第19話 聖なる勝利号
部屋の奥、重厚な扉の下に鎮座するのは、四隅を金属で補強されたいかにも丈夫そうな箱だ。俺は懐から鍵を取り出し、宝箱の蓋を押し上げた。
皆が固唾を呑んで見守る中、ギィッ……と箱が開く音が響く。だが、真っ先に目に飛び込んできたのは、眩い金銀財宝ではなく——麻袋の山だった。
「……袋か」
蓋を開ければ宝石の輝きで目が眩む、なんて光景を想像していたから、正直少し拍子抜けだ。俺は中身を確認するため、袋を順に喜八へ手渡した。
上の方は軽く、下の方はかなりの重量がある。喜八が中を改めて報告した。
「真珠が五袋、ルビーが二袋、サファイアが一袋。ダイヤモンドは五袋あります。それと宝石入りの鞘に収まった短剣が二本。金貨が十袋に銀貨が十袋、あとは書類が二十枚以上……といったところですね」
聞いた限り、かなりの額になりそうだ。
俺は船長たちの分け前について、「金貨と銀貨、つまり現生でどうか」と提案した。副長や船員たちも含め、ほぼ全員が勢いよく頷いたので、配分はあっさりと決まった。
それから、無料で手に入った馬の処遇についても話し合った。運搬の手間を考え、必要な数だけを残して後は売却することに決まる。
お宝を船へ運び込み、船長の前で金貨と銀貨の袋を下ろした。
「これが分け前だ」
俺が言うと、船長は目を丸くして「これ全部、俺のもんなのか?」と聞いてきた。
「ちょっと、船長!」
すかさず副長が突っ込みを入れると、船長はニカッと豪快に笑った。
「冗談だ、本気にするな! ……よし、全て積み終えたらマスカットへ向かうぞ!」
威勢のいい声が響き、俺たちは出発の準備を整えた。
マスカットに到着すると、馬の市で交渉を行い、若いアラブ馬四頭を仕入れて入れ替えを済ませた。ゆっくり観光でもしたいところだが、時間が惜しい上に生き物まで抱えている。俺たちは早々にゴアへと舵を切った。
数週間後、またしても招かれざる「お出迎え」に遭遇した。
マカラン海岸を根城にするナウタクと呼ばれるバローチ系の武装集団だ。少数のダウ船で構成された艦隊である。
こちらのキャラック船二隻を見て「襲いやすい獲物だ」とでも思ったのだろう。海岸線から高速で船影が迫ってくる。
こんなところで無駄な時間を使いたくない。俺が風の術を使って速度を上げると、二隻の船はぐんぐん加速し、追ってきたダウ船との距離を広げていく。結局、海賊たちは諦めたようだった。
少数相手では戦利品もたかが知れているし、何より馬がいる。早めに陸地へ戻るのが上策だ。
その後もいくつかの部族をやり過ごし、俺たちは無事にゴアへ到着した。
ここでは補給をメインとしつつ、インド綿布や染織品を追加で購入して数日間滞在した。
帰りの船団は二隻編成だ。一隻には水や食料などの補給品を積み、ほぼ空船に近い状態にしてある。
実はこれ、海賊をおびき寄せるための作戦だった。俺たちが囮になって敵を引きつけ、返り討ちにする。
「上手くいけば、二隻の船が戦利品でいっぱいになるかもな」
なんて皮算用をしながら、荷物を搬入しやすい船を選んで準備を整えた。
ゴアを出航。海賊が待ち構えているであろうカリカット周辺を南下し、インド最南端を目指す。
海賊の正体は、ザモリン配下の武装船団——いわゆる私掠海軍だ。ムスリムの商人や船乗りを中心に組織され、ポルトガル船を攻撃するのが彼らの「お仕事」らしい。
比較的安全な北側の港から順に、マンガロール、カサルゴード、カンヌール、コーチン、コランと補給を繋ぎ、次なる目的地を目指す。
南下を始めると早々に敵が現れたが、風を操る俺たちの船には付いてこれず、すんなりと振り切ることができた。岸から出たばかりの高速艇といえど、あの風には抗えまい。
だが、次に現れた連中は厄介だった。
待ち伏せ、あるいは進路を塞ぐような配置。前のダウ船よりも数が多く、中規模の艦隊といったところか。
