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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第17話 海賊銀座を抜けて




 九鬼徳隆が二人の家臣を連れてやってきた。

 俺は今回の旅の予定を改めて伝える。ルイスの書面をさらさらと日本語に書き写し、それを元に説明を始めた。ルイスと言葉を交わしながら、九鬼殿にその内容を説く。

「なんと、南蛮語を話されるのか。それに、そのような重要な情報を……」

 驚きを露わにする九鬼殿に、俺は軽く笑って返した。

「九鬼殿、外洋に出る者は皆知っていることですから心配無用です。……ところでルイス、海賊はどの辺りに出る?」

 ルイスに問うと、彼は淀みなく答えた。

「ペルシャ湾のアラブ系海賊、ホルムズ海峡からゴアまではバローチ族やオマーン沿岸の海賊。ゴアからカニャクマリにかけてはマラバール海賊。インド南端からマラッカ海峡まではタミル系やスリランカ沿岸の海賊。そして、世界最大級の海賊海域であるマラッカ海峡には、マレー系のオラン・ラウトがいます。南シナ海から台湾沖にかけては後期倭寇。最後は、瀬戸内海の村上海賊ですね。危険度で言えば、一番がマラッカ海峡、二番がマラバール海岸、三番が瀬戸内海の村上関所になります」

 俺はその内容を書き写しながら、「お楽しみが多くて、楽しい冒険になりそうですな」とルイスに話しかけた。ルイスはげんなりした顔で俺を見つめ、外国人特有の肩をすくめるしぐさをした。


 書き上げたものを九鬼殿に説明すると、彼は一点が気になったようだ。

「村上が、世界三大危険地帯に入るのか?」

「危険度は高いですが、あそこは交渉も予測も可能ですから。銭さえ払えば案内もしてくれる。水先案内の代金と思えば納得もいくでしょう。それで順位は三位だそうです」

 そう話すと、九鬼殿は「おのれ、村上水軍……」と独り言のように呟いていた。

「九鬼殿は当然、海の男ですね。南蛮船は初めてですか?」

「初めてではないが、外洋に出たことはない」

「ならば、この長い船旅で隅から隅まで見学できますな」

「正にそのつもりだ。船大工も同伴させる」

 九鬼殿が振り返った先にいる男たちに、俺は軽く会釈をした。

「ルイス、今回は長旅だ。橘や柚子、だいだいを我らのために積んでいこう。例の病の予防のためにね」

「例の病……まさか、あれを!」

「気休めですよ。噂が本当なら儲けものです」

 そう言って話を終えると、奥から声がかかった。

「殿、織田様からの来客でございます」

「ご案内してくれ」


 複数の足音が近づいてくる。目の前に現れたのは、以前会った今井宗久だった。二人の供を伴っている。

「那須様、ご無沙汰しております。今井宗久でございます。今回の旅に、我らの手代二名の同行をお願いしたく参りました。一人は商品の目利きを得意とする喜八、もう一人は警護と商いの手伝いを務める甚内でございます。この二名をよろしくお願いいたします」

「相分かった。……話は違うが、以前話した馬仲の方は進んでいるか?」

 俺が問うと、宗久は頷いた。

「はい、順調です。もう少しで商品が手元に届きますので、数点お持ちしましょう」

「いや、そちらは無理をしなくて良い。俺はそちらに明るくないのでな。馬が元気にやっていればそれで良いのだ」

 すると、宗久の表情が少し陰った。

「実は、仕事は順調なのですが、家庭内で問題が起きまして。朝鮮のジミンという女性が、京にいた朝鮮の男に騙され、馬殿の銭を無断で持ち出して騒ぎになったのです。その巻き添えで、彼女はその男に殺されてしまいました。ちょうど上京を焼き払った頃のことでございます」

 俺は思わず絶句した。


 それから慌ただしく準備が整い、いよいよ旅立ちの日を迎えた。

 供は二名、若手の伴六之助と大関弥四郎。九鬼徳隆は従弟の九鬼長兵衛と船大工の善吉を連れ、計三名。今井宗久からは喜八と甚内の二名。最後にルイスを含め、計九名での船出だ。

 翌朝早朝、堺の港を出港。船は順調に日ノ本を離れ、倭寇が出ると噂される台湾から南シナ海のルートに入った。だが、期待して待っているとなかなか出会わないもので、拍子抜けするほど穏やかに南シナ海を抜けてしまった。

