屋の奥、館の主らしき人物を追い詰める。

「お前が山賊の親玉か」

「違う! 儂はしがない小国人にすぎん。半分は波多野殿に渡しているのだ。これも命じられてのこと……お主も、わかれば――」

 「ビュン」と風を切る音がして、男は言葉を飲み込んだまま物言わぬ骸となった。

 死体はそのままに、蔵へと向かう。部下たちに金品を荷車へ運び出すよう指示を出し、弥四郎たちと合流した。


 助け出した娘たちの店は、働き手を失って沈んでいた。食事と宿を提供してくれた店主へ、事の顛末を話すことにした。

 国人が盗賊の指揮を執っていたこと、それを退治したこと、そして俺の素性。京の治安維持の一環として、商人が襲われた事件を追ってここまで来たのだと告げた。

 店主が俺の名を知っていたことには逆に驚かされたが、「波多野氏は遠からず織田が討つ。それまで辛抱してくれ」と、少しでも希望を持てるような言葉を残して、その場を後にした。



 翌日、俺は店主に尋ねた。

「亀岡で、あの峠の被害に遭った商人はどのくらいいるのだ?」

「過去に襲われた家族が三組、そして今回、うちの者が四人やられております……」

 重苦しい答えが返ってきた。俺は懐から金を取り出した。

「では、少ないが弔いとしてこれを受け取ってくれ」

 金十両を差し出すと、俺たちは帰路に就いた。店主は我々の姿が見えなくなるまで、深く頭を下げ続けていた。


 帰宅後、六之助が波多野氏との金品のやり取りを記した書き付けを持ってきてくれた。

「ほう、これはいい。奉行所に丹波へ出向いた言い訳として使えるな」

 そこには京の商人の名などが細かく記されていた。

「でかしたぞ六之助、これは役に立つ」

 俺はすぐさま奉行所へ報告に向かい、弥四郎には大和屋利平のところへ行かせた。


 奉行所での手続きを済ませ、大和屋で弥四郎たちと合流する。主の利平に声をかけた。

「どうだ、お宝はあったか?」

「これは那須様。先日の土産、私どものために……誠にありがとうございます。あの複雑な模様と手触りの良い絨毯、大変気に入りましたよ」

 かなり喜んでくれたようだ。


 数日後、「鵜飼孫六うかい まごろく殿と供の者が一名、お目通りを願い出ております」との知らせが入った。

「分かった、奥へ通してくれ」

 奥座敷で待っていると、いかにも豪の者といった胆力を感じさせる男が現れた。

「お初にお目にかかります。私、鵜飼孫六と申します。後ろに控えるのは鵜飼勘右衛門かんえもん。以後、お見知りおきを」

那須資晴なす すけはるじゃ。よろしくな。さて、今日の用件を聞こうか」

「ご存じとは思われますが、我ら一族は伴家ともけとは古くからの縁がございまして。共に務めをこなすことも多く、身内も同然の存在。そこで那須様の武勇を耳にし、ぜひご挨拶をと思いましてな」

 孫六は淡々と語った。

「俺の戦好きは、徳川様の耳にも入っているのか?」

「おや、これは……徳川の殿がご存じかは分かりかねますな。私共からは何も伝えておりませぬので」

「そうであったか、すまぬ。ついな」

「那須様は織田様の直臣と伺っておりますが」

「直臣と言ってもな、織田家は有能な人材の宝庫だ。新参の末端には戦の場もなかなか回ってこん。織田様の許可さえあれば、ひと暴れしたいところなんだが」

 俺が本音を漏らすと、孫六は面白そうに目を細めた。

「ほう、これは興味深い。間近でその一騎当千の働きを拝見したいものです」

「六之助から何か聞いているのか?」

「残念ながら、まだ婿殿には会っておりませぬ。祝言の前に、ぜひ南蛮の話なども聞きたいと思っておりますが」

「六之助は物見が得意だからな。近くで俺の戦い方を一番見ているはずだ。機会があれば、あんたにも見せてやろう」

「それは期待しております。……それと、この者を置いていきます。どうぞ、こき使ってやってください」

 孫六は勘右衛門を指し示した。

「よろしい。遠慮なく使い倒させてもらうよ。ああ、それとこれを持って行ってくれ。デーツだ。戦の疲れが取れるぞ」

 俺が笑って麻袋を差し出すと、孫六は不思議そうに首を傾げた。

「これは……南蛮の木の実ですかな?」

 彼はその袋を抱え、部屋を退出していった。


 残された鵜飼勘右衛門に俺は声をかけた。

「勘右衛門、お前は何が得意だ?」

「潜入に変装、あとは『奪口術だっこうじゅつ』――敵の会話を盗み聞きし、口真似で欺く術にございます」

「ほう、面白いな。遠眼鏡があれば、さらに役に立つはずだ。少し待て」

 俺は席を立ち、奥から道具を持ってきた。

「ほれ、これを使ってみろ。筒の細い方から外を覗いてみるんだ」

「なんと……これは。近くに見える。しかも、逆さまに……」

「珍しいだろう。南蛮の海賊から奪ったものだ。お前にやる。使いこなしてみせろ」

「ははっ、ありがたき仕合せにございます!」

「ところで、気になることが」と勘右衛門が言った。「かしらに与えたデーツとは、戦の飯なのですか?」

「これか? 甘い乾燥した果実だ。ほれ、食べてみろ。気に入ったらもっとやるぞ」

 勘右衛門は一口食べると、その強烈な甘さに仰天した様子だった。家族にも食べさせたい、そんな顔をしている。

「気に入ったか。日持ちもするし、何より力が湧いてくる。戦にはもってこいだ。ほれ、これも持って行け」

「かたじけない……。ありがたく頂戴いたします」

 勘右衛門は、深く深く頭を下げて礼を述べた。


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