天を破りて・前B02
『………なるほど。オードリアインジェクション社の犬か。確かにエージェントならば操舵もできるだろう。素人ではないし、作戦の参加を認めてやってもいい。しかし貴様、わかっているのだろうな? これは片道切符の───』
「知ってるよ。でもそれはきみの認識だ。僕は違う。なにがあってもエースくんを助けてみせる。友達だからねぇ」
『馴れ合いか? 傷を舐め合うような哀れな関係を築いたか。お前らしいな。小此木』
「おこのぎ………?」
「余計なことほざいてんじゃねぇぞビーツ。ようやく敵の布陣が少しだけ見えるポイントに来たんだろうが。集中力を乱すんじゃねぇ。これは俺とお前が全力でやらないと勝てない勝負だ。そこんとこ理解してないわけじゃねぇんだろ?」
『当然だ。そして俺はいつだって完璧だ。逆に貴様が手抜かりでもすれば負けることを忘れるな』
「手抜く? 誰にものを言ってやがる。んなことしねぇよ」
この期に及んで、俺も手を抜くことはない。
ようやくここまで来たのだ。
因縁のある俺たちにしかできない、集大成。
以前、ビーツに述べたように、歴史に残る戦いとなる。「天破のグラディオス」のファンとして、この世界に転生してしまった住人として、力を持つ者として。原作には存在しない者として。
すべてを出し切る時が、もうすぐそこに迫っている。
「………前方に熱源! こちらに接近するものがあるよ!」
「なに?」
その時だ。トーマスが叫ぶ。俺とビーツは意識を接続しようとするも、先んじてリンクしていたレーダーにより、その正体を知ることができた。
「………いや、進路そのまま。ただし速度は落とせ」
「え、なんで?」
「すぐにわかる。まぁわかったところで、そんな気持ちのいいものでもないけどよ」
疑いつつも俺の指示に従うトーマス。ビーツもアリスランドの進路を、特に変更した様子はない。
少なくともこちらに接近するものは敵ではなかった。敵対できる戦力はなかった。
「これって………連合軍の艦隊………?」
「ああ。こっちに流れてきたんだろ。破片程度ならいいけど、衝突しそうな巨大な物体がありそうなら、なるべく回避してくれ。撤去する必要はない」
「………そうみたいだね」
トーマスは俺の指示の全貌をすぐに理解した。
前方から接近───いや、流れて来る物体は、連合軍の艦隊の残骸だった。
おそらく連合軍本部にて、招集命令をかけてかき集めた戦力だ。
原作にも、あのアンノウンの群れに対して連合軍が戦力を募って総攻撃をかけたが、アンノウンの軍勢の2割も削り取ることはできなかった。
今回も同規模の軍勢を結成し、総攻撃を仕掛けたに違いない。しかし原作と異なりアンノウンの軍勢は10倍はいる。連合軍はそんな変わってしまった未来など知らず、焼け石に水程度の戦力を生贄同然にぶつけてしまったのだ。現在のアンノウンの群れなど、1割も削れていないに違いない。
そして敗退した連合軍艦隊の残骸には、まだ生き残っている人員がいた。救出を待っているのか、後続を見守り鼓舞するためか、ずっとそこに留まっていて、通過するグラディオスを眺めていた。撤去命令を出さなかったのは、彼らに危害を加えないためでもある。
残骸に留まっている連合軍の軍人たちは、俺たちに願いを託すような眼差しを向けていた。
連合軍が誇る最新鋭艦が2隻も急行したのだ。期待しない者はいないだろう。
グラディオスとアリスランドに敬礼している軍人たちがいるのが、なによりの証左だ。
「………これだけの数と規模の艦隊なんて見たことがない。ハァ………どうやら、マジでヤバイ場所に来てしまったようだね」
「だから降りろって言ったんだ。お前までこんな馬鹿げた特攻に付き合う必要なかったのにさ。今さら後悔しても遅いからな」
「後悔はしてないけどさ。怖くなっただけだよ。パンツのなかに大きいのを捻り出しちゃうくらいビビってるだけ。匂ったらごめんね?」
