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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第18話 アラブ馬と宝箱




 ゴアに到着した後、俺は船長やルイスと今後について話し合った。

 俺の希望は、本場のアラブ馬やペルシャ絨毯をこの目で検分することだ。予定より時間が空いた分、オスマン帝国まで足を伸ばすのは無理でも、回教の国を少し回ってみたかった。

 すると二人は、「それならホルムズ一択だ」と口を揃えて言った。


 ルイスたちの話を、商人頭の喜八や甚内をはじめ、全員に聞かせた。

「商品仕入れの関税がゴアより安く、品物自体の値もこなれているホルムズを主戦場にしようと思うが、どうだ?」

 俺が投げかけると、喜八たちは「那須様、安い方で仕入れられるなら、それに越したことはございません」と、欲の皮の突っ張った笑顔で答えた。


 当初はマスカット行きを考えていたが、予定をホルムズへと変更する。そのルートには当然のごとくバローチ海賊が出る。我らの船は軍船ではないため、荷を積んだポルトガル船を狙って連中が襲ってくるだろう。不謹慎ながら、少し楽しみでもあった。


 出航までの数日、俺たちはゴアの街並みを歩き、異国の雰囲気を肌で感じた。

 喜八ら商人の目は真剣そのものだ。香辛料、インド綿布、染織品、宝石に貴金属。薬品や香料、アロマ系の商品から、陶磁器、奴隷、象牙や犀角さいかくといったアフリカ産品、さらには貝貨に至るまで、あらゆる品を丁寧に検分していく。

 言葉の通じない場面では俺が通訳に入り、珍しい品々を見学して回った。


「喜八、日ノ本で売れる良い物はあったか?」

 俺が尋ねると、喜八は指を折りながら答えた。

「明代の青花磁器、香辛料……特に胡椒は良いですね。あとはインド綿の更紗、宝石ならゴルコンダ・ダイヤ。沈香や白檀といった香料も一級品です。そして最後はアラブ馬。これは大変高価ですが、それだけの価値がございます」

「俺の一番の目当てはアラブ馬とペルシャ馬だ。次がペルシャ絨毯で、あとは土産のインド綿かな」

「絨毯、でございますか?」

 喜八が不思議そうに首を傾げる。

「絨毯はピンキリだ。上は王侯貴族が使う超高級品から、下は庶民用まであるらしい」

「それほどの幅が……」

 喜八は考え込むような表情を見せた。

「まあ、ホルムズへ行けば実物が拝めるだろうよ」

 そう締めくくり、翌日の出港に備えた。


 翌朝、三隻の船団でホルムズへ向かった。

 船は空荷で軽く、風も味方している。驚くほどの速さで航行し、わずか三週間でホルムズ島に到着した。まずは陸地で一休みし、翌日からは商人の出番だ。

 喜八はゴアの時以上に目を光らせて商品を物色している。俺たちは周囲を警戒しつつ、その様子を見守った。


 彼ら商人も、ただ船に揺られていたわけではない。道中、ポルトガル語をかなり熱心に勉強していた。ゴアでは、喜八がポルトガル語のわかるグジャラート人の通訳を雇ってインド綿の交渉をこなしていたし、他の者の中にも最低限のポルトガル語を解する者が増えていた。どうしても無理な時だけ俺を頼る、という具合だ。

 ここホルムズで、喜八はペルシャ語の通訳を雇い、買い付けの対象をペルシャ絨毯、真珠、香料に絞って仕入れを進めた。俺も土産用と自分用に、絨毯と香料をいくつか購入した。堺に持ち帰れば二十倍から五十倍の値が付くらしい。


 二日間の滞在を終え、飲食を共にして仲良くなった飲んだくれの通訳ともお別れだ。

 ここホルムズはイスラム世界の中でも特に世俗的な港で、宗教的な規制も緩く、伝統的な酒文化が息づいていた。商談の前に一杯、などというのも当たり前の光景だった。


 早朝、馬を求めてマスカットへ向けて出航した。

 数日後、待ちに待った瞬間が訪れた。アラブ部族の海賊が、行く手に待ち構えていたのだ。

 すっかり船員らしくなった九鬼一行に、待ち伏せの合図を送る。

 俺はいつものように海賊のダウ船に飛び移り、白兵戦を仕掛けるつもりだ。船上での守りの指揮は九鬼殿に預けた。


「一人も乗り込ませるな!」

 船長が檄を飛ばす。敵船が刻一刻と近づいてくる。

「来るぞ、衝撃に備えろ!」

 叫び声が響く中、俺は一番近い敵船に向かって跳んだ。


* * *


【アラブ部族の海賊、生き残りの視点】


 波が砕け、白い飛沫が甲板に散った。

 ダウ船に乗っていた俺たちは、迫りくるポルトガル船を見て気勢を上げていたが、仲間の一人がふと異様なものを見つけた。


「……あれは、何だ?」


 ポルトガル船の船縁に、一人だけ、海風に逆らうようにして立つ影があった。

 鎧も重装備も身につけていない。ただ、海風を切り裂くような鋭い気配だけを漂わせている。


 次の瞬間、その影が――跳んだ。


「は……?」


 理解が追いつく前に、そいつの体は宙を走り、俺たちの頭上を越えて甲板へと着地した。


 ドンッ!