 約一ヶ月、体が鈍ってしまう。次はマラッカ海峡だ。海賊銀座とでも呼ぶべき海域に、否が応でも期待が高まる。

 シンガポール海峡の遠方で、先客の海賊が略奪を行っているのが見えた。俺は密かに風の術を使い、現場へと急行する。船長に、攻撃を受けている船に近寄るよう指示を出した。

 一番近い小舟に飛び乗り、海賊を次々と斬り伏せていく。四半刻後には、周囲の小舟から海賊の姿が消え、残るは襲われている船の上だけとなった。

 甲板に駆け上がり、戦っている海賊たちに言い放つ。

「降参しろ。お前らの仲間はもういない。下を見てみろ」

「嘘だろ!」

 海賊の一人が叫んだ。自暴自棄になったのか、一人は海へ飛び込み、一人は斬りかかってくる。もう一人は婦人を人質にして叫んでいた。それ以外の者は武器を捨てて降参した。

 斬りかかってきた男の腕と首を撥ね飛ばし、そのまま手首のついた剣を、人質を取っていた海賊の口目掛けて投げつける。剣は深々と突き刺さり、海賊は絶命した。海へ逃げた男も弓で射抜かれ、水面に浮かんでいる。

 一瞬の出来事に、その場は静まり返った。

 後から近づいてきたこちらの船の船長に、「終わったよ。後はよろしく」と引き継ぎを頼む。

 結果、こちらの被害はゼロ。襲われた船は負傷者が多く航行困難だったため、牽引するか人員を貸し出すか検討することになった。マカオから船団を組んでいた二隻がようやく追いついてきたが、襲われた船の船長は「他の船は見捨てて逃げた」と激怒していた。


 マラッカで一息ついていると、着飾った貴婦人が礼を言いにやってきた。海賊に医師の夫を殺され、ひどく落ち込んでいるという。

「とても寂しいのです。今夜、一緒にいてくれませんか」

 そう頼まれ、俺は「船長と打ち合わせがあるので、それが終わり次第」と答えて別れた。

 気になって彼女の乗っている船の船長に事情を尋ねた。

「今日助けた御夫人が礼に来られたのですが、あの方はどのような方ですか?」

「興味が湧くのも当然でしょう。非の打ち所がない素晴らしい女性です。亡くなられた旦那様とも仲睦まじく、評判のご夫婦でしたよ」

 かなりの高評価だ。いわゆる「地雷女」の気配はない。残念ながら俺の女性センサーは機能不全で、恋愛に関してはポンコツなのだが……。

「本当に、ただ一緒にいてほしいだけかもしれないな」

「そんな訳あるか」

 自分自身に突っ込みを入れながら、覚悟を決めて夫人の元へ向かった。


「失礼します」

 部屋は静まり返っていた。薄着の彼女が椅子に座り、こちらへおいでと手招きしている。

「今日は、わがままを言ってごめんなさい。寂しいのは本当です。……結婚してからこんなことを頼むのは初めてですが、あの時助けていただいた瞬間、私の心が壊れてしまいました。この機会を逃すと、異国のあなたとは一生出会えない気がして、勇気を振り絞ったのです」

 彼女はそう言って、俺に抱きついてきた。


 明け方にお別れをして、船に戻る。

 船の前で六之助が待っていた。後ろめたい気持ちになったが、気にしないことにする。

「出迎えご苦労」

「殿、女の匂いがいたしますが……」

「恥をかかせるわけにはいかんからな」

 俺はそっけなく答えて、彼の横を通り過ぎた。


 今日はマラッカ海峡北部、凶悪な海賊団の縄張りに向かう。

「ここから先は『国営』の海賊が三百隻弱。各々、気を引き締めてくれ」

 船長の言葉に、ルイスと喜八は顔を青くしていたが、九鬼殿たちは逆に闘志を滲ませていた。

 海の民と呼ばれる海賊団は、中型や大型を織り交ぜた約三百隻の船団だ。海賊船と呼ばれる大型船は、長さは中型並みだが幅が極端に狭い。キャラベル船の小型と同等だが、幅は半分以下、重量も圧倒的に軽い。乗り込んでの白兵戦が彼らの基本戦術だ。

 今は西に向かっているため、空船だと思われているかもしれない。だが「狙いは帰りの荷を積んだ船だ」と船長は言う。いずれにせよ警戒は怠れない。


 警戒を続けつつも、船は順調に目的地へ向かった。ベンガル湾からスリランカ沖を通り、ゴアまで快調に航行できた。三隻の船に秘密裏に「風」を与えた影響もあり、予定より一ヶ月は短縮できただろう。やはり海賊も、お宝のない船に命は懸けないということか。楽しみは帰りまで取っておくことにした。

「今回は風に恵まれたな」

 船長の言葉に、俺は「我が家の風呼びの祈りが効いたようだ」と答えた。

 船長は「嘘だろ」という顔で、「けっ」と笑っていた。


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