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天を破りて・後A03

 あれから───少しだけ時間が流れた。


 意識を失っていたのは10分くらいだと思う。


 俺とビーツが艦長席で眠るように項垂れていると、ケイスマンの意志とトーマスがそれ以降の操作を担当してくれたのだろう。グラディランドでいくつかの変化を感じた。


 アスティオールとグラディランドは通路で接続されていた。柔軟な素材で作られたケーブルのようなエスケープゲートみたいな?


 それによりグラディランドとアスティオールの間を、小型艇を使わずとも往来できるのだ。


 グラディランドに続々と乗り込んでくる客───いや、クルーたち。


 通路なんて変形すればどうなるかわからなかったので、ブリッジに来るのも苦労するだろうに。


 いくつもの人間の気配が、それでも接近している。ケイスマンの意志が誘導しているのだろう。余計なことを。


 できることなら会いたくなかった。怖かった。拒絶されること。あるいは、こんな姿を見られてしまうこと。


 それでも無慈悲にもケイスマンの意志は複数人の誘導を終えてしまった。


「エースッ!!」


 先頭にいたのは、やはりクランドか。


「エース! おい、エース………ッ!?」


「エ、エーせんぱ………」


「なんてこと………」


 まぁ、そうなるよな。クランドのほか、クスドやオペレーターたちが俺を囲み、息を呑む。


 しばらく沈黙が続き、全員目に涙を湛えた。


 クランドが震える手を伸ばし、そっと俺の左頬に触れる。


「こんなにまるまで………済まない。済まないエース。きみをこんな姿にさせたのは、我々だったのだな」


 違う。そうじゃない。すべては俺が選んだことだ。


 ほぼ金属化した顔の左側面を指で撫で、抱擁するクランドは静かに涙する。心が痛い。でも、それを伝える術がもう無い。


 思考はできるが、カウンターシステムの使い過ぎによる反動か、電子音声を使用できるほどの余力がなかったのだ。


 先程までの気絶は休眠のためではない。限界を迎えたからだ。こうして意識を取り戻しても、それは肉体ではなく、機械を通すことでやっと知覚できる程度に弱体化してしまっている。


 参ったな。俺の寿命が、もう数秒で尽きようとしているということか。


 ビーツのクソッタレめ。最後にとんでもないサプライズをしてくれやがった。


 こんな未練ばかりが残る最後、あってたまるか。


 そのお蔭で「まだ死にたくない」って願望が強くなってしまったじゃないか。死ぬことが怖くて怖くてたまらなくなる。


 それから続々と人間が押し寄せる。


 パイロットたちだ。14人揃っていて、機体はアスティオールに戻して補給を行い、その間に駆けつけたのか。


 まぁ、反応なんて知れていた。


 全員が愕然として、絶望し、絶叫する。


 クランドがその場所を譲る。ひとりひとりが丁寧に俺の体に触れた。


「冷たい………硬い………これ、本当に………い、生きてる、の?」


『辛うじて心臓は動いている。だが………ナノマシンがエースの肉体を侵食し過ぎた。あと数分で、心臓も止まる。別れの挨拶を済ませておくといい。諸君らは、それでも前に進まなければならない』


「い、嫌だ………エー先輩のいない世界なんて、嫌だ………」


 ソータは泣きながら俺に縋る。胸が締め付けられる思いだ。


 いつもだったら、そんなソータの頭を撫でてやれるのに、その手はもう二度と動くことはない。ありったけの石膏で塗り固められたみたいに前進が動かない。


 どうにかしてみんなの姿を見ていることを伝えられないだろうか。


 俺からも伝えたいんだ。最後に、会えて嬉しかったと。


 これは俺に対する罰だろう。


 度重なる原作破壊行為のツケだ。みんなが幸せに、平和に生き延びた姿を望んだ狂人の行き着く果て。ビーツには甘ったれと酷評されたが、戦死するはずだったネームドキャラすべてを、推しキャラすべてを救済し終えた馬鹿の末路としては相応しいのだろう。


 他人の幸福を優先した愚者は、それを見る目と聞く耳を奪われた。全身が鋼鉄と化した影響で、機械に繋がっていないと外界のことがわからない。


 すべてを守るためだったとはいえ、ここにいる全員を裏切った報復だ。そのすべてが皺寄せとして俺に襲い掛かり、残り数十秒まで縮めてしまった寿命を終わらせようとしている。


 そうなったらみんな、戦えるだろうか?