 木板が悲鳴を上げ、衝撃で仲間の一人が尻もちをつく。そいつは着地の揺れをものともせず、すでに刀を抜いていた。


「来るなッ!」


 叫んだ海賊の腕が、次の瞬間には宙を舞っていた。血が潮風に散り、甲板に赤い線を描く。

 そいつが一歩踏み込むたび、仲間たちが次々と視界から"消えて"いく。激しく揺れる船の上とは思えない、まるで平地を走るような安定した足取り。


「な、なんだこいつ……海の上で、なんでこんなに速いんだ……!」


 恐怖が背骨を凍らせる。逃げようと後ずさるが、細いダウ船に逃げ場などない。

 剣が振るわれるたびに血が噴き出し、仲間の悲鳴が波音に飲み込まれていった。


「……人間じゃねぇ……海の魔物だ……」


 一人が震える声で呟いた。その言葉が聞こえたのかどうか、そいつは振り返りもせず、船尾へ向かって駆け抜けていった。俺は恐ろしさのあまり隅に隠れ、あの怪物がこちらに来ないことを神に祈り続けた。


* * *


 四半刻ほどで制圧は完了した。敵は十隻、人数は三百人足らずといったところか。

 自船に戻ると、十名ほどの海賊が転がっていた。多少の怪我人は出たが、重傷者はいないようだ。仲間に無事を確認して一安心し、船長と話し合う。


「あそこの船に一人、生かしておいた。そいつに案内させて、今夜、アジトを叩こうと思う。協力してくれるか?」

 俺が問うと、船長はまじまじと俺を見つめた。

「お前……いや、那須殿。あんた、一体何者なんだ?」

「少し剣が得意なだけの、普通の十六歳ですよ」

「……ありえん。それが普通なわけがあるか。ふっ……それで、協力とは具体的に?」

「数名の船員に、ダウ船を動かしてもらいたいんです。戦闘は俺がやる。戦利品を運ぶ手助けをしてくれれば、船長にも相応の分け前を出しましょう」

 船長はしばし沈黙した後、「……分かりました」とニヤリと笑い、協力を約束してくれた。


 俺は海賊が隠れている船に飛び降りた。

「出ておいで。手早く済ませてやるから。信じていいぞ」

 反応はない。

「おい、武器を捨てて両手を上げて出てこい」

 気配を探り、剣を背中に突き立てるようにして促すと、観念したのか両手を上げて立ち上がった。


 俺は精神服従術を使い、問いかける。

「拠点に案内しろ」

「へい……」

「拠点の人数は?」

「村には三十名ほどいます」

「戦える海賊はどれくらい残っている?」

「動けるのは二十名で、あとは族長の家族、女、子供です」

「宝はあるのか?」

「あります……族長が管理しています」

「今回の襲撃には全員参加していたのか?」

「族長を含め、身内は全員参加しています」


 返答を聞き、族長の船を特定する。一番大柄な男の船だ。男の死体から鍵や貴金属を回収し、海賊の元へ戻った。

 配置についた船員たちに声をかける。

「さあ、村へ戻るぞ」


 海賊のダウ船を先頭に立て、しばらく進むと村の明かりが見えてきた。

 俺は「風」の魔術を使って速度を上げ、一足先に入港する。出迎えに出てきた五名を一瞬で斬り捨て、奥にいた五名も立て続けに沈めた。

 叫び声を聞きつけて残りの十名が飛び出してきたが、先頭の首を刎ね、二番目、三番目と間髪入れずに仕留めていく。


 その瞬間、海賊たちの動きが止まった。

 圧倒的な力の差に、連中が恐怖で足をすくませる。逃げようとする背中を俊足で追い、残りをすべて斬り伏せた。


 後から上陸した部隊と共に、屋敷の方へ向かう。外の惨状を見ていたのだろう、奥の方で人々が固まっていた。

「抵抗しなければ殺さない。その場を動くな」

 声をかけると、幾分か緊張が和らいだように見えた。

 だがその時、横から子供が短剣を握りしめて突進してきた。俺一人なら「やれる」と思ったのかもしれない。俺は難なく短剣を取り上げ、子供を転がした。するとその隙に、三人の女が短剣を手に襲いかかってきた。


 ――結果、女三名と赤子一人を除き、すべてが息絶えた。

 本当に、一瞬の出来事だった。

「よくあることだ。部族の結束なのか……理由は分からんがな」

 船長代理の男が吐き捨てるように言ったポルトガル語に、奥にいた女性が反応した。

「ああ、助けてください! 私は……!」

 彼女は泣き崩れた。拉致されていた同胞のようだ。代理の男は「保護します」と言って、他の女性たちにも声をかけ、三人の女と赤子を救出した。


 海の方から日が昇り、辺りが明るくなる。

 死体を埋葬し、ルイスが祈りを捧げた。

「これでこの異教徒も、神のもとへ召された……」

 何やら意味深な呟きを残していた。


 明るくなった村を探索すると、豪華な戦利品が次々と見つかった。

 目玉はアラブ馬が十頭。家の中には高級な絨毯や大量の香辛料、インド綿、象牙、犀角、そして青花磁器まであった。

 喜八は犀角を見つけるなり、小躍りして喜んでいる。

「そんな黒くて汚そうな角、そんなに価値があるのか?」

 俺が呆れて尋ねると、彼は息を荒くして答えた。

「那須様、これは大変貴重で、目が飛び出るほど高価なものなのですよ!」


 さて、あとはこの重厚な宝箱の中身が何であるか、それだけだ。


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