天を破りて・後B04
『〜〜〜〜ッ!?』
俺が知るなかで、人間とは異なる気配が異変を察知した。
これはライラではない。別のアンノウン。そう、Xタイプだ。
人間の意識を集合的無意識の空間に集め、無防備な機体ごと命を刈り取り、いつ死ぬのかと怯えて混乱し、狂い出す者たちを見て嘲笑するつもりだったのだろう。
でも、そんなことはさせない。
俺とビーツとシーナによる感応現象で、Xタイプが作り出した空間を強引に揺さぶった。
所詮はアニソン。しかしだからと侮ってはいけない。
アンノウンは知らないのだ。仮にライラを通じて俺たちを見て知ったところで、俺は極端なまでに徹底して歌うことはしなかった。シーナは別の英才教育に注力していたから、歌うことを教えなかっただろう。
歌とは、人間にとってどんなものであるのか。
動物や虫のそれとは違う。声帯を震わせ、空気を中継して他人の耳に届けるだけの行為だったとしても。人間にとって、別に生命活動のために必要な行為ではないとしても。
歌は人間の心を表し、そして心に影響させる、ひとつのツールとなった。いやツールなんていう道具じみた表現では生温い。アーティストにとっては魂そのものである。自らが歌い表現し、観客にそれを聞かせ魂を感じ取らせる。まるでなにかの儀式のようにも思わせるが、世界中の人間が歌によってひとつになれると信じ掲げた者もいる。それは儀式ではなく、祈りでもあった。
だからアンノウンは、Xタイプは知らない。
歌によって引き起こされる、魂の力を。
歌によって空間が一体化し、倍増する魂の力を。
なにより最終回終盤の怒涛の反撃で流れるオープニングテーマ曲の、感動を。
《ぉぉぉぉおおおおああああああああああ!!》
ビーツが叫ぶ。旋律にも歌詞にも不一致な絶叫。でもそれでいい。魂の咆哮こそが、ビーツの生命力を蘇らせる。
「すげぇ………力が………オープニングテーマ聞くだけで、胸が熱くなる!!」
シーナも漲る力を発散させる。それでいい。魂の衝動に、不正解など存在しない。
影響されたのはビーツとシーナだけではない。徐々に感動が拡散していく。
「なんだこの曲………」
「私、この歌好きかも」
「これ、日本語?」
「失われたはずのジャパニーズソウルの真骨頂が、ここに………ある!」
アニソンは偉大だ。前世では老若男女問わず歌われた。
それならば、この歌を聞くすべての者の心に影響しないはずがない。いや、この曲はこの世界のために作られたのだ。
アニメのみならず様々なメディアがあるなかで、オープニングテーマの作詞作曲は、その題材に沿ったものが多い。
この「天破のグラディオス」のオープニングテーマもそう。キャラクターたちの命の輝き、儚さ、希望と絶望、逆境を乗り越える強さ。それが約1分30秒に込められている。フルで聞くとなおのこと感動する。
サビに向かって走り続けるメロディが、この空間にいる誰もの耳に届き、思考や魂にまで影響を及ぼす。
『〜〜〜〜ッ!?』
そうなるとXタイプも平常ではいられなくなるだろう。人間には聞き取れない声で喚き始める。俺たちは最初に人類が恐怖で混乱するはずが、逆にアンノウンを混乱させてやった。
最初は俺たち3人で発生させた感応現象が、瞬く間に拡散し、Xタイプが作り出した空間の檻のなかに、また別の空間を作り出す。
そして原作と異なる部分が、もうひとつ。
『みんな、こっちだよ!』
意識のみが別空間にあっても誘うことができる能力を有しているのがライラだ。かつてはソータをその能力で誘ったこともある。俺たちが自己の確立を成し遂げたその時、手を差し伸べるライラ。
それは、例えるなら地獄に垂らされた蜘蛛の糸程度の細く頼りなく見える強度だったかもしれない。
しかしそこにいた全員が、感覚で知覚し一斉に飛びついても、揺れもしなければちぎれもしない、しなやかさと強さを持っていた。まるでライラそのものだ。俺も触れる。温かい。これがライラの体温。ライラそのものを手にして鼓舞された感覚。
いよいよ曲がサビに突入する。
炸裂する重低音。爆裂する勢いのドラム。アーティストの歌声に、もっとも魂が宿る瞬間。
