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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第26話 柵越しに、赤は散りゆく




 「『若』と呼ばれる者、名を何という」

 問いに対して、相手は真っ直ぐに視線を返してきた。

 「赤井直正の嫡男、赤井直勝。訳あってここに居る。……那須殿こそ、何故ここに?」

 そう言われ、傍らの六之助を見ると、彼は静かに頷いた。

 「山城の民が山賊の被害に遭っているというのが奉行所の見解だ。儂はただ、山賊を倒したい。それだけよ。……あとは、貴殿のような強者に出会うためだな」

 俺がニヤリと笑うと、直勝の目つきが変わった。

 「那須殿、もう一度立ち合いたい。先ほどのは、何かの偶然かもしれぬ」

 「いいだろう。勘右衛門、これを受け取れ。六之助、縄を解いてやれ」

 俺は勘右衛門に刀を預け、六之助が直勝の縄を解いた。


 いざ。


 三度の打ち合い。二回ほど転がし、最後は『風圧の術』を用いてその場に膝を突かせた。一度も攻撃を掠らせることすらない、圧倒的な差だ。まるで大人と子供の剣術稽古のような力の開きを見せつけた。

 「参った……。これほど実力の差があるとは。世の中は広い。……それにしても、俺の方が年上だというのに。ああ、嫌になった」

 直勝はしばらく沈黙していたが、やがて顔を上げた。

 「俺を那須様の家来にしてくれ。そして、俺に剣の指導をしてほしい」

 「赤井殿、一方的に決めるな。其方には連れもいれば、家の事情もあるだろう」

 「親父とは喧嘩別れで家を飛び出した。もう廃嫡されたも同然、他人だ。残りの連中も、俺と運命を共にした同志。俺と同じ道を進むと言っている」


 「そうか。なら、ついてまいれ。面白い人生を味わわせてやろう」


 俺たちは直勝の仲間を弔い、京の都へと戻った。


 その後、鷹司邸に住み着いた直勝は、暇さえあれば稽古の相手を求めてくるようになった。赤井家の家臣たちには南の空き屋敷を借りて住まいとさせた。

 そんな日常に、新たな命が下る。今度は若狭と近江の国境付近で暴れる山賊退治だ。

 顔ぶれはいつもの三人に直勝を加え、さらに赤井家から五名、那須家からは十名という布陣で向かった。

 今回の相手は若狭の国人上がりの山賊だ。訓練通り、集団待ち伏せの地点を正確に共有し、連携が取れるかの実戦訓練も兼ねている。

 弥四郎のハンドサインで行動開始。突然の強襲に慌てふためく賊を、確実に仕留めていく。

 ほんの数刻で勝敗は決した。逃走を図る一名を俺が射貫き、逃げ道の先で待ち構えていた直勝が残る一人を仕留めた。

 無抵抗で武装放棄した二人に拠点を吐かせ、そこを攻めて占拠。お宝の回収を弥四郎に命じ、俺たちは待機した。

 その後、四人で賊の首謀者である国人の屋敷へ向かった。一応の話し合いは持ったが、相手が納得しなかったため、そのまま屋敷を襲撃。二手に分かれて刃向かう者を斬り伏せていく。数刻ですべて片が付き、家財を没収して荷車に積んだ。


 「直勝、女子供に手は掛けなかっただろうな?」

 俺の問いに、直勝は少し困ったように笑った。

 「いやあ、なんだか皆震えていて、身動きも取れない様子だったので、放置してきました」

 「そうか、それでよい」

 「しかし殿、『今から全財産を没収の上、京の奉行所に連行する。歯向かえば成敗する』というのは……話し合いではなく、ただの強制通告ですよ」

 直勝が呆れたように言ってくる。

 「直勝よ、初めから喧嘩腰では中に入れぬ。もしこれでおとなしく縛に着くなら、儲けものだろう?」

 もっともらしい理屈を並べながら、弥四郎との合流地点へ向かう。

 戦利品を回収して京へ戻る道中、今回も二人の女が混じっていた。近江の者のようで、途中で別れるはずだったが「ついていきたい」と言う。結局、奉行所に連れて行って事情聴取に協力させた後、赤井家の借家で家事を手伝わせることで落ち着きそうだ。