おい。そいつは勘弁ならねぇぞ。もしそれが本当なら、隔壁を降ろして隔離するか、アリスランドに送りつけてやりたくなる。
とはいえ、トーマスも元エージェント。死ぬことなど恐れていない、ぶっ飛んだ精神を持っていた。アンノウンの大群が押し寄せていることなど先知していたし、覚悟もしていただろう。今のはちょっとしたジョークだ。
『エース』
「どうした?」
『漂流している残骸のログを拝借した。交戦したのは数時間前。お前の予想どおり、交戦ポイントから突き飛ばされる形で戦闘宙域から離脱した後方に配置されてた部隊だ。隙間のない布陣と波状攻撃を目的とした陣形であったものの、艦隊は初撃を成功させた直後に滅ぼされた。前方にいた艦が消滅し、その衝撃でこの残骸たちは押し戻されたのだ。生き残ったのは、ただ運が良かっただけだろう』
ケイスマンの意志の分析結果は、最早疑う余地もない。
運が良かった。確かに、それだけだ。
その拝借したログを俺も確認すると、映像記録では、艦隊が一斉射撃をした次の瞬間に宇宙空間に多数の雷撃や砲撃が降り注ぎ、前方が真っ白になって途絶えた。
注目すべきは、やはり敵の規模。絶望したくなるほどの物量差。1000体を超えるEタイプ。そんな強固な敵に一斉射撃をした程度で、どれくらい削れたのかなんて、期待するだけ間違っている。
そもそも初手から間違っているのだ。敵と睨み合うべきではない。的になるだけだ。密集もするべきではない。本部の参謀は余程の馬鹿らしい。
『本当に2隻だけで立ち向かうのか?』
「もちろん。それ以外に方法はない」
『勝率は───』
「言うな。そんなもの、いくらでも覆してやるよ」
戦う前から士気を下げるべきではない。
この会話はトーマスも聞いている。いや、それだけではなく───
『おい。なんだ今の声は。元エージェント以外にも誰かいるのか?』
「ああ、やっぱお前も知らなかったか。紹介するよ。グラディオスを制御している人工知能、ケイスマンだ」
『は? ………貴様、なにを言っている?』
やはりビーツもこの会話を聞いていたか。
どう聞いてもトーマスではない、渋い男性の声がするもんな。同乗者を疑って当然だ。
で、そのまま紹介してやると、案の定俺の正気まで疑ってきた。
「俺たちは最初、グラディオスやアリスランドに高性能AIが搭載されて、それが艦の制御とか管理を行うサポートをしてくれてるって知ってたよな。原作にそんな描写はなかったけど、ファンブックにも載ってた。これだけ巨大なものを動かすんだったら、今の俺たちにはなおのこと必要だ。お前のところにもあるんだろ? そういうAIが。モーリスが作ったのかもしれないけど。だから今、お前はひとりでもアリスランドを動かせているんだ。でも、不幸にもグラディオスからはそういうAIが外されちまってな。だから代行してもらってるんだよ。ケイスマンの意志に」
『貴様の言っていることは理解できる。アリスランドにもクルーをサポートするAIは存在する。だが………ケイスマンの意志だと?』
「きっかけは些細なもんでな。時間もあるし教えてやるよ。サフラビオロスでケイスマン教授が作ってたガリウスGだけど、プロトタイプガリウスGもあった………ってのは、お前も知ってたんだっけ? まぁ時期的に言えば、お前はすでにモーリスをアリスランドのクルーにしてたんだから、そういうのがありそうだってのは聞いてたんだろうよ。で、そのプロトタイプガリウスGのレイライトリアクターってのがガリウスGよりも一回り大きい特別製でな。そのなかにケイスマン教授は、自分の知能と人格を模した人工知能を封印してたんだ。それがケイスマンの意志。覚醒したのはタキオンを製造して、俺が脳内チップだけでなく義手を装着した頃か。起動実験中に話しかけられてさ。それから色々、世話になってる」
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