第23話 信長公、馬に跨る
昨夜の宴席では、俺が不在にしていたこの一年の出来事を今井殿から詳しく聞いた。
船出から間もない昨年十一月の佐久間信盛による若江城攻略と、三好義継の自害に始まり。二月には武田勝頼が美濃の明知城を落とし、三月二十八日には織田信長様が正倉院にて『蘭奢待』を切り取られた。
さらに四月、朝倉景鏡が一向一揆の攻撃により自害。越前が一向宗の領国と化すも、九月二十九日には伊勢長島の一向一揆が鎮圧された。……その戦いで、氏家卜全が戦死したという。
(……本来の歴史では、最初の長島戦で死ぬ運命だったはずだが、今回にずれ込んだのか)
俺がいない間も、歴史は修正されるように流れているのか。その謎は深まるばかりだった。
翌日から、喜八を中心にてきぱきと仕事を片付けてゆくことになった。地元に戻った喜八は、まるで別人のように自信に満ちあふれ、実に頼れる商人の顔を見せている。
俺は事務的な実務を、やる気のある優秀な人材に丸投げすると、今井宗久殿のもとへ向かい、サンタ・ヴィトリア号の管理や今後の運航について相談を持ちかけた。
今は岐阜に向かっている九鬼殿にも、運航に必要な人員を割けるかどうか、あらかじめ打診はしてある。堺の港で管理し、九鬼家で人材が揃えば商いに利用してもらう手筈だ。もし船大工の善吉が中心となって南蛮船を建造できるのであれば、会合衆か、あるいは宗久殿が単独で出資して造るのも良いだろう。
いずれにせよ、九鬼家に身を置く善吉の知識は、九鬼の、ひいては日ノ本の宝になるはずだ。宗久殿が支援してくれるなら、俺は船主として貸出料を、堺衆は商売としての利益を、そして九鬼家は運航による利益を得る。そんな三方良しの形を俺は思い描いていた。
翌日、数台の荷車とともに、那須家の家臣百名ほどが到着した。出迎えを兼ねた、岐阜への献上品運搬と警護の面々だ。
信長公への献上品は、喜八が大枠を選び、最終確認を宗久殿自身が行った。天下の名物を見慣れた宗久殿でさえ、「これは……」と唸る一品が相当数あるらしい。
宗久殿が選ぶ「圧倒的第一位」は、最高級の香木である黄熟香だった。信長公にとって「香」は権力の象徴そのものなのだ。
第二位は、沈香に白檀、麝香、そして竜涎香。毎日焚いて楽しめる香木は、自らの権威を示す道具にもなる。
第三位にはアラブ馬を選んだ。信長公は大の馬好きだ。名馬の献上を拒んだ家臣を恨んだという記録が多々あるほどで、軍事・ステータスの両面で即戦力になる。献上のために、アラブ商人が勧める金糸刺繍の鞍布や、宝石を散りばめた鐙も購入し、豪華さを演出しておいた。
さらに第四位は、南蛮貿易でしか手に入らないダイヤモンドやルビー、サファイア、真珠といった宝石類。新しいものや豪華なものを好む信長公なら、装飾品として権力を誇示するのに使うだろう。
第五位は、宮廷級のシルク混ペルシャ絨毯。あの派手な城に敷くには最適で、信長公の美的センスにも合うはずだ。
第六位は、中国最高級の明代の青花磁器。当時のステータスシンボルであり、茶の湯や飾り物として喜ばれる。
第七位は香辛料。当時は超高級品で、薬としても珍重されていた。ただ、信長公は新しいもの好きとはいえ、香木ほどではないらしい。実用的な詰め合わせ程度に留めておく。
第八位はインドの綿布や染織品。輸入織物としての価値は高く、服飾用や贈答用として多めに贈ることにした。
第九位は象牙と犀角。これらにはあまり興味がないらしい。
そして第十位。俺のイチ押しである、珍しい南蛮果実のドライデーツだ。
信長公の好物は干し柿に近いものだと聞く。甘党だから喜ぶとは思うのだが、上位の品々に比べるといかんせんインパクトが薄い。宗久殿には「甘くて美味しいのに」と食い下がったが、あまり評判は良くなかった。
宗久殿の立てた戦略によれば、こうだ。
まず最高峰の香木(黄熟香)を差し出して信長公の目を奪い、次にその香りで感動させる。さらに他の香木群で奥行きをアピールし、続いてアラブ馬で武将としての心を掴む(今すぐ試乗したいと思わせるのがコツらしい)。
中盤で宝石や絨毯、磁器といった視覚的な豪華さを並べて権威をくすぐり、終盤に香辛料や布、象牙で実用性と珍しさを示す。そして最後に、ドライデーツで甘い余韻を残す――。
完璧な流れだ。これなら、俺の拙い説明より、宗久殿を連れていってプレゼンさせた方が、よほど上手くいくに違いない。
