天を破りて・後A08
~シドウSide~
なにもかもが異常だった。
敵の総数もそうだが、なにより友軍の趨勢。いや、勢いとでも言えばいいのか。
エースが去ってから蔓延った絶望。クランド艦長が戻られてから戻った希望。その波はとても大きく、俺でさえしがみついて振り落とされないよう踏ん張り、また部下を導くために、そこから新たな道を発見し先導しなければならなかった。
俺たちの傍には、いつもエースがいた。俺はパイロット科の最高責任者として、当初整備士見習いをしていたエースがパイロット科に転属し、それ以前に副隊長の任を与えて、身近に置いた。隊の連携を円滑化することが目的だった。もちろん、そこには俺個人がエースを信頼していることもあった。
けど、いつからかな。この俺を中心に回っていたはずのパイロット科が、エースを中心にしていたと気付いたのは。
最初に「あれ?」と思ったのは、レイライトブラスターの暴発事故に巻き込まれたエースが、右腕を欠損するだけでなく、脳死してしまった時。たったひとりの部下にこれほどまで感情移入するとは思ってもいなかった。あの時は俺も本気で動揺した。
次に、親父の「悪魔に魂を売る所業」たる脳内チップ移植手術の末、脳死状態から覚醒を遂げたエースが、復帰することなく退役させるとクランド艦長と親父が決定した時。
あの時俺は、隊長として、大人としての行動を優先した。部下たちはエースの退役に断固として反対していた。俺は特に関与することはなかった。だが実を言うと、俺はあのなかに入って、親父たちに抗議しに行きたかった。立場さえ邪魔することがなければ、俺もエースを欲していたのだ。結果としてエースの陰謀により、退役は撤回されたが。
果てには拉致され拷問を受け、それを助けて一命は取り留めたものの、アリスランドの襲撃を受け劣勢となった時、エースは傷も完治していないにも関わらず出撃し、仲間を助けるために身代わりとなった。あれはかなりキツかった。全員のトラウマになった。失って初めて気付いたが、エースはパイロット科のみならず、グラディオス全体の中心に立っていたのだ。あの日を境に全員が情緒不安定となった。俺もまたそのひとりだ。パイロット科なんて特に、いつ空中分解してもおかしくなかった。
エースには感謝していた。グラディオスにて初めてとなるミチザネ隊の結成に、実力がある代わりに未熟な精神をしている未成年者という異例の事態に直面した際、バラバラだったチームワークを支えひとつに纏めた貢献者程度の認識が、気付けば俺もエースを頼り切っていた。なにかあったらエースに相談すればいい。そんな認識にさせられた。それに幼い頃から懸想していたレイシアと交際できたのもエースのお陰だと思う。
だから───エースが俺たちを欺きグラディオスを強奪した時は、それはもうメンタルに来た。俺自身、どうすればいいのかわからなかった。転生者だとか、歴史を知っているがゆえに自分に優位となるよう俺たちを操作したとか。悪意と作為があったという交際や、洗脳に近い認識操作とか。わけがわからなかった。
そんななかで部下たちは、裏切ったエースの暗殺計画を企てる。
俺は………止められなかった。
エースは大切な部下だった。監査官のハヴェクがほざく罪状も半信半疑だった。エースが否定しないから驚かされるばかりだった。
もしあの場で、エースが一言「違う」とさえ叫んでいれば、俺は親父と、周囲の大人たちと一丸になりエースを守る壁となっていただろう。喜んで守りに行くはずだった。だが結果は違った。シーナから教わる驚異的な事実。すべては俺たちを守るためであったと。洗脳のように思えるのは仕方なかった。エースはすべてを救おうと必死の努力を続けた。その過程で信頼を勝ち取るのは当然の摂理である。
俺も知らずにどこかで救われたのかもしれない。いや、いつも救われた。これはエースの洗脳などではない。俺がエースを信じた。この核心だけは誰にも否定させやしない。
そして今、俺は再びエースと同じ戦場にいる。エース自身、こうなるとは思わなかったようだが、そんなことは関係ない。エースから受けた恩は大きい。返し切れるものではないが、まずひとつ、エースの命を救うことで返せた。いやまだだ。共に生き残ることに意味がある。奴は俺とレイシアが交際していることにも喜んでいると言っていた。結婚式を拝みたい? 子供を抱きたい?
上等だ。いくらでもさせてやる!
「ミチザネ隊、グラディランドの進路を開け! 各個で応戦! オールウェポンズフリーッ! コンバットオフッ! エースが命懸けで拓いた好機を無駄にするな! 進めェッ!!」
興奮する余り、普段なら絶対にならない絶叫に似た指示を出す。
すると、
『了解ィッ!!』
耳を劈くような、絶叫の応えが返る。思わず笑みが浮かぶ。どうやらエースと共に戦える事実に興奮しているのは俺だけではなかったようだ。
嬉しいよな。わかるさ。俺がそうだ。
通常なら士気が下がりかねない劣悪な、数で劣る超絶な劣勢にあるにも関わらず、俺たちの士気は低迷するどころか毎秒上昇しているのだから。
もう負ける気がしなかった。俺の部下たち全員、負けることなどイメージすらしていない。
「………良い隊になった。俺の理想を超えた隊だ。数も質も申し分ない。サフラビオロスに寄港する前の俺が見たら絶句するほどに。………すべてエースのお陰だ。この俺が誰かに依存するだけでなく、戦況を覆す切り札を手に入れるとは。ならこの好機、必ずものにする! 見ていろエース! 俺たちは、お前のお陰でここまで強くなったぞ!」
全体を俯瞰して、隊を動かしながら押し返された前線を突破する。
エースの声は俺たちにも届いていた。みんながここにいてくれたらな。とエースの知る世界のソータが呟き、そしてエースがそれに似た状況となって俺たちが駆けつけた。
クランド艦長が仰ったとおりだ。俺たちはここにいる。もうエースをひとりで戦わせはしない。
そしてエースに見せつけてやるのだ。エースのお陰で守られ、成長した俺たちの姿を。教えてやるのだ。俺たちがどこまで強くなったのかを。
瞬時に敵勢力、敵の布陣の隙間を見抜く。
「ハーモン! コウ! 11時の方向、多数のGタイプが集結している。だがその周囲には敵がいない! 突破しろ!」
『ッシャア!!』
『了解した!!』
アスティオールの製造ラインでタイタンジャケットを量産し、九号機と十二号機に装着したハーモンとコウは、久々の超重量かつ耐久力のある重厚な装甲を得て、弾丸のように敵陣に突っ込んでいく。
サフラビオロスを出発してから数日後の、やっとパイロットとして慣れ始めた頃とは違い、操縦の冴えといったら別人の領域だ。久々のタイタンジャケットに操縦をミスしないかと思いきや、ふたりはしっかりと覚えていたし、昔とは異なり破壊力が凄まじいことになっている。
「行けるぞ! 前に出ろアレン! フルバーストを許可する!」
『やぁぁぁってやるぜぇええええええええ!!』
単純な高火力なら右に出る者はいない。これまで艦の甲板で支援射撃しかできなかった十三号機は、無重力空間ということもあり、決して沈むことのない空間で本領を発揮する。
ヘッジホッグジャケットが火を吹いた。マイクロミサイルがアンノウンを打ち砕く。
圧倒的に数で劣るが、質で勝負できるようになった俺たちなら、決して負けることなどないのだ。
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