 戦えたとしても、次に進めるだろうか。


 絶望の果てに、俺の後を追うとかは絶対にやめてほしい。


 と、その時だ。


 感覚がすべて失われたはずの顔の一部が、なぜか温かくなる。


「ごめんね………ごめん。エー先輩。信じてあげられなくて、ごめんね………っ」


 ヒナが泣きながらキスしていた。こんな冷たくなった金属の唇に触れるだけでもゾッとするだろうに。


 ちょっとだけ、光が見えた。


 ああ………すごいな。死に際だったのに。妄想とは違う。実物を目の前にして、触れ合うだけで機械化が再び悪化しそうだった頭脳に、冴えを与えてくれる。


 固まったはずだった瞼が、若干揺れた。唇もわずかに動く。


 けど………こんな奇跡を伝えられる時間が、もう………。




「退けメスどもぉぉおおおお!! そこの馬鹿に奇跡ってやつを教えてやるぜぇえええええ!!」




「えーすっ! だめ! まだやることあるでしょ!!」




 通路を走り抜け、ブリッジに突撃したやまかしいふたりがクルーを掻き分ける。


 シーナとライラだ。


 シーナがパイロットたちを分断して道を開くと、俺の右の首筋がまだ完全な金属化をしていないことを確認し、恐ろしくなるくらい太い注射器をブッ刺した。


「ライラ! やれぇっ! エースを死なせるなぁ!」


「うん!」


 なにをするつもりだ。と掠れる意識のなかで見ていると、ライラが左手に触れた。


 すると、眩い翡翠の閃光がブリッジを包む。


 全員が声を上げるも、数秒でその光は収まった。


「………よし。ケイスマン! エースの容態は!」


 太い注射器を抜くシーナが叫ぶ。こいつ、ケイスマンの意志を知っているのか。いや知る機会ならいくらでもある。トーマスやコーネリア、あるいはドルテか。


『………驚いたな。カウンターシステムを極限まで使い、金属化が進んだエースの体内が………かなり正常化している。いったいなにをした?』


「ライラだよ。こいつの左腕が金属化した時、症状を緩和させたことがある。今、エースに注入したのはライラの血液で作ったワクチンみたいなもんかな。ナノマシンを落ち着ける効果があるって思ってさ。で、体外と体内からライラでアプローチしたってわけ。………エースの寿命、どうなった?」


『体内外問わず、金属化現象が停止したどころか、治りつつある………いやこれは、悪性ナノマシンが壊死して、元に戻ろうとしているのか? 再還元と考えるべきか………寿命という意味なら、1日分は伸びたし、エースの体内で抗体のようなものが居座り始めている。これが、奇跡か。この治療を続けていれば、きっとエースは完治する。長い年月を必要とするだろうが、金属化してしまった肉体も元に戻るかもしれない!』


「っしゃあ。ザマァみろエース。悲劇のヒロインぶって、テメェだけ犠牲に平和の世なんて築かせるかよ。せっかくこうしてこの世界に転生したんだからさ。まぁまずは、テメェの罪を償うために生きてみろや。それが、私にできる精一杯の恩返しかな」


 驚くべきことばかりだ。


 意識が鮮明になった。


 それに、もう金属化の影響で硬直していた瞼をはっきりと開くことができた。


 肉眼でライラとシーナを見る。


 みんなとも目が合うと、歓声が上がった。


リアクションありがとうございます!

明日は日曜日なのですが、以前申し上げたようにお昼の更新1回とさせていただきます。もう最終回ですし。ですが終盤で、例えばBパートなどでストックができ次第、放出するかもしれません。

実は他に書き溜めているものがあります。例えばエピローグとか。逆算して書き始めています。


作者からのお願いです。

この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!

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