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天を破りて・後C01

「見事だ。エース。いや、エイスケ・オコノギ。特異点たるきみの最後の足掻き。人間が人間たる所以。リヴァイヴを与えた意味の証明。そして私を作った私が理想とした、アンノウンとの決戦。すべて見届けさせてもらった」


 目の前にケイスマンが立っていた。


 俺は結局、寝落ちしたらしい。


 薄れる意識をなんとか繋ごうと努力したのだけど無理だった。システムが強制停止しては仕方ないか。脳内チップがリミッターを再設定して、俺の生命活動の優先を実行したのだろう。


 本当なら、原作ではボロボロになったイレイザーに飛びつく勢いで駆けつけた八号機が、アイリがコクピットから飛び出して、ソータの名を叫びながら、泣きながらハッチを開くために端末でコマンドを入力するのだ。


 Xタイプの激戦で、勝利したがイレイザーは大破した。ソータの生命の安全も確認できないので、アイリがたまらず飛びついた。ライラを殺してしまった一件で、ふたりの間は埋まらないくらいの溝ができた。この最終決戦を前に、距離があったが久しぶりに向き合って会話をするイベントがあったけど、俺はこのシーンが特に好きだった。アイリはやはりソータを大切に思っていた。でなければ泣き叫びながら安全を確認しようとしない。


 数秒でハッチを開けて操縦席を覗く。呼びかけても反応しなかった。強く揺さぶっても目を覚さない。アイリは絶望し、ソータを抱きしめると───やっと反応する。気絶していただけだった。


 ともに生きていたことを喜び合い、イレイザーのコクピットから抜けて、機体の上に並んで立つ。シドウの七号機とグラディオスが向かっている。それを手を繋いで見上げて───幕を下ろす。




「感謝とかいいから、ソータとアイリのイチャイチャしてるところを見せろよぉおおおおおおおおおおお!!」




 ケイスマンの感謝を遮るように、俺は叫んだ。


 ここはいつか、タキオンの起動実験をした時に訪れた、ブラックボックスに封印された内なる空間だ。リアクターの内部に、ケイスマンは自分と同格の人工知能を備えていて、俺が正式にパイロットとなった時、全権を譲渡された。それ以降、ケイスマンの意志と呼ぶ人工知能は、俺の良きアドバイザーとなり、今では友として知覚している。あるいは戦友かな。


 真っ白な空間に対面して立つ俺たち。仮想空間だから俺の体は元通り。右手だって機械化される前。ケイスマンもまだ人間の姿をしている。便利な場所だ。


 こうしてここにいるということは、俺はまだギリギリ生きているらしい。いや………それは心臓の鼓動が維持されているだけで、体表面や体内の一部がほぼ金属化しているから、人間と呼ぶべきかは不明だし、本当にこれで生きていると称せるかもわからない。


「ふむ………ソータ・レビンスとアイリ・ナカダのことか? それならば、こんなものを記録しておいた。見るといい」


「お、おおっ、おおおおおお!」


「お前の嗜好は知り尽くしている。1年以上の付き合いは無駄ではなかったな」


 ケイスマンが小さなモニターを浮かべると、そこに戦いが終わって帰投した直後のミチザネ隊の姿があった。アスティオールに収容され、パイロットたちが慌てて移動している。


 そのなかにソータとアイリがいた。ふたりは合流し、不安そうな面持ちをして、隊列に続く。それでもしっかりと手を繋いでいた。まさしくそれは、原作のふたりを模していると言える。


 こんなものを見せられて、感動しないわけがない!


