第20話 宝の島と船の値段
今日も快晴だ。澄み渡る視界の先、遠くの景色までがよく見える。
海面に目を凝らせば、そこには数十隻もの中型ダウ船が群をなしていた。
「中型、十六隻! こちらを待ち構えています!」
上から見張り兵の鋭い声が響いた。
船長が「野郎ども、気合を入れろー!」と野太い声で檄を飛ばす。
* * *
【ダウ船の海賊視点】
(波が船腹を叩くたび、細いダウ船は大きく揺れる。帆がギシギシ軋み、潮風が頬を刺す。その向こうに、不気味なほど真っ黒な影が迫ってきた。)
「おい、見ろよ……獲物が近づいてきたぞ」
船長が呟く。海面を割って進む巨獣みたいな船体が、こっちに向かってくる。
「なんか速くねえか? いつもと雰囲気が違うぞ」
「距離を取れって言ってんだろ! あれに近づくな!」
船長の声が甲板に響く。でも、もう遅かった。
海流は最悪、風向きも裏切った。逃げようと舵を切った瞬間、キャラック船の側面が目の前にそびえ立った——でかすぎる壁みたいに。
「軍船じゃねえんだ、ビビるなよ!」
「……いや、マジで速いぞ。当たったら沈む」
誰かの声が震えてる。隠しようもなくガタガタだ。
次の瞬間、ポルトガル船の舷側から、鉄の鉤縄がブーンって唸りを上げて飛んできた。
ガンッ!
激突音と共に、こっちの木材がギシギシ泣きやがる。船体がぐいぐい引き寄せられていく。細身のダウ船に抗う力なんてなくて、巨体に吸い込まれるみたいに近づいていく。
「縄を切れ! 早くしろ!」
海賊たちが必死で鉈を振るうけど、太く編まれた縄は硬くてなかなか切れねえ。
切れるのが先か、それとも——。
そんな絶望がよぎった瞬間、ポルトガル兵が動いた。
跳んだ。
「……は?」
理解が追いつかねえ。この荒れ狂う海の上で、あの距離を跳び越えてくるってのか。
なんだよ、立場逆じゃねえか。いつもはこっちが飛び乗る側だろ。なんで向こうが攻めてきやがるんだ。
——これじゃあ、まるで向こうが海賊みてえだ。
「来るぞ! 構えろ!」
叫び声が上がる。兵が何人も、縄を伝って、あるいは跳んで、ダウ船の甲板に降り立つ。
「てめえら、何が目的だ!」
船長が吼えるが、答えは返ってこない。その代わり、手際よく陣形を組んで押し寄せてくる。
「くそ、なんだよ足が痺れる……舐めやがって!」
剣を握りしめて斬りかかるが、足が痺れて動けない。こっちは海賊——奇襲と乱戦が得意なのに……
一人、また一人と仲間が倒されていく。甲板が血と海水でぬるぬるになる。
「船長! もうダメだ、降伏し——」
その言葉が終わらないうちに、船長の胸元に槍が突き刺さった。
「ぐあっ……!」
「船長!」
見てるしかできなかった。リーダーが崩れ落ちる。兵の一人が、冷静な目でこっちを見下ろしている。
「情けは無用、注意しながら事に当たれ。海賊はすべて処分しろ」
言葉はわからねえが、意味は伝わる。諦めろ、ってことだ。
手にしていた剣が、重い音を立てて甲板に落ちた。もう戦う気力も、逃げる術も残ってなかった。
潮風が、鉄の匂いと悲鳴を運んでいく。ダウ船は完全に巨獣の隣に縛り付けられ、波に揺られていた。
——まったく、今日はどっちが海賊なんだよ。
* * *
今回は中型船が多いため、久しぶりに麻痺の術を多用した。
逃げられないよう急所を突き、次々と敵の動きを止めていく。一人につき数秒という手際だ。動けなくなった敵には、遅れて飛び込んできた九鬼殿の配下や六之助、それに船員たちが止めを刺していった。
次から次へと船を渡り、最後の一艘——ひときわ立派な船に乗り込む。そこで痺れて転がっていた、偉そうな格好の男を気絶させた。
海賊たちをすべて始末して甲板に戻ると、先ほどの男を拘束し、尻に蹴りを入れて意識を呼び戻した。男は身動きが取れないことに気づくと、すぐさま激昂して叫び出した。
「おらあ、何しやがる! この縄を解け!」
鼻息を荒くして息巻く男に、俺は冷ややかに告げた。
「うるさい、静かにしろ」
「貴様、俺を誰だと思っている! クンジャリ・マラッカル家の身内、アズハル・マラッカルだぞ!」
「知らん。黙れ」
「お前はもう死んだも同然だ。お前の家族も皆殺しにしてやる……痛っ! 何しやがる!」
あまりにうるさいので、刀の峰で男の尻を小突いてやった。
