第22話 義父殿と香木と帰還
潔い男に出会った。あの男なら、部下からも信頼されるだろう。
最後の一人を倒した俺は、階下に生体反応があるのを感じ、ダウ船の船倉へと向かった。そこには、縄で数珠つなぎにされた男たちが数十人も固まっていた。
俺は、その中でも身なりの良いアラブ系の男に向かって、ペルシャ語で話しかけた。
「お前ら、捕虜か?」
問いかけに、男は縋るような声を出した。
「そうです。助けてください。私はホルムズの商人アブドと言います。マラッカに向かう途中で運悪く捕まりました」
「そうですか。私は通りすがりの旅人です」
俺が素っ気なく答えると、男は必死に食い下がってきた。
「分かります、お礼はします! どうか、どうか助けてください!」
「元々あんたのものだったかは知らんが、ここの海賊から押収した金塊はすでに俺たちのものだ。どうやって礼をするつもりだ?」
「ごもっともです。では、こうしましょう。ホルムズを中心に、イスラムの地での商品買い付けに対して、値引きを保証します。……ただし、私の商店に限りますが。主要都市であるホルムズ、ゴア、コーチン、グジャラート、そしてここマラッカ。計五店舗にある我が『アブド総合商社』の全商品を一割引にしましょう。どうですか?」
俺は沈黙した。
「俺は商人じゃなく、旅の冒険者だ。その提案は、俺には少し魅力に欠けるな」
「そこをなんとか! 必ずやお役に立つ時が来ます。お助けを!……あ、そうだ、マラッカに娘がいます。嫁に貰ってください! 美人で、男に尽くす聡明な娘です」
「俺は国にたくさんの妻がいる。もういらん」
そんな押し問答をしていたら、「那須殿、こちらは終わりました」と声が掛かった。
「あー、代理。こちらの捕虜の対応を頼む」
「はい、了解しました……」
「おや、あなた。もしやサンタ・ヴィトリア号の方では?」
「えっ! あなたは確か、ホルムズのアブド様ですか?」
「おお、神よ! 私の知人がここに……!」
というわけで、彼らは救われた。
彼らは自力でダウ船を動かし、マラッカまで同行することになった。
お礼として再度、娘を……と言い出されたが、それは丁重にお断りした。代わりに「今年のコーヒーは出来が良いから」と豆をいただき、さらに有効期限が今から百年という破格の割引証明書を受け取った。
数日後、補給を済ませた俺たちはマラッカを旅立った。
この港で、船員が二名下船した。一人は元々ここの住民で、実家でしばらく休むらしい。もう一人は良い女ができたとかで、しばらくマラッカに残ると言い出した。
だが、噂によれば、彼は「マラッカの魔女」に捕まったのだという。肉体と精神、そして金を吸い取り、ボロボロにして捨てると評判の女だ。
ルイスはその話を聞いて男の身を案じ、神に祈りを捧げていた。
船は、次の目的地であるマカオを目指す。
マカオから天津へと寄り、周大人と趙弘毅に仕入れた品を売ってくれと頼まれている。俺は商人の喜八たちと相談しながら、今から売っても差し支えない物を選別していた。
往路のグジャラートでは香辛料など気に留めてもいなかったのだが、「あそこで買ってゴアで売れば良かった」と、喜八は一生の不覚だとばかりに嘆いていた。次回行く機会があるかもしれないと慰めてはおいたが……。
数日後。こちらには攻撃可能なキャラック船が四隻もあるというのに、無謀にも倭寇の船団が向かってきた。前方には待ち伏せも控えており、計三十隻ほどの海賊船に囲まれる形となる。
俺は仕方なく自船を囮にし、他の船は風を受けさせて外洋へ避難させた。それから、ゆっくりと待ち伏せの群れへと向かっていく。
無抵抗のまま近距離まで引きつけた瞬間、俺は倭寇たちに「気合」を送り込んで麻痺させた。あとは船に乗り込み、挨拶代わりに急所を一突きする作業を機械的にこなし、次から次へと船を渡り歩いていく。
最後に残った海賊は、もはや言葉にならないほど狼狽し、人間とは思えない奇妙な叫び声を上げていた。やっと聞き取れたのは「お宝をやるから殺さないでくれ」という命乞いだった。
(またか……)
内心で溜息をつきながら、落ち着きのないその男に「鎮静の術」をかけ、一応アジトまで案内させることにした。
いつものメンバーでアジトに向かい、抵抗する者を制圧して安全を確保してから、喜八たちを呼んでお宝の確認に入る。