「あー………よかった。ふたりは手を繋いで………いや、原作以上の関係になったし、今さらおててニギニギで喜ぶってのもなぁ」


「すべてお前の働きによるものだ。賞賛を送りたい。胸を張るといい。お前は以前、語った別の世界の結末よりも、はるかに高水準の良き結末に、ほぼ独力で導けたのだから」


「馬鹿言え。俺のやれたことなんて、ほんのちっぽけなものだったよ………」


「………お前自身、内面的な成長もあったのだな。以前なら、羞恥心を捨ててはしゃいでいただろうに」


「色々あったからなぁ」


「ああ。そうだな。色々あった。たった1年。されど1年。それは侮れるものではない。同じ条件を突きつけられて、死者ゼロという狂気の沙汰を完遂できる者は少ないだろう。それゆえに私は、お前を尊敬している。………そして」


 ケイスマンは視線を伏せた。実に人間らしい言動と表情をする。


「………同(・)情(・)もしている」


「………避けられなかったか」


「ふ(・)た(・)つ(・)の(・)意(・)味(・)で(・)。ひとつは………お前の体だ。シーナ・サクラの薬品で、肉体の金属化現象が一時的に停止したが、ナノマシンを起動しカウンターシステムを多用した結果、お前の肉体は再び金属化現象が始まった。私がどうにかして生命は維持できるよう調節に成功したものの………その体はしばらく動かすことができないだろう。長期間にわたる療養が必要だ。それも数週間や数ヶ月の単位ではない。数年を要するやもしれない」


 それについては………覚悟はできていた。


 なんなら、もう二度と自分の足で歩けなくなることも。最悪、片手か両手が動かせなくなってしまい、一生介護が必要になるかもしれないことも。


 生涯、誰かの世話にならなければ生きていけない体になってしまうことを受け入れたものの、ケイスマンが言うには、どうやらその心配はないようだ。数年の治療とリハビリを終えれば、体は元には戻らずとも、手を動かせたり、歩けるかもしれない。それだけでも希望だ。


 ただ、もうひとつというのが、俺ももちろん把握しているが、やはり簡単には受け入れられない内容ではあった。


「イ(・)レ(・)ギ(・)ュ(・)ラ(・)ー(・)だな」


「そうだ」


 地球で会敵した、原作には存在しない要素。あるいは人類とアンノウンの敵。第三勢力。


 これまでの流れで言えば、宇宙に進出して、この最終決戦にしゃしゃり出るものとも考えられた。しかしそれはなかった。イレギュラーの影も形もなかった。宇宙に出られないから? いいや、そうではない。


 これは、実は俺(・)に(・)原(・)因(・)が(・)あ(・)る(・)か(・)ら(・)だ(・)。


「イレギュラー………赤いタキオンを模したあの固体から発せられたあの通信は、契約でもあった」


「うん。俺の願いを叶える代わりに、あいつらの願いを叶えるっていう、馬鹿げた契約だった。俺の命が続くまでが期間。でもその甲斐あって、不可侵契約みたいになったし。最終決戦には現れなかった」


「お前はなにも望まなかった。しかし、今はあるのだろう? 願いが」


「ああ。………だから、俺行かなくちゃ」


「まだ時間があるだろう。………お前の仲間や、愛する者に別れを告げるくらいは」


「まぁ、な」


 そこから長い沈黙が続く。色々語り合いたかった。俺とケイスマンの意志は対等だ。健闘をたたえ合うくらいはやってもいい。でも、そんなの俺とケイスマンの間には不要。語らずともすべて理解している。繋がっているからだ。ナノマシンと脳内チップという、人間らしからぬ所以によって。人間が人間たらしめる所以を問うておいて、こんな繋がり方はナンセンスだとは思うけど、悪くはない。


「エース。お前との戦い、悪くはなかった。私を作った私の理想を超える結果を出したその手腕、感服する。改めて感謝しよう。楽しかったぞ。そして………長旅となるだろう。気を付けてな。戦友(とも)よ」


「ああ。ケイスマン。俺も楽しかったよ。別に今生の別とかじゃないんだから、そんな寂しそうにするなって。どんな飛び方をするかも、なにをするのかもわからないけど、努力はするさ。俺の居場所はここだからな。………世話になった」


 ケイスマンの意志が手を伸ばす。俺はそれに応じるように握手した。


 そこで俺たちは視線が合って───微笑を浮かべるのだった。






 なぜだかな。久々に肉眼で周囲を見た気がする。そんなに時間は経っていないはずだ。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。