そんなやり取りをしていると、仲間たちが俺の元へ集まってきた。
「皆、揃ったか。……この偉そうなのは生かしておいた。クンジャリ・マラッカル家とかいう、大層な名前の身内のアズハルとかいう横柄な奴だ。代理、こいつを知っているか?」
俺が尋ねると、代理は首を振った。
「家名は有名ですが、アズハルという名は聞き覚えがありませんね」
「——だとよ。お前のことなんて誰も知らないらしいぞ。自分を大きく見せようとする奴は、大概小物と相場が決まっている。……おい、中身を調べたら、こいつには油をかけて生きたまま燃やしてしまえ」
俺がそう脅すと、男は顔を引きつらせて喚いた。
「待て! 俺には価値がある。話を聞け!」
「またその話か。前回の男もそう言って嘘をついた。お前も同じだろう。油を持ってこい、俺が直接かけてやる」
「待て、待ってくれ! 宝の島へ案内する、すぐ近くだ! 本当なんだ、わああっ、やめろ! 助けてくれ!」
男は涙目になって泣きを入れた。あまりの根性のなさに偽物かとも疑ったが、ひとまず案内させることにした。
油まみれのアズハルを伴い、タンヌールの浜から西にある小島を目指した。似たような島がいくつも点在する複雑な地形で、見分けるのは難しそうだ。島には先住民か、住み着いている者がいるらしい。
「見張りは何人だ?」
「……三人いる」
「宝にしては随分と少ないな」
「信頼できる者は少ないのだ……」
男は言葉少なに答え、小屋の見張りが見える位置で船を止めた。
「アズハル様、どうしたんですか!」
見張りが声を上げると、さらに二人、中から男たちが出てきた。
「なんだ、てめえらは!」
「お前ら攻撃するな! 俺が殺される!」
アズハルが叫ぶと、中から出てきた少年が顔を真っ赤にして叫び返した。
「こらあ、裏切ったのか! これは一族の宝だ、この裏切り者め!」
少年が襲いかかってきたが、その粗い攻撃をかわしてアズハルから離れる。すると少年は標的をアズハルに変えて斬りかかり、他の二人が俺に向かってきた。
二人を簡単に撃退してアズハルの方を見ると、彼はすでに虫の息だった。少年は「父さんごめん、父さんごめん」と泣きながら、狂ったように剣を振り回している。
少し不憫に感じ、俺は一振りで少年の剣を叩き落とした。少年はそのまま力尽きたようにパタリと倒れ込んだ。
小屋に入り、罠がないか慎重に調べていく。棚にはスパイスの香りがする袋がいくつかあったが、主だったものは大量の金と宝石だった。金の地金は前回の五倍、宝石にいたっては二十倍はある。正確な価値は分からないが、とんでもない量だ。
後ろの仲間たちに手伝わせ、残らず回収した。これだけの財宝が手に入れば、もう十分だ。寄り道などせず、一刻も早く帰ろうとつくづく思った。
お宝を積み込んで船に戻り、拿捕していたダウ船を処分してコーチンへと向かう。数日後、ようやく安全な港に到着し、補給を済ませて一息ついた。
船長たちと宝の分配を相談していると、彼がしみじみと切り出した。
「ここまで来れば、マラッカまで海賊は少ない。それにしても那須殿、凄まじい財産が手に入ったな。俺たちはおこぼれを貰えるだけで嬉しいが……まあ、那須殿の剣がなければ何もなかったも同然だ。当然の報いといえる資産だがな」
そこで俺は、ふと思いついた。
「船長、キャラック船っていくらするんだ?」
「えっ、買うのか? ……新品なら一万五千ドゥカートが相場だが、これより安くなることはまずないぞ」
「純金で約五十三キロか。中古ならどうだ?」
「俺のこの年季の入った船なら、その半額くらいだろうな。……まさか、本当に買うのか?」
「本気だ」
「冗談だろう……いや、本気か。俺もいい年だし、今回の航海で引退して楽隠居しようと思ってたんだ。最後にこんな冒険ができて、いい思い出になったよ。まあ、目的地まではまだ半分残っているがな」
船長は豪快に笑った。
「分かった。買うよ。堺に着いたら、金三十キロ相当の品と交換だ」
「そりゃありがたい。随分と奮発してくれるな」
「なに、戦利品だ。元手がこれだからな」
俺は腕をまくって力こぶを作り、ニカッと笑ってみせた。
あれから数ヶ月が過ぎた。
マラッカ行きの船団は四隻に増えていた。コーチンで一隻、コランでもう一隻が合流したのだ。
そして今、目の前にはマラッカ海賊が待ち構えていた。