俺たちは覚悟を決め、行く手を阻むダウ船の群れへと突っ込んでいった。
* * *
四半刻ほど経った頃だろうか。捕らえた連中のうち、一番偉そうにしていた男に「お宝はどこだ」と問い詰めた。
「この船に積んである。これから換金するためにカサルゴードに向かう途中だったんだ。そこでお前らを見つけたから、ついでに襲うつもりだったのさ」
男の答えを聞いて、俺は小さく鼻を鳴らした。
「そうか。なら、わざわざバトカルの拠点を襲いに行く手間が省けたな。では、さようならだ」
「ま、待て! 宝はまだ別に隠してある。頼む、殺さないでくれ!」
男は必死に命乞いをしてきた。
「海賊ってのは、別の隠し場所を用意しているものなのか?」
俺がそう尋ねると、男は縋り付くような勢いで頷いた。
「大きな組織なら、別に集積用の小屋を持っておくのが普通だ」
「……案内しろ」
俺は男に命じ、足の速いダウ船を出させて宝の隠し場所へと向かった。他の船員たちには、中型ダウ船からの荷物の搬入を任せ、一時別行動をとることにした。
案内された場所は、近くにある入り江だった。その奥には白い砂浜が広がっている。上陸してさらに奥へ進むと、男の言った通り小さな小屋が見えてきた。
俺は用心深く歩を進めながら、男に命じた。
「開けろ」
扉が開くと、そこには箱が無造作に置かれていた。鍵のかかった箱をこじ開けると、中には眩いばかりの金塊と金貨が詰まっている。
隙を見て刃物でも取り出し、襲い掛かってくるかとも警戒したが、男はただ「これで全部だ。殺さないでくれ」と懇願するばかりだった。
俺は少し意地悪く聞いてみた。
「なあ。お前は今まで、命乞いをした獲物を生かしてやったことがあるのか?」
男は無言になった。
「頼む、助けてくれ、殺さないでくれ……!」
一番凶悪そうな面構えをした男が、涙を流して土下座している。その様子をしばらく黙って眺めていたが、沈黙を破ったのは九鬼殿だった。横から槍を繰り出し、男の首を一突きにした。
「那須殿。海賊の分際でこのような演技をする者は、生かしておけば必ず後で仇となります」
海賊の習性を一番知っているのは彼だ、ということだろう。この男も、我らを襲おうなどと考えなければ死なずに済んだものを。
お宝を回収し、キャラック船が待つ場所へと引き返した。遠くの空が明るくなっているので目を凝らすと、先ほどのダウ船が激しく燃えていた。味方が目印として燃やしたのか、敵の戦力を削ぐためか。おそらくその両方だろうが、いずれにせよ助かる。
船に戻ると、ダウ船にあった油を使い、残った船もすべて焼き払うことになった。俺たちは勢いよく燃え上がる炎を背に、カサルゴードへと向かった。
数日後、カサルゴードに無事到着して補給を済ませ、次の目的地を目指す。
風に恵まれ、船は順調にカンヌールまで進んだ。そこで船長から力強い檄が飛ぶ。
「ここまでは無傷で来られたが、この先、カリカットとパナニーには大規模な海賊の拠点がある。特にパナニーは危険だ。野郎ども、油断せずに進むぞ!」
「おーっ!」
船員たちの威勢のいい声が響く。臨時収入があったせいか、士気はすこぶる高い。
時折、少数のダウ船が近づいてくることもあったが、こちらが一隻を沈めると、残りは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。そのたびに敵船を燃やして先へと進む。
そんなことを二度、三度と繰り返すと、四回目にはこちらが近づいただけで、戦いもせずに逃げていくようになった。こちらの船の特徴を覚えられたらしい。
『サンタ・ヴィトリア号(聖なる勝利)』——武運と加護を祈って名付けられたこの船は、今や正にその名の通りの存在になりつつあった。
船はその後も、順風満帆に波を切って進んでいった。