 いや、それくらいならわかる。脳内チップに記録が残っていた。戦闘終了から約40分。リヴァイヴとブラックイレイザーは最早大破した鉄屑となったが、ガリウスHによって丁寧に回収された。リモート操縦していたジャケットはイレイザーとタキオンによって一足先にアスティオールに収容されている。


 で、俺の肉体はといえば。グラディランドの胸部に収容されていたグラディオス改のブリッジは可動式となっていたので、レールを伝う緊急移動装置を使って背部へと移動。アスティオールに収容。レイライトリアクターも引き抜かれ、グラディランドとも分離が完了しており、アスティオールは巨大戦艦へと戻っていた。


 ブリッジもかなりダメージを負っていたので、クルーは退避を実行。俺はトーマスの馬鹿力によって運び出された。無重力空間だし、そこまで難しくなかったという。


 それで、ここは───アスティオールのメディカルルームだろうか。やはりグラディオスより広い。レイシアの姿もある。それにパイロット。いや、なんか関係ない人物もいるような? カイドウやアーレス、イリス………なんなら学徒兵の姿も。整備科、砲雷科まで。見慣れない連中はアリスランドのクルーかな。モーリスや、車椅子に乗せられたビーツまでいる。


 みんなで俺を囲っていた。さては俺を吊し上げるつもりかな? 酷いやり方で裏切ってしまったものな。簡単には許せるものではないものな。


 ………いや、それも違うか。


 みんな黙って俺を見ている。その表情は曇り、哀悼を表するに近い。なんか覚えがあると思えば、前世で経験した祖父の葬式だ。


 まだ生きてるのにな。死者を悼むような雰囲気を出しやがって。


『………そんな顔しないでくださいよ』


「エース? 目を覚ましたのか」


『ええ、まぁ』


 返事をしたのはクランドだった。


 金属化した皮膚のせいで、俺は椅子に座った姿勢が崩せなかった。ベッドに仰臥できないので、車椅子に乗せられている。


 みんな座っている俺を見ていた。泣いている者もいる。特に俺に縋っているヒナ、シェリー、ユリンたち。


『その様子では、詳細は聞いているようですね』


『ああ。私が説明した』


 俺の喉は使いものにならないので、端末から電子音声で応答する。それに混じってケイスマンも応えた。


「お前は………どうしようもない奴だな。小此木」


 車椅子に乗せられるほど弱っているとはいえ、まだ喋る余力はあったようだ。ビーツが早速嫌味を発する。


 ただ、いつもと雰囲気が少し違う。どこか懐かしい。まるで前世の、エネフレの頃の楠木美壱を前にしているようだ。


『仕方ないだろ。この生き方だけは変えられねぇんだよ。それよか、俺が不在だからって好き勝手するのは許さねえぞ。ビーツ』


「その心配はねぇだろ。私がいる。私が、お前の代わりに全部請け負ってやる。この世界も、ビーツも、お前のことも。だからなんも心配すんな。ちゃんと治しておいてやるし、ビーツが好き勝手した瞬間、物理的に脳内を薔薇色に染め上げて崩壊させてやる」


『シーナ………そうか。そうだな。それが、俺たちの在り方だったもんな。………頼んだぞ』


「………おう。あまりにも帰りが遅かったら、ぶん殴りに行ってやるよ。いつまでお前を心待ちにしてるメス3匹を待たせるんだってな」


『はは………やれるもんならやって………って、今のお前ならマジでやりそうだから怖ぇな』


 シーナにならすべてを託せられる。本当はこれからの世界の行く末を、俺の目で確かめたいのだが、こればかりは仕方ない。


「安心しろ。お前たちが思っているようなことにはならない。次(・)が(・)あ(・)る(・)か(・)ら(・)な(・)」


 フンと鼻を鳴らすビーツ。


 こいつが言っている「次」はわかる。劇(・)場(・)版(・)だ。


「いつになるかはわからん。しかし少なくとも数年後には発生するステージだ。まぁ不安にならなくてもいい。お前はどこへなりとも行ってしまえ。その方が俺にとっても都合がいい。今度こそ主人公になるのは俺だと、世界に知らしめる良い機会だ」


