第14話 雪瑤の値踏み
久しぶりの人里に、張り詰めていた緊張が緩むのを感じた。
俺たちは役所へ向かい、戦利品の分配について協議した。役人が動いた以上、二割は税として徴収されるとのことだ。
戦利品の目利きなど俺にはさっぱりなので、すべて仙千代に丸投げすることにした。
「価値のある物を数点だけ選んで、あとは放棄しろ」
「銭もですか?」
仙千代の問いに、俺は黙って頷いた。
彼は茶器を五品ほど選び出し、役人に報告した。役人は「それだけでいいのか?」と驚いた様子だった。
「これで十分です。その代わり、都まで馬車を出していただきたい」
俺が頼むと、役人は「それならお安い御用だ。残りの戦利品は送迎代として領収しよう」と顔を綻ばせた。どのみち都へ収める戦利品を運ぶついでだ、問題ないとのことだった。銭を含め、相当な品々が役所の収入になるのだから、役人はニコニコと上機嫌だった。
馬車の準備を待っている間、救い出した人質の女たちが役所を訪ねてきた。
「私共も同行させていただけませんか?」
「役人の予定に合わせるというなら、問題ない」
俺がそう答えると、彼女たちは深く頭を下げた。
「都に着きましたら、ぜひ私共の主人にお会いください」
断る理由もないので、俺は「分かりました」と承諾してその場を後にした。
周氏やマー、関と合流し、用意された馬車へ向かう。
マーが不審そうに飯炊き女を見て、「この朝鮮女はなんです?」と尋ねてきた。
「彼女は無罪放免だ。まさか、ついて来る気か?」
俺が聞くと、彼女――ジミンは「旦那ぁ、連れていっておくれよー」と縋り付いてきた。
「都に当てがあるのか?」
「ずっとついて行くよ。なんだか銭の匂いがするし、安全そうだしさ」
「言っておくが、都までだぞ」
俺は釘を刺して同行を許した。移動中、俺は警備も兼ねて馬に跨った。
数日後、一行は何のトラブルもなく都に到着した。宿を取り、一休みする。
そこへ仙千代がやってきて、声を弾ませた。
「やりましたよ、那須殿。あの山賊ども、名物を数点所持していました。この地では普通でも、京に持ち帰ればとんでもない価値になりますぞ!」
「来た甲斐があったな。織田様への良い土産ができた」
「……おや、驚かないのですか? 名物ですよ?」
「ただの器だろう。俺はあいにく田舎者でな、興味がない」
俺が素っ気なく答えると、仙千代は「これだから……。今の武士には、このような教養も必要なのですよ!」と憤慨していた。
翌日、俺たちは指定された商家へ向かった。
俺と仙千代、周氏、ジミン、そして部下二名が大きな店の前に立つと、店の者たちが慌ただしく整列し、仰々しい出迎えを見せた。その光景に少し引きつつも、中央から現れた主人らしき人物が挨拶を述べる。
「私はこの店の主、趙弘毅と申します。娘を助けていただき、心より感謝いたします。奥に席を設けておりますので、どうぞこちらへ」
奥の間へ案内され、改めて自己紹介をした。
「日ノ本から参りました、那須資晴と申します。明の力を学ぶべく参りました。こちらが万見仙千代とジミン。そして天津の周大人には、こちらに来てからお世話になっております」
趙弘毅は一人一人に丁寧に応じた。
「周大人、お初にお目にかかります。お噂はかねがね。万見殿、夜通し娘を守ってくださったと伺っております。ジミンさんも、娘に優しくしてくださったそうで」
周大人が「趙殿のような都の名士とお近づきになれて光栄です」と如才なく挨拶を交わす。
会食が始まると、趙弘毅が親としての思いを語り始めた。
「予定の日に到着しないので心配しておりましたが、二日遅れで届いた知らせが娘の誘拐だったとは。気が動転しましたが、まさに絶妙の間で救い出していただいた。あと数日遅ければ、どうなっていたか分かりません」
趙氏は深く感謝し、ぜひお礼をさせてほしいと申し出てきた。
「このような豪華な食事を頂けるだけで、十分お礼は頂いています」
俺がそう答えると、趙氏は真剣な顔でこちらを見た。
「そんな奥ゆかしいことを。娘の命の代償は、娘でしか贖えません。どうぞ、娘を貰ってやってください」
唐突な申し出に困惑したが、俺は仙千代を指差した。