そこにいた三人の女に、安南の言葉で「お前らは海賊の女か?」と尋ねたが、彼女たちは首を傾げるばかりだった。人相をよく見れば、明の人間だろうか。北方官話で同じことを問うと、
「違います。さらわれて、ここに閉じ込められていたのです」
と返ってきた。
「俺たちはマカオに向かうが、どうする?」
「連れて行ってください、何でもします! お金がないから、体で払いますから!」
必死に縋り付いてくる彼女たちの相手をしていると、奥から「ひゃあー!」という喜八の悲鳴が聞こえてきた。
「何事だ!」
俺が叫び返すと、喜八が興奮した様子で走ってくる。
「那須殿、大変です! お宝ですよ!」
「またか。大げさなんだよ」
「香木が何本もあります。それも黄熟香、伽羅の系統ですよ! 周氏や趙氏も欲しがる一品です。これをお土産にすれば、大歓迎されますよ!」
「香りがいい木だろう? 高いってことは知っているが」
「なんと……そんなに興味なさそうに無下にしないでください。もし那須様お一人だったら、きっと見逃していましたよ。本当に困った人だ」
呆れたように怒られてしまったが、喜八はすぐに「ここの海賊は良い物を知っていますね」と感心した様子で戦利品をまとめ始めた。
案内させた海賊には「服従の術」を使い、「お前は泳げないから陸で生きろ」と暗示をかけて、そのまま解放した。
数日後、船はマカオに到着した。
捕まっていた時に無一文だったわけではなかろうが、女たちには倭寇から奪った金貨を数枚ずつ持たせてやった。
「これで、何とかなるか?」
彼女たちが深く頷いたのを確認して、ここで解散となった。
俺たちはこの港で補給を済ませ、数日の休息を取ることにした。
船が進むにつれ、日ノ本が近づいていることを肌で実感する。
マカオからは、合流していた二隻とは別行動をとった。我らは天津へと向かい、数日の航行を経て無事に到着した。周大人と趙弘毅へ到着の連絡を入れ、船内でしばらく待機していると、やがて周大人が姿を現した。
俺は下船して周大人を出迎えた。
「お久しぶりです、周大人。お元気そうで何よりです」
「……婿殿、他人行儀はやめてくれないか。『義父』と呼んでほしいものだ」
周大人が茶目っ気たっぷりに笑うので、俺も苦笑した。
「失礼しました、義父殿」
「うむ。婿殿も無事で何より。それにしても日に焼けて、体つきも一回り大きくなったようだ。背も伸びて逞しくなり、まさに海の男になりましたな」
「自分ではあまり意識していませんが、背は伸びたかもしれません。……それから、こちら。お土産です、受け取ってください」
俺が用意していた荷車を指さすと、周大人は目を丸くした。
「ほう、ありがたく頂戴しよう。……これは香辛料の詰め合わせか。それにペルシャ絨毯。……おお、これは! なんと、黄熟香ではないか! これほどの至宝を……。いやはや、私は良い婿を迎えて本当に幸せ者だぞ」
大感激する義父の視線の先では、喜八が「俺の言った通りでしょう」と言わんばかりの顔でニヤついていた。
その後、趙弘毅が到着するまでに周氏との商売を終え、続いて趙氏とも商談を済ませた。俺たちは明日、いよいよ堺を目指す。
それから数週間後。俺たちはついに堺の港へと到着した。
道中、村上水軍といざこざになることもなく、関銭(通行料)を払って無事に通過できた。ただ、九鬼一行が村上水軍の船頭に対して、射抜くような鋭い視線を送っていたのが印象に残っている。
上陸の準備をしていると、弥四郎がぽつりと愚痴をこぼしてきた。
「今回の旅に同行できたことは、大変ありがたく思っております。貴重な経験を積むことができました。……しかし、私はルイス殿の護衛ばかりで、さっぱり戦働きができませんでした。それがどうにも、悔いに残りまして」
「相分かった。だが弥四郎、ルイス殿が無事にこの地に降り立つことができたのは、すべてお前の働きのおかげだ。感謝しているぞ」
そう言って宥めてから、喜八たちに店への連絡を任せ、荷物の搬入手続きを整えさせた。
出迎えには今井宗久が来ていた。南蛮船入港の噂を聞きつけ、いち早く駆けつけたらしい。
「那須様、よくぞ御無事で御帰帆されました。私、今井宗久も含め会合衆の面々も、この一年どれほど案じておりましたことか。後ほど、御帰還の宴席を用意しております。さあ、こちらへ」
案内されるまま、その日は久々に日ノ本の地で休息をとった。