『ざっけんなカス。お前みたいな危険思想の夢想家を放牧して、良かったケースなんてなにもねぇだろ。シーナに消されたくなけりゃ、粛々と生き延びてろ。まぁどうせ、このあと逮捕されて、しばらくシャバに出ては来れないだろうがな』


 ビーツは脱走した罪がある。軍の最新鋭艦の強奪も然り。俺と違うのは、しばらく休めば元に戻るから、刑務所なりぶち込まれてもなんら問題はないことだ。


『………艦長。あとのこと、任せてもいいですか?』


「ああ………お前の身の安全も含めて、委ねてほしい。必ず守り通す。全員だ」


 クランドを見上げて尋ねる。第2話で会った頃より優しい顔をして首肯してくれた。


『みんなも。俺が戻るまで………頼んだぞ。せっかく戦いがひと段落したんだ。これから小競り合いみたいなこともあるだろうけど、いきなり大きな戦いになる………とも思えない。少し先の話だろうしな。でもそんなに不安になることはないんだ。俺は絶対に戻ってくる。どうか………その日まで、体を大切にな。帰ってきた時に誰かが死んでたなんて聞いたら、俺もショック死しかねない』


「わかってる。生き残るよ。なにがあっても。みんなエー先輩が助けてくれたんだ。だから………だから、エー先輩も………絶対に、帰って………っ」


『ああ。俺は絶対に帰ってくる。その時はまた………一緒に………』


 ソータは堪えきれず泣きながら何度も首肯する。嗚咽を漏らし、しがみ付くアイリを支えて誓ってくれた。


 そう。俺はこれが見たかった。ソータとアイリが最終回が終わっても仲良くしているところを。


 満足した。とても。


 これが俺の推し活。守り切った意味がある。


『一緒に………』


「エー先輩?」


『………眠いなぁ。なんでだろ。疲れたんだろうけど………』


 目を覚ましてからそんなに経過していないはずなのに睡魔に襲われる。


 目を擦る手は金属化してしまって動かない。瞼くらいは動くけど、もうまともに開いていられない。


 ヒナたちが顔を寄せる。抱き締めてくれた。感触は伝わらないけど、温かい。


「寝てもいいんだよ。疲れたよね。頑張ったもんね」


『でも………寝たら終わりな気がする』


「休んでいいんです。エー先輩。これで終わりじゃないって言ったばかりじゃないですか………っ」


「そ、そうよぉ。いつまでも私たちが、一緒にっ………いるからぁ」


『うん………そう、だな………』


 意識を保っていられない。


 瞼が重たくなる。ピクピクとさせながら、ヒナをもう一度見上げた。目が合う。もう鉄の味しかしないだろうに。硬い唇に、唇が重なる。


「総員………優れた創造の能力により我々を救済した者へ………互いに再会の誓いを立てよ。彼の功績は多くが知ることがなくとも、我々にとっては英雄である。再び相見えるその日を目指せ。………我々の英雄へ、敬礼っ」


 この声はクランドだ。ザッと多くの靴音と衣擦れの音。メディカルルームにいる大勢が、クランドの合図で敬礼をする。


 ただ寝るだけなのに………全員を敬礼させるかね。まるで殉職者みたいな扱いしやがって。


「おやすみ、エー先輩………また、会おうね………」


 ヒナの声が聞こえる。


 ああ………まだこの世界にいたいって、思っちゃうなぁ。


 目が閉じて、意識が薄れる。全員がついに大声で泣き出した。


 大丈夫だよ。って言いたかったけど、その前に俺の意識は底の見えない闇のなかへと、落ちていく………



 ………………………



 ………………



 ………




ブクマ、リアクションありがとうございます!

次回は12時に更新します。ついにエピローグです!

10ヶ月と半年、いつもみたく放り出さず、休まずに更新できたのは皆様のお陰です! 本当にありがとうございます!


作者からのお願いです。

この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!

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