 今回も山賊行為の証拠となる盗品のやり取りを記した書付を添え、没収した金品の半額を納めて、俺たちは奉行所を後にした。



 それから数ヶ月が経ち、ついに戦の誘いが掛かった。

 送り主は徳川家康殿。織田信長公に「豪の者を貸してほしい」と直談判し、了解を得たのだという。前回の三方ヶ原の戦いで武田に手痛い敗北を喫した徳川殿は、今度こそ何としても勝ちたいと願い出たらしい。

 これが後に世にいう『長篠の戦い』である。


 四月末、戦場近くで初めて徳川殿とお目見えした。

 鵜飼孫六に案内され、勘右衛門、直勝、六之助、弥四郎と共に陣へ向かう。俺は深々と頭を下げて挨拶した。

 「那須資晴と申します。此度は御指名いただき、誠にありがとうございます。必ずやご期待に沿う働きをしてみせましょう。決して、馬防柵より先へは敵を通しませぬ」

 力強く口上を述べると、徳川殿からは期待と不安が入り混じった、それでいて切実な返答が返ってきた。

 「与一殿の働き、期待しておりますぞ」

 「ははっ!」

 俺は自信に満ちた声で応じた。


 我らが配置されたのは『柳田前』。最前線の中でも特に危険な場所だ。連吾川の浅い谷地形と湿田に人工の防御線が重なる「多層防御地形」となっており、最強を誇る武田軍を抑え込むための要石である。

 第一柵には大久保忠世、忠佐兄弟率いる決死隊。

 第二柵に鳥居元忠、松平家忠、そして我ら那須隊。

 第三柵には本多広孝。中列に榊原康政、酒井忠次。後備に石川数正が控え、弾正山の本陣で家康殿が総指揮を執る。

 俺は第一柵でも構わなかったのだが、三河武士たちのメンツというものがあるらしく、第二柵に落ち着いた。鳥居、松平の両名に挨拶した際、「この男、本当に大丈夫か。真っ先に逃げ出すのではないか」という疑念の眼差しを向けられたが、そんなことは関係ない。目の前の敵に集中するだけだ。


 前日の雨で田はぬかるみ、守る側としては絶好の条件となった。視界も良好だ。

 早朝、遠くから法螺貝の音や砲声が響いてくる。第二柵の後方で待機する徳川勢は、柵の補強や射線の確認、火縄の管理などに追われ、慌ただしく動き始めた。

 我ら那須隊は白兵戦を想定し、槍と刀を構える。弓を持つのは俺一人だ。組ごとに戦い方を確かめ合っていると、武田軍の布陣が動き始めた。だが、まだ本格的な突撃はない。時間はゆっくりと、残酷なほど静かに過ぎていく。


 やがて、織田側の正面に対し、山県、小幡、武田信豊といった猛将たちが突撃を繰り返す轟音と煙、そして悲鳴が届き始めた。あちらこちらで動きがあるが、まだ"俺たちの番"ではない。武田軍は慎重に、時間をかけてこちらを圧迫してくる。