堺では、船大工の善吉が船の図面を引いていた。俺たちが旅の途中で何度か目にした、細長く機動性の高いガレオン船についても研究しているらしい。信長公なら、船の新造にはきっと投資してくれるはずだ。
俺は善吉に進み具合を尋ねたり、九鬼長兵衛が船の管理を一門で切り盛りしているのを眺めたりしながら、九鬼徳隆からの文を待った。
数日後の十月二十日、「登城せよ」との知らせが届いた。俺は宗久殿を連れ、総勢百名の供とともに京の鷹司邸へと移動を開始した。
移動中、俺はアラブ馬よりも大人しいペルシャ馬が気に入り、自分専用の騎馬にしている。歩くのが苦なわけではないが、そこはやはり体裁上、馬に乗っての移動だ。荷物と人数が多いため二日を要したが、無事に鷹司邸に到着。鷹司様にご挨拶して土産を献上した後、別邸へと移り、春に帰還の挨拶をした。
一年ぶりに会う春は、すっかり女子らしく成長していた。
妻たちは一回り体が大きくなった俺を見て驚いていたが、逞しくなったことを喜んでくれているようだ。ただ、春たちは何やら俺の後ろの方を気にしている。
「女子は連れてきておらぬぞ」
俺が苦笑いしながら声をかけると、「……そのようじゃのー」と、ようやく安心した様子を見せた。出迎えてくれた妻たちに改めて帰還の挨拶をし、その日はゆっくりと春との時間を過ごした。
どうやら春は、今回の土産が「新しい女子」ではないかと疑っていたらしい。やよいと雪瑤も「そうかも」と同調していたというから、俺もずいぶんと女にだらしない男だと思われているものだ。
翌日、俺たちは岐阜へ向かった。
数日かけて予定の二十日前に岐阜入りし、当日の朝、城へ献上品を搬入して待機した。九鬼殿もそこで我らと合流し、いよいよその時を待つ。
予定より早くお召しがかかり、早速、今井宗久殿が献上品のお披露目を始めた。宗久殿の口上の巧みさもあり、信長公は第一の品から大興奮だ。一通りの品を紹介し終えると、信長公は「アラブ馬に乗るぞ」と、すぐさま場所を移動された。
そこには、金糸刺繍の鞍布に宝石付きの鐙を設えた、信長公専用の鞍が置かれ、一頭のアラブ馬が待機していた。大柄でバランスの取れた美しい馬体、そして豪華な馬具の数々に、信長公は満足げに頷く。
馬に近づき、軽く撫でて「美しい馬じゃ」と呟くと、一気に跨がった。
「ほう、高いの! これは良い気分じゃ」
そのまま少し走らせ、馬の調子を確かめているようだった。戻ってくると、「力が有りそうだな。このような馬は見事なものだ。満足だ、大儀であった」と言い、馬から降りられた。
「与一、貴様、船を買ったと聞いたが、いかがするつもりだ」
信長公の問いに、俺は居住まいを正して答えた。
「はっ。船主として、九鬼殿に船長を任せ、時間はかかるかと存じますが運用してまいりたく。軍事・商売、そして外交にも役立てたいと考えております。ただ、あの船は旧式。近頃はさらに足の速い船がございます。それを今、研究させております。幸い、私自身が何度か実物を見てまいりましたので、九鬼の船大工・善吉であれば製作可能かと」
「面白い、是非見たいものだ」
「善吉は一年間、南蛮船を隅から隅まで観察してまいりました。堺にある南蛮船と同型のものなら、今からでも着手できます」
「して、貴様は何を望む」
「はっ。戦、そして冒険にございます」
「ふん、考えておく。……これを持ってゆけ」
信長公の合図で、小姓が太刀を抱えて目の前にやってきた。
「これを殿から賜れとのことです」
うやうやしく受け取り、「はっ、ありがたき仕合せ……」と深く一礼した。
城下に戻り、明日には京へ発つ。
宗久殿に先ほどの刀を見てもらうと、無銘ながら鎌倉期の作と思われる名品だという。確かに、不思議な力が宿っているような強さを感じる刀だ。すっかり気に入ってしまった。
鑑定してくれた宗久殿に礼を言うと、彼は笑って首を振った。
「いえいえ、今回の安い仕入れのおかげで、かなりの儲けが出ます。こちらがお礼を言いたいほどですよ」
「そうですか。まあ、元手はこれ(右腕)ですから」
俺が自分の右腕を指さすと、「ははは、そうでしたな」と二人で笑い合った。
京に戻り、いつもの日常が始まった。
見回りをしながら、焼けた街並みが復興し、治安が改善していくのを肌で感じる。
実家の父へ土産を届けるため、有志五十名を募って帰郷させた。京の周辺も山賊が減ってきたため、警備の範囲を広げることにする。
早速、六之助に連絡を取り、次の相談を持ちかけた。「少し時間をくれ」と言われたので、数日待つことにした。