「私は武だけが取り柄の身分のない男です。隣にいる仙千代は、日ノ本一の権力者の側近です。今回は私の監視役として同行していますが、武と知を備えた、若くとも立派な男ですよ」
「娘も万見殿を気に入っているようですし、それは構いませんが……そんな御方に、商人風情の娘では釣り合わないのでは?」
懸念する趙氏に、俺は畳みかけた。
「何を仰いますか。明の大商人と縁が結べるなら、織田様も反対はされないでしょう」
言葉の分からない仙千代は、「盛り上がってるなー」といった様子で、他人事のように食事を楽しんでいる。
「趙殿にとっても、良い商いになると思います」
俺がそう言うと、周氏までもが「私の娘も、仙千代殿の嫁にしていただきたい!」と身を乗り出してきた。
俺は仙千代に事の次第を通訳して聞かせた。
「那須殿、勝手に話を進めないでいただきたい! 私はまだ元服前ですし、父の許しも必要です。……まさか自分は嫌だから、私に矛先を向けたのですか?」
「ああ、そうだ。俺には家に妻がいるし、何より無骨者だ。お前が堺の商人だったら、喉から手が出るほどの話なんだがな」
俺が笑って言うと、仙千代は「殿は反対しないどころか、むしろ勧めるはずだ」という俺の言葉に、渋々ながらも納得したようだった。
「すべては織田家繁栄のため……」と、彼は自らを納得させるように頷いた。
店を去る前、着飾った小さな娘が挨拶に来た。これが趙氏の娘か。彼女と付き添いの女二人の計三名は、明日、天津まで一緒に向かうことになった。関が必要になるな、と俺は内心で溜息をつきながら宿へ戻った。仙千代は最初からこの子が「お嬢様」だと気づいていたらしい。俺はルシアの時もそうだったが、どうもその手の察しが鈍いようだ。
翌日、天津に向けて旅立ち、三日かけて到着した。道中の変化といえば、マーとジミンが仲良くなっていたことくらいだ。ジミンは間違いなく日ノ本までついて来る気だろう。
移動中に、関に通訳を依頼した。まずはお嬢様と付き添いの女二人に簡単な日本語教育だ。関が「一人では手が足りない」と言うので、着いたらもう一人の通訳を数ヶ月雇うことにした。
出発まで五日というところで、周大人が本当に娘を連れてやってきた。
「本当に可愛い娘を手放して良いのですか?」
俺が最終確認をすると、周大人は俺の肩を叩いた。
「これでお前は俺の息子だ。娘を頼むぞ」
「……え? 仙千代ではなく、俺ですか?」
「そうだ。趙殿の手前、あの場では合わせたが、お前の行動を見て確信した。お前しかいないとな」
周大人の後ろには、気の強そうな小柄な美人が立っていた。
「雪瑤よ。出戻りだけどよろしくね。二十歳だけど子供はいないわ。父が『本当の男を見つけた』と言うから、期待しているわよ。本当は十歳の妹の予定だったけど、私が割り込んだの。許してね。……ところであなた、お若いけど何歳?」
「十六だ。年上は気にしていない」
「若っ! 早速だけど、剣技を見せて。父が惚れ込んだ実力を確かめたいわ」
「弓も得意だぞ。剣の相手は誰が?」
「私よ。弓だって負けないわ」
彼女は俺の値を踏むつもりのようだ。俺は「では弓から。お先にどうぞ」と遠くの樽を指さした。
「分かったわ」
雪瑤は自信に満ちた笑みを浮かべ、五射すべてを中心付近に命中させた。確かに並の腕ではない。
次は俺の番だ。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ――パンッ!
連続で放たれた俺の矢は、雪瑤が射った矢をすべて弾き飛ばし、最後の一矢で樽そのものを粉砕した。雪瑤は何が起きたか理解できないといった様子で呆然としていた。
「では、次は剣だ。いつでもかかってこい。すべて受け止めてやる」
俺が告げると、彼女は「チッ!」と舌打ちして斬りかかってきた。素早い五振りを躱し、六振り目を剣で受ける。それを数回繰り返すと、彼女の息が上がり始めた。
俺は一瞬の隙を突いて体を回転させ、彼女の剣を奪い取ると、着地と同時にその首筋へ刃を添えた。
一瞬、彼女の動きが止まる。だが彼女は諦めず、無手の格闘に切り替えてきた。激しい突きと蹴りをバランスよく繰り出してきたが、俺はそれを紙一重で躱し続ける。当たらない攻撃は体力を奪うだけだ。
彼女の息が完全に上がった瞬間、俺は顔面への突きの風圧だけで、彼女を気絶させた。