人々はその曲の意味がわからなかっただろう。なにしろ、歌詞はすべて日本語だ。日本人は滅びたと信じられた今、世界共通語があるというのに好んで日本語を学ぼうとする猛者はいない。ただ、それでも口ずさむことはできる。感動してハミングしたり、感化されて曲調に合わない雄叫びを上げる者も。
そのすべてが力となった。ハミングも絶叫も、歌声に乗せて炸裂させる。不思議とマッチしていた。サビは感情のすべてを捧げ、激しくなるからだ。譜面にしてみればわかる。作曲能力はなくとも、脳内チップで学習することはできた。
《アニソンは偉大だな。前世でもそうだった。そのアニメに興味を持ち、日本語を喋ることができない外国人が憧れて歌い、動画を上げ、世界各国を結びつける。その衝動は力となる。インターネットでの繋がりであってもだ。小此木………お前はその繋がりの力を、感応現象として利用した。………お前の作戦勝ちだな》
感応現象のなかにもうひとつの感応現象を作り出し、外側の部分を圧迫。ライラが差し伸べた手が穴を空け、人々は現実へと意識と精神を戻していく。
肉眼による目視を封じられても、知覚することはできる。まるで穴の空いた風船から空気が漏れ出す映像をスローモーションで見ているようなイメージだ。
人類によって初めてアンノウンの悪魔的策謀を打ち破った瞬間でもある。
天才という表現が嫌味なほど体現しているビーツが絶賛するように、すべてが俺の狙いどおりに運んでいった。
《お前のお陰でもあるんだよ。楠木》
《なんだと?》
だから、俺もたまには素直にビーツを認めてやることにした。
《この感応現象、俺の本来の計画が進行して、俺とビーツとトーマスだけが感応現象に呑まれたとしよう。トーマスには履修させてないし、日本語は少し喋れるけど、アニメの価値もわからないだろうさ。だからエキサイトとするのは俺とお前だけ。けどたったふたりじゃな。これだけの力は生まれない。お前がみんなを、グラディオスクルーとアリスランドクルーと、これは嬉しい誤算だけどコーネリア艦隊を連れてきてくれたお陰なんだよ。原作よりも多い、何百人という人間の意識がひとつの集合体になることで、Xタイプの感応現象を破ったんだ。………だからよ、その………あ、ありがとよ》
《………ふん》
素直に礼を述べてみた。
調子の乗って余計なことをほざくかと思いきや、ビーツはなぜか鼻を鳴らすだけでなにも言わなかった。
微妙な空気となる。まさかビーツの奴、照れてるのか? うわ、気持ち悪い。
《お、おい。なんか言え───》
「なにやってんだド変態ども! そんなところでいつまでもイチャイチャと乳繰り合ってないで、昇って来い! お前らふたりがいないと始まらねえだろ! オス同士でイチャイチャしていいのはイケメンネームドキャラだけって決まってるのに、テメェら不細工がガチでキスする5秒前のメス顔晒してアヘッてんじゃねぇぞクソゴミども!」
なんて言われ様だろう。
俺とビーツが呆然としていると、シーナは反論される前にこの空間から飛び出してしまう。
気付けば、俺とビーツふたりきりになっていた。
向かい合ったまま数秒が経つ。
すると、自然にこぼれる謎の笑みを浮かべた。なぜだろうな。こいつとは殺し合った仲なのに、今は妙な絆さえ感じる。
《………物語の終盤で、主人公とライバルが和解し、ラスボスに挑む。これも………王道か》
《なんだよ楠木。俺と和解したかったのか?》
《勘違いするな。お前とはいずれ決着をつける。しかし、今はXタイプが邪魔だ》
《同感だな》
ビーツも薄く笑っている。目視はできないが、脳内チップの共鳴で理解できる。
それから俺たちは手を伸ばす。肉体のない精神世界で手を伸ばすというの変な表現だが、意識すると握った拳が現れた。要はイメージを具現化するのだ。この空間ならではの現象である。ビーツもそれに倣う。
《じゃあ、やってやるか。人間様の底力を見せてやろうぜ。楠木》
《ああ。最後の大仕事だ。抜かるなよ、小此木》
握った拳をぶつけ合う。
むず痒かったが、もう言葉にしなくてもすべてがわかる。胸が熱くなる。
そんな感情を胸に、俺たちはこの空間から離脱した。
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