 戦の静かな圧力が、肌にじわりと滲んでくる。

 俺と、左隣に立つ直勝が先頭に立ち、後ろには那須の兵たちが控える。武田軍の突撃が一巡し、戦場全体が一瞬だけ息を吸ったような静寂が訪れた。

 直後、武田中央の部隊——武田信廉、内藤昌豊、原昌胤らが前進を開始した。

 正面に、はっきりと「自分たちの敵」の姿が見え始める。

 ぬかるんだ湿田の向こうで、赤備えの列がじわりと動き出す。太鼓の音が腹の底に響き、地面が微かに震えた。


 我らは第二柵の後ろで息を殺して待機する。鉄砲隊は火縄に火を移し、槍隊は柵の隙間から穂先を覗かせる。

 家康本陣から、低く重厚な法螺貝の音が鳴り響いた。

 武田の騎馬隊が湿田に足を踏み入れる。馬の脚が泥に沈み、みるみる速度が落ちていく。横隊が乱れ始めたその時、徳川の鉄砲隊長が声を張り上げた。

 俺は静かに弓を構える。

 「距離二町強! まだ撃つな、焦るな!」

 火縄の白い煙が漂い、兵たちの喉が鳴る。武田の先頭が川の浅瀬に到達し、激しい水しぶきと馬の嘶きが響き渡った。


 最初の一撃は、前列の大久保隊から放たれた。

 乾いた破裂音が連続し、川の中で数騎が転倒する。だが武田軍は構わずに川を渡り始めた。水流に足を取られ、隊列が縦に伸びる。

 そこへ、至近の鉄砲隊が射程に捉えた。

 「距離二町! 構え!」

 鉄砲が一斉に持ち上げられる。俺もそれに合わせ、矢を放ち始めた。

 「撃てぇぇぇ!」

 第二柵後方から徳川の第一斉射が放たれる。

 白い硝煙が噴き上がり、川岸にいた武田兵が次々となぎ倒された。俺も連続で矢を番え、持参した矢のうち二十筋ほどを瞬く間に放った。


 しかし、武田軍は止まらない。それどころか怒号は激しさを増し、突撃の勢いはさらに強まる。

 武田の騎馬が川岸の段差で一気に詰まった。馬が登れず、後続が押し寄せ、大混乱が広がる。

 「狙いは密集している先頭だ! 撃て!」

 第二斉射。密集した武田兵に弾丸が吸い込まれ、倒れた骸がさらに後続の足を止める。

 ようやく川岸を越えた武田勢が、今度は乾堀に落ち始めた。馬が悲鳴を上げ、兵が転げ落ちる。それでも内藤昌豊の赤備えは怯まない。堀を越えようと必死に馬を跳ねさせる。

 第三斉射。距離は一町強、命中率が跳ね上がる。

 ついに武田の先頭が第一柵に激突した。柵がみしみしと軋み、杭が大きく揺れる。

 第四斉射。柵越しに撃ち下ろす形となり、その威力は絶大だった。

 「槍隊、前へ! 柵を押さえろ!」

 大久保隊の槍兵四十名が飛び出し、揺れる柵を必死に支える。武田兵は柵を揺さぶり、縄を切り、杭を倒そうと躍起だ。柵の隙間から赤備えの武者が槍を突き込み、こちらの槍兵と激しく突き合う。


 第五斉射。距離は一町を切った。もはや必中である。

 その頃、俺はすべての矢を放ち終えていた。放った矢はことごとく赤備えを貫き、二百に近い敵兵を戦闘不能に追い込んでいた。

 だが、第一柵の一部が傾き、ついに武田兵が乗り越えようと足をかける。

 赤備えの旗が、すぐ目の前まで迫っていた。

 「ここが踏ん張りどころだ! 押し返せ!」

 徳川の近接部隊二十名が前へ出る。槍と刀が柵越しに交錯し、泥と血飛沫が舞った。武田軍の突破が最も近づいた瞬間、内藤昌豊の赤備えが獣のように吠えた。


 「殿、徳川の鉄砲も有効ですが、いかんせん数が足りませぬ。我らも出ましょう!」

 直勝が叫ぶ。

 「ああ。ここを俺たちの"壁"にするぞ」

 俺は真っ先に前へ躍り出た。続いて直勝が、そして那須の兵たちが後に続く。

 「ここだ、俺に続け!」

 柵越しに迫る武田の槍を刀で弾き飛ばし、第一柵を飛び出して敵を押し返す。文字通り、俺自身が敵を阻む壁となった。

 体を捻り、下から斬り上げる。直勝と左右に広がり、一歩、また一歩と敵を押し戻していく。直勝も負けじと奮闘している。

 「直勝の左右を固めろ!」

 指示を飛ばし、防御を厚くする。赤備えの武者たちが、柵の壊れた箇所へ集中してくる。俺はその槍を刀で受け流し、力任せに押し返し、そのまま首を斬り伏せた。飛び散る血が泥に混じって消えていく。


 「押し返せぇぇぇ!」

 直勝の咆哮が響く。

 背後で再び鉄砲の轟音が鳴り、赤備えの先頭が崩れ落ちた。柵の前には倒れた兵が重なり、後続がそれに躓いて混乱している。だが、俺の前に現れた武田兵は、一人残らず地に伏せさせた。

 俺は刀の血を振り払い、短く息を整える。

 「殿、敵が下がります!」

 直勝の声。見れば、内藤昌豊隊の先頭が壊滅し、後方へ引き始めているようだ。連動して原昌胤の隊も混乱に巻き込まれている。

 「追うな。ここを守るぞ」

 即座に命じた。刀は納めず、鋭い眼差しで前方を見据える。

 「まだ来るかもしれん。構えを崩すな」


 赤備えの旗が泥に塗れて倒れ、武田中央の突撃は完全に瓦解した。柵の前には、武田兵と馬が折り重なる地獄絵図が広がっている。

 「殿……守り切りましたな」

 直勝が静かに言った。

 俺は短く頷く。

 しかし、戦場の空気はまだ、刺すような熱を帯びたままだった